4-1. a
2023 / 10 / 22 ( Sun )
 働きづめの日々が続くうちに、あっという間に年が明けていた。そして二月に入ると、上司の方針により何故か有給休暇を使わされた。
(駅が温泉ってやっぱり素敵だな)

 最近寒いし、休みの日には温泉――我ながら安直な選択だと思う。
 ベンチに腰掛けて、ぼうっとプラットホームを眺める。
 平日の午後なので全体的に人気《ひとけ》がない。静かに湯に浸かることができたのはもちろん、食事も堪能できたし、帰りのトロッコ列車を待つ間も心は穏やかだ。ここはたまに思い出したように来るけれど、今回もかなりいいリフレッシュになれたと言えよう。

 スマートフォンを見下ろせば、ちょうど座布団をショッピングカートに入れる画面だった。座り心地や熱のこもり具合を検討してさんざん悩んだ結果、自分がもともと持っていた平均的な値段のものとよく似た品に落ち着いた。

(いま買えば明後日には届くのね、と)

 数回のタップ操作を経て会計を済ませた。そのままスマホを膝の中に休ませることをせず、バッグの中へと戻す。
 唯美子の膝を枕にして眠る男児を起こさないように、そっと。

 所かまわず寝転がる彼のためを思っての買い物だった。見た目は七歳ほどの子どもだが、正体は数百年以上を生きてきた蛇の変異体である。未だに人間の常識をポロリと忘れてしまうこの居候は、食事を風呂場に持っていくこともあれば、洗濯物の積み上がった籠の中で意味もなく体育座りになることもある。普通にここと決めた場所でくつろいでほしいものだ。

 これでも最初の頃に比べると同居の具合は良くなっており、彼なりに徐々に家事を身に着けては手伝ってくれている。

「……やめとけって。その水牛は、くさってて……おまえには、むりだ……」

 ちょうどその時、少年がパッと瞼を開いた。
 本来の蛇に瞼は無く、気を抜くと彼は目を開けたまま寝たりもする。人間の姿をしている間ではさすがに眼球が乾いてしまうので、何度か起こして諭したくらいだ。

「おはよう、ナガメ。面白い寝言だったね、何の夢を見てたの?」
「おぼえてねー」
「水牛が腐ってるみたいなこと言ってたよ」

 少年は起き上がり、寝ぐせのついた黒髪をボサボサと手でほぐした。次第に頭が冴えてきたのか、何かを思い出したような表情をした。

「あー、あれだな。どこだったか、水牛の死体を見つけたんだった。ラムが火を通せば自分でも食えるとか言い出して、おいらが止めた。あいつじゃ腹壊すだろって」

 ナガメが友を諭す当時の様子を想像してみて、唯美子はくすりと笑いを漏らした。

「二人でいろんな冒険をしたんだね」
「ゆみも冒険してみるか?」
「……え」

 思いがけない質問に、すぐには答えられなかった。
 冒険なんて自分には似合わない――。
 少し遠出をするだけで落ち着かないし、雑踏の中を歩いているとたまに首の後ろがざわざわするし。電車の乗り継ぎが多すぎるとか、タクシーからホテルにちゃんとたどり着けるのかとか、現代人が抱く程度の悩みですら自分の身に余るのに。



すごい脳内紆余曲折あってやっと書けました。作者も設定とか過去のできごと忘れてるかもしれないので間違ってたらその時はDMでやさしく教えてください(笑)

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