7. e.
2026 / 03 / 04 ( Wed )

 小腹が空いて起き上がった時、そういえばベッドは空(から)だった。居候はトイレにでも行っているのかとあの時は気に留めなかったが、廊下は暗い。眠りについた際は、確かに傍に居たのに。
「せっかくですが」
『珍しいな、先約か』

「先約ってわけでは……」
 返事を先延ばしにしながら、電話のコードを目いっぱい引っ張って、歩き回る。
 コーヒーテーブルの上に見覚えのない紙切れが置いてあった。ホテルで配布されるようなメモ用紙を破いたのか、端っこに有名なホテルチェーンのロゴがある。
 手に取って、短い内容に目を通した。

 それを二、三度読み返すと、胃に鉛が落ちたような気がした。
 シェリーが去る時は引き留めないつもりでいたのに。これでは、放っておけるわけがない。むしろ、おそらく、人としてその選択は間違っている。

「すみません。用事が出来たので見送らせてください。落ち着いたらまた電話します」
『お? なんだなんだ。よくわからんが、気を付けろよ』
 ――この男はどんな時でも気遣いの言葉を添えてくれる。
 短く礼を言ってから受話器を戻し、車のカギを手にした。

(闇雲に捜しても意味がないな。家の番号……は知らんし)
 職場は法律事務所の名前でイェローページを調べれば電話番号が見つかるかもしれないが、この時間にかけたところで誰も出ないだろう。

 車のカギを繋いでいるキーリングを人差し指でぐるぐる回しながら思考回路を働かせた。実際は、考えているだけで二十分以上は経った。
 あれの好きな場所も思い出の場所もわからない。普通に家に戻ったのかとも考えられるが、他に手掛かりがあるとすれば――。

 ふと棚の上の箱が目に入った。
 普段の位置とややずれているような気がした。それはこの間、開けられたばかりだからだ。その際のやり取りが脳裏によみがえる。
 何かを察して、アレクスは箱に手を伸ばした。



「おまえ、メモになんて書いたか思い出せ。あんな文面じゃ、身投げに行ったかと思っただろ」
「私、そんな怖いこと書いた!?」
 指摘されて、シェリーは真剣に思い返す。書き置きにはたった二文を綴っていた。

―――

 Thank you for everything.
 I'm all right now, so I'll be heading out.

(何から何までありがとうございました。
 もう大丈夫なので、私は出て行きます。)

―――

 ごく普通の文言のように思えた。世話になった礼と、急にいなくなったことに対して、事件性がないと告げる言葉。面と向かってお別れを言わなかったのは、ちゃんと言える自信がなかったからであって、それ以上に変な意味はない。
「訊かれてもないのに大丈夫って言うやつは信用ならねえんだよ」

「飛躍しすぎじゃないかなぁ」
 あの二文を遺書と解釈するのは、いくらなんでも無理があるように思えた。「行く」や「旅立つ」という類の言葉から「この世を去る」の意を汲み取ることもできなくはないかもしれないが。

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