3-1. e
2018 / 11 / 05 ( Mon )
(誠実そうなひと)
 驚くべき印象の違いだ。この捉え方がむしろ逆か、ラムがオリジナルなら、ナガメが海賊版のようなものだろう。彼が真似たのは明らかに容姿だけである。
 立ち去ろうとする青年を、少年が呼び止めた。正確には草履の後ろを、かかとが離れた瞬間を狙って踏んづけたのである。ラムは盛大にたたらを踏んだ。

「げんきだせよー」
 そう言って着物の懐から何かぬめったものを取り出す。手の平に触れた感触は冷たく、感覚を共有している唯美子は、背筋を這うような気色悪さをおぼえた。だがそうであっても悲鳴は出せない。

「……また蛙をとってきたのか」
 振り返ったラムの表情に驚きや嫌悪は表れておらず、ただ呆れがあった。
「おう。蔵なんかにたよらなくてもたべものはそこらじゅうにあるだろ」
 それには、ラムは少し笑ったようだった。
「食糧難が気がかりで元気がないわけじゃないさ。蛟龍、お前は相変わらずだな」

「なんだよ。たべねーの?」
「焼けた時の匂いで周りに興味を持たれたら困る。この国はどうやらあまり蛙が食卓にのぼらないようだ」
「はあぁ、ニンゲンは気にするトコが多くてめんどくせーなー」
「仕方ない。前にも話しただろう、人間には群れが必要なんだ。嫌われたら困るし、少なくとも僕は居場所が欲しい。暖かいごはんや屋根のついた家を持っていても、安心して帰れる家じゃないと意味がない。人の気配を感じながら目を覚ましたいんだ」

「ラムはひとりぐらしじゃん。カゾクいないじゃん」
「隣の家から漏れる子供の声や朝餉の匂いがあるからいい」
「ふーん。おいらはひとりのが安心できるけどな」
 わからない、との内なる声が聴こえた気がした。

(ナガメには前者のふたつだけで十分なんだ。お腹いっぱい食べられて雨風にさらされないなら、それで満足なんだね)
 仲間や同族に囲まれた団らんをこいねがうことがない、個のみで完成された生物。生殖能力も備わっていないから伴侶を求める必要もない。それを唯美子が寂しいと思うのは、余計なお世話なのかもしれない。

(このひととは仲良さそうだけど)
 話しぶりからは旧友のような距離感が読み取れる。
 水に映った屈託のない笑みを思い出す。織元とは嫌々関わっている風に見えたナガメが、この青年には飛びついて近付いていったのだ。ラムの方も、異形のモノと知っていながら邪険にしない。

「おまえさ」
「ん?」
 深刻そうに話を切り出そうとする少年。対する青年は、三角笠の紐を結び直しながら、微笑を返す。
 ナガメが何かを伝えようとして躊躇したのが、わかった。

「……これからなにすんの? ひまならあそぼうぜ」
「残念ながら暇ではないな」
 遥か遠くを流れる薄雲を見上げて、ラムは頭を振った。
「んなら、やることおわったらあそんでー」
「家事や用事が終わるのが夜中だったら、さすがの僕も疲れて遊べないぞ。ちなみに具体的に何がしたいんだ」

「んーと、カエルとり……?」
「その手に持っているものは何なんだ!」
 鋭く突っ込んでから、ラムはハッとして辺りをきょろきょろと見回した。怒鳴ったのが誰かに聴こえなかったのか気にしているらしい。

「とにかく情報を提供してくれたのは感謝している。また今度、相手になるから」
「ほい。じゃーな」
「以後《イーハウ》再見《ジョイギン》」
 意外にあっさりと別れの挨拶を交わした。ラムの後ろ姿が民家の中へ消えるのを待たずに藪の中へ戻った。

「おまえにはせめられないだろ、あいつが。きっと同情する」
 ため息交じりの独り言。瞬間、唯美子には手に取るようにわかってしまった。
 ナガメはあの青年の未来を憂えていた。
 確かな予感をもって、心配、していたのだった。


「――嬢。ユミコ嬢! お気を確かに」
 近くで呼ばわる美声が、意識を現実あるいは現代へと引き戻す。視界が明瞭になると、至近距離に織元の顔があった。長髪から滴る雨粒が唯美子の頬を打つ。
「あの、わたし、」
「よかった。戻って来られたのですね」
 彼が唯美子の身を襲った現象をしっかりと把握していることを、戻ってきた、の言い回しが物語っていた。問い質すも、織元はとりあえず屋内で話をしようと答えた。



お待たせしてしまいすみませぬ(o_ _)o))

旅行から戻ってきて風邪に翻弄されてましたが、それ以外には大きく体調を崩すことなく普通に生きてます。ねむい。

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07:55:55 | 小説 | コメント(0) | page top↑
ご無沙汰しててすいまっせん
2018 / 10 / 20 ( Sat )
かろうじて、生きてます。

書きたい気持ちはあるのですがなかなかまとまった時間が取れず(インクトーバーも途切れてしまった)、ていうか職場から帰ってからのルーティンをこなしているともうバテて何も生産する気力がないというか… 週末もひたすら予定入るし…前はどうやってたんだっけ…


ここは自分のブログなので気にせず明かしますけど、実はちいさきヒトを体内培養しています。現状10週間目。吐き気とかなかったわけではないのですが実際吐いたことは今のところないっす。ただし四六時中ねむくて四六時中腹が減りますw そのくせおなかすいたら癇癪起こしたりします(゚∀゚)アヒャ


一日をじっくりかけて仕事しようとか思ってても、そのうちの4時間くらいは眠気と戦うだけで終わってしまうんですよね。コーヒーは控えようと頑張っているのでもー眠い眠い。

来週は家族旅行で、義理の家族とも遊びます。執筆は無理そうだけどインプット頑張りますー。

来月こそ筆のノリを取り戻します! す!

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06:11:28 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
おえかきをがんばる月
2018 / 10 / 12 ( Fri )
オクトーバー。インクトーバー。私のツイッターを見ている人はもうご存知でしょうけど、地味におえかきを楽しんでます。

よかったらみてってね(´∀`*)

https://twitter.com/kino_eudo

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10:55:15 | 余談 | コメント(0) | page top↑
3-1. d
2018 / 10 / 08 ( Mon )
「この時期に田んぼ見ても気持ち悪いんじゃないの。ヘビがうじゃうじゃいるでしょ」
「そデスね。いぱい、います」
「まあラムさんはヘビ怖くないものね。それよりもねえ、ちょっと困ったことになってて」
「大丈夫デスか?」
「あのね……」

 離れているのに、二人の話している内容がよく聴こえた。
 女性の相談は、食物の蓄えが少なくなっていることにあった。ただでさえ毎年領主に年貢を納める量が多いのに、これでは村の皆が食べる分までなくなってしまう。何か心当たりがないか、怪しい動きをした者は見ていないか、そういう話だった。

 なんでも、このラム氏はよく蔵に入り込む小動物の退治を任されるらしい。他に出入りしている人間がいれば、いち早く目にするはずだった。
「わかりまセン。今度から気をつけてみマス」
「いつもありがとうねー」
 人の好い笑顔を浮かべて、女性は踵を返した。彼女を見送りながら、ラムはのんびりと手を振る。
 女性の姿が家屋の陰に消えるのを見届けて、彼はぐるりと身を翻した。

「――ガウロン!」
 ものすごい剣幕だ。大股で坂を駆け上がって来る。
「まだそこにいるんだろう、蛟龍《ガウロン》。出てこい」
 彼が口にしたのは耳慣れない単語だったのに、呼ばれたのだと何故かわかった。

