七 - b.
2017 / 07 / 06 ( Thu )
 魔物が一刀両断される。切り口から飛び出す体液が、なんとも美しい弧を描いた。
 痛快な光景であった。剣圧から生じた風ですら気持ち良いくらいだ。自分を脅かしていたモノがこうしてあっさりと無に帰すさまを眺めるのは、気分が良かった。

(って、いけない。見とれてる場合じゃない)
 己にもたれかかる重みを思い出して、セリカはハッとなった。そっと草の上に寝かせてから、呼びかける。
「エラン!」
 ふと人の気配が近付いた。警戒して思わず身じろぎした。

「安心してください。私は聖女です」
 例の少女が膝を付き、銀色の鎖に繋がったペンダントを取り出して見せた。ペンダントの部分は銀細工に紫色の水晶が左右に一つずつついている、左右対称的な形だった。十字にも似た紋様は、この大陸で生活する人間ならばほとんどが見知っている象徴だ。

「教団の聖女が……どうしてこんなところに……?」
「お話はまた後にしましょう」
 浮かべている微笑みと裏腹に、聖女の声音は厳しかった。何かの呪文を小声で唱えてから彼女は慣れた様子で手をかざした。「どこが悪いのか、わかりますか?」
「胸――肺を多分、さっきやられて……それからお腹にも内出血、かな」
 指で示しながら教える。先ほどはだけさせた服がそのままになっているため、患部が露わになっている。

「わかりました。胸とお腹ですね」
 少女の手の中に握られたペンダントが、金色の光を発している。光は淡く伸びて帯のような形になり、エランを包み込む。
 セリカは目を凝らして一部始終を見つめていた。その上で、目を疑った。
 胸の皮膚を抉った傷や腹部の痣が、忽ち治っていったのである。服に付いた血痕は変わらないが、ほんの数秒前まではそこにあったはずの痛々しい生傷がすっかり消えてしまった。唇も元の色に戻っているし、顎にまで流れていたはずの血の痕も無い。

 幻覚かと思ってセリカは何度も目を擦った。手を伸ばして、触れてみたりもした。
 ――この弾力、感触。何の仕掛けもない、まごうことなきただの肌だった。
 仰天した。セリカとて聖人や聖女が摩訶不思議な力を施すのを見たことや経験したことはあったはずだが、せいぜい擦り傷や頭痛を治したという程度の話だ。
「すごっ! 『聖気』ってこんなことができるの!?」
 感嘆して聖女の方を振り向く。一方で彼女はとても息苦しそうに答えた。

「これで、彼はもう、大丈夫でしょう。後は頼みましたよ、ゲズゥ……」
 どうしたのと訊ける間もなく、ふらりと小さな聖女は前のめりに倒れかける。横合いから伸びた腕がその肩を支えた。魔物はもう倒し尽くしたのか、長身の男がいつの間にかすぐ傍にいた。
 一拍置いて、彼はこちらに首を巡らせた。不気味なほどに無表情な男は、やはり不気味な、真っ白な左目と真っ黒な右目をしている。
「…………女」
 低い声だった。威圧感に竦み上がりそうになる。セリカはぐっと顎を引いて、視線を返した。

「何よ」
 この男には命を助けてもらった――更に言えば彼の連れにエランを助けてもらった――のだから、なるべく好意的に応じたい。そう思っていても、一体何を要求されるのか、恐ろしい想像をせずにはいられない。
「体力に自信は」
「体力? なくはないけど、何で」
 男は大きな布の袋を投げてきた。二本のストラップが付いていて、おそらくこれは背負って運べるデザインなのだろう。

「街道沿いは夜盗が出る。野宿できる場所を探す」
 そう言って彼はエランを左肩に担ぎ、少女を右脇に抱えた。ちなみに先ほど振り回していたあの大剣は、背中側の鞘に収まっている。
「えっと、あなたは手いっぱいだからあたしに荷物を運べってことね」
 男は答えずに走り出した。

(言葉が足りない奴……)
 呆れて、セリカはため息をついた。置いて行かれても困るから、急いで荷物を背負って走り出す。
 森の中を駆けるも早くもはぐれそうになり、男の背中に向けて叫ぶ。
「足の長さを考えて速度調整してよ!」
 そもそもあの男、人間を二人も抱えていながらどうやってこうも巧く森の中を走っていられるのか。狭いし、地面は石や枝ばかりで踏みづらいし――天性のセンスなのか、そうなのか。

「こっちは旅装じゃないし、サンダルなんですけど!」
 そこで、ちょっとだけ速度を落としてくれた気がした。
 なんだかんだ文句を垂らしながらも、セリカは必死に男の後ろについて行った。
 ――きっとそうした先に、安全な場所があると信じて。

_______

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06:19:48 | 小説 | コメント(0) | page top↑
七 - a.
2017 / 07 / 04 ( Tue )
 助けてくれ、と御者が叫んだ。悪いが前金だけでずらからせてもらうぜ、分が悪い戦いはしない主義だからな、と用心棒は叫び返した。宣言した通り、彼は魔物の一体を切り伏せてから即座に退散した。
 なんとかセリカは起き上がることができたが、足がその場に凍り付いてしまっていて動けない。

(分が悪いって……)
 或いはセリカが認識した二体以外にも魔物が居るのか。周囲を見渡そうにも、できない。御者の男が四本腕の魔物に喰われている、その惨劇から目が離せないのである。
(逃げなきゃ)
 魔物が弓なりに仰け反った。腕が多い点を除けば人に似ていなくもない形状だ。首の付け根辺りから垂れる大きな舌らしき器官が、気味悪く宙をうねった。

 異形のモノの次の獲物に選ばれるのも時間の問題だ。そう思うと手が勝手に動き出した。視線で敵影を捉えたまま、指だけで近くをまさぐってみる。
 そうしてセリカの指が枝と似た手触りのものを探り当てたのと、魔物が捕食行為を再開したのは、ほぼ同時だった。
 その隙に手の中の物を確認する。

(ああ、逃げるなんて選択肢は、取れないわよね)
 弓矢を構える。
(任されたんだから)
 小さく笑みを零した。初対面で「生き物を狙ったことがないだろう」とエランに言われたのを思い出す。
 実際のところ、生き物を狙ったことはある。ところが魔物を狙ったことは――。

(どこに狙いを付ければいいのよ。あんなのに弱点なんてある!?)
 視界の中心で、矢頭が激しく震えている。弦を緩めて一度深呼吸をしてから、再び引く。
 頭部らしき箇所に向けて矢を放った。一瞬後に矢は的中し、耳障りな絶叫が響いた。
 魔物はこちらに向かって四本の腕を伸ばした。そして、跳んだ。

「ひっ!?」
 恐怖に喉が引きつった。それでもかろうじて手は動く。
 ――次の矢を番えて放つ――!
 放った矢がアレの胴体らしき部分に当たったのは、奇跡としか思えない。魔物は身をよじり、セリカからは十歩離れた地点に落ちた。

 そこでほっと胸を撫で下ろしたのがいけなかった。
 生ゴミのような臭いが鼻を突いたため、反射的に、左に首を巡らせたら。新手の獣(けだもの)のかぎ爪がすぐそこにあった。
 骨の髄までしゃぶり尽くされるイメージに支配される――が、目を瞑った間に、甲高い衝撃音が弾けた。

