ほねがたり - a.
2022 / 11 / 16 ( Wed )
 誰かが鍵盤を奏でて織りなす緩やかな旋律に、少女の清らかな声音が意図せぬ協和音となっていた。窓の外から時々鳥の鳴き声が混ざるのも心地いい。

 長髪の男は訪問者に背を向けたまま、その言葉を聞いていた。内容にちゃんと興味はあるが、手元の作業を終えてから顔を上げるつもりでいる。相手とは仲が良くも悪くもない距離感であるため、目を合わせる必要もない。
 男は、現在は神霊クヴォニスという呼び名で通っている。そして訪問者、紫色の長い髪をした一見儚げな少女は、神霊ネママイアという。
 彼らは担当する現象こそ違えど、同格の存在であり、同じ神殿を預かる主だった。
「物質界にある方のロウレンティア神殿の裏の森でね、見つかったそうなの。眷属の娘たちが怯えちゃって……」
「ふうん」
 折を見て相槌を打つだけの彼に、少女は特に気を悪くする様子もなく、つらつらと話を続けている。音楽的な声には、常にはない深刻そうな響きがあった。
「クヴォニスの精霊《ナトギ》で視てくれないかしら」
 神霊クヴォニスは虫メガネを目から離した。手の平にのっていた尾の裂けたトカゲを、そっと卓上に下ろす。

 直に会わずとも念じるだけで会話はできるのに、彼女が何故にわざわざロウレンティア神殿のこの区画――岩棚と木の上と滝の中に入り混じった、複雑な構造の建物――にまで足を運んできたのかが、気になっていた。
 クヴォニスは部屋の隅で穏やかな音楽を奏していた者に向かって手を振った。神霊クヴォニスの眷属のひとりである男は合図に気づき、旋律を止める。

「……骨と言ったかね」
「ええそう、問題は骨なのだけれど」
「珍しく相談事があるから何かと思えば――我に白骨を見てほしい、とね」
「そう言っているわ」

「ネママイア、いくらあらゆる生命体を分け隔てなく愛する我でも、かつて他人様のものであった有機物は引き取りかねるよ」
「引き取ってほしいわけではないの。弔ってあげたいの」
「まるで人間のようなことを言うね」
「人間だったでしょう、わたしもあなたも」
 神霊クヴォニスは、ふう、と口元で遊ばせていた指先に軽くため息を吹きかけた。己を訪ねてきた少女をまじまじと見直す。

 ネママイアは見た目こそ儚げな少女のままであるが、神霊となってからなかなかの年月が経っているだけあって、物事に対して遠慮というものがなかった。元の性格はもっと大人しかったらしいが、クヴォニスが彼女と知り合った頃にはすでに、己の考えをはっきり言う、能動的な性質が濃かった。

「詳しい話を聞こう。きみが弔いなんて言葉を使うくらいだから、その骨の持ち主たる人の霊は、さ迷っているのかね」
「クヴォニス、相変わらず察しがよくて助かるわ」
「褒めても何も出ないよ」

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