(何語なんだろう)
 先ほどの女性と交わしていたのは間違いなく日本語だった。しかし今話しかけられているのは違う。言葉の意味は何故か理解できるが、音の羅列や抑揚の付け方に、未知の響きがある。
 藪の中から歩み出ると、唯美子は己の目線の低さにぎょっとした。ラムの腰辺りを見上げている程度である。
 そして口を開けば舌から転がり出て来たのは、相手と同じ言語だった。

「なにおまえ、なんかおこってんの」
「それだ。その姿でうろうろするなと言っただろう、過去の鏡像をみているようで気分が悪い。誰かにみつかったらどうするんだ」
 頭のてっぺんをはたかれた。瞬間的に痛かったが、怒りをおぼえることはなかった。

「えー? 弟ができたみたいだっておもえばいいんじゃん。おまえ、末っ子でずっと弟妹がほしかったって言ってたよな」
「そんな無茶な。何百年も年上の弟がいてたまるか。いきなり村人たちに紹介しても、不自然すぎる」

「ラムのいじわるー、懐がせまければココロもせまーい」全くやる気のない罵り言葉を吐きながら、ひと跳びで青年の背中にとりつく。「おいらに、小蛇の姿でいろってゆーんか。タイジされろってかー」
「別にそこまでは。もっとこう、違う動物に化けたらいいじゃないか。小鳥とか」

「でもなー」
 ラムの背中から水田の縁まで飛び降りて、しゃがみ込んだ。
 水面に映っているのは、前歯の欠けた少年。そこを嬉々として指さした。
「でもおいら、おまえのカオ気に入ってるし」
「…………」
 リアクションに困る、と言いたげな苦い表情で、ラムは額に手の平を当てた。
 ようやく唯美子は悟った。

 ――この幻は、記憶だ。
 どういう原理かはわからないが、おそらくナガメの記憶の中に囚われているのだろう。彼の経験した会話、事象をたどっているのだから、唯美子の意思で手足を動かせないのは当然だ。もしかしたら、あの小瓶に細工がされていたのかもしれない。

 そしてもうひとつ。今まで思い付かなかったのがおかしいくらいだ――
 ナガメの少年と青年の姿は、知っている人間をなぞったものだった。それ以外の擬態の精度が著しく落ちるのは、モデルとなった人物がいないからか。
 するとナガメとラムという男性はどういう関係であったのか。自然と気になってくる。

「なーなー、そんなことよりほかにききたいことあんじゃねーの」
 心の内を見透かされ、ラムは大きく嘆息した。
「そういう察しのいいところが全然子供らしくないんだ……蛟龍、やはり蔵の食糧をくすねているのが何なのか知っているのか」
 チッチッチッ、とリズムのきいた舌打ちを返す。

「何、じゃなくて、誰、のまちがいだな。しってるぜ」
「一体誰なんだ!」
 村人の裏切りが信じられないのか、ラムはナガメの細い肩を掴んで声を荒げた。揺さぶられながらも、ナガメはのんきな声で名を答えた。

「あの人がどうして――いや、言わなくていい。僕が直接訊き出す。本人のあずかり知らないところで、交わすような会話じゃないな」
「そーか? いちおー動機も知ってるけど」
「やめておく」
 ラムは弱々しく頭を振って立ち上がった。

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08:37:02 | 小説 | コメント(0) | page top↑
9月に読んだ本まとめ
2018 / 10 / 05 ( Fri )
9月の読書メーター
読んだ本の数:4
読んだページ数:1042
ナイス数:59

図書館の魔女 第二巻 (講談社文庫)図書館の魔女 第二巻 (講談社文庫)感想
面白かった。節目の巻って感じ。世界説明をされても目が滑った一巻に比べ、今度は話が進みながらの説明だったのですんなり入ってきた。キリヒトは忍者の里の子か何かと思ってたが、まさかそうくるとは…機械的に実行する彼と少年の彼の危ういバランスが、実に好きだ。うん、好きだ。完全な闇の中に二人しかいないとか、手から水を飲むとか、えr…萌えシチュエーションである。ラストシーンの夜がきれい。余談、名前が出て来た時点で死亡フラグかと思ったらいい意味で裏切られた。
読了日:09月24日 著者:高田 大介
燦然のソウルスピナ 1 (プライムノベルス)燦然のソウルスピナ 1 (プライムノベルス)感想
ウェブはかなり序盤で読む手を止めちゃってたので、電子書籍化に際して購読。迫力あるバトルシーンや、縦横無尽に広がる世界がおいしい。力がそこにあるから人は狂うのか、狂った先に力があっただけなのか…。ただひとつ消化しきれなかったのは主人公の恋愛観、複数の女性の間ふらりふらりと心が飛んでるのはこの世界の基準的にアリっぽい(?)けど、囚われの女を救いに行くのに手伝ってくれる女にドギマギして…うーん。そも、シオンとは色恋じゃなく戦友でいてほしかったような気も(複雑)イズマさんが好きなので続きも追っていきたいところ。
読了日:09月19日 著者:蕗字 歩
HUMINT(2) (ヤンマガKCスペシャル)HUMINT(2) (ヤンマガKCスペシャル)感想
一巻に引き続き派手なアクションはもちろん、人間らしい表情とか、必死に生きる人とか、心を打つところ多し。しかしこの二巻に抱いた一番強い感想:こわい
読了日:09月19日 著者:マツリ
夏の庭―The Friends (新潮文庫)夏の庭―The Friends (新潮文庫)感想
これは安易に感想を書けない本。丁寧に、繊細に、心に呼びかけるものがあった。読み終わったら他の人も読めるように手放そうと思ってたけれど、いまちょっと迷うくらいに美しい。文は淡々としているように見えて、そんなことは全くなかった。出会い。思い出。少年たちの成長。よい。
読了日:09月05日 著者:湯本 香樹実

読書メーター

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01:32:51 | 読書 | コメント(0) | page top↑
3-1. c
2018 / 10 / 01 ( Mon )
(なんだろう。織元さんのかな)
 もし大切なものだったら雨に濡れては困るだろう。そっと手の平で包んで、屋内に持っていこうと考える。

 俄かに視界が明るくなった。
 背後の天空を稲妻が駆け抜けたのである。
 遅れてやってきた轟音に驚いて、唯美子は大きく肩を震わせた。小瓶を取り落としてしまうほどに。

 転がりゆく小瓶を急いで追う。瓶は把手がない形であるため、妨げられることなくどんどん先を行った。ひょっとしてこのまま山からも落ちるのではないかと焦る。
 さすがにそんなことにはならなかったが、唯美子の見ている前で、瓶は樹の根元に激突して割れた。

(そんな……)
 落胆を胸に、瓶の残骸を覗き込む。大小さまざまな破片となって砕けてしまい、きれいに繋ぎ合わせて復元するのは難しそうだ。
 幸いにも中身は空っぽで――

 ――空っぽだったのか?
 唯美子の視覚は、立ち上る微かな霧をとらえた。雨粒が地面に弾けてできた霧ではないと断じたのは、色がついているように見えたからだ。
 己のうかつさに気付かずに、破片のひとつを拾い上げる。

「熱ッ」
 指が焼けるようだった。痛みに身じろぎをした一瞬の間に、破片は霧と化した。
 紫色の霧が渦を巻いて濃くなる。
 ――取り込まれる!
 悲鳴ごと、空間から切り取られたような感覚があった。


 次に意識が浮上した時には、肌を細やかに打つ水の感触が消えていた。
 雨が降っていない。それどころか、振り仰げば、多彩な雲が散らばる晴天だった。湿気や気温は秋というよりも春か夏に近いものがある、と唯美子は奇妙に思いながら辺りを見回す。