(どうして? どこも痛くない……)
 疑問に思って目を開ける。
 目の前に人影があった。地べたに腰を抜かしたままのセリカを庇うようにして、魔物の前に立ちはだかっている。湾曲した長いナイフでかぎ爪を止めたのだ。

「え――エラン!?」
「おまえ、は……さ、がれ……!」
 途切れ途切れながら、返事があった。瞬間的に意識が浮上してきたのだろうか。
 いつかのように、腰が抜けて立てないですなんて返せる雰囲気ではない。セリカは這って後ずさり、脅威との間に距離を開けた。

 魔物と応戦するエランの援護をしてやりたいけれど、双方の立ち位置が目まぐるしく入れ替わっていて狙いを付けられない。
 やがて魔物は倒れ、肩で息をする青年だけが残った。その時点でセリカはもう、立てるまでに回復していた。

「エラン!」
 駆け寄り、顔を覗き込む。青ざめた唇から鮮血が溢れているのを見つけて、セリカは顔から血の気が引くのを感じる。
 続く言葉が見つからずにあたふたした。
 すると瞬く間に彼は倒れ込んできた。対するセリカは抱き抱えて尻もちをつくしかできない。
 濡れた感触が胸に伝わる。
 血の臭いに眩暈がした。動悸が速まり、頭が真っ白になる。

 そんなタイミングで、道の脇から物音がした。
 また魔物だろうか。嗚咽を堪えて、セリカは抱き締める腕に力を込めた。無駄なあがきだとわかっていても、守りたい、その想いだけは強固だった。

 ――がさり。
 草を踏みしめる音が軽い。虚を突かれ、つい顔を上げた。
(……女の子?)
 あどけなさの残る柔らかそうな頬っぺたと栗色の髪が特徴的な小柄な少女が、大きな茶色の双眸を限界までに見開いた。

「大変! その方、どうされたんですか!?」
 南の共通語だ。少女は脇目もふらずにこちらに駆け寄る。瞬間、彼女めがけて地面から歪な影が飛び上がった。
「だめ、逃げて!」
 セリカは必死に警告した。
 しかし少女は足を止めない。ふわりと長い髪を風になびかせ、微笑を浮かべて、「だいじょうぶですよ」と唇を動かす――

 また新たな物音がした。少女の通った後を追うように、長身の男が現れた。
 その男は成人男性の身長と同等の丈をした大剣を、信じられない速さで振るった。




ぃやっほう! この展開はミスリア本編44話を書いてた辺りかちょっと前に考えてました。

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03:50:44 | 小説 | コメント(0) | page top↑
六 - g.
2017 / 07 / 02 ( Sun )
「ちょっと、このお金」
「見つかった場合は十枚も渡せば口封じにこと足りるでしょう。荷馬車に忍び込んで西門から脱出してください」
「くちふうじ……? え?」
 疑問符を飛ばしている間にタバンヌスがまた何かを渡してきた。硬貨の入ったポーチなどよりもずっと重くて冷たいものだ。見下ろせば、セリカの弓矢とエランがいつも持ち歩いていた剣が両手の中にあった。
 嫌でも察してしまう。

「あんたはどうするの。見つかったら始末されるんでしょ」
 声が震えていると自覚したのは、言い終わってからだった。戦士風の男は首を横に振った。
「お二人が逃げおおせるように時間を稼ぎます」
「そんなっ」
 抗議する間もなく、遠くから喚声が聴こえた。目を凝らすと――彼方の果樹園から、槍を持った兵士らしき人影がわらわらと出てきた。

「待ってよ! 首謀者は誰なの? 何でエランがこんな目に、っていうか様子が変なんだけどどうしちゃったのかわかる!?」
 焦り、矢継ぎ早に質問をぶつけてしまう。
「誰が何故企んだのかは公子が一番よく知っています。後でご本人にお聞きください。それからこの状態……ヌンディークで手に入る薬物の中で、人を放心させられるものがあります。命に別状はありませんが毒が完全に抜けるまで数日かかるかと。態勢を立て直す時間が必要です」
 疑問のことごとくをタバンヌスは丁寧にさばいてくれた。

「後で意識が元に戻ったら、エランはあんたの自己犠牲を怒るんじゃないの」
「ご心配なく。そういう契約です」
「そういうってどういう……」
 しかしタバンヌスはその質問にだけは答えず、ふいにエランの両肩をガシッと掴んで何かを言った。それまでぼうっとどこを見ていたのかもわからなかった青灰色の目が、視線を定めるように何度か瞬いた。そして青年もまた、ヤシュレの言葉で何かしら応じた。

「――エラン。どうか達者で」主の肩をまたトンと叩いてから、タバンヌスはこちらを一瞥した。「頼みましたよ、公女殿下」
「まかせて、って豪語できるほどの力も人生経験もあたしには無いけど。できる限りのことはすると、約束するわ」
「はい。お気を付けて」
 彼は自らの外套を脱いでセリカに差し出した。目立たないように、特徴を隠せと言っているのだろう。

 ありがたく借りることにする。有り余る布の面積で派手なドレスを隠し、フードを被って赤い髪も隠した。
 振り返ると、いつの間にか大男は両手にそれぞれ抜き身の曲剣を握って、喧噪のする方へと颯爽と走り去っていた。
 死闘が始まるのを見届けずに、背を向ける。  

(尊き聖獣と天上におわす神々よ、どうかあの者にご加護を)
 大いなる存在に向けて短い祈りを捧げる。今日の内に別れを告げた二人に、バルバティアにもタバンヌスにも生きてまた会えればいいと、切に願った。
「ほら、行くわよ」
 セリカは随分と増えてしまった荷物を抱え直した。それから、依然として地面に座り込んでいる青年の手首を引っ掴む。

_______

 居眠りをしていたらしい。唐突に揺り起こされて、セリカは身震いした。
 道がでこぼこしているのか――車輪の立てる騒音が荒々しく、数秒ごとにお尻を打ち付ける衝撃は強まる一方だ。

(公都を出たのかしら)
 この荷馬車に忍び込んでからというもの、道がこんなにも険しかったのは初めてだ。道路が整備されていない、つまり都市部を離れているのだ。わかるのはそれだけで、荷馬車が何処へ向かっているのかなんて、皆目見当もつかない。
(むしろ何処で降りればいいのよ)
 まさに未知の世界に旅立っている。孤独感に潰れそうで、何度も拳を握りしめては開いた。

 セリカラーサ・エイラクスはゼテミアン公国の公女だ。外出時には常に数人の供が、護衛が付いて回った。自分の命を背負って立つ重圧をほとんど知らずに生きて来たのである。他の誰かの命をまるごと預かったことなんて、あるわけがなかった。
 肩が小刻みに震えている。心労からだ。寒さは、別に感じていない。

「ねえエラン……自由って、怖いね」
 膝の上で頭を休める人間に向かってぼんやりと呟く。何を口走っているかなんて意識していない。どうせ聞こえていない、返事が無いのだから。
「寝すぎて脳がとけるんじゃない? 人がせっかく、こんなガッタガタの道でも安眠を守ってやってるってのに、ありがとうの一言もないの」
 ここ数時間、独り言ばかりで心細かった。けれどもこうして温もりを近くに感じられると安心できた。その点に関しては、感謝の気持ちを抱いている。

