忍者ブログ
四 - d.
2017 / 04 / 14 ( Fri )
 セリカはしばしの間、公子の言葉を咀嚼した。

(遠くを見ていて一緒じゃないのが怖い、って家族として足並みが揃わないことへの不信感? それとももっと別の意味が?)
 子供の言うことだ、鋭い洞察眼で深いことを言っているのかもしれないし、的確な表現が出て来なくてこの言葉で代替しているだけかもしれない。

 足並みが揃うかどうかなんて話は、そもそもこの兄弟にとってはあまり意味を持たないような気がする。皆個性の強い者ばかりで、普段は離れて暮らしているのだから。

(この子の感じているものは、あたしが感じた印象とはどう違うのかしら。そりゃ、一日やそこらで人の何がわかるわけでもないけど)
 結婚すれば、一生をかけて知り合う時間がある。考えても仕方ない気がしてきたので、止めた。

「よくわからないわ」
 セリカは諦観じみた感想とため息を漏らした。それを聞いて、アダレムがまた唸り出す。
「ぼくもよくわかりません」
「そ、そうよね、変なこと訊いちゃってごめんなさい」
 子供相手に気まずい空気を作ってしまったことを自省する。
 そこで見計らったかのように、腹の虫が大きく鳴った。セリカは誤魔化すでもなく自然に笑う。

「あたしもそろそろ行かないと。またね、アダレム公子」
「はい! また、ですー」
 アダレムは元気いっぱいに両手を高く振った。会釈して、セリカは溜め池から離れた。
 やがてさりげなく合流したバルバティアが、意味深に口角を吊り上げていた。目の奥の煌めきが、彼女が全てのやり取りにしっかり聞き耳を立てていたことを示唆している。

 ――恋か。恋の話がしたくてたまらないのか。話が膨らむような、大した材料も無いのに。
 侍女の考えに勘付いていながら、セリカは敢えて何も言い出さず、そして彼女にも何も切り出す暇を与えずに足早に朝食に向かった。

_______

 あれから数時間後、過ぎた満腹感をほぐそうと、宮殿の建築物を鑑賞しながら散歩をしていた際に。
 あの男の声が耳に入った。辟易するしかなかった。

(用も無いのにナゼ……! 狭いの? この広々とした宮殿って実は見た目より狭いの!?)
 どう考えてもそれはあり得なかった。ムゥダ=ヴァハナの公宮がいかに贅沢な面積を誇っているのか、昨日から何度か散策しているセリカにはよくわかる。
 それにしても、数秒聴いただけでエランの声だと判別できてしまう己の耳にも驚いた。
 いくらこの地での知り合いがまだ少ないとはいえ――空しくなってくる。

(ともかく、顔を合わせたくないわ)
 つい避けてしまうのは、こう何度も鉢合っていては暇人と思われそうなのが不本意だからだ。そして夜に食事を共にする約束をしている身で今も会ったりすれば、まるで――
(まるで待ちきれないみたいじゃない)
 断じて、そのような浮き立った感情はない。

 セリカは自分が今しがた回るところであった建物の影にて足を止め、一呼吸の後、身を翻そうとする。幸いと今は一人で行動しているので、急な方向転換をしても不審がる供が居ない。
 ふいに風が吹いた。さわり、と優しい音を立てて草花を揺らす。春の暖かさをのせたその風はセリカの被り物のヴェールをも撫でて行った。

 それが通り去るや否や。
 女の子の声がした。抑揚の付け方が音楽的で、可愛らしくも気品のある印象を醸し出す。つい聞き惚れて、聴き入ってしまった。
 共通語ではない。確かこれは、ヌンディーク公国の古くからある言葉だ。初めて聞いた時は喉の奥から絞り出すような音素が多くて粗暴そうな言語だと思ったが、少女が流暢に話すそれは、花の底に秘められた蜜のように甘やかに響いている。

