8. f.
2026 / 03 / 23 ( Mon )
「じゃああの」
「ん」
 逆向きにソファの背にもたれかかって、リクターが応じた。
「あなたの唯一無二の、特別なひとになりたい。私が……安息を、つくってみせるから」
「おう」

「それとね。信頼関係を、ちゃんと築きたい」
 しばしの間をおいてから、「善処する」と返事があった。
「まだほかに何か言いたそうだな」
「ひ……」
「ひ?」

「お膝に、のせてください」
「今?」
「い、いまがいい」
 ソファの背に顔面を沈めて、くぐもった声で男は笑い出した。
「ついにおまえも甘え方をおぼえたか」

「甘え方って?」
「なんでもない。こっちの話」
 顔を上げるとリクターは微笑を浮かべて、手招きの動作をして見せた。
 今度こそ、シェリーは大人しくソファの影から出てきた。そしておずおずと膝乗りの体勢に移る。

「ソファでこれだと座りづらいんじゃねえの」
「平気だよ」
 確かにちょっと足の行き場がないけれど、膝を折っていれば何とかなる問題だった。腰に、男の腕が回される感触があった。
 シェリーはといえば、リクターの頬に手を添えていた。

「くすぐってえな」
「もうちょっとだけ、こうしてたい」
 鼻先が触れ合うような距離で囁く。「うーん、でもタバコ臭いね」
「ガム買えってか」  ※ニコチンガムは90年代後半から医師に処方されなくても購入可能になっている。

「そうだね。身体を大事にしてほしいから、喫煙はやめてくれると嬉しい」
「それも、善処する」
「男のひとの肌ってじょりじょりしてて、変な感じ」
「何の感想だ」

 顔を近付けすぎると唇を重ねたくなるらしい、とどこか他人事めいたことを考える。そして相手も同じ衝動を覚えたようで、そういうことになった。
 柔らかい。温かい。目を閉じて浸っていたい――

「こら、どこ触ってるの」
 腰にあったはずの手が、いつしか尻を撫でていた。大きくて温かい手のひらの心地に、そわっとする。
「そっちが誘ってんじゃねえか」

「……まあ、否定はできないかな」
「なんならやめるか?」
「やめないよ」
 次の接吻は、もっと長く、そして激しかった。



9話でおしまーい

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23:52:15 | 小説 | コメント(0) | page top↑
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