 そんなに長く意識を失っていたのだろうか。そもそもどうして意識が途切れたのだろうか。
 わけがわからずに一歩、二歩と足を踏み出す。
 眼前を覆い尽くす藪をかき分けると――
 まったく見覚えのない景観が少し坂下にあった。

 見渡す限りの、水田。
 等間隔に植えられた瑞々しい稲を包む水は穏やかで、明瞭に空の模様を映し上げている。時折響く蛙の鳴き声が、いい雰囲気をつくり上げる。
 美しい景色だ。美しいが、感心している場合ではなかった。

(え? え、なんで?)
 一気に混乱がこみ上げてきた。
(ここはどこ? いま何時? なんでわたし……さっきまで茶屋にいたはずじゃ)
 水田はひとりを除いてほぼ無人だった。ひとりの男性が、叫べばかろうじて声が届くような距離にいて、稲の様子を確かめていた。
 三角笠と丈の短い着物を着た青年だ。

(このひとに訊ねてみよう)
 体を動かそうとして、しかしうまくいかなかった。何度試しても、意識して手足を繰ることができない。さっきは歩けたのに、何故――? 
 声も出せない。

 やがて青年がこちらに気付いて、近寄ってきた。そのことが不思議とうれしかった。
 変な気分だ。まごうことなき自分自身の感情と受け入れるほどに自然に沁み込んで、けれども心のどこかで、これが自分の心情ではないことを俯瞰して知っているようだった。
 おかしなことばかりだ。金縛りがとけたのか、藪から飛び出し、青年の元に行こうとした。
 彼が笠を右手の親指でくいっと持ち上げた瞬間、唯美子はふたつの意味で驚いた。

(ナガメ……!?)
 三角錐の笠の下から現れたのは、確かに見知った顔だった。新たに驚いたのは、その表情が怒っていて、或いは不機嫌そうに見えたからだ。ナガメのこのような表情を見るのは初めてだ。
 まるで別人のように、「人間臭い」顔だと思った。

 男性の唇が開きかけるのを認めた。
 かと思えば、視界がぐるんと反転した。気が付けば再び藪の中に戻り、身を隠すようにして、青年の様子を窺っていた。

「ラムさーん!」
 水田の向こうから呼ばわる声がある。女性の声だった。
「ハーイ、いま行きマス!」
 これはまた驚いた。確かにナガメと同じ声帯だったが、使い方がずいぶんと違った。喋るトーンはいくらか高く爽やかで、言葉の節々にぎこちなさが――訛りがあった。

 別人のようではなく、別人なのだ。
 ラムと呼ばれた、ナガメと瓜二つの青年は水田の間のあぜ道を駆け下りて、女性に向かって会釈した。

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07:38:16 | 小説 | コメント(0) | page top↑
3-1. b
2018 / 09 / 20 ( Thu )
「少なくとも必要な齢の過半数は重ねているはずです。水神には、眷属になりたがるモノ、利用したがるニンゲンなど、お呼びでなくても勝手に集まってくるものです。どんなにうまく隠しているつもりでも、必ず誰かが気付きます」
 織元の言を追うように、橙色の葉っぱがどこからかひらひらと舞い降りる。何気なく目で追っていたら、織元の長い指がぱしっとそれを捕らえてみせた。そのまま口元を覆い隠す。一瞬、葉を食べる気なのかと思った。

「掛かり合いたいと願いますか。あなたは人の身ひとつで、畏敬すべき異形に、つながりを持ち続けてもいいのですか」
 遠回しに何を訊かれているのか、察しがついた。安易に頷かずに、唯美子はゆっくりと返事を組み立てる。
「わたしは、ミズチと関わり続けていたいです。でも、彼以外の未知の脅威と向き合えるかは自信がありません。そのためにあなたを訪問しました。わたしの……体質? をどうにかしてもらいたくて」

 みなまで言わずとも祖母の師たる彼は知っているのだろう。ナガメも事前に話を通していると言った。
 果たして、織元は朱に彩られた瞳を思慮深げに細めた。それから木の葉を口元から取り除いて、薄い唇を開く。ひとつはっきりさせたいのですが、と切り出した。

「どうにかする、とは、あの者との思い出を再び忘却の彼方へ追いやることと同義です」
 衝撃だった。期待した答えではなかった。身を乗り出して、抗議する。
「そんな! 改めて相談しに来たくらいだから、おばあちゃんのかけた術とは違う、ほかのやり方があるものかと」
「ええ、この機に改めて検討しました。結論は同じでした。あなたの我々への『認識』が封印をほころばせる。ではミズチにニンゲンのふりを徹底してもらって、あなたからも我々への認識を引き抜くのは、どうか」
 唯美子をも欺き、人ならざるものであることを隠すなら――

「そう考えましたが、いま一度不可視の術をかけたとしても、あの者の残り香がうつってしまえば隠れ蓑は消滅します。解決たりえないでしょう」
「香りって、あの水の匂いみたいな……?」
「匂いと表現するのがもっとも近いだけで、嗅覚が感じ取れるそれとは別です。枠に収まらぬモノを察知する、直感のようなものと言いましょうか。あなたの、そう――我々の瞳がときおり光って見えるのは、そういう直感の表れです」

 織元は次々と仮定を積み上げていった。
 いっそのこと、ミズチ自身にも「己はニンゲンだ」と思い込ませる催眠と、彼にも不可視の術をかけてはどうか。それも厳しい。ほかの問題点をなんとかごまかせても、擬態に過ぎない体への違和感から自覚が芽生えてしまい、催眠は長くもたないだろう。

「それ以前に、あの子はそんな仕打ちに納得しませんよね」
 おや、と織元は唯美子の反論に目を瞬かせた。
「お気遣いなく。あの者からは、あなたの望む通りにするようにと言われています。極端な方法を用いても、承服するでしょう。けれど私の見解では、やはり記憶を消して、接触を断つ以上にうまいやり方はないかと」

「ミズチはこのことを」
「最初から全部、理解した上であなたをここに連れてきています」
 ――どうして話してくれないの。
 詰問すべき相手はこの場におらず、唯美子はやるせない気持ちを視線に込めて織元にぶつけることしかできなかった。それを受けた正面の彼は、不思議そうな表情で長い髪を結っている。

 彼らの性質、だろうか。
 ナガメが自由気ままに過ごしているのはいつものことで、悪く言えば自分勝手な性格だが、大事なことは話し合ってから決めると思っていた。その前提はしかし、友人や家族同士でも成り立たない場合は多い。どうして、頼まなくても彼がそうしてくれると思い込んだのだろうか。
 この関係はそもそも、いったい何であるのだろうか。

「こちら側からの厄にも立ち向かう覚悟で、我々と関わり続けてもかまいません。あまりお勧めできませんが。あなたはヒヨリ嬢の才能を引き継いでいませんし、また、見たところ『攻撃性』に欠けているようです。たとえば法術の修行をしてみても、実際に誰かに術を向けられるとは思えません」
「攻撃性……」
 男性の物腰は柔らかいが、歯にものを着せない言い方をする。曖昧な表現や嘘をつかれるよりはずっといい。妙な感慨を受けた。
「それが悪いこととは言いません。他者を傷つけられないのが、ユミコ嬢の特性であり長所なのですよ」
 ありがとうございます、と小さく点頭すると、織元は優しく微笑んだ。

「失礼。どうぞくつろいでいてください」
「はい」
 話し込んでいた間に、山道をゆったりと登る人影が現れていた。三人の高齢の女性客だ。織元は颯爽と彼女らの傍らに馳せ参じて、足の悪そうなひとりに手を差し伸べた。親しげに話すあたり、常連客のようだ。