(何時だろう。お腹空いた……)
 荷馬車には布を張った屋根がかかっているため、外の景色が遮断されていて見えない。多少の明暗は伝わるが、夕方かもしれない、と感じ取れる程度だ。
 突然、膝が妙にくすぐったくなった。エランが寝返りを打って咳をし出したのである。焦燥した。

(やばっ、御者にばれる!)
 これまで静かにしていたのに急にどうしたというのか。咳と言っても、彼が無意識に取った行動は、口元ではなく腹を押さえることだった。
 その理由が気になって、セリカはエランの帯に手を伸ばす。他人の召し物を、ましてや異性のそれを強引に脱がせるなど言語道断だが、恥じらいならどこかに置き忘れていた。

(え、痣……?)
 めくれた衣服の下から、数えきれないほどの黒い痕が現れた。この暗がりでも確かに痣と見受けられる。色濃い暴力の痕跡に、ぞっとした。
「なんだ!? 誰かいるのか!」
 前方から響く怒号でセリカは我に返った。口封じ、お金、と囁きながら懐に仕舞ったポーチを探る。

「聞き間違いだろ。大した荷でもねえのに神経質になりすぎだ」
 用心棒の声に続いて、馬の嘶きが聞こえた。停める気なのだ――
 ――しかし想像していたよりもずっと乱暴に、停車する。
 轟音が耳朶を殴りつける。尻が浮き上がった。

(浮き上がって、え? 何で!?)
 思考する間にも身体は何かに叩きつけられ。
 衝撃、激痛、そして眩暈がした。急に寒くなった気もする。
 上体を起こせるようになって、知る。もはや天井がなくなり、頭上に広がるのは透き通った夜空のみであるということ――馬車が破壊されたのだ。

 その夜空に、誰かの悲鳴が響き渡った。
 続いた咀嚼音と異臭が全てを物語っていた。泣き喚く御者に覆い被さるナニカ、少し離れた場所で別のナニカに斬りかかる用心棒。

(魔物…………!)
 緊張に、セリカはガッチリと歯を噛み合わせた。

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08:29:26 | 小説 | コメント(0) | page top↑
六 - f.
2017 / 06 / 28 ( Wed )
「立って! お願い」
 懇願しながらエランの腕を引っ張ってみた。抵抗しているのかと疑うほどにその腕は重かった。しかも袖が汗で湿っているらしく、もっと力を入れて引っ張ろうとしても、手の中から滑り抜けそうになる。
「生きたいでしょ、あんたも!? 立ってよ!」
 セリカは荒く囁いた。返ったのは咳だった。

「こんなところで朽ちていいの!? 立ちなさい! 生きがいとか心残りのひとつやふたつ、あんたにもあるわよね」
「……か」
 やっと彼はこちらを見上げた。名を呼んでくれたのかもしれないし、「わかっている」と言おうとしたのかもしれないが、重要なのは内容よりも反応があったという事実だ。

「そうそう、その調子。頑張って」
 まずは起き上がるのを手伝って、それから肩を貸してやる。夢中で励ました甲斐あってか、数分後には独房の外に一歩踏み出すことができた。
(けどやっぱり重い)
 踏ん張っているからか額に大粒の汗が噴き出て気持ち悪いが、致し方ない。身長は同じくらいなのに、これが男と女の差か――気を抜けば一緒に地面に引きずりおろされる。
 出口がとてつもなく遠く感じられた。本当にセリカの思う方向に出口があるのかどうかすら、定かではないのに。

(やってやるわ。素顔を見せてもらうまでは死なせたりしないんだから)
 この緊迫した場面において、それは雑念の類に入るだろう――今なら、ターバンから流れるこの布をめくってしまえないか、なんて。
 気になってしまったものは仕方がない。けれどもそれをやるのは、人の寝室に土足で駆け上がるのと同じことだ。緊張に紛れて、とんだ好奇心が鎌首をもたげてしまったものだ。

 ズルや近道を選んではいけない。
 これまでに受け取ったのと同等の誠意で応え、真心を伝えたいのだ。

「ま、ごっこっろー、まーごこーろー、つーたわれー」
 即席でつくった鼻歌を歌い、気を紛らわせてみる。案外それで歩が軽くなった気がした。
「おひさまのーしたにでられたらー、まずは、なにがしたいですかー? たべたいものーはありますかー」
「…………サンボサ」
 適当に歌っていただけだったのに。耳元で答える声があって、セリカはぎょっとした。何か言ったのかと訊き返しても、青年は沈黙したまま浅い息だけを繰り返す。

(どの問いに対してだったのかしら。さむぼさ、って食べ物?)
 これもまた気を紛らわせるいいきっかけとなった。「さむぼさ」の正体に想いを馳せている内に、手探りで地上への階段と出口を探り当てられたのである。
 セリカは空いた手の指先だけでかんぬきを外した。手先が器用な人間でよかった、ありがとう神々――と変な方向性の感謝をしながら。

 ガコッ、と古びた戸を外向けに開く。地上から漏れ込む光の刺激が強すぎて、思わず顔を逸らした。
 けれどすぐに再び上を見据える。
 澄んだ空気をもっと吸いたい、心休まる場所に行きたい。転がり出るようにして戸をくぐった。さすがに二人同時に通れるほどの広さは無かったので、まずはセリカが出た。
 それから振り返って、エランに手を伸ばす――

「ン!?」
 急に呼吸ができなくなった。無骨な大きな手によって、鼻や口を封じられたのである。
 瞬間、謎の人物の手に噛みつこうと口を開ける。
「お静かに」
 北の共通語だ。セリカはピンと来るものを感じた。この場合「暴れるな」ではなく「静かにしろ」と注意するのは、まるでこちらの身を案じているようにも解釈できる。

 口を覆っていた手が離れた。
 恐々と振り返ると、歳は二十代前半くらいの、逞しい骨格の男と目が合った。その顔付きは強面と精悍の間くらいに属している。途端に、強張っていたセリカの身体から力が抜けた。

「……タバンヌス。あんた今までどこに? ううん、それより、いいところに来てくれたわね」
 寡黙な戦士は頷いて、地下に残っていた青年を楽々と引きずり出して片腕で支えた。
「昨夜、よからぬ企みに走った者が居たことに気付いてから、身を隠して機を窺っていました」
「機を窺ってたって……何それ。あたしが動くのを待ってたって意味じゃないでしょうね」
 つい語調が厳しくなる。

「己はエラン公子との関係性ゆえ、一度でも姿を現せばその場で始末されます。この身だけで救い出すことは不可能でした」
 ご容赦ください、と大男は頭を下げた。
「貴女の行動力を測りかねていましたし、ここまでするお方だとわかっていれば、もっと早くに協力を仰いでいました。敵も、他国の公女を下手に扱えません」

「へえ。あんたには嫌われていると思ってたわ」
「主に害を成す者ではないかと危惧しただけです。今は考えを改めています」
 全くの無表情でタバンヌスは懐から紐のついたポーチを取り出し、それをセリカの右手に握らせた。ずしりと重い。感触や音からして、硬貨が入っているのだと直感した。

