9. c.
2026 / 03 / 27 ( Fri )
「三年だね。わかった、そうしよう。二人で決めるって、いいね」
「契約っつーもんはそのうち呪いに感じるかもしんねえけどな」
「かもしれない。でもどんなに重荷でも苦しくても、その度に今日のことを思い出すよ。こんなに幸せだったんだなって」
「……そうかよ」

「そうだよ――って、痛っ!」
 鳩にかかとを突かれて、シェリーは反射的に右足で宙を蹴った。うかつだった。まだ片手に持っていたプレッツェルの破片が、ぽろりと地面に落ちていく。
 身を乗り出して手を伸ばしたと同時に横からカメラのシャッター音がした。
 この男は、またしても。

「変な時に撮るのやめてよー」
 呆れてものを言っている間に、鳩たちが落ちたプレッツェルの欠片を奪っていく。なんて抜かりのない生き物だろうと思う。
「写真があったほうが今日のことを思い出しやすくなるだろ」
 笑いを押し殺したような声でリクターが応じる。今回使ったカメラはポラロイドらしい。機械音がして、白い紙が吐き出される。

「鳩に敗北してる瞬間を見て思い出せって言うの……」
「そういう写真のほうが、『人生』を感じるんじゃねえか」
「もう」
 あまりに彼が楽しそうなので、結局シェリーは怒るのをやめた。
「お、見えてきた」

 長方形のポラロイド写真を共に覗き込むと、そこには必死な表情をしたシェリーと鳩との可笑しな一瞬が浮かび上がった。写真の端には菓子袋のロゴが写りこんでいる。その結び目が不思議と、縁起の良いものに見えてきた。
「これもらってもいいかな」
「ダメ。オレが財布に入れるからって、いま決定した」

「えぇ、これを? 私マヌケ顔だけど……じゃあ代わりにあなたを撮らせてよ」
 自分も財布に入れて持ち歩ける写真が欲しい、とは言わない。
「今度な」
「絶対だよ。なんなら、散髪した直後とか」
「……わかった」

「やった!」
 言質も取れたことなので、もう一度写真を覗き込んでみる。
 昔の東洋文明(中国だっただろうか)では、婚儀に花嫁と婿が結び紐を持たされていたらしい。いつか籍を入れる日が来たら、その時もプレッツェルを食べようと思った。
「なに笑ってんだ」

「内緒」
「ふーん……? このあと本屋行っていいか」
「いいよ、私はコーヒー買おうかな」
 ここから近い大手チェーンの本屋の中にはカフェスペースが 設けられている。午後ともなると頭が緩慢になりそうなので、ちょうどいい。

「いんじゃね。あそこのダーク・ロースト結構いける」
 ゴミを近くの公用ゴミ箱に捨てて、共に公園を横切った。
 犬に向かってフリズビーを投げる少年。この季節に敢えてアイスクリームを食べ歩きしている学生の群れ。楽しそうな人々を見て、つられて気分は上昇する。

 歩き出して数フィートのところ、シェリーは勇気を出して隣の男と腕を組んでみた。リクターはそれには特に追及せずに普通に話し出した。
「今日だいぶあったけえな」

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