5.混乱と混乱 - e
2021 / 10 / 01 ( Fri )
「刺さった……? 手当しないとですね」
 気にするな、と彼は手を振った。強がりではなく、今すぐどうにかなるほどの怪我ではないということだろう。
「いい機転だったな。動けない的は楽だ」
 そういえばゲズゥの投擲の腕は決して良い方ではなかったと思い出す。

「お役に立ててうれしいです。後味は――悪いですけど」
「良かった方が少ないだろう」
 それもそうか、と納得する。

「でも困りましたね。これからどうしましょう」
 さすがに帰路を急ぐための体力がもう残っていない。かといって一晩中雨風に晒されるわけにもいかず、何より怪我人を長く放ってはおけない。
(二人を先に帰すというのは……)
 そうしてひとり残って、まだくすぶっているかもしれない追っ手と魔物から身を守りぬく算段も、ミスリアには無かった。

 全身に大きく震えが走った。外套は着たままなのに、雨が内まで沁み込んできて、寒い。
 口を開きかけたゲズゥがふいに何かを聞きつけたように首を巡らせた。彼に倣い、しばらくじっと耳をすませてみると、まさかと思って耳を疑った。一定のリズムを持った、それでいて聞き覚えのある――馬蹄が地面を打つ音だった。

 川辺伝いに近付いてくる小型の馬車の輪郭が浮かぶ。車を引いている馬は一頭のみ、御者は片手にオイルランプを掲げ、狭い進路をなんとか進められている。
 幻覚でも見ているのだろうかと今度は目を疑っている間に、馬車は激しく泥を飛ばして停車した。

「ミスリアちゃん! 無事!?」
「シェニーマさん?」
 唖然とした。彼女がフードを目深に被っていたため、声を掛けられるまでは何者かわからなかったのである。

 言いたいことが次々と浮かんでは消えた。保護者の制止を振り切ってまた抜け出してきたのか、それとも説き伏せたのか。一度帰ったはずの彼女がここまで戻って来れるだけの時間が経過していることにも、そもそも単身で戻って来ようと考えたことにだって、驚いている。

「うん! はやく乗って」
「は、はい」
 続く言葉が見つからない。促されるままに、停まった馬車に乗り込んだ。途中、馬が不愉快そうに鼻を鳴らしたのが聴こえた。夜中に駆り出されて機嫌が悪いのかもしれない。
「狭くてごめんね」

「大丈夫ですよ」
 向かい合った座席が二つ。横幅からして、それぞれに載せられるのはひとりと多少の荷物が限界のようだった。
 ゲズゥは担いでいた男性を片方の席に座らせ、壁にもたれるように姿勢を調整した。その様子を戸の外から見守っていたシェニーマが眉間にぐっと皺を寄せたのが、暗がりの中でも見てとれた。

 残る席に、ゲズゥが流れる動作で座り込む。
 ベルトを外し、装備していた武器やらを横にどけたのを見届けると、ミスリアは迷いなく彼の膝の上に腰を下ろした。シェニーマから奇異の視線が送られたのも一瞬で、特に言及せずに彼女は御者席に戻った。

 それからどれほどの時間が経ったのか。雨もいつしか止んでいた。
 始終、揺れがひどかったが、疲労によるふわっとした眠気が寄せては返していた。我が身を包み込む腕に安心したのも大きい。

「ごめんね」
 だからか、謝る声が夢の中から響いたように感じられて、返答するまでに数秒の遅れを要した。
「どうして謝るんですか?」

「こんな面倒ごとに巻き込んだ上に、あたしずっと足でまといだったし……肝心な時に何の役にも立てなかったわ」
 落ち込んでいる相手に対して失礼と思いつつも、ミスリアはたまらず噴き出してしまった。
「な、なんで笑うの」

「すみません。シェニーマさんがご自身をどう評価しているかはともかく、私たちのために夜の獣道を馬車で飛ばしてきた貴女は、とても勇敢だと思いますよ」
 最近のお嬢さんは馬車を御する技術も身に着けているのですね、とは言わないでおいた。
「勇敢……そうかな」

「そうですよ」
 彼女が「えへへ」と照れ笑いをするのが聴こえたのを最後に、ミスリアの意識は深い眠りの中へと沈んでいった。

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