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11:40:36 | 小説 | コメント(0) | page top↑
六 - e.
2017 / 06 / 24 ( Sat )
「なんだ!」
 怒鳴り声が闇の中で反響する。床に落ちている装飾品を目にすると、看守は愕然となって呟いた。「何でこんなところに宝石が……」
 男の両目は最初に疑惑に見開かれ、瞬く間にそれは醜い欲望の色に取って代わられた。男は視線を首飾りに集中させたまましゃがんだ。

 ここだ、と決めてセリカは飛び出した。
 ――狙うは腰の鍵束!
 右手を伸ばす。冷たい鉄の輪を掴み、思い切り引っ張る。

(抜けない!?)
 落ち着いて考えれば予想できたことだが、革のベルトに繋がれた輪が引いただけで外れるわけがなかった。それに気付かなかったのは焦りゆえだろう。金具を外すまでに数秒は必要だ。
 看守が振り返りかける――
 セリカは頭の被り物を脱いで、男の顔に被せた。

「ふぐっ! 何奴!?」
 くぐもった怒声が浴びせられる。
 誰何に答えてはいけない。顔を見られてもいけない。ならばどうすればいいのか?
 肘から先が、激しく震えていた。そうだ、もっと力を込めよう――刹那の衝動に従った。
 男が暴れて掴みかかろうとしているが、しゃがんでいる態勢の彼と背後に立っているセリカとでは、アドバンテージはこちらに傾いている。

(気絶するまで、窒息、させる)
 狂気じみた決意。存外それは早くに実りを得た。
 看守の手足から力が抜けていった。ぐったりと、その場に崩れる。

 ――怖気がした。試合や喧嘩のような項目とは比べるべくもない。
 暴力。己の意思で人を害したのだ。男の首を絞めた感触が掌に残っていた。
 人を蹴ったり殴ったりするのとは違う、もっと生々しい悪意――その悪意を放ったのが自分だという事実に、慄くしかない。

 セリカは涙していた。罪を省みる時間すら惜しくて、震える指で何とか鍵を物色する。目的の独房まで這い寄り、鍵穴を手探りで見つけ出した。
 ひとつずつ鍵を差し込んで試していく。
 その間も絶えずに咳が聴こえた。何やら頻度と激しさが増している上、音が次第に濡れたものが絡んでいるようにも聴こえて、セリカの中の危機感が強まっていった。
 鍵との試行錯誤に焦れる。

(あと三本しか残ってないわよ……今度こそ、当たれ!)
 願いが通じたのか、ついに「がちゃん」と爽快な開放音が耳に響いた。
(やった!)
 重い扉を押し開け、狭い独房の中に転がり込んだ。
 奥の方に人影が見える。地面に蹲っている人物は、背格好や服装から見るに、まさしくエランディーク公子その人だ。

「エラン! 大丈夫!?」
 駆け寄り、すぐ傍で膝をついた。顔を覗き込んでみたり、肩を軽く揺すったりする。
「ねえ、聴こえる? あたしがわかる? えーと、あなたと結婚する予定の、セリカです。とにかくこっち見てください」
 ゆっくりはっきりと呼びかけてみた。

「え、何?」
 咳の合間に青年は何かを言おうとしてるらしかった。まずは意識があるようで、安心した。
 耳を近付けた。吐息がくすぐったいほどの距離だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。懸命に言葉を拾おうとするも失敗に終わった。掠れた声が囁く音の羅列が、セリカの中でうまく意味を成さないのである。

(もしかして……ヤシュレ公国の言葉かしら)
 寝ぼけた人間などは自分が普段から思考に使っている言語を口走りやすい。ヤシュレの言葉がエランの母語であるのだろうが、残念ながらセリカにとってはいくら勉強しても身に付かなかった言語だ。

(つまり、意識が朦朧としてるってことね。どうしようか)
 もう一度エランの苦しげな横顔を見下ろすと、その仮定を裏付ける点を更に見つけた。
 青灰色の瞳は潤んでいて焦点が合わない。こちらを全く見ていないのは明らかだった。怪我をしているのか、熱を出しているのか、おそらくその両方か。
「だからってあたしじゃあんたを運べないのよ。肩を貸すのが精一杯よ。自分の足で歩いてくれなきゃ困るわ!」
 八つ当たり気味に吐き捨てたのは、絶望に打ちひしがれたくないが故の鼓舞である。

 こんなにも具合が悪そうなのに。どうしてやるのが最善なのか、セリカには判断がつかない。動かさない方が良い気がするけれど、ここに放置していても誰も治療してくれなそうだ。
 そして何より――ここにいては、もっと凄まじい危機が迫ってくるのではないだろうか。
 とにかく逃げなければならない。どこへ、どうやって逃げ延びればいいか、は後で考えることにする。



私も昔は寝ぼけてよくルームメイトに日本語で話しかけて「あれ、何故彼女は私の質問に答えてくれないのだ?」と疑問に思ったりしましたw 通じてなかったという。

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六 - d.
2017 / 06 / 21 ( Wed )
「じゃあその地下への入口はどこにあるの?」
「存じません。頑張ってお探しくださいませ」
 突き放すように言ってリューキネは茶菓子に夢中になった。これ以上聞き出せることは無いのだと察し、セリカは感謝の意を述べてその場を後にする。

 周りに人の気配がなくなった途端にセリカはよろめいた。
 近くの柱に片手を付き、我が身を支える。ふと視線が地面に落ちた。石造りの道が視界の中で変に揺れていて、何故だか恐ろしいもののように思える。

 ――地の下に、何がある――?

 リューキネを疑うわけではないが、どうしても理解が追い付かない。追い付きたくないのかも、しれない。
(危険は承知の上だとか、さっきはあんなこと言ったけど)
 自分の力量で何ができるのか改めて考えてみた。しかし先ほどバルバの前では毅然と冷静さを保っていた頭も、今やプディング並に柔らかく形を失っているように感じられる。

(ええい、もういいわ。まずは見つけ出してからよ!)
 いよいよ考えるのが面倒になり、セリカは走り出した。行き詰まればとりあえず突っ走る、こういうところは兄と似ているな――と苦い笑いを漏らしながら。

_______

「聞こえてるなら返事しなさいっ! エランディーク・ユオン!」
 気が付けば、地下牢を駆け抜けていた。
 けれどもどれほど呼ばわっても探し人からの応答がない。次第に、不安という名の刃が数本、胸を突き刺した。
(そうよ。あいつがまだ生きてるなんて誰が言ったの)
 彼の妹姫が「隠す」という表現を用いたから思い込みをしてしまったのであって。エランが殺されていないという確証は、どこにも無いのである。

 死人は返事ができない。かと言って、牢を細かく確認するには、さすがにセリカは気力が足りなかった。
 迷いは見えない足枷となって足をもつれさせる。次いで転倒したが、かろうじて腕と膝をついて着地できた。

 ゆっくりと顔を上げて、闇に浮かぶ鉄格子の鈍い輝きを見つめる。恐怖で声が出ない。
 こんな恐ろしい場所で――生きているかどうかもわからない人を捜している。一国の公女が、なんて滑稽な姿だろう。