 顔を上げたら、常緑樹のような色合いの双眸と目が合った。すぐさま目を逸らす。足の方は、縫い付けられたように動かない。
 バルコニーに敷かれた絨毯上の卓を、二つの人影が囲んでいた。背を向けている方が会いたくない男のそれで、こちらに身体を向けている方は――目を疑うほどの美少女だった。

 異国の公女を想像しろと言われたならば、こんな姿を思い浮かべたかもしれない。
 明るいレモン色のヴェールの下から覗く陶磁器のようなきめ細かな肌や艶やかな黒髪が、まず目を引いた。垂れ気味の大きな目や長い睫毛にはあどけなさが残っているが、本人から滲み出る品格は、身に着けている耳飾や首飾りなどの煌びやかな装飾品を従えさせているかのような存在感を放っていた。

 また一瞥してしまう。するとふっくらとして桃色の唇が綻んだ。こころなしか茶目っ気を含んでいるような形に見えた。
 少女は卓の縁を滑るようにして身を乗り出した。細い腕を伸ばし、向かいの席の青年にもたれかかる。

「やっとお会いできて嬉しいですわ。わたくし、寂しくて死にそうだったんですのよ! 夜は一睡もできなくて――ずっとずっと、お会いしとうございました。もう絶対に離さないでくださいましね」
 いつの間にか北の共通語に切り替わったらしい。一言一句、漏れることなくその言葉はセリカの脳に届いた。
 考える余裕は無かった。ただ、どこか冷めた心持ちになってゆく自分を自覚した。

「リューキネ……」
 少女の熱烈な求愛行為に対して、青年はそっと華奢な肩に触れ――
「どうした。急に気持ち悪いことを言うな」
 次いで少女の頬を思い切りつねった。「山羊の乳か? ヨーグルトか? 腐ったものを飲み込んだなら、早く吐き出せ」



リューキネは平野綾っぽいですかね。
「蜜」が「響く」って表現的にどうなのよと思っていますが、代替が思い付かないので今はこのままでw

どうでもいいですか副垢つくりました https://twitter.com/kino_eudo

拍手[1回]

PR

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

12:31:15 | 黒赤 | コメント(0) | page top↑
四 - c.
2017 / 04 / 12 ( Wed )
 リスをのせた掌が、幼児の顔に寄せられた。
 アダレムは一瞬の逡巡を見せたが、すぐに毛並への欲求に屈して手を伸ばした。おそるおそる、頭から撫でている。彼が「ふわあ! ほんとにもふもふです!」などと感心している間、セリカは小声で問う。

「何をしたらそんなに仲良くなれたの」
「別に何もしていない。数日前だったか、私がベンチに横になって昼寝をしている間に、そいつに足蹴に……景色の一部と認識したかはわからんが、乗っかられた。驚かさないように動かないでやったんだが、その日以来、慣れられた」

「へえ」
 セリカは詳細にその時の光景を思い描いてみた。人気のない庭園で無造作にベンチの上に横たわる若き公子。昼寝を邪魔する小さな生き物。
 せっかくの仮眠を邪魔されていながらも、青年は黙って微動だにせず、小動物の為に我慢する。
 するとセリカは自分の想像を通してあることを発見する。それは、現在の状況と合致するように思われた。

(あら……優しい、のね)
 つい昨夜、魔物から救われた顛末を思えば、驚くほどのことでもないはずだ。驚きはしないが、ではこの感情が何なのかと訊かれても、答えを持ち合わせていない。
「あっ! おひめのおねえさまも、さわってみますか!」
 と、濃い茶色の双眸をキラキラさせるアダレム公子。そうね、とセリカは手を伸ばす。

 当たり前ながら、かくして指先が触れたものの手触りは毛皮製品と似て非なるものだった。血の通った生き物を覆う毛は――暖かい。
 こちらが何やら得した気分になってしまっている間、当のリスは頬袋を落花生で一杯にする。つぶらな瞳がチラチラと見上げてきた。破壊的な可愛さである。