 だが不運なことに、彼女らの到着と同時に小雨が降り出した。織元が客を小屋の中に案内する間、せめて使っていた茶器を片付けようと唯美子が立ち上がる。
(あれ?)
 急須に隠れて死角にあったのだろうか、その時になって初めて、古そうな小瓶が目に入った。



更新遅れました。いきてます/(^o^)\

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22:37:56 | 小説 | コメント(0) | page top↑
3-1. a
2018 / 09 / 10 ( Mon )
 山奥の茶屋から日没を眺めていた。向かいの席には大層うつくしい男性、その横顔は、暮れ行く太陽の最後の熱気を受け取るかのように赤く染まっている。
 映画のワンシーンのような光景――それに、唯美子は見惚れるよりも落ち着かなさをおぼえていた。

 肩よりも長い黒髪と目の上にひいた朱色が印象的な男性は、逆に肌が陶磁器のように白かった。彫りが深く端正な顔の中にある黒目は意外に大きく、丸みを帯びていて、可愛らしいと言えなくもない。

 自らを織元と名乗った男性は銀鼠の着物を着こなし、湯飲みを片手でもてあそびながら頬杖をついている。深い物思いの最中なのかわからなくて、唯美子は声をかけづらい。そもそも共通の話題と言えば、彼を狸野郎と呼ぶナガメだけだ。

 当のナガメはこの場にいない。茶屋に着くなり、織元に「近くの温泉からバケモノ払いの依頼が入っています。即刻行ってきてください」と送り出されたのである。しかも出るのは女湯らしく、ナガメはご丁寧に若い女子の擬態をしてから出発した。

「ユミコ嬢」
「え、あ、はい」
 にわかな呼びかけに狼狽する。
「お茶のおかわりはいかがですか」
 滑らかな声だ。はちみつの海をたゆたうような、撫でられる猫が出す声のような。男性が微笑むと、大きな目がやさしく細められた。ドギマギせずにはいられない。

「じゃあ、いただきます」
「ええどうぞ」
 織元はふわりと腰を上げ、優雅な仕草で急須を傾けた。湯気と共に、ほうじ茶の芳醇な香りが鼻孔を通り上がる。
 再び席に腰かけて、織元は破顔した。

「やはり、ヒヨリ嬢の若い頃の面影がありますね。こうしてお会いできてうれしいですよ」
「私もおばあちゃんが師事した人に会えて、うれしいです」
 そう返せば、彼はくすくすと上品に笑った。そういえば彼は人ではないのかもしれないと唯美子は遅れて気が付いた。
「型だけです。もともと才能のある娘でしたので、基本だけ教えたらあっという間に伸びたものです」

「そうでしたか」
「時にユミコ嬢、ミズチはどうです。迷惑をかけられてはいませんか」
 話題を変えた途端、織元の柔らかい雰囲気も一変し、わずらわしいものを思い浮かべる顔になった。
「迷惑だなんてそんな。いつも助けられてます」
 唯美子は両手を振って否定するが、織元は胡乱げに応じる。

「本当に? あの者は長く生きていながら他者とあまり関わってこなかった弊害で、気配りなどまったくできませんし。何かあったら遠慮なく相談してくださいね」
 そう言って彼はスマートフォンを取り出して番号交換を促した。この浮世離れした山奥の茶店の主人は、見た目に反して現代的であった。電波が届くのも驚きだ。
 連絡先をお互いに登録すると、唯美子はひとつ訊ねた。

「ミズチとは知り合って長いんですか」
「あの者がこの国に来てしばらく経ってからですね。百五十は超えますが、おそらく、二百年に満たないかと」
 唯美子が無言で驚愕している間、織元は茶をのんびりとすすった。

「そんなに経ってるんですか。あれ、彼は自分のことを五百年とちょっとを生きてるって言ってたから……何歳くらいで日本に来たことに……?」
 織元は意外そうに眉を吊り上げた。
「五百? ああ、あの者はサバをよんでいますよ」
「えっ、どっちにですか」

「実際に生きた年数はもっと多いはずです。大雑把さゆえにおぼえていないだけとも考えられますが、私の推測では、別の理由があるように思います」
 ふう、と織元は湯飲みの縁に息を吹きかけた。数秒の沈黙の後、話を続けてくれる。
「千五百年を生きた水蛇はおのずと龍に昇格します。そのことを周りに感付かれれば面倒だからと、なるべくごまかそうとしているのかと」

「龍に……」
 例によって実感の沸かない話だった。
 いわく、水蛇は五百年で蛟に、さらに五百年経て龍になれるらしい。そこから五百年、また千年生きればより上の階級に進めると言うが、いずれも龍神である。蛟とは龍神の幼体なのだ。


こいつらいつもお茶のんでんな…( ^^) _旦~~

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08:22:28 | 小説 | コメント(0) | page top↑
α.6.
2018 / 09 / 09 ( Sun )
←前の話


 昔々、創造の女神が遥か大きな岩を顕現させた。
 その表面を叩いてできたヒビや溝を塩水で満たし、大地と海をつくりたもうた。楽しくなり、踊り狂った女神の足が触れた箇所を中心に、動植物の実りをゆるす三つの大陸が出来上がった。
 それぞれの大陸の間には海と荒野と容易には超えられない山脈が残った。
 大地にはさまざまな命が芽吹き、人が誕生し、文明や魔法が生まれた。人類は見事に栄えてみせた。
 だがいつからだろうか、文明が行き詰まった。大陸のひとつは激しすぎる戦禍に、草も生えない不毛の土地に成り果てたのである。
 あとの二つの大陸も同じ末路をたどるのではないかと危惧した女神が、ある策を立てた。御身から切り離した精《エーテル》を金魚の形に替え、残る二つの大陸に送り込んだのだ。金魚の精は自らの器たりえる魂を探し出し、その肉体にとりついた。
 金魚たちは、鏡を通したように姿が似ていながら異なる性質の人間を選び、ふたりが出会えるように特殊な方法で道をつないだという。
 金魚の器たちは紆余曲折を経て相手とわかりあい、双方の大陸が手を取り合えるように計らった。それは、ふたりにしかできないことだった。
 人の世はこうして生き永らえた。
 後の世の者はこのことをおぼえていなければならない。リグレファルナの伝説は、教訓である――。

