置き場のない掌編 
2022 / 04 / 07 ( Thu )
4/6/2022

 その男は長いあいだ記憶喪失状態にあったらしい。かつての人格が消え失せていたほどの欠落、ようやくすべてを取り戻したのがまだ先々月のことだったという。
 かなり特殊な身の上のようだが、仕事さえこなしてくれるならばどうということはない。

「思い出は人生の潤いだ。何も無いと不安だったろう。記憶が戻ってよかったな」
 魔物狩り師連合から割り当てられた討伐依頼で一緒に組まされ、なんとなしに雑談をしていた時、ふと私はそう言っていた。「過去の無い人間はなかなかに信用を勝ち取るのが大変だろうな」
「そりゃあそうだ。それに、確かに誰とも思い出を共有できないってのも、相当な孤独感だった」

「想像を絶する」
「人格も記憶も無い俺とあんたが、たとえば今こうして話していたなら、そういう状況だからこそ得られるものもあったのかもな――って、あいつなら言ったかもしれない」
 訊けば、あいつとはかつて共に旅をした聖女を指しているらしい。それは独特な世界観を持っていたのだと彼は言う。

「けどあいつならこう思っただろうかって想像して少し楽しい気分になれるのも、俺がカタリアを思い出せたからだしな。やっぱ、記憶が戻ってよかったと思うぜ……そこに、どうしようもなく苦しい記憶があったとしても」
「……心中察する」

「気を遣わなくていいぜ」
 わかった、と私が返事をした途端、集合の合図が伝達されてきた。
「行くか。エザレイと言ったな。今回はよろしく頼む」
「あんま信用しすぎない程度に任せろ」




完全に思い付きSS。久しぶりに書いたら想像よりすんなり書けた……ヨカッタ…

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