「そうだわ、エラン。朝食まだなら一緒に食べる?」
 微笑ましい光景に目線を落としたまま、なんとなくセリカはそう切り出していた。
「せっかく誘ってもらっておいて悪いが。先約がある」
「あ、そうなの。ならいいわ」
 間を置かずに戻ってきた返事に更に返事をする。一拍後、意識せず落胆が声に滲み出ていたことに気付いた。
 気まずさを覚えて、そっと目を伏せる。こんな思いをするくらいなら訊かなければよかった――

「昼も予定がある。夕食でよければ、空けておくが」
「へ? あ、うん。夕食ね、わかったわ」
 断られた後の続きがあるなんて思ってもいなかったので、面食らう。とりあえず目を合わせずに承諾した。
(……あれ、あたしってば今、わざわざ何の約束を取り付けたの)

 しかしその時、庭園にまたしても新しい来訪者が現れたため、思考は遮られた。リスが今度こそどこぞへと逃げ去ったが、代わりに文官らしき男性が歩み寄ってくる。
 セリカは反射的に一礼して顔を伏せた。それを受けて、文官は短い挨拶を口にした後、エラン公子に話しかけた。どうやら用はそちらにあるらしい。

「エランディーク公子、お時間よろしいでしょうか。所領について幾つかお聞きしたい事柄がございます」
「ああ、歩きながらでいいか。待ち合わせに遅れるとアレがうるさい」
「承知いたしました」
 二人分の足音が響く。その間、顔を上げずに大人しく待った、が。

「セリカ」
 急に呼ばれて、心臓がドキリと大きく跳ねる。
「はい」
 動揺を押し隠して応答した。
「また後で」
「……はい」

 足音が完全に遠ざかるのを待ってから、止めていた息を吐き出す。
 ――むずがゆい。
 別になんてことはないのに。誰かと食事をするのも、その約束を前もってするのも、当たり前の日常だ。なのに、この奇妙な高鳴りは一体なんだと言うのか。
 考えるのが段々と面倒になり、セリカは別のことに強引に意識を向けた。

「アダレム公子は、エランが苦手なの?」
 傍らの男児に微笑みかける。ところが「苦手」の意味がわからないのか、アダレムは目をぱちくりさせるだけで答えない。
「えっと。怖い、のかしら」
 言い換えると、アダレムはびくりと身じろぎをした。

「こわい……です」
「そうだったのね。具体的には、じゃない、エランのなにが怖いのかしら」
「なにが? なに?」
 幼児が頭を抱えて深刻そうに唸る。数分経っても、思い当たる節がないようだった。
 これはもしかしたら、理由なんて無いのかしれない。

 ――お前は初対面の人間に叫ばれたことがあるか。顔を見せただけで子供に泣かれたことは?

(まさかね)
 こちらの邪推をよそに、幼児はしばらくして顔を上げる。
「えらんあにうえは、いつもとおくを、みています。いっしょじゃない……かんじが、こわい、です」
 たどたどしい口調で彼はそう答えた。

拍手[1回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

11:01:13 | 黒赤 | コメント(0) | page top↑
日常にもどり
2017 / 04 / 10 ( Mon )
ました。

しかし鼻孔? から喉が痛いれす。多分帰りの飛行機でうたたねした後くらいから始まったので、何かを誰かからいただいたのかもしれない。そして多分速攻で野郎にもうつしてしまいました(ごめんよ)

マスクどこにやったか忘れたー

ので、加湿器全開にして頑張る。

拍手[0回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

20:51:52 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
四 - b.
2017 / 04 / 09 ( Sun )
「おはようございます、アダレム公子」
「おは、よ、ございましゅ」
 五、六歳くらいの男児はごにょごにょと挨拶をする。続けてこちらの腹までしか届かない小さな身体を折り曲げて、正式な礼を繰り出した。つむじが見れるかなとセリカはよくわからない期待をしたが、頭頂部はターバンに隠されていてそれは叶わなかった。