     *

 アイヴォリが知っている限りを語り尽くしても、アイリスとカジオンは「意味不明」「お子様向け」と言って真に受けなかった。運命の乙女だとか世界の流れを変える金魚だとか、そんな眉唾物が自分と関係あるはずがないと、アイリスは頑なに聞き耳を持たない。
(私も半信半疑ではあるかな)
 内容もうろ覚えだ。伝説の中の金魚に憑かれた御使いたちは、強い意思と輝かんばかりのカリスマ性や求心力を持っていたように思う。どれほど甘く見積もっても、自分に到底務まるような使命ではないだろう。
「お父様、お母様。私は生きるだけで精一杯なのに、世界の為に何ができるかしら」
 胸元を見下ろしてひとりごちる。
「セカイとかあんたまだそんなこと言ってんの」
「ひゃあ!」
 背後から声をかけられ、アイヴォリは地面から足の裏が飛び上がるほどに驚いた。声の主は普通にアイリスだったが、今この場にいることの方が意外だった。
「あの、どうしてここに」
 急を要する用事があるのだろうかと身構える。
「あんたが体拭くだけにすっごく時間かかってるなって思ってきてみたんでしょ。まだモタモタと服脱いでたとはね」
「もたもた……」
「さっすがはお貴族サマね、自分で着替えたことないんじゃないのってくらい手際悪いわ」
「うう、そんなこと……肌着とか、自分で着れるとこもある、よ」
 一方で口と同時にアイリスの手がせわしなく動いていた。見ているこちらが混乱しそうなほどだ。彼女はチュニックを脱ぎ捨てるのではなく結び紐のみを解き、襟元を広げて腕や肩をあらわにした。
 ――なるほど、そうやればいいのか!
 アイヴォリが目をみはっている間にアイリスは桶の縁にかかっていた手ぬぐいを取って水に濡らし、顔や首、肩や胸元をさっさと拭ってみせた。右手から左手に手ぬぐいを持ち替えてからも流れるような手際の良さだ。
「なにぼーっとしてんのよ。手伝ってあげようか?」
 願ってもない申し出に、アイヴォリは消え入るような声で「おねがいします」と応じる。請け負うアイリスの笑顔は朗らかそのもので、まるで嫌味がない。それどころか城の召使いの女性らよりもはるかに快く感じる。
 アイリスがすぐ後ろに立った。
「手のかかる妹みたいで面白いわー。ね、アイヴォリってきょうだいいる?」
 背骨に沿って上下に並んだボタンが、ひとつずつ外れていくのを感じる。
「いないわ」
「そか。うちは一応カジが年上だけど、兄っつーより弟みたいな時もあるし、なんだかね」
「ふたりに血のつながりはないんだよね」
 ここぞとばかりに、気になっていた事項を確認した。
 触れてはいけないことを訊いているかもしれないという可能性は視野になかった。そしてどのみちその心配は無用だった。アイリスはよどみなく、平然と答える。
「ないわよー。あたしらは同じ孤児院にいてね、そこがある時ヘンないちゃもんつけに来た奴に取り壊されちゃって。行き場を失くした者同士、一緒に逃げたの」
 衝撃的な事実がこともなげに羅列される。
 肩から衣服がすでにはだけている現状、羞恥心も忘れ、アイヴォリは自分と顔立ちだけ似た少女を振り返って口をパクパクさせた。
「むごい……どうして」
「政治的? な理由があったんじゃないかって誰かが言ってたわ。そーゆーのあたしらにはどーでもいいし。考えても無駄ムダ。下手人はとっくに掴まって処刑されたわ」
「つらく、なかったの……?」
「つらくないわけないでしょーが」後ろ肩をはたかれた。思わぬ衝撃に、背を逸らせる。「でもただ絶望して終わるのは悔しいじゃない。そこまでしてあたしらを消そうとしたヤツらがいたんなら、何が何でも生き延びてやらないと。それが、あたしたちなりの復讐よ」
 復讐という言葉の響きに背筋がゾッとした。アイリスは表情こそ笑っていたが、橙色寄りの赤い双眸が昏く冷たかった。
「そんな大昔の話より、ついこの前、村をつぶした奴らにこそ報復したい気がしないでもないけど。目下、あんたの身柄をどうにかする方が先かな」
「……ありがとう」
「いいってことよ。じゃあ今度はこっちから質問――」アイリスの指先が、アイヴォリの首元をなぞり、鎖骨を伝って、胸元に流れた。くすぐったさに身じろぎする。「あんたさあ、こんなとこに、宝石? 埋め込んでんの」
 ヒュッと息を呑み込んだ。
 確かにアイヴォリの胸元には、表面が滑らかな大きな水晶が埋め込まれている。長年そうしてあったため、肌とひとつ繋ぎに見えるくらいになじんでいた。透き通った柘榴色の奥には、模様のような一文字が浮かんでいる。
 別段、隠さねばならない代物ではないのだが、理由を説明するのが恥ずかしい。けれども興味津々なアイリスをうまくあしらう方法が思い付かず、結局白状した。
「これは魔法を制御する道具。普通は装飾品にして身に着けるものなんだけど、私は体に触れているくらいじゃないと魔力が……すぐ暴走しちゃうから」
 語尾に向かって声が消え入ってしまった。
 元素魔法は、使い手の意思に連動する。制御がきかないのは、つまりアイヴォリ自身の心の未熟さに由来するのだ。自覚あるものの、出会って間もない相手に語るのは気が引ける。
 ところがアイリスの反応は、違う意味でアイヴォリをうずくまらせることになった。
「あそっか、あんた魔法が使えるのね!? 忘れてたわ! 見たいみたい、超みたい!」
 自分とよく似た顔が目を輝かせて迫ってくる。
 アイヴォリは悲鳴を上げて後退した。
 それから騒ぎを聞きつけたカジオンが「おいどーしたよ」と様子を見に来そうになり、アイヴォリはますます狼狽した。こんな姿を異性に晒せるはずがない。
 だと言うのに、アイリスは半裸のままで「なんでもない! 来んな」と怒鳴ってみせた。
 そういうところは兄妹ゆえの距離感だろうか。
 兄弟がいたことのないアイヴォリには、まったく理解ができなかった。



本当はアイリスが全裸で夜盗とやりあう場面も考えてたのですが、没w

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05:06:39 | 小説 | コメント(0) | page top↑
8月はあんまり読みおわったものがないのだけど一応まとめ
2018 / 09 / 05 ( Wed )
8月の読書メーター
読んだ本の数:4
読んだページ数:912
ナイス数:33

クマとたぬきクマとたぬき感想
かわいい…ほっこり…さいこう……いきるってすばらしい…すばらしい…。ツイッターで前からたまに読んでたのを単行本化に気付くのに遅れた不覚。これは一生大事に読み返して、人にも貸してあげたいレベルのよさです。ありがとう。
読了日:08月30日 著者:
マグメル深海水族館 2 (BUNCH COMICS)マグメル深海水族館 2 (BUNCH COMICS)感想
新キャラが増えて既存キャラも掘り下げられて、ますます面白い。嵐くんの話、同年代で、立場が違うけど道が交差する友達っていいよね。いつも作中は深海水族館にいるだけに、今回けっこうあった地上描写が新鮮。
読了日:08月10日 著者:椙下聖海
マグメル深海水族館 1 (BUNCH COMICS)マグメル深海水族館 1 (BUNCH COMICS)感想
くらげバンチで読んだときよりも絵がきれい! 話が面白い! キャラに愛着沸いた表情がとてもいい! 動物すごい! 目が離せない! ただしあっという間に読んでしまい、四話のみの収録であることに少々不満を感じたので★4
読了日:08月09日 著者:椙下 聖海
図書館の魔女 第一巻 (講談社文庫)図書館の魔女 第一巻 (講談社文庫)感想
ファンタジーを探してた時に目に入って、試し読みの冒頭部分が性に合ったからの衝動買い。もとは上下巻だったのを四分冊したからか、終わり方にやや唐突感。でも下手に危険を出すより「世界が広がった」というイメージに好感。概念の説明や掛け合いがすらすら読めて面白いのに対し、状況描写がテンポ悪く感じてなかなか進められなかった部分もあったが、新しい指話で距離が縮んだり地下探検したりと、ボーイミーツガールの質は高い。マツリカキリヒトの肉体的生命力の対比が好き。続きに期待。
読了日:08月08日 著者:高田 大介

読書メーター

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23:07:18 | 読書 | コメント(0) | page top↑
華ドラといえば
2018 / 08 / 29 ( Wed )
Dramafeverのアカウント前にも作ったっけーっとなってメール検索したら、なんと今は亡き姉に「Ice fantasy - 幻城」というものを2016年に勧められたことを思い出しました。

数年遅れに観て何になるのかって話ですが、ちょっと不思議な気分なので、ウォッチリストに追加しておきました。姉ちゃんも一緒に観ようぜ~

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10:37:45 | 余談 | コメント(0) | page top↑
2-3. e
2018 / 08 / 27 ( Mon )
「お前の体質をどーにかできるとしたら、あいつだ」あくびを挟みながらののんびりとした答えだった。「なんてったって、ひよりの『  』のシフだからな」
「シフ? なんて言ったの」
 謎の名詞は、濃い異国の響きを伴っていてどうにも聴き取れなかった。「ふぁ」「す」と発音した気はするが、間に「つ」または「T」の音も入っていたような。

