8. d.
2026 / 03 / 20 ( Fri )
「色々あって、ダメになった。でも今はこれでいいと思ってる。家族に元に戻って欲しいとかはなくて、むしろさっさとバラバラになるべきだった」
「そんな風に思えるのはあなたが強いひとだからだよ――って、言ったら怒る?」
「怒らねえよ」
 リクターはむしろ呆れたように笑った。

「話してくれてありがとう。私も、これから見つけていくよ。家族……との付き合い方」
「おう」
 じっとりと横目で見られている――かと思えばそっぽを向かれた。
「オレの周りって本当に薄情な奴ばっかだったんだよ。実の母親にすら捨てられた」
「う、うん。大変だったね」

「何で姉貴だけ連れてくんだよって問い詰めたら、『あんたは未成年で大して稼げないでしょ、お荷物よ』ってさ」
 あまりにひどい話に、シェリーはどう返事をすればいいかわからなかった。
「無責任な女だったよ。けど金が絡んでんだから、結局憎む気にもなれなかった。てめえのいないとこで元気にやってやるよって、ガキっぽい捨て台詞くらいしか吐いてやれなかった」
 しばしの間が続き、シェリーは語られたことを反芻した。

(このひとはたぶん頭が良いだけに、気持ちが整理できてるんだろうな)
 そして相手の視点に立って物事を見ることに、悲しいくらいに長けている。自分の感情を端から咀嚼して、消化できてしまう程度には。
 リクターはサイドテーブルからタバコの箱を取り出した。箱を開けないで、角を膝にトントンと当てている。無意識の挙動だろうか。苛立ちとも取れるような、落ち着かなさがにじみ出ている。
 やがて箱をいじる手が止まった。

「父親も、アレクス・リクターだった」
「え? そうなんだ」
 親子で同じ名前を持たされるということ自体は、男児、とりわけ長男には珍しくなかった。
「家族にジュニアって呼ばれんのが死ぬほど嫌いだった。自分だけの名前が無いのも、あのクソ野郎とほぼ同姓同名なのも」

「……」
 自身の名をあれほど毛嫌いしていた裏には、こんな事情があったのか。
「時々、理由もなく、消えたいと思った」
「あ、あなたは! あなたのお父さんとは違うよ。私が言っても、何の気休めにもならないかもしれないけど。同じなのは、絶対に、名前だけだから」
 ――ありがとう。
 そう呟いて、リクターはタバコの箱をもとの場所に戻した。一方でシェリーは、柄にもなく興奮してしまった己を反省した。

「おまえはオレがいなくなったら悲しいって。別れる前に、最後会った日にそう言った」
「そうだったね」
「あの時にひらめいた。肉親がダメでも、他人との間になら、オレの安息はみつかるんじゃないかって。それがずっと励みだった」
 シェリーは、静かに続く男の声を聞き取りながら、喉の奥で息が詰まるのを感じていた。

「だから例のカウンセラーとか職場の奴らと出会えた時、歩み寄ろうって思えたのも、巡り巡って、おまえのおかげかもな。人間関係うまく行かなくても、引きずらないで生きてこれた」
 はあ、と彼は一旦ため息をつく。苦い記憶を嫌々洗い出すように、眉間に皺を寄せた。

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