「ほんじつは……いかが、おすご――おすごしで」
「いいのよ、かしこまらなくて。ここはくつろぐ為の場所だし。もっと楽にしてください、アダレム公子」
 お辞儀を返した後、セリカはそう提案した。一応世話係の顔色を伺うも、彼女は五歩後ろの距離から微動だにしない。その人が介入してこないのなら好きに接しても良いのだろう。

「らくに?」
「うん。えっと、さっきはリスさんと追いかけっこをしてたのかな」
 目線を合せるようにしゃがんで、優しく問いかける。より親身に感じてもらえるように、言葉を崩して微笑んだ。
 自分が興味あるものに別の誰かが興味を抱いてくれたのが嬉しいのだろう、アダレムは「あい」と言ってみるみる内に顔を輝かせた。

「りすさんに、さわりたいのです。もふもふです!」
 幼児は大きな黒目を限界まで開いて、両手を振り回して力説する。
 内心ではセリカは「ぐはあ、可愛い……!」と悶絶したが、表向きは微笑みを維持した。小さい子供も小動物も愛らしいが、組み合わさればますます可愛いに違いない。これは協力せねばと思った。

「そうなの。じゃあもっと近付かないとね」
「でもエサをあげようとしても、にげちゃうのですー」
 アダレムは小さな手の中の落花生を指して、ぷっくりと頬を膨らませる。
「走ったらリスさんびっくりしちゃうから、ゆっくり近付くのはどうかしら」
「ゆっくり」

「そうよ、ゆっくり。静かに。一歩ずつね」
 セリカは口元に人差し指を立てた。それから二人揃って首を巡らせ、目標の現在地を確認した。
 歩道の数ヤード先でリスがこちらの様子を見張っている。時折背を向けて数歩跳び進めては振り返るさまを見るに、落花生が気になっているのは確からしい。

「ゆっくり……しずかーに……」
 幼き公子は囁き通りに実行に移す。忍び足で、背を低くして。
(そう! そんな感じ)
 小さな背中を追いたい衝動を全力で堪えながら、セリカは無言で応援した。近付く気配が増えても小動物は怖がるだけだ。

 長い時――実際には三分くらいだろうか――をかけてアダレム公子はリスに接近した。
 子供にしては驚異的な集中力と根気である。それだけ、哺乳類の毛並に触れたいという欲求が強かったのだろう。
 ついに我慢ならなくなってセリカも四つん這いになる。アダレムのかなり後ろからでいいから、自分も追跡してみたくなったのだ。

 ガサリ。
 歩道の脇の並木から、唐突に足音がした。
 瞬時にリスが頭をもたげた。もふもふの尻尾を二、三度鞭打ってから、駆ける。

「まって! りすさん!」
 アダレムの引き留める声も空しく、リスは颯爽と逃げ去る――
 ――かと思いきや、新たに現れた人影を木とでも勘違いしたのか、その足を素早くよじ上ったのである。黒い長靴から紺色のズボンへ、腰の帯を飛び越えて肩の上まで、我が物顔で上るリス。
 ちょこまかとした動きを目で追う。

「あ。エラン」
 愛らしい小動物が停まったのは、ヌンディーク公国第五公子エランディーク・ユオンの肩の上であった。食べ物ではないというのに、青い涙型の耳飾にちょいちょい齧りついているさまが可笑しい。
「……何をしている?」
 彼は忍び足のアダレムと四つん這いのセリカを見比べて、たちまち呆れ顔になった。

「そっちこそ、野生動物に尋常じゃなく懐かれてるのは何事よ」
 かしこまった挨拶をすべきか迷ったが、結局いつも通りの遠慮のない口調で返した。
「私の質問が先だ」
「えっとね」
 答えようと膝立ちになる。同時に視界の中で動きがあった。

