5. d.
2026 / 02 / 02 ( Mon )

 それが本屋の外で丸眼鏡をかけた大柄の男性と話し込んでいる様子だった。相手の人は五十代だろうか、髪と髭は白の割合が多いが、タバコを片手に快活そうに笑っている。
(知り合いかな。この町に住んでるんだから誰かと鉢合っても不思議じゃないか)
 店を出た後、話の邪魔をしないようにそっと近寄る。

「リクター、お前も一本どうだ」
「両手塞がってるんでやめときます。それに往来で歩きタバコはさすがに……」
「なにっ。そうか、受動喫煙がどうのこうので迷惑がられてしまうな」
 男性は懐から携帯灰皿を取り出し、火を消した。
「キャシーが昨日、家の前に着くなり外の排水溝で元気に吐いたらしいぞ。いやあ、タクシーの運転手にご迷惑をかけなくてよかった」

「あんたがアホみたいに飲ませたせいでしょうが」
 それに対して相手はガハハと大笑いした。リクターの対応はそっけないが、仲が悪いわけではなさそうだ。
「許せ! 今日が休みになったんだしなあ、誘いたくもなるさ。いつもバラバラに行動してるお前らの、珍しく足並みが揃ったんだ。はしゃいじまったなあ」

「誘われたって二度と行きませんよ」
「そう言うなそう言うな! ......ところで、お前の後ろの可愛いお嬢さんはどなた様だ? 妹はいなかっただろうに、どういう関係だ?」
 二人が話している間に近付き過ぎてしまったシェリーが、ついに言及された。リクターは肩から少し振り返り、また正面を向き直ると、やはりそっけなく男性に応じた。

「詮索はマナー違反ですよ」
「はっはっは! これは失礼した。残念だが、紹介してくれるまで待つさ」
 大柄の男性はリクターの肩を一度ぽんと叩いてから、屈んでシェリーに耳打ちしてきた。
「難儀な奴だけど、仲良くしてやってくれ」
 返事を待たずに男性は手を振り、颯爽と人の流れの中に消えていった。

 ――友を、或いは子を、想うような波動を感じた。
 再び歩き出してしばらくして、シェリーは口火を切った。
「さっきのは一緒にお仕事してる人?」
「チームリーダー、取材班の責任者ってとこ。数年前、この近くで大規模なデモ活動があっただろ。そん時居合わせたから野次馬精神で俯瞰して写真撮ってたら、その写真売ってくれってあいつに声かけられたのが始まり」

「へえ、そんなことが」
 偶然の連鎖で就いたと言っていたのは、こういう意味だったのか。聞くところによると、世論に触れたり社会問題を掘り下げるスタイルの週刊紙らしい。
「でもそれだと、危ない目に遭ったりしない?」
「たまーにな」

 やたらと間延びした返事からは、はぐらかそうとする意図を感じた。かといってシェリーには、問い詰めることもできない。
「昨日の女の人も仕事仲間だったんだね」
「そ」
「仲いいんだね……泊めるくらいには」

 つい、ぽろりとこぼしてしまった。「詮索はマナー違反」の言葉が脳内に浮かんでいる。今自分はどんな声で言ったのだろうか、どんな顔をしているのか。わからないが、リクターはこちらを振り返らずに歩いているので、たとえ醜い表情だったとしても、見られていない。
 長い間があった。
「その話、今必要か?」

「…………ごめん」
 必要ではない。
 ないけれど、話を強制終了させられて、どうしようもなく胸が苦しかった。



 洗濯物を乾燥機に移してから、食事の準備に取り掛かった。昼食までに完成させて、晩御飯に再加熱して食べる心積もりである。
 いざ調理を始めると、リクターが肉を角にする作業を申し出てくれた。少し気まずい空気のまま――こちらが一方的にそう感じている気もする――並んで台所に立つ。
 シェリーは換気扇をつけ、たまねぎやニンニクを切ったり炒めるなどした。一度、まな板を盗み見た。

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