「んあー、日本語読みわかんね」
 ナガメはゆみの手の平を引き寄せて、指先でするすると文字をなぞった。くすぐったいが、我慢する。「法術」に続いて「師父」だ。
「それは『ほうじゅつ』かな」
「ほうじゅつ。法術《ふぁっ・すっと》、まじないのことだろ」

「おばあちゃんの術のお師匠さんなんだね。うん、会ってみたい」
 断る理由がないどころか願ってもない話だった。唯美子は厄寄せ体質に関してはまだ実感が持てないが、助けになってくれてもくれなくても、祖母の昔の師だという人に会ってみたい。
「決まりだな」
「そうだね、楽しみになってきた」
 諸々の出来事からの心労も、過去を思い出した衝撃も、少しだけ和らいだ気がした。

(このひとは、ヒトに見えても、人の倫理観や道徳観を持ってない)
 では本能のみのケダモノなのかといえば、それも違う。感情があるし、理性もある。
(信じていいの――)
 脳裏にちらつく血濡れた大蛇は相変わらずだ。
 それでいて、幾度も助けてくれたナガメは、一貫して約束を守ってくれている。祖母に求められて助力したのも事実だろう。

 礼は敢えて言わないことにした。まだ、昔のことを整理しきれていないのだ。
 大きく伸びをして立ち上がった。
 すっかり日は暮れかけて、ハトたちもいつの間にか離れた場所で新しい標的に群がっている。そろそろ帰宅した方がいいだろう。母が待っている。
 それにしてもさっきのは何語なの、ふいに訊ねてみるも、青年は首を傾げるだけだった。

     *

 救命行為というものを遠くから見守っていた。
 ぐったりした少女が大人たちにもみくちゃにされているようにしか見えない。胸を圧迫したり、口や鼻をまさぐったりとわけがわからないが、強引に呼吸をさせているのだと、後に説明を聞いた。

 成人済みの方のニンゲンたちは口々に少女の名を呼んでいる。目を覚ませだの死ぬなだのと、同じセリフの繰り返しで騒がしい。湖畔に居た他のニンゲンまでもが手を貸しに集まっている。
 ――死ぬ
 もしも救命措置が実を結ばなかったならばと、その先にある別れを予感して、ミズチは口元をおかしな形に歪ませた。いつになく明瞭な思念を抱く。

(オワカレはやだなぁ。もうあんな、あれは、やだ)
 無意識に、近くのやぶを掴んで揺さぶり始めた。行き場のない焦燥感を、発散するかのように。
 周りの心配をよそに、少女はやがて目を覚ました。取り囲む大人たちが喚く中、当人はぼんやりとしている。

「おかあさんどうしたの」
「よかった、ゆみ……! よかった!」
「くるしいよおかあさん」
「だから僕は早くこんな町出ていこうとあんなに」
 男親が険しく言い捨てると、女親が噛みつきそうな勢いで反論した。

「こんな町って、あなたの故郷でしょう」
「ここで生まれ育ったからこそ、さっさと出ていくべきだと思っている。過疎っていく一方だし、唯美子まで母さんみたいに変なものが見えてしまうんだから」
「おまえ、全部あたしのせいだって思ってるのかい。言っとくがね、都会に出たって、見えるもんは見えちまうよ」
 オトナたちの言い合いは悪化する。

「なかよくしてよう……」
 涙ぐんだ少女のひと声でなんとかその場は収まった。
 結局、口論はひよりのあの決断に続いた。唯美子の記憶と知識から、枠をはみ出たものたちに関する一切を封印するという決断に。


「そういうわけだから。異論は認めないよ」
「…………ん」
 縁側に座るよう招かれたミズチが、幼児の姿で座布団にあぐらをかいていた。大して美味しくもない醤油せんべいを口の中でもごもごと動かして、ひと思案する。
 ここに来ていいのは今日で最後だと、ひよりに言い渡されたばかりだった。明日からは唯美子の気配が異形のモノに認識されないように不可視の術も施すという。

 ――忘れられる。
 ――見つけることも、できない。
 それがどういうことなのかを、不味いせんべいと共にゆっくりと咀嚼する。

「この前はでも、助かったよ。か弱い人間を傷つけないように立ち回るのは大変だったろ。見直したよ。おまえさん、ほんとうにゆみが大好きなんだね」
「だからそー言ってんじゃん」
 答えた自分の声には抑揚がなかった。
 あのねえ、と女は忌々しげに切り出した。

「今生の別れじゃあないさ。あたしがくたばったら、ゆみのこと頼んだよ。あの子はしっかりしてるつもりでなんか危なっかしいのよ。人外絡みに限らず、厄の方が寄ってくるんだねえ」
「わかってる」
 ボキッ、奥歯に割られたせんべいの音が脳にまで反響したようだった。奥歯は普段ほとんど使わないので、変な感覚だ。

「都合の良いこと言っちゃって、悪いね」
「別に」
 何故とは言えないが、ひよりがこう願い出ることはなんとなく予想できていた。
「最期まで守り抜くつもりで関わることだね。人間は――……もろいんだ」
「わかってるよ、それも」
 ありがとう。安堵したように、ひよりは胸に手を当てた。

「願わくばあたしがいなくなる頃のゆみが、己を取り巻くすべてを受け止める強さを身に着けていることを。今は大人が守ってやるしかなくても。忘れさせることが我々の尽くせる最善、でも」
 和服姿の女は遥か遠くにある月亮を潤んだ眼差しで見つめ、ため息をつく。

「あの子にもいつか選べる時が来る」眼差しは、ミズチへと焦点を合わせた。「ゆみがもう一度全部忘れたいと願うなら、尊重してやってほしいんだ。でももしも関わり続けていたいと願うんなら――よろしく頼むよ」
「ん。頼まれてやる」
 けどそれっていつ? 訊いても、ひよりは肩をすくめる。ニンゲンの時間で十年以上はかかるだろうと言う。

「えー。待ってんの退屈だなー」
「修行の旅にでも出たらどうだい」
「いいなそれ。じゃあアレだ、既存の大型爬虫類とかたっぱしからやり合ってくるか」
「戻る頃にはゆみは水が平気になってるといいね。あれからプールも嫌がってるんだ。水の精であるおまえさんには、きつい話だろ」

「なんだよ。おいらに気ぃつかうとからしくねーな」
「うるさいよ」
 女の笑い声は、夜の空気を静かに震わせた。


 時が経つのは遅いようで早い。
 あれが漆原ひよりと交わした最後の会話だった。その事実をミズチは悲しいとも惜しいとも感じず、「意外にあっけない」とだけ思うのだった。
 十年以上、経っている。唯美子が選ぶ時が迫っていることも明白だ。

 気乗りしない。
 唯美子が公園を去り、ミズチはひとり残って砂場の中で横になっていた。夜までこうしていると通りすがりにホームレスと呼ばれることはわかっているが、別段どうでもいい。

(俺は……選んでもらえないかもしれないのが、)
 思考回路はそこで詰まる。
 ハンカチの結び目をいじって、気を紛らわせてみた。紛れるどころか、もやもやは増すばかりだ。別のことに意を向けるとする。

 何十、何百年前だったか、かつて出逢ったひとりのニンゲンを思い浮かべた。
 ――善意は、心地良い。
 別れは、嫌だ――



(三章につづく)


