4-1. d
2023 / 12 / 10 ( Sun )
「たすけを乞われた」
 お互いに話し出すこともなく、帰路について、アパートの扉が閉まったタイミングで、ナガメがぽつりと言った。パーカーのポケットに両手を突っ込み、片足のかかとを使ってもう片足のスニーカーを器用に脱ぎながら。

「助けって、ほかの……『けもの』だっけ? からお願いされたってこと」
 人類のことは人類がどうにかすればいいと彼が以前に言っていたのを記憶しているので、助けを求めたのは同類かと推測する。織元を通した依頼からナガメが人間のために動く場合は、しっかり報酬を受け取っているはずだった。
「そ」
 彼は居間に入るや否や、スニーカーにしたのと同じ方法で靴下を脱ぎ始めた。

「ナガメは応えるつもりなの」
「ん-、たぶん」
「あんまり気乗りしない感じ?」
 少年が質問に答えるまでに、不自然な間があった。その間、唯美子は荷物を置いたり上着を脱いだり、暖房をつけたりした。

「知ってるヤツが……関わり合いになりたくねーけど、ほっといたらめんどくさくなりそう、つーか」
 ナガメにしては歯切れの悪い物言いだな、と思いながらも、唯美子は続きを待った。けれども数分ほど経ってもそれ以上は語られず、目があうこともなく、ナガメはちゃぶ台の下に転がり込んでしまった。知り合いに助力するのは普通のことだろうに、渋る事情でもあるのだろうか。

「今晩はレトルトでいいかな」
「んにゃ。水曜だし、もう食わなくていーや」
「あ、お昼もそんなこと言ってたね」
 もとより蛇は大きさによって週に何度か、或いは二週間に一度くらいしか食事をとらない生き物だ。昼間の温泉では気を遣って(?)残さず食べてくれたが、当分は満腹なのだろう。

 ならば自分の食事を軽く用意するだけで済む。作り置きしてあったおかずと漬物、インスタント味噌汁、あとはご飯だけ炊いて。丼に適当に盛り付けて、テレビをつけようとする。
 にゅるりと、ナガメがちゃぶ台の下から出てきた。驚いて、思わず声を上げる。

「急にどうしたの」
「ちょっと遠いんだよな」
 助けを求めてる相手の話だと、すぐに気が付いた。唯美子は味噌汁をすする合間に、「どのくらい?」と訊く。テレビは結局、付けないことにした。

「わかんね」
「え?」
「インドネシアかもしれないし、もっと近いかもしれないんだよな。でもたぶん実際は遠い」
「意味がわからないよ」
 やたら曖昧な話に首を傾げる。

「場所が幻術で覆われてるってさ。だから、踏み込んで調べてみないとどうしよーもない」
 ――胸騒ぎがした。
「調べるって、時間がかかるってことだよね。それこそ、どのくらい?」
「…………」
 ナガメの双眸が淡く光った気がした。

「きみがやらなきゃいけない、ううん、きみがやりたいことなんだね」
「そうなるな」
 子供の姿と声での大人びたトーンが、いつも以上に含みのあるように聞こえた。口元を手で隠して窓の外を見やる横顔はまるで知らない誰かのもののようで、何故だか泣きたい気持ちにさせる。
 これ以上は何も言えないと思い、唯美子は静かにご飯を咀嚼した。

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