4-1. e
2024 / 01 / 16 ( Tue )
     *
 強烈な夢を見た。
 内容を断片的にしか覚えていなくても、ただの夢だと自分に何度言い聞かせても、胃の奥に残る嫌な感触は消えなかった。

(遅くまでネット検索してたからかな)
 布団にくるまっていても寒さがしみ込んでくる夜は、いまは遠くに行ってしまった居候のことを思い出してしまう。眠りにつけず、スマホを眺めている時間が長くなる。
 軽い気持ちで、インドネシアと蛇について調べるべきではなかった。

(ちがう。ナガメが、そういう目に遭うわけじゃないんだから)
 半分飲んでしまったアールグレイを片手に取り、もう片方の手でマウスを繰り、ループにして流していた「心を落ち着かせるせせらぎの音」の動画を止めた。マグカップから、すっかり冷めてしまったお茶をすする。誰もいない部屋に帰る気になれなくて、連日、唯美子は職場近くのカフェにとどまっていた。

 東南アジアは蛇革の産地だという。
 大小さまざまな種類の蛇が、現地民に乱獲されては、残酷な方法で皮を剥がされている――どこかの記事にはそう書かれていた。動物愛護団体も爬虫類にはそこまで関心が無いのか、または蛇革を使ったファッション用品が高く売れるからか、売買を取り締まる厳密な法は無いらしい。

 ブログ記事を読み漁っただけだから真偽のほどはわからないが、唯美子の不安を募らせるには十分だった。
 ナガメはいつも、肝心なことは教えてくれない。彼が助ける「同胞」とは、ほかの爬虫類なのではないか。そもそも、どういう助けを乞われたのか。

(思い過ごし……全部ぜんぶ、変なこと考えてるわたしが悪いんだ)
 大蛇の姿で、知り合いの引っ越しを手伝いに行くだけなのかもしれない。戦いに行くとはひとことも言っていなかったはずだ。
『なるべくはやく帰ってくる』
 幼児が単独で旅をしていたら不自然だろうとの唯美子の進言を受け、出かける日は青年の姿になって、ナガメは少しぶっきらぼうに言ったのだった。

 帰ってくるという言い回しにとまどって、返事はすぐにできなかった。色々と考えたものの、最終的に「待ってるね」と答えた。自分がどんな顔をしていたのかはわからない。
 最初の数日は普通に寂しかった。一週間も経てば少し前の一人暮らしに戻っただけのように感じた。それが二週目に入り、更にもう一週間も経つと、心配し始めるようになった。

 何といっても連絡を取る手段が無いのである。織元に連絡してみたりもしたが、彼は何も聞いていないという。


『何故、発つ前の本人に詳細を訊ねなかったのですか?』
『それは……だって……』
『ゆっくり、言語化してみてください。私はそれなりに暇です。ユミコ嬢が己の中の答えを見つけるまでの時間くらいはあります』


 ――怖いから。
 何も教えてくれないと不満に思う一方で、本当は自分のせいだとわかっていた。踏み込んだ質問をして、干渉しすぎて、それでナガメに嫌な顔のひとつでもされてしまったら。
 名前の無いこの関係はきっと、崩れ去ってしまう。

 悶々とした気持ちのまま、アパートに戻った。
 当たり前のように明かりのついていない部屋に、うっすらと隙間風が吹く。ため息を漏らしつつ壁をまさぐって、電気をつけた。
 届いてからまだ一度も使われていない座布団にまず目をやるのが、もはやくせになっている――

 が、今日はそこにちょこんと座している何者かの姿があって、唯美子は仰天した。



あけましておめでとうございます!! 今年はいっぱい書きます絶対!

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