 腰に何か暖かいものが当たった感触で、その正体を知る。アダレム公子がセリカの背後に隠れたのである。これではまるで、自身の兄の前から逃げたかのようだ。不審に思うも、セリカはひとまず質問に答えることにした。

「餌をあげようと思ったのよ。でも全然近付かせてくれなくて」
「餌か。既にこんなに恰幅がいいのにか」
 青年は肩の上にのっている小動物の腹を、ぷにっと人差し指で押した。柔らかそうで羨ましい限りである。

「というのはついでで、アダレム公子が毛並みに触ってみたいって……」後ろ背に引っ付いている幼児がびくりと身じろぎしたのを感じる。「あんたそんなに懐かれてるんなら取り持ってくれない」
「ああ、それは構わないが」
 言うが早く、彼は慣れた手つきでリスの眼前に掌を差し出した。リスもまた当然のようにその手に跳び移る。

拍手[1回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

12:34:29 | 黒赤 | コメント(0) | page top↑
四 - a.
2017 / 04 / 07 ( Fri )
一晩かけて心身ともによく休んだ後だと、己が昨夜エランディーク公子にどれほどの醜態を晒したのかを改めて理解できた。
 顔を合せづらい。が、幸いと今日は偉い人からのご指示がない。好きにくつろいでいてくださいとの通達を受けただけで、何の予定も組まされていないのだった。

 結婚式は明日だと言うのにこんなにのんびりしていいのだろうか。そう思いながらも、セリカはバルバティアを連れて気晴らしに庭園の中を散策する。
 小鳥の囀りに耳を傾け、ほのぼのとした気分になる。
 薄っすらと曇った涼しい朝だった。ひんやりとした空気を吸い込む。

 新緑に囲まれた溜め池の傍ら、石造りのベンチに腰を掛けてセリカは軽く目を閉じた。
 日差しが心地良い。祖国の公宮に居た頃も、自然が濃い場所を探すのが好きだった。こうしていると、異国に来たという感覚がいくらか薄れる。
 昨日の盛装と比べて本日の格好は簡易的だ。被り物もベール一枚を頭にかけただけである。

「ところでバルバ」
 セリカは振り返らずに、後ろに控える侍女に呼びかけた。
「なんでしょうか、姫さま」
 彼女はいつも通りに明るく応じた。それを受けて、セリカの心に後ろめたさが過ぎる。昨晩の出来事の数々は、あまりにひどい話だと思ったため、バルバには話せないでいる。今もまだその話題を切り出すつもりはない。

「恋って何? 何をもってすれば、恋愛感情なの」
 首を巡らせて、真剣に問う。
「まあ」バルバは白い手を顎に当てて驚きの表情を浮かべた。「姫さまが恋に興味を持つなんて、珍しいですね。いえ、話題にされるのは初めてではありませんか」
「十九歳にもなって、今更よね」

「いいえ、いいえ。幾つであろうと遅すぎることはありません。そうですね……人並みなことしか言えませんけれど……」
「それでいいのよ。どうせあたしは、年頃の女友達と気になる殿方の話なんてしたことないもの」
 瞬間、バルバの薄茶色の双眸に同情が走った。
 ――しまった、自分を卑下するような発言はほどほどにしないと。
 憐れみが欲しいわけではないのに、気を遣わせてしまうからだ。セリカは笑って続きを促した。

「幼馴染とはどんな感じなの」
「えっと、なんと言いましょうか。近くに居るだけで楽しくて、胸の奥がぽわっとします。触れるとすごく幸せで。もっと触れて欲しいって思うんです。離れている時は、今頃何してるんだろうって考えながら過ごします。わたしの感じるものを見せてあげたいって――次に会ったらこんなことがあったよって、ぜんぶ伝えたくなります。他にも、ふとした匂いなどのきっかけであの人を思い出したりして……」

