8. c.
2026 / 03 / 19 ( Thu )
「石の破片?」
 マグカップをいったんサイドテーブルに置いて、渡されたものを観察した。
「ジオードだってよ。中身はたぶんクォーツ」
「ありがと」

 晶洞(ジオード)の名はなんとなく知っているが、実物を見たり触れたりするのは初めてである。シェリーは受け取ったそれを、片手の中で転がしては、膝の上に乗せた。片面が滑らかで片面はでこぼことしている。ついさっきまでリクターの手に握られていたせいか、温もりが残っている。

 外側はただの地味な石ながら、内側は青みがかった白い水晶に彩られている。濁っていて、美しいとは形容しづらいが、眺めていて不思議な気分になった。
 半分に割られたと思しき石の片割れは、未だに男の手の中にある。

「前にも言ったな、お前は真面目すぎんだよ。自分本位で何が悪い。社会に貢献するとか何のための人生とかいちいち考えなくたって、日は昇るだろ。衣食住を確保して、他人に迷惑かけない程度に好きなことやってりゃ、十分なんだって」
「そう、だよね」
「生きる意味とか夢ってやつは見つかれば見つかるし、見つからないなら見つからないでいいんじゃね」

「…………うん」
「鬱々してる時って何言われても響かないだろうけど。これだけは言っとく」
 男の静かな語り口がほんの少し速まったのを聞き取って、シェリーは顔を上げた。
 見下ろす表情は、いつになく真剣だった。
「オレはおまえの味方だ」
 すぐさま、首を傾げるようにして目を逸らされた。

 立ち去ろうとする男のシャツの裾を、反射的に握った。柔らかい生地の感触が指の間に擦れる。
 気恥ずかしくて、シェリーは男の黒いシャツの端を見つめた。
「ありがとう。響いたよ」
「なら、いい」

「こんなにもらってばかりで……私は変なものいっぱい引っ提げているのに、あなたは、よく付き合ってくれるよ。あの頃から私は、何も返せてないのに」
「はあ」なぜか気の抜けた返事があった。「変なモン引っ提げてんのは何もおまえだけじゃねえだろ。むしろなんでオレが何ももらってないって思ってんだ」
「え? だって本当に何も……してあげられてないよ」
 はあ、と再び盛大なため息をつかれる。

 リクターはどかっとソファに腰をかけ、テーブルに置かれたシェリーの飲みかけのホットココアを手にした。二口ほど飲んでは、こちらに渡してきた。その拍子に触れた指先の温かさに、心臓の音が弾んだ。

「オレはクソ親父の死んだ日に、毎年花を手向けに行ってる。今年もてめえみたいにならずに済んだって、報告しに。向こうがそれを望んでるなんて絶対思わねえけど」
 男の目線は部屋中をさまよい、しばらくしてから、手の中のジオードの上に落ち着いた。
「うちもずっとずっと昔は、普通だったんだよ。普通に家族やってて、親父は建設会社の社員やってて。休みの日に公園行って、月に一度は揃って外食して」

「そっか」
 シェリーたち二人が出会った頃には、リクター家の「普通」にそのような微笑ましい光景は含まれていなかった。それを思うといたたまれなくて、胸が苦しい。たとえ当の本人はほとんど吹っ切れたように話していても。

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