「んっ」
 滲み出る涙を、セリカは袖で擦った。膝立ちになり、意気消沈しかけている自分を奮い立てる。
 ――そんなことより、悲しい。
「ね、エラン。死んじゃったの……?」
 もう一度あの笛を聴きたいし、くだらない話もしたいし、約束を果たしたい。ただそれだけだ。それだけを願って、手足を動かす――

 瞬間、微かな咳が聴こえた。
 驚いて思わず静止した。そういえばこの辺りは大分静かである。空いた独房ばかりで、周りから囚人の気配がしないことに、今更ながらセリカは気付いた。
 ではこの先はどうか。恐る恐る足を踏み出してみたら、また咳が聴こえてきた。

(ちょっと、ねえ)
 確信交じりの興奮が沸き上がる。通常、咳で人を識別できるものではないし、希望的観測かもしれない。たったこれだけの音を、昨夜喫煙具に噎せたエランに重ねるのもおかしいかもしれない。
 だが再び走り出す力を振り絞るには十分だった。
 間もなく行き止まりに当たりそうになり、そこで人影を見た。今度は一人だけである。

(わざわざ守ってるってことは別の出入り口があったりして)
 来た道を戻らずに地上へ逃げられるという可能性に、一気にやる気が跳ね上がる。
 幸いと看守らしき男は眠そうに天井を見上げていてこちらの足音に気付く様子もない。隙をついて鍵を盗むくらいは、セリカにもできそうだ。
 咄嗟に身を潜めた。もはや、咳の音源がかなり近い。

(隙を作らなきゃ……)
 胸中で逸る気持ちをなんとか宥めすかし、打開策を考える。思い付いたキーワードといえば、光るもの、金目のあるもの――
 首の後ろに手を回した。豪奢な首飾りを外して、看守の目に入りそうな位置まで投げ捨てる。
 落下の際に、じゃらんと派手に音がした。

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六 - c.
2017 / 06 / 18 ( Sun )
 ――誰がエランの本当の居場所を知っている? 真実は、誰なら教えてくれる? 今すべきことは何だ――

「バルバ。早急にゼテミアンに戻りなさい」
「ひ、姫さま!? 何を!」
「来た時の旅費、まだ余りがあったわよね。全部持っていいわ。なるべく人に見つからずに出て行って……地図も、来た時に使ったものがあるわね」
 狼狽する侍女に次々と指示を出す。自分でもぞっとするほどに頭は冷静だった。

「姫様、まさかわたしから大公陛下にお伝えせよとお考えで」
「いいえ。お父さんとお母さんには黙っていて欲しいの。何食わぬ顔であなたはあなたの人生に戻るのよ。この国で何が起きているかはわからないけど、まだ国家間の問題にしちゃいけない気がする。そうなったら、絶対に後戻りできないわ」
「後戻りって何ですか! 仰る意味がわかりません!」

「ごめん、あたしもよくわかんない。でもこの縁談は国の発展の為に必要なことだから、簡単に反故にしちゃいけないと思う。たとえ別の誰かの思惑が妨害しているとしても」
「だからってわたしだけ帰るなんてできません! 姫さまの御身はどうなるんですか!」
 なかなかバルバは引き下がらなかった。セリカは深く息を吸って語気を強める。

「バルバティア・デミルス、これは命令です。主を捨てて祖国へ帰りなさい」
「嫌です! 嫌です、姫さま……」
「駄々をこねないで。元々、帰す約束だったじゃない」
 困った顔で笑って見せると、ついにバルバは項垂れた。幼馴染との将来を想ったのだろう。

「では太子殿下にだけ相談をしますこと、お許しください」
「お兄さんに? ……いいわ」
 それくらいの譲歩はしてやってもいい。そう思って承諾したのだが、一瞬、不穏なイメージが脳裏を過ぎる。セリカの兄は、行き詰まった時は、剣でものを言わせる人だ。妹の危機と知れば軍を動かさずとも一人で乗り込んで来るやも――いや、さすがにそこまではしないだろう。

「姫さまはこれからどうなさるおつもりで?」
「探るわ」
 それだけ答えて口をきつく引き結んだ。探すべき対象は人物であったり、「事件の実態」でもある。
 もはや一秒たりとも無駄にできない。
 共に国境を超えてくれた友人の肩を抱き寄せ、今まで尽くしてくれた礼と別れの挨拶をする。彼女は終始、目を潤ませていた。最後にセリカは強引にバルバの身体の向きを変えた。やや乱暴に背中を押す。

「……幸せになってね」
「姫さまもどうかお気を付けて」
「わかってるわ」
 返事をするや否や、セリカも踵を返して歩き出した。心の中に押し寄せる寂しさと不安の波を、短い祈りの言葉を綴ることで紛らわす。

 きっとバルバはこちらの急な思考展開についていけなくて、ひどく戸惑っているのだろう。セリカ自身、己の気持ちを整理しきれていない。そんな猶予も、無い。
 あの男に情が移ったとも考えられるし、見捨てるのが不義理だとも思っているし――それでいながら、セリカは自分が土壇場でやはり保身に走ってしまう可能性をも否定できずにいる。確信を持てる一点といえば、急がねばならないこと、それだけだ。

 怪しまれない程度に小走りになって、宮殿の中を移動した。思い付きのままに足を運ぶ。そして目的地に着くなり警備兵に声をかけた。
「リューキネ公女に取り次いでいただけませんか」
 彼らはこちらのただならない様子に驚いたようだったが、それでも申し出を受けてくれた。しばらくして兵士が戻ってきた。

「公女さまがお会いになるそうです。どうぞ」
 促されて、セリカは歩を進めた。ここはちょうど昨日の朝にエランとリューキネ公女が談笑していたバルコニーだ。
 絨毯に腰を掛けて、優雅な仕草で茶を飲んでいる少女がひとり。

「まあセリカ姉さま、ようこそいらっしゃいました。ご一緒に、一杯いかがかしら」
「いえ、あの」
 お茶の誘いを断ろうとして、途中で思い直した。濃い緑色の双眸が威圧的な視線を注いできたからだ。
 数秒遅れてその意図を理解した。周りの侍女や警備兵たちに不審がられない為の、公女からの配慮である。
「いただきます。ありがとうございます」

 セリカはリューキネと向き合うように、卓の前に腰を下ろした。それから果実の香りが濃厚なお茶を二杯ほどいただき、他愛もない話をした。このような何気ないいつものやり取りが、今日ばかりはもどかしく感じられる。
 ようやく公女が人払いをしてくれたところで、間髪入れずにセリカはエランの居場所を訊き出そうとした。

「姉さま……忠告いたしましたわよね。殿方の事情に、姫君が踏み込むべきではないと」
「憶えてるわ。危険は承知の上で、訊いてるの」
 向かいの席の美少女は憂いを帯びた表情で遠くを見つめ、そっと息を吐いた。
「わたくし、兄さまたちが本格的に争い合う日が来れば、アスト兄さまの側に立つと前々から決めていましたの」
「…………顔の崇拝者だから?」
 敵対宣言をされていると解釈すべきか。セリカは目を細める。
 ――これは仮定の話だろうか。それとも公女は既に宮殿内の異変を、兄弟同士の諍いが原因だと、そう突き止めたのだろうか。