「…………」
 笑顔を張り付かせたまま、硬直した。
 なんていじらしい娘だろう。国境の向こうに居る男を想って顔を赤らめ、その男の話をしているだけで、口元を緩みに緩ませている。彼女をできるだけ早く故郷に帰してやる為に、セリカも頑張ってヌンディーク公国に順応しなければなるまい。

「幸せそうで何よりだわ」
「ハッ! な、なんてことを言わせるんですか姫さま! 恥ずかしい」
 終いには、小さな悲鳴を上げて、そばかすに彩られた頬に両手を添えている。
(想像できない。あたしにもこんな風になる日が来るの? もっと触れて欲しいって、どゆこと)

 忘れてはいけないが、セリカが恋愛できる相手と言えば――あの男でなければ不義の恋しか選択肢は無いわけだが、後者は絶対にありえない。
 恋はするものではなく落ちるものだとどこかで聞いたことがある。ではあの男と恋に落ちるのかというと、やはり想像が付かないのである。

(まあ恋愛感情を抜きにして、良妻賢母になればいいし)
 早くも人生の方針が決まりかけたところで、この話を畳むことにした。散策を再開する。
 池を一周し、そろそろ朝食に向かおうかなと考えた頃に、庭園に人の気配が増えた。ご挨拶に伺おうと思って身体を向けてみると――

 ぴょこぴょこと小さな人影が視界の下方を横切って行った。見覚えのある子供が、小動物を追いかけている。
 その五歩後ろを、困った顔で追いかける女性がいた。目元以外が布に隠れているからにはおそらく使用人、子供の世話係だろう。
 暫時、彼らの挙動をバルバと共に見守った。

「りすさん、りすさん。まってくださいー」
 男児が可愛らしい声で呼びかけながら小動物を追い回す。しかし追いつくことは叶わず、悲しいかな、道端の石に爪先を引っ掛けて転んでしまった。
 びったーん! と派手な音を立てて、うつ伏せに倒れる。よくあることなのか、世話係は動じていない。これを機にセリカは幼児に接近してみた。

「アダレム公子?」
「わっ! おひめのおねえさま!」
 ――斬新な呼び方である。
(かわいい)
 セリカは顔を緩ませないよう、必死に平静を装った。

拍手[1回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

00:12:28 | 黒赤 | コメント(0) | page top↑
実家の部屋の本棚から出てきた
2017 / 04 / 06 ( Thu )
教科書たち!


中学レベルの国文法。
コミュニストマニフェスト。
珪藻ガイド。







…たまに、私は自分のことを面白い人間だと自負している。

拍手[0回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

23:31:13 | 余談 | コメント(0) | page top↑
次回更新は4/7を狙います
2017 / 04 / 04 ( Tue )
そういえば最近カクヨムにもミスリアを転載してます。ブックウォーカーなんたら賞の読者選考が五月頭には終わるというので、これはもう最終章まで急いでうpった方がいい気がしてきました。読者に評価していただけるかどうかは別として。幸いなことに、投稿がめっちゃ楽です。


あとは4/6が誕生日なのでそれまで浮ついて過ごす所存です(おい

代わりと言ってはなんですが、ちょっと前に書いた140字小説でもどうぞ。黒赤本編の進行を無視した、時系列が謎なやつです。






拍手[0回]

続きを読む

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

04:31:14 | 余談 | コメント(2) | page top↑
朗読動画に挑戦
2017 / 04 / 03 ( Mon )

http://www.nicovideo.jp/watch/sm30956216

そういうわけで、よかったら観ていってねw

たった2分半の動画を組み立てるのに1時間かかったのですけど。やっぱ動画師ってすげーな、という結論に至ります。



拍手[0回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

05:41:32 | 余談 | コメント(0) | page top↑
三話 あとがき
2017 / 04 / 02 ( Sun )
恒例のやつです。続きは読み終わった人どぞー







拍手[1回]