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06:33:43 | 小説 | コメント(0) | page top↑
2-3. d
2018 / 08 / 22 ( Wed )
 そのまま、数分間動かずに過ごした。
 真向いのベンチの下で、大小さまざまなハトたちが、たい焼きの食べ残しらしきものを激しく取り合っていた。気分が未だに優れない唯美子には、羽根がけたたましく飛び交うさまが目まぐるしい。まじまじとは見たくないものだった。

 けれども蛇は元来肉食であるはずだ。あの鳥はナガメには美味しそうに見えたりするのだろうか、視線がぼうっとそちらに注がれている。

「大体思い出したみてーだな」
 どこか無機質に彼が問いただす。うん、と小声で応じると、それからナガメはぽつぽつと足りない部分を補足してくれた。

「ついてくんなとは言われたけど、ひよりは俺の眷属の姿形を知らなかった。鉄紺・栗川に離れた場所から様子を探らせてたんだ。だから、ひよりが式神を飛ばして助けを求めた時、早くに気付けた」
 式神とは実体の無い霊的存在を使役する呪術らしい。映画や漫画の中ならともかく、それが身近な人間の名と一緒に挙げられるのが不思議だ。

「おばあちゃんが……?」
「あいつはそういう判断に手間取ったりしない。自分の手に負えない事態だってわかった時点で、術を発動したんだろーな」
 それでも呼ばれてから駆け付けるまでに十五分はかかった。

 二匹の獣は、水中で対峙した。ナマズは最初から「ミズチ」と取引をするつもりもなければ追い払う気もなく、徹底的に始末する心積もりだったそうだ。
 状況の不利を覆したのは、ナマズの意識の外にあった、人間の動きだった。

「人質を取られていてもひよりの機転でどうにかなった。あいつが隙を見つけてゆみを助け出して、後は」
「きみが金色のナマズを倒したんだね」
「ん」
 語る過去が尽きたかのように、青年は言葉を続けなかった。
 そよ風が、彼の黒い前髪を無音に揺すっている。

(昔のわたしはあれがナガメの別の姿だってわかってたのかな)
 どうやっても思い出せそうにない。だがその後に何があったのかは、忘れていたのが信じられないくらいに、今でははっきりと思い出せる。
 あの日を境に家族の歯車が合わなくなった。

 転勤を以前から考慮していた父が何日もかけて母と言い合い、環境を変えた方が唯美子の為だとの主張を押し通したことや、引っ越し先の新しい職場になじめなかった母がどんな顔で夜帰ってきたのかなど、鮮明に思い出せる。両親の仲は冷める一方で、別居、離婚、と物事は知らぬうちに展開していった。

 どちらが唯美子を引き取るかでまた、何週間も揉めていたように思う。最終的に父のもとに残ったのにはいくつか決定的な理由があったのだろうが、いずれにせよ家族がバラバラになってしまった。とても、とても悲しかった。

 ちなみに父は唯美子が中学生の時に再婚した。相手に連れ子がおり、急に兄ができた。今ではそれなりに仲は良好で兄夫婦の家に遊びに行くことも少なくないが、当時はずいぶんと戸惑ったものだ――。
 記憶の川を漂い始めて数分。お互い黙り込んでいるのがはた目には変だが、決して嫌な空気ではない。

「ね、責任、感じてたりする」
 急な問いに、ナガメは黒い瞳をぱちくりさせた。
「責任って何の?」
「んーん、やっぱなんでもないや」
 唯美子は所在なげに足をぶらぶらさせる。

 家族というものを、きっと彼はあまり理解できていない。爬虫類には卵生ではなく胎生の種もいれば子を大切に育てる種すらいるらしいが(再会して以来、何度か蛇の生態を検索にかけて知った)ナガメが自責の念に駆られているとは考えにくい。もちろん、責めたいとは思わない。

「でさ、ゆみ。来週末ひま?」
 競うように急な問いが返ってきた。今度はこちらが目を瞬《しばた》かせる番だった。よくわからないままスマホを取り出し、カレンダーアプリを覗いてみる。
「今のところ予定はないよ」
「じゃーちょっと出かけるか」
「え、きみとわたしで?」

「他に誰がいるんだよ。狸野郎のとこ、行こうぜ」
 狸野郎とは、彼が以前に言っていた「やどぬし」を指しているのだろうか。ナガメの交友関係には興味あるものの、またどうして、そんな話が出るのか。
「突拍子のない提案だけど……その心は……?」




長くなったので分割しました。次の記事で三章終わりっす。

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20:55:09 | 小説 | コメント(0) | page top↑
2-3. c
2018 / 08 / 16 ( Thu )
 黄金色の巨大ナマズ。囁くように、キーワードを復唱してみる。
 次いで瞼を下ろし、過去へと連なる記憶の糸を手繰り寄せた。
 すぐには映像が浮かばなかった。
 先によみがえったのは匂いだった。土や泥、瑞々しい草木と、水場特有の香り。それから、音がきた。話し声や虫の音、遠くに響く他の家族が連れた犬の吠え声――。

 水の匂いは、唯美子にナガメを連想させた。たったひとりの友達がこの場に居ないことがつまらなくて、何かにつけて思い出していたのも事実だ。
 大人たちがテントを張ったり食事の準備をする間、唯美子に手伝えることは限られていた。遊んでていいのよと笑顔で母に言い渡され、ひとりうろちょろしていたのをおぼえている。

 旅行中はどんな天気だったのか、日焼け止めを塗ったのかそれとも傘を出したのか、その辺りは思い出せない。視覚情報は依然としておぼろげだ。
 突如、冷水に包まれたような感覚がした。

 追体験だ。察した頃には既に肌が濡れた感触を思い出し、呼吸器官が存在しないプレッシャーにもがき苦しんでいた。
 溺れていた。鼻が反射的に空気を求めて収縮しても、冷酷に流れ込んできたのが水だった。

 パニックに陥るまでに数秒とかからなかった。それからどんな行動をとったのかは詳細におぼえていないが、冷静に対処できていなかったのは間違いない。
 ――直前までの自分に、湖に入る気はなかったはずだ。
 水着は持参していたし、折を見て親の監督のもとに泳ぐつもりはあったのだと思う。でもあれは、そういった意識的に取り組む遊びとはかけ離れた出来事だった。

 溺れた時の記憶は、親に聞かされた話も合わせて、もともと断片的に持っていた。
 欠けているのは、前後である。

(服を着たまま、湖に「落ちた」の?)
 不慮の事故が原因で、今現在に及ぶほどの水泳への苦手意識を植え付けられたというのか。
(でも怖かった。死ぬほど怖かったな、あの時)
 湖の中は緑色によどんで、ほの暗かった。他に何を見たのか――否、その前に、どうして落ちたのか――

 縁におかしなものを見た気がする。黄金色、そうだ、あれは金色だった。たまに雑誌やニュースで観る黄色っぽいものではなく、体中に砂金がひっついているみたいな黄金に光り輝く表面をしていた。
 そこからして既におかしい。水底や岩陰にいるはずのナマズが水面にあがってきたのも、派手な金色をしていたのも不自然だ。言わずもがな、幼い唯美子を丸呑みできそうな大きさであったのもだ。

 けれど最も異様だったのは、見た後のことだ。その魚は巨大なひげを震わせたのだった。まるで伝えたい言葉があるように。案の定、「言葉」が唯美子の神経に届いた。
 ――新たな水の精が現れたんだってぇな。ニンゲンの小娘に取り入って、この近くに住み着いたってぇ話だ。

 ――いまおさかなさんがしゃべったの? みずのせーってなあに?
 ――むすめっこ、おめぇに恨みはねぇ。けどな、ここは昔からおらのナワバリだってぇんだ、勝手な真似されちゃあ困るんでぇ。