「ご恩があるからです。わたくしが自暴自棄になっていた頃に、救ってくださいましたの」リューキネ公女はキッとこちらを睨みつけたが、すぐにまた表情を緩めて嘆息した。「けれど、エラン兄さまにも恩があります」
「じゃあ……あなたの知っていることを話してくれるわね」
「ええ、知っていることであれば。誰がエラン兄さまを隠したのかは存じませんわ。知りたくもありません、巻き込まれたくありませんもの。そうですわね――エラン兄さまでしたらきっと、地下にいらっしゃいますわ」
 地下、とセリカは思わず呆然となってオウム返しにした。

「普通は誰も近付かない場所に『それ』を建てるでしょう。実際に都のすぐ外にあります。でもこの宮殿の敷地内にも、ありますのよ。特殊な理由で公にできなかったりしますから」
 リューキネは、主語を省いた意味深な言を並べ立てる。
「すぐに兄さまをどうこうするには、時間が足りなかったのでしょう。思い立ってから行動に出てまだ一日と経っていないはずです。地下で間違いありませんわ」




返信@ナルハシさん

スマホでしたか! 当初ミスリアをガラケーで読まれていませんでしたっけ? 懐かしい…w

私もたまにスマホからブログの表示を確認したりするんですが(そしてやはり呪われる)、基本的にブログのレイアウトはデフォルトなのですよね。いえまあ、レイアウトで広告が消えるのかは謎ですが… 2011年頃はPCテンプレしかいじれなかったんで、数年後にスマホテンプレができてからも放置状態…一度くらいはいじってみた方がいいですよねw

呪いよ、なくなーれー!

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07:52:12 | 小説 | コメント(0) | page top↑
六 - b.
2017 / 06 / 07 ( Wed )
 短い回想の旅から戻って来ると、頬が熱くなっているような気がして、つい指で触れて確認する。そして実際に熱かった。意識してしまうとますます恥ずかしさがこみ上げる。
「ねえバルバ。エランを見なかった?」
 気を紛らわせようとして、侍女の背中に向けて問いかける。
「公子さまは、夜にひとりでどこかへ行ったきり、戻らないのですよ」
 振り返った彼女の双眸は憂いに揺れていた。心臓が冷たい手に掴まれた気がした。
「ひとりって……タバンヌスは一緒じゃなかったの」

「あの方は公子さまに命令されて、姫さまの護衛のために屋根上に残りました。でも明け方まで待っても公子さまが戻られないので、通りがかりの兵士に交代を頼んで行かれましたよ」
 バルバが目配せする。その目線が指す方へ、二人で歩んだ。屋根から下りる梯子の前には、武装した見知らぬ男が立っていた。二、三ほどその者と問答をしたが、目ぼしい情報は得られなかった。

 胸騒ぎがする。次にどうすればいいかわからずに、セリカは一旦自室に戻った。身体を拭いて着替えを済ませ、もう一度バルバと共に宮殿内を出歩く。
 気のせいだろうか。やたらと静かである。元々広い宮殿とはいえ、誰かとすれ違うまでに数分かかった。
 最初にすれ違った女中たちは共通語が不得手で、話しかけてもあまりはっきりと受け答えをしてくれなかった。次に庭園で遭遇した官僚たちもよそよそしく、相手にしてくれなかった。

 諦めて朝食に向かおうかと回廊を進み出し、その矢先に小さな人だかりを見つけた。まだ成人していないような年頃の少年と、後ろにぞろぞろ続く男性が四、五人――少年は自分より幾まわりも年上の者たちに向かって助言や命令をしているようだった。話の内容は断片的に聴こえてくるも、難しい話をしているらしいことしかわからない。
 セリカたちは速やかに頭を下げて道を開けた。鋭い目付きと隙が無い立ち姿をしたこの少年は、確か第六公子のハティルだ。

「姫君。おはようございます」
 そのまま通りかかるかと思いきや、少年は足を止めた。
「おはようございます。ハティル公子」
 微笑み、顔を上げる。
 あちらから話しかけてくるとは運が良い。更に運の良いことにいつの間にか人だかりが解散していた。目の前にはハティルと、付き人らしい壮年の男しか残っていない。
 お約束の天気の話題を済ませてから、お伺いしたいことがあります、とセリカは本題を切り出した。

「どうぞ。僕に答えられるものなら」
「では遠慮なく――エランディーク公子が何処(いずこ)にいらっしゃるか、存じませんか」
「エラン兄上ですか。僕は会ってませんけど、まだ寝ているという可能性も……。兄上と何かお約束を?」
 ハティルの声も表情も、本気で驚いている風に感じられた。

(昨日あたしたちが夕食を一緒したのは知れ渡ってるはず。ならその後は、どうかしら)
 セリカの腹の底で勘のようなものが働いた。慎重に返答すべきだと判断する。
「いいえ、約束はしておりません。ただひと目お会いしたいと思った次第です」
「エランなら所領に帰ったって聞いたぞー?」
 回廊の先から人が近付いて来る。歩きながらパンを頬張って食べかすを巻き散らすこの行儀の悪さ、第三公子ウドゥアルだ。

(所領に帰った……? 言伝もなく? 「聞いた」って、誰に)
 最後の疑問はハティルが代弁してくれた。すると第三公子は、大臣が言ってたんだぞ、と答えた。
(ウドゥアルは口裏を合わせてるだけ、それとも本当に何も知らないの? 情報の発信源はその大臣か、別の誰かか)
 セリカはいくつかの引っかかりを感じたが、敢えて何も追及せずに公子たち二人の会話を静聴した。

「帰ったって、こんな時にですか。ベネ兄上みたいに火急の用事でしょうか」
「ルシャンフ領なんて蛮族しか住んでないんだし、なんかあったんだろ。そんなことより、結婚式なくなんのか? せっかくいい肉にありつけると思ったのに。親父殿は、面会謝絶だ。おれももう帰っていーか?」
「帰ればいいんじゃないですか」
 兄の質問に、弟は投げやりに答えた。
 そこでセリカは無難な礼の言葉を並べて、その場をやり過ごした。拭えぬ違和感を胸に抱えたまま、彼らの後ろ姿をそれぞれ見送る。

「ひどい……。姫さまのお立場はどうなるのですか……」
 二人だけになると、バルバがやるせなく呟いた。
「――嘘」
「姫さま?」
「嘘よ。エランは、そんなことしない。何かがおかしいわ」
 そう断言すると、バルバは怯んだようだった。もしかしたら自分は今、かなり険しい顔をしているのかもしれない。

「え、ええ、しっかりしてそうな方ですものね。無責任な真似はされないと、わたしも思います」
「無責任……そうね」
 それだけではない。夜中にいなくなったという事実の異常さは変わらない。
 百歩譲って、既に延期されている結婚式よりも重要な案件が所領で発生したとしても――

「堂々と妃を連れ回すと、あいつは言ったわ」
「はい……?」
「伴侶にそれを望むと。だからどんなに急いでいても、ひとりで発つわけない」
 低く呟きながらも、セリカは思考回路を最大速度で回していた。