続きを読む

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

04:34:37 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
三 - j.
2017 / 04 / 01 ( Sat )
「ならお前は、逆の立場だったら助けなかったのか」
「た、助ける! 当たり前じゃない! たとえムカつく相手でも、命の重さは変わらないわ」
 目を合わせない為にこの体勢に甘んじていたのに、思わず身を引き剥がしてしまった。結局は間近で見つめ合う形となる。

「それが答えだ」
 見つめ返す瞳は静かで、目立った感情を映していなかった。
「つまり、まだ怒ってる……んですよね」
「別に。そんなことは言っていない」
 青灰色の瞳が僅かに逸らされるのを、この至近距離で見逃すはずがなかった。

「う、嘘。どんな叱責も罵詈雑言も受けるわ。気が済むようにして」
「怒りという感情は保つのが面倒だ。疲れる。私は数時間もすれば、大抵の恨みは水に流すことにしている」
「何なのその理屈。あたしに遠慮しなくていいから」
 そこで言葉を切った。必要以上に詰め寄っていると、自覚したのである。
 いけない、これでは過ちを積み重ねるだけだ。だからと言ってどうすればいいのかがわからないので、とりあえず口を噤んだ。

「責めて欲しいのか」
 溜め息混じりにそう言われて、セリカは怯んだ。身を引こうとしていた最中だったのが、凍り付いたようにその場に静止する。
「そういうんじゃなくて埋め合わせがしたい――」
 何か違うなと思い、言い終わらなかった。ただ謝ってこちらの気が済めばいいのではない。これは、相手が受けた傷を消すことはできずとも、できるだけ和らげる為の儀式なのだ。
 新たに深呼吸をする。目を伏せて、意を決した。

「……ごめんなさい」
 深く頭を下げて、言葉を連ねる。
「大変、失礼をしました。個人の事情で隠しているものを見せろと、今後二度とせがんだりしません」
「わかった。もう気にしてない」
 まだ色々と言おうと思っていたのに遮られて、セリカは拍子抜けした。

「え、ほんと? ほんとのほんとに怒ってない?」
「悪気が無かったのはわかる。お前は多分、言いたいことを何でもすぐ言うあまりに弾みで人を傷付ける発言をするが、その直後に反省して、自ら謝罪できる素直さも持ち合わせているのだと……森で髪の色の話をした時に、そんな気はしていた」
 なんとも正確な分析をされて、苦笑せざるをえない。セリカは顔を上げて尚も抗弁しようとする。

「謝る暇も与えずに怒鳴ったのはこちらの非だ。だからこの件はもう忘れろ」
「そんな、忘れろだなんて。謝ったってひどいことを言った事実は消えないし、どうやっても償えるとは思ってないけど――」
「セリカ」

 えっ、と狼狽して目を見開く。
 不意打ちだった。名を呼ばれたのは、初めてではないだろうか。
 眉を吊り上げ、青年は力強く告げた。

「しつこい。私は許すと言っている」
「あ、はい……」
 引き下がるべきだと悟り、セリカは後退った。そしてこの時点で、自分が普通に動けるまでに回復したのだと知る。同様にそのことを理解したエラン公子は、ようやく手を放して踵を返した。

 何やら地面に突き立てられているらしい、二つの細長いものを回収して戻ってくる。つい先ほど、命のやり取りに使った笛と剣だ。
 改めて近くで眺めると、剣と思っていたものはナイフかもしれない。確か、初めて会った時にも持っていた代物だ。ぐにゃりと湾曲した輪郭に合わせて、鞘も湾曲している。
 彼はそれらを脚周りの衣でざっと拭いてから、懐に収めた。

「大雑把じゃない?」
「よく言われる」
 何故だか、その返し方に失笑した。
「面白いわ。あんたって面白い人間なのね、エランディーク・ユオン」
「……お前は忙しない――賑やかだな」