 ぽくっ。
 腕にそれが噛みついた音はどこか間が抜けていて、けれども腕が訴えた鋭い痛みが、ことの重大さを知らしめた。悲鳴を上げられるより早く、引きずり込まれた。
 そこから先は、悪夢だった。湖の中心まで連れ込まれ、しかも死なないように時折息継ぎをさせてもらえたのだ。人の目の届かない絶妙な加減で、時折水中に潜ったりなどして。

(あれ? 息をさせて「もらえた」って)
 どうやらあの獣には人質を取るという知恵があったようだ。そうしているうちに溺れて失神したのだろうか。
(ううん、まだある。まだ、思い出せる……)
 欠落した記憶の隙間を飛び越えて。ひとつ、ちらつく場面があった。

 三日月のように反り返り、ぐったりとした黄金色の巨大ナマズ。
 周囲の水に暗く淀んだ帯のようなものがひらひらと舞い広がるさまはひどく不吉で。臓腑をかき乱されたような、気分の悪さが付いて回った。
(血――!?)
 本当に忘れねばならなかったのは果たして何であったのか。じわじわと体力を奪われながら溺れた体験でも、怪物にさらわれたという異常事態でも、なかった。

 己を上回る体格の生き物にまったくひるまず噛みつき、顎の後方に生えた牙で獲物を毒して撃沈させられる化け物がいた。これまた異様に大きく、深緑と黄色の鱗に覆われていた。長くてうねうねしているだけでも唯美子には気持ち悪いのに、胴体には四本の短い足がついていた。
 水中を伝って耳朶に届いた音は、残虐極まりなかったように記憶している。ただの、思い込みかもしれないが。

(全長十メートル……! じゃあ、あれは!)
 ――あの黒く無感動そうな双眸の主は――。
 喰われた加害者《ナマズ》を、かわいそうに感じるべきかどうかはわからない。助けてもらったとはいえ、ナガメの所業を咎めるべきかどうかもわからない。縄張りを侵されていると他者が感じないように事前に防ぐ手もあっただろうに。

(気持ち悪い)
 目を見開き、口元を両手で抑えた。隣の青年は解せないものを見るように訊ねた。
「ものほしそうにこっち見てるけど、どした?」
「物欲しそうじゃなくて、助けてほしいんだよ……!」
「助けてって?」

「た、体調悪いの。見てわからない」
「体温上がってるなー、はわかる」
 彼は背中をさすってくれるわけでも、自販機から飲み物を買ってきてくれるわけでも、手を握ってくれるわけでもなかった。なるほど確かに、労わり方がわからないようだ。
「も、いい……少し静かにしてれば治まるよ」

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12:04:07 | 小説 | コメント(0) | page top↑
2-3. b
2018 / 08 / 12 ( Sun )


 ――次の週は家族旅行に出かけるから絶対に出て来るな。
 そのようにひよりに強く釘をさされ、ミズチはひたすら不満を垂れた。縁側で月明かりに佇む彼女に向かって「なんでー」を連呼する。

「なんでも何もないだろ。家族水入らずの時間に邪魔をされたらたまらないからね。息子と由梨さんはめったに休暇が重ならないんだ。ゆみがかわいいなら、時には距離を置くのも大事だよ」 
 えーあいつらの都合なんて知らんし、とミズチは常のように中庭の芝生の上にあお向けになった。

「絶対について来るんじゃないよ。ただでさえ『枠をはみ出た』おまえさんたちは、幽霊みたいなところがあるんだから」
「ゆーれい? おいらは実体あるぜ」
「じゃなくてね。話題にしたり意識するだけで、呼び寄せちゃうってとこさ」
 ひよりはそう言って、肩にかかる髪をわずらわしそうに払う。

 ミズチは反論できなくて唸った。思い浮かべるだけで縁ができてしまうものと論じるならそれは何も「獣」や幽霊に限った話ではないが、自分たちのような曖昧な存在は、割合それが強く反映されるようではある。
 これと言って、思念を受信したから近寄っているつもりはないのだが。

「ゆみに聞いてないだろ。おまえさんと出会ってからは、ひとりの時でも『変な生き物』を見るようになったそうだよ。目の前を横切ったカブトムシに猫みたいな毛むくじゃらの尻尾がついてたり、下校中に、神話のキメラみたいな大きな影が横を通り過ぎたりとね」
「それがどーしたんだ? いるからみえるんだろ」

「どうしたんだ、だって!? そんなものに何度も出くわして、幼い子の手に負えるわけがないじゃないか。次はもっと危ないものが近付いたらどうするんだい。頭が追いつかないうちは驚いているだけで済むけど、いずれはその場に凍り付くような恐怖にかわる。おまえさんの恐ろしさにも、気づくだろうよ」

 逆さで見る女の面貌は、表情は、大真面目だった。
 ミズチにはひよりの言っている意味が半分ほども伝わらなかった。他の獣にならともかく、唯美子に恐ろしがられる筋合いはないはずだが……。

「いいじゃんか、ゆみはおいらがまもる。そう約束したんだ」
「心意気はじゅうぶんだがね。上位個体に、か弱い生物が守れるかい? 眷属じゃないんだよ、傍にいたっておまえさんの強靭な生命力にあやかることはできないんだ」
 ならば彼女を自身の眷属に迎えれば解決するのではないか――脳裏に一瞬ひらめいた考えを、どこかへ追いやる。前例のない話ではなかったが、それはミズチの望むところではなかった。

「っかー! ねちねちうるさいな。わーったよ、行かなきゃいいんだろ、いかなきゃ」
 結局、保護者の意思に従うことに決める。
「それでよし」
 漆原ひよりは我が意を得たりと胸の前で腕を組んだ。

     *

「待って。まって、ナガメ、わたしその旅行のこと……思い出せそう」
 公園のベンチの上で上体を折り曲げ、深呼吸する。
 例によって話半ばに制止を呼びかけるのは不本意だったが、唯美子は己の埋もれた記憶をもっと精力的に呼び覚ましたかった。むしろ今までこのエピソードが意識に挙がってこなかったのも、亡き祖母の術が未だに効いているからだろうか。

 あれはそう、夏休みの終わりの方にキャンプに行ったのだった。ナガメの話にあった通り、会社勤めの父と看護師である母が休暇を揃えてくれたのである。
 そこで何かが起きた。ここまでは、淀みなく思い出せた。

 しかしここから先は、思い出していいのだろうか。言いしれない不安が喉の奥から立ち上る。
 キャンプ場の敷地内には湖があった。ほとりでバーベキューセットを組み立てる父母や、珍しく洋服に身を包んだ祖母の姿も思い浮かべられる。祖父はどうしても外せない用事があって来なかったはずで、叔父など他の親戚は、父と仲が良くなかったため誘われなかったように思う。

「……あのね、想像から訊いてもいい?」
 スッと背筋を伸ばして座り直した。
「おう」
 隣の青年はベンチの肘かけに頬杖ついて静かにこちらを見つめている。頭上の枝葉の揺れに合わせて、頬に落ちた影が踊った。率直にそれをきれいだと思った。

「意識するだけできみたちが寄ってくるのと、わたしに厄が寄ってくる作用が合わさって、何かとんでもないことが起きたのかな」
 具体的には、そうだ。
 たとえば二度と泳げなくなるまでに溺れたとか。たとえば祖母が唯美子の記憶を一部封じなければ生きようがないと判断するまでの恐ろしいことがあったとか。そして――

「わたしたちが一緒に遊んだのって、たったひと夏の間だったんだね。きみと会わなくなったのもこの家族旅行が境目」
「当たらずとも、遠からず」いつしか感情の抜け落ちた顔になっていたナガメは、そう話を遮った。「黄金色の巨大ナマズって言えば思い出すか?」

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