4-1. b
2023 / 10 / 26 ( Thu )
「わたしは、遠慮するかな」
 かつてのナガメとラムが経験したようなスケールの大きい旅は、いくらなんでも無理だ。
 そう思う一方で、羨望に似た気持ちがあった。

 きっとそれは彼らにとってかけがえのない思い出で、絆だったのだろう。旅でなければ見れなかった互いの一面も、そうして知れたのかもしれない。
 誰かと特別な日々を分かち合えるのは素敵なことだ。

(わたしの比較対象は修学旅行とかだよ)
 住む世界が違い過ぎる、としみじみ思う。
 ナガメは唯美子の返事に「ふーん」以上の感想は無いらしく、大きく欠伸をしただけだった。

 遠くで列車の音がする。
 冷たい風が耳を撫でた気がして、無意識にマフラーを巻きなおした。

(何百年も生きてきたっていうナガメの中のわたしって、なんなんだろう)
 近くにいるのに遠く感じる。するりと唯美子の生活に入り込んできたこの子は、逆に自分にとっての何なのだろう。
 少なくとも昔は友達だと思っていた。けれど今は友と定義するには、違和感がある。
 また列車の音がした。先ほどよりも近くなっている。

「ちょっと散歩しない?」
 このまま帰るのが名残惜しくなって、気が付けばそんな提案をしていた。
「アレ乗らなくていいんか」
「まだ本数あるし、もう少しあとのでもいいよ」

 おー、と言って彼はベンチからぴょんと飛び降りた。淡いオレンジ色のパーカーの左右のポケットに手を突っ込んだまま、器用に着地してみせた。
 特に行き先があるわけでもなく、ふたりで近くをぶらぶらした。建物の向こうの山を見上げたり、小石を蹴ったりするナガメの少し後ろに、唯美子がついていく形となった。

 途中で子連れの家族とすれ違った。母親が、手を繋ぎたがらない女児を叱りつけているのが聞こえる。

「はなしてー! ゆーちゃんもうななさいだもん、自分であるけるよ!」
「何言ってるの、さっき車の方に走っていったくせに。七歳になったからって、不注意なとこは相変わらず」
「ふちゅーいふちゅーいって、ママいっつもおなじことゆー」
「あなたが一回で言うこと聞いてくれたら何回も言わなくて済むんでしょうが――」
 ふと、叫び合っていた親子が黙り込んだ。
 目が合ってから、ハッとなった。

「す、すみません」
 唯美子は急いで頭を下げて、ナガメの背を押した。親子が黙ったのは唯美子とナガメが足を止めて彼らの方を振り返ったからだ。
(なんか背後からの視線が痛い気がするなぁ)

 こちらが周りにどう見えているか、急に意識する。温泉センターのスタッフには親戚の子を預かったみたいな作り話をしておいたけれど、ぱっと見には親子に見えるだろうか。

「おいらたちも手つないだほーがいいんか?」
「......きみは、危険な方に駆け出したりしない......から、別に必要ないんじゃないかな」



ナガメは温泉には入ってません。
たぶんお湯苦手。

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