「お騒がせします」
 張り詰めていた空気がいつしか和んでいるのが嬉しくなり、セリカはくすりと笑いを漏らして、羽織っている外套の端を握った。
「さすがに遅い時刻だ、送る」
「うん。ありがと」

 それから、二人で無言で歩き出した。
 作法である三歩後ろではなく並んで歩いてしまったと気付いたのは数分経ってのことだったが、右隣の青年のチラと窺っても、これといって気に留めている様子はなかった。
 建物の通用口が見えてきた頃、ふと疑問に思った。

「ねえ、あの魔物に気付いたくらいだから、あんたの部屋ってここから近いの」
「部屋……?」
 意外な反応だ。何故、この男はそんなに不可解そうに首を傾げるのか。続いた答えはもっと意外だった。
「私は屋内で眠るのが苦手だ。あの辺で寝泊まりしている」
 彼は隣の建物を指差して答える。その指の延長線上を辿って、セリカは目を凝らした。丸っこい屋根が多いこの宮殿だが、水平な箇所もあるらしい。
 返答に窮した。

「屋外だと眠りが浅くなりそう」
 通用口を通り、階段を上がっているところで、なんとか感想を述べる。
「慣れればそうでもない」
「そんなものかしら」
 廊下にも達すると、互いに話し声を潜めてしまう。不用意に誰かを起こしたくないのだ。

 やがてセリカの寝室の前に行き着いた。
 いざ挨拶をしようと体の向きを変えると、青年の目線が部屋の中に注がれているのに気付き、どうかしたのかと問いかける。

「窓から出た方が近道だなと」
「ぶっ」
 セリカは気管から噴き出す笑いの波動を、手で塞いだ。
(同じこと考えるのね)
 動機に少々の差異あれど、やはり気が合うのかもしれないと思った。
 笑われている理由がわからない当人は、訝しげな顔をしているが。

「いいわよ、通って。足元に気をつけてね」
「ああ」
 許可を得た直後、彼は躊躇なく暗い部屋に踏み入る。
 その後姿を急がずに追った。
 不思議だ。与えられたばかりの部屋とはいえ、出会ったばかりの異性に入室を許すとは。

 ほんの少しだけ――他人が他人でなくなる予感に、抵抗がなくなっているのかもしれない。この者には警戒をしなくていいのだと、腹の奥深いところがそう判じている。
 今日という一日を咀嚼している内に、青年が窓枠から飛び出ていた。
 早い。
 セリカは窓まで駆け寄って身を乗り出した。

「エラン!」
 大声になり過ぎないように気を配って呼びかけると、既に歩み去ろうとしていた彼は、布で覆われていない方から振り返る。
 夜の闇の中に、青い宝石が鈍く光って揺れた。
「助けてくれて本当にありがとう! ――――おやすみ!」
 彼は声に出さずに「おやすみ」と答え、軽く片手を振ってからその場をあとにした。

 別れの余韻が深夜の静寂に溶けてなくなるまでセリカは窓際に留まった。深い物思いに耽るわけでもなく、窓枠に人差し指を走らせたりして、埃の有無を確かめた。
 指を裏返してみる。宮殿の使用人かバルバの仕業か、埃も汚れも付いていないようだった。

(寝るか)
 灯りを点けずにせっせと顔を洗って服を着替える。ベッドの柔らかさと温かさは、疲れた身体に染み入った。
 天蓋を見上げてまどろむ。
 明日はどんな日になるのだろう――いつの間にやら不安よりも期待の割合が勝るようになっていた。
(あたしの婚約者は変だけど……いい奴かもしれない)
 そんなことを思いながら、今度こそ就寝した。




気が向いたらあとがき書きます。
ところで三話でセリカが「ありがとう」と言った回数は6。これはミスリアと共通点ですね。

エランとゲズゥの共通点↠変なトコロで寝る

拍手[0回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

22:17:59 | 黒赤 | コメント(0) | page top↑
前ページ| ホーム |次ページ