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04:06:31 | 小説 | コメント(0) | page top↑
六 - a.
2017 / 06 / 05 ( Mon )
 ――作り笑いをして過ごす一生で、隣にお前がいてもいい――

 優しく語りかけるような声が頭の奥に残っている。
 そうだ、あれは意識を手放す直前の会話だった。どういう意味か詳しく訊きたかったのに、結局睡魔に勝てなかったのだった。

 これからもずっと肩を並べて作り笑いをしようという誘いだったのだろうか。
 ――夢から覚めたら、今度こそみなまで問い質そう。
 その想いを抱いて意識が浮上する。

 ところが目が覚めた直後にセリカがまず感じたのは、羞恥心と焦りだった。勢いよく上体を跳ね上がらせ、周囲を見回す。身体にかけられているふかふかの毛布。柔らかい絨毯。そこかしこに残る、残り香のようなもの――そこまで観察して、セリカは唐突な寒気に身を震わせた。

 現在地は、エランの屋根上の居住空間で間違いない。日の高さからして、まだ早朝だ。何故か当のエランの姿はどこにも見当たらないが、近くの物置棚によりかかって眠るバルバの姿は見つけられた。

(いないか……むしろ、よかったわ)
 セリカはほっと息を吐き出して寝床から起き上がった。どうもあの男の匂いやら気配やらに包まれているようで変な気分だ。他人の寝床なのだから当然とはいえ、変なものは変なのである。
 それにしても酒を少し飲みすぎたのだろう、頭が鈍く痛む。

(あれ? 昨夜、かなり恥ずかしいことを口走った気がするんだけど。何だったかしら)
 それ以前に、自分が寝床を使ったのなら、エランはどこで寝たと言うのだろう。頭を抱え込んでなんとか思い出そうとするも、記憶があやふやである。
 セリカがそうして唸っている間に、バルバも目を覚ました。

「あっ、姫さま! おはようございます!」
「おはよう……あんまり大声出さないで……」
 げっそりとした様子で注意してやると、侍女は両手で自身の口を塞いだ。バツが悪そうに笑って、彼女は毛布を片付け始めた。

 セリカも手を貸そうとした。が、「ここはわたしに任せて、姫さまは休んでいてください!」と追い払われてしまった。仕方がないので、顔を洗って水分補給もして、身だしなみを整える。それから空模様を見上げた。
 まだ幾分か、頭がぼうっとしている。セリカは目を閉じて、まとまりのない思考に耽った。

_______

「貞操観念!」
 その頃にはセリカの視界は大分ぼやけ始めていたが、多分、いきなり妙な単語を突き付けられたエランディーク公子は怪訝そうな顔を返したのだろう。
「――について、ちょっと話しましょうか。昨日のことですが! だ、抱きしめてくれたのは、あたしを落ち着かせる為であって下心があったわけじゃないのはわかってます!」

 何のことかすぐには思い至らなかったのか、エランはしばらく目を伏せて黙り込んだ。やがて「ああ、あれか」と言って視線をまた合わせてきた。

「下心が無かったと何故言い切れる」
「なっ――あったの!?」
「どちらとも言えない」
 彼は喉を鳴らして笑ったようだった。

「だったら何も言うな……! 話の腰が折れたじゃないのよ」
「……要約して話せ」
「あのね。まだ正式に結婚してないんだし――守って欲しい、いいえ、守るべき線があるというか、ね。今後は無断で触るのを控えて欲しいんですよ」

「なるほど。許諾を得てから触ってくれ、と」
「きょ――ええ、まあ、許可を取ってからだったらいいん、だけど。ちょっと! ここ笑うとこじゃないんだから!」
 セリカは膝を叩いて不平を訴えかけた。悪い悪い、と彼はあっさり謝って笑いを収める。

「お前はいつも必死だな」
「それはどーも。あんたはもう少し必死に生きてみれば? 何もかもどうでもいいみたいな、すまし顔してないでさ。その方が人生楽しくなるんじゃない」

「肝に銘じておく」
 素直に応じたエランに、うん、とセリカは満足気に点頭した。

_______

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05:15:23 | 小説 | コメント(0) | page top↑
五と六の合間 - c.
2017 / 06 / 01 ( Thu )
 ――言い返しても無駄だ。
 代わりに、繰り出される斬撃の一つ一つにエランは慎重に対応した。アストファンが他の手を使ってくる可能性も考慮して、一定以上に接近を許さない。
 使っている刃物の種類は同じだ。長さも同等。注意すべきは身長差、即ち間合いの長さである。

(踏まえるべき点を踏まえていれば、やり込められたりしない!)
 度々弾ける火花につい目を逸らしてしまわないよう、瞬きのタイミングを計った。
 動悸が多少速まったが、あくまでエランは冷静だった。
 昔から稽古をサボってばかりだった、この兄の性質も熟知している――攻撃にキレは無いし防御も遅れている。何よりも殺気はあっても根気が無いのだ。数分打ち合っている内に焦れたのか飽きたのか、アストファンは舌打ちして後ろに跳んだ。

 逆にエランは思い切り踏み込んだ。みぞおちを刺さんと切っ先を突き出す。横跳びでかわされる。
 ペシュカブズを横薙ぎに振り払った。今度は兄はかわしきれなかった。ただでさえはだけていた絹の衣服が避けたのが、暗がりの中で確認できた。

 燭台から離れつつあるため、視界がどんどん悪くなっている。暗闇に慣れたなら慣れたで、火花が余計に眩しい。
 ふいに、死角である右側から寒気がして――
 剣撃が飛んできた。
 受け止めたはいいが、相殺し切れずに身体が後ろに傾ぐ。持ち直す暇は無い。
 敢えて倒れた。頭が地を打った痛みが冷めやらぬまま、横に回転して起き上がる。

(上!)
 予感がした。
 膝立ちでナイフを水平に構え――直後、強烈な衝撃が降りかかる。
 右腕が激しく痺れた代償に敵方の刃の動きが止まった。好機とばかりに、空いた左手で土を掴んで投げる。

「くっ」
 アストファンが反射的にしゃがんで顔を背けた、その一瞬に。エランは逆手に構えたペシュカブズを斜めに振り上げた。
 狙うは首筋。湾曲した刃が、形の良い顎の真下を捉える――
 ――パシン!
 左手で右の拳の軌道を止めた。勢い余って、第二公子の命をうっかり絶ってしまわないようにだ。

「……解せませんね」優勢に立ったエランは、やがて冷ややかに呟いた。「私を殺しても兄上には益が無いでしょうに」
 未だ俯いているアストファンが、喉を鳴らして笑い出す。
 エランは不快感に眉根を寄せた。思わず、刃をもっと強く押し当てる。

「そうだね。私には、益が、無いね」
 その一言ずつがゆっくりと。やたらと強調するように、発音された。
 ぞわり。
 どす黒い危機感がエランの背骨を駆け上がった。最悪の事態を連想する。
「――! だめだ、あなたがたは手を組むべきではない……!」
「さあ、彼はそう思わなかったみたいだね」
「まさか――」
 言い終わることができなかった。

 鈍い音が頭蓋を打った。
 脳髄が激しく揺さぶられる。即時、痛みが響いて全身を麻痺させた。血の苦い味が口内を這う。舌を噛んだのかもしれない。

 おそらくは、膝からくずおれた、のだと思う。気が付けば顔面は草の中に埋もれ、背中には重いものが圧し掛かっていた。
 不覚だった。第三者の介入も警戒していたのに、兄は然るべき生業の人間を雇ったのだろう、まるで気配を察知できなかった。

「私が唆(そそのか)したと形容せずに『手を組んだ』と真っ先に察する辺り、さすがだね」
 愚兄が何かを言っているが、正直どうでもいい。エランは不安定な視界の中を巡り、敵影を確認した。
 ひとつ、ふたつ、みっつ。第二公子の左右に増えた人影を数える。
 ――最少でも計四人いるなら、こちらに勝ち目は無い。

「ねえエラン。統率力やら人徳やらで昔からベネ兄上が一番チヤホヤされてたけれど、私は密かにお前を評価してたんだよ。突出した才覚がなくても大抵のことは器用にこなせる。武術ではベネ兄上に次いでセンスが良いし、ハティルに劣らず聡明だし、周りをよく見ている」
 ――褒めるな、気持ち悪い……!
 怒りが四肢を伝う。強すぎる激情のせいか、それとも肺が圧迫されているせいか、エランは声が出せなかった。

「けど甘い。優しすぎるのが、決定的にダメだ。さっきの機会に私の首を掻っ切っていれば、窮地に陥ることも無かったのに。愚かだね、エランディーク・ユオン」
 声は依然として出ない。精一杯に首を回して、アストファンを睨みつけた。
「はははは! 凄んでも無駄だよ! お前はこれから跡形もなく消えるんだ!」
「…………き、え」
「そうさ、消えるんだ。幸いお前の人間関係は希薄だから併せて消す人数が少なく済む……ああ、でも間が悪い。実に悪いね」
 パチン! とアストファンが嫌味らしく指を鳴らす。

「姫殿下は、どうしようかな」
「――や! め……か、には……手を、出すな……!」
 喉の奥が焼けるように熱い。押さえつけられているとわかっていても手足に力を込める。
 かつてないほどの憎しみに吐き気すらした。

「さてね。彼女が私に落とされるか――我々につくのは良し、邪魔せずに大人しく帰ってくれるならそれも良し。お前が消えたことに気付かないのが一番なんだけど、どうなるかな?」
 それを聞いて、エランは身体を強張らせる。

『ほんと? 楽しみにしてる!』
 遠乗りの約束に彼女がどんな風に顔を輝かせたのか、まだ記憶に新しい。
(こいつらがどんな虚偽で私の失踪を覆い隠すつもりかは知れないが)
 セリカが簡単に騙されるとは思えなかった。どう誤魔化したところで、結婚を控えたこの時期にいなくなるのは不自然だ。

 唐突に、地面が遠ざかった。アストファンがターバンの布を引っ張ったらしい。
 無理に反り返らせられた首に激痛が走る。

「ああ、いつ見ても醜い面だ。その顔を晒せばきっと、どんな気丈なご婦人だって泣いて逃げるに違いない!」
 エランは暗澹とした思いに占められた。
(逃げる、か。そうしてくれるなら、どんなにいいか)
 良くも悪くも、あの公女さまがそのように薄情な人間だとは思えない。

『約束よ。絶対だからね』
 ――このままでは果たせないかもしれない。嘘をついた、ことになってしまった。
(逃げてくれセリカ……お前は国に帰れ……)
 極めて気色の悪い「おやすみ」が耳元で囁かれた途端、腹部に猛烈な衝撃があった。
 気が遠くなっていく。

 ――頼む、私を捜すな――
 意識が無情なる闇に屈するその瞬間まで、一心に願った。

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23:45:15 | 小説 | コメント(0) | page top↑
五と六の合間 - b.
2017 / 05 / 30 ( Tue )
 いつもならこの近辺を巡回しているはずの衛兵の姿を、今夜は未だに見ていない。道中にすれ違うこともなければ、水を汲んでいる間に彼らが通り過ぎることもなかった。
 昨夜魔物が入り込んだ件に続いて、このざまとは――宮殿の警備はいつからこうも程度が低くなったのか。二日連続で衛兵隊長を責め立てなければならないらしい。エランは眉間に指を当てた。

 暗殺者の一人や二人、侵入を許してしまいそうである。
 それはあまりに真に迫っていて、笑えない妄想だった。首謀者が外敵である必要もない。日頃から公宮に出入りする人間は多く、中には良からぬ企みを秘めた輩とて少なからずいるはずだ。
 吟味すべき問題は、そんな陰謀渦巻く宮中での自らの身の振り方である。

(たとえ父上が殺されたとして……私はどんな感情を覚えるだろうな)
 それすらも未知であった。
 そろそろ不吉な想像は止めて、戻った方が良いだろう。井戸の縁に置いた水瓶に向けて手を伸ばす。
 まさに取っ手に触れるか触れないかの段階で、全身を静止させた。

 ――背後に気配がする。
 考えるより先に腰の得物を抜き放って身体を反転させた。愛用のナイフの切っ先を、人影に向けて突き出す。
 衛兵がやっと来たのかもしれないが、そうとも限らない。他の危険な可能性が存在する以上、口よりも刃で誰何した方が得策だ。

 微かに漂う香(こう)の印象からして高貴な衣服を身に着けていると考えられた。つまり、決して身分の低くない者。
 だがこちらからは声をかけてやらない。
 ほどなくして、相手が一歩踏みにじってきた。井戸の傍に立ててある燭台の光により、全容が薄っすらと浮かび上がる。

「驚かせて悪かったよ。物騒なペシュカブズをしまってくれないかい、エラン」
 降参の意を表しているつもりか、長身痩躯の男は両手を広げて肩を竦めてみせた。
「……夜に一人で敷地内を歩き回るとは、らしくないですね。もしや寝床を共にしてくださる女性が集(つど)わなかったのですか? アスト兄上」

 警戒を一切解かずに目を細める。
 相対する不審者は、兄弟の中でエランがひときわ嫌悪している男だ。奴は後頭部でひとまとめにしている黒髪を揺らして、わざとらしく笑った。

「ふふ、お前は相変わらず面白いね。そうじゃないよ。今夜はどうも父上が心配で心配で何も手が付かなくてね、気晴らしに散歩をしているわけだ」
 誰が見ても最高と評さざるをえない美貌が、偽りの感情を映し出している。
 エランは動かなかった。
「いい加減、ナイフを下ろしてくれよ。落ち着いて話もできやしない」

「私は兄上と話がしたいとは一言も申しておりませんが」
「ねえ、エランは興味ないのかい、父上の生死に」
 冷たくあしらったところで引き下がる愚兄ではなかった。また一歩、距離が縮められた。
「興味ないはずがありません」
 ――癇に障る。
 アストファンに敵意が無いにしろ、こうして詰め寄られるのも、ねっとりとした視線に絡まれるのも。

 そんな訴えを込めて、手首を一転させ、ペシュカブズを逆手に持ち替えた。突く攻撃に特化した刃物だが、切る働きにおいても優れた代物なのである。
 第二公子が瞬きをして視線を落とした。
 同時に、纏っていた空気が一変したのを感じ取る。

「無