5. e.
2026 / 02 / 04 ( Wed )
「あれ、私より手際が良い」
 自炊できると言っていたのは嘘ではなかったようだ。顔を上げず、男は淡々と告げる。
「食うのも作るのも嫌いじゃない。ただ、一人だと量の管理がしづらくて余った分を冷凍するか、同じ料理を何日も食べなきゃなんないだろ。飽きる」

「そういえば、あなたにはたくさん食べるイメージ、ないかも。昔から」
「食う時は食うし食わない時は食わない」
 頃合いなので、鍋に牛肉が追加された。じゅわっと熱気が舞う。シェリーは鍋の中身を時々木製スプーンでかきまぜながら、塩コショウを振りかけ、肉の色が変わるまで炒める。更には水と鶏がらスープを加え、更に半分に切ったトマトたちを加えて、煮立たせる。待っている間は調理器具を洗った。

 同時に、ライスも炊いた方がいいだろう。カウンター下のキャビネットから中サイズの鍋を取り出し、買ったばかりのお米を目測で二カップほど入れた。サッと水洗いした後は水を加え、コンロをもう一つ点けて、炊く準備をする。
 おまえさ、と傍らから声をかけられた。

「自分のこと無趣味って言ったけど、『こうすると楽しい』も趣味のうちだぞ」
「うん?」
 香ばしい湯気を顔に浴びながら、シェリーは首を傾げた。
「飯で創意工夫するのが趣味のひとつってことなんじゃねえの。家の中にあるもの組み合わせてパスタできたのもそういうアレ」
 言われてみれば――

「私、食べる量は少ないのに、作るのは確かに楽しい。あるものないものをやりくりするのが、かな」
 母との食事は当番制だったが、仕事の都合により、シェリーの方が頻繁に用意していた。褒められることはなくとも、完食してくれた日には、密かに喜んだものだった。

「あなたと喋ってると、私はいかに自分のことを理解していないのか思い知らされるよ」
「人との会話ってそんなもんだろ」
「じゃあそっちも私と話してて新しい発見とか気付きがあるんだ」
「まあそんなとこ」

「たとえば?」
「たとえばは今出てこないけど……要するに、楽しいよ」
「ほんとのほんとに? 話合わせてくれてるだけじゃなくて?」
「本当だって。オレはおまえと居ると、楽しい」
 微笑を添えられた。
 ――なんだか、照れる。

(何を言わせてしまったんだろう)
 前のめりに訊きこんだ自分を恥じて、心の中のざわつきを誤魔化そうと早口になった。
「これで三十分から一時間ほど煮れば、できあがりだよ」
「おー。なら、オレはちょっと席外す」
 まるで出かけるみたいに既にコートの袖に腕を通している男に、シェリーは驚いた顔を返した。

「何か用事?」
「んな大それた話じゃねえよ」
 リクターはトレンチコートのポケットからラクダの描かれた長方形の箱を取り出し、軽く振ってみせた。それを見て、察する。

「もうじき天気が悪くなるんじゃないの。わざわざ外に出なくても――」
「おまえこの臭い、あんま好きじゃねえんだろ」
 遮るように反論された。
「私そんなこと言ってないよ」

「なんつうか、顔に書いてあった」
 コートのボタンを留め終わった男は、靴紐を解かずにミリタリーブーツに足を突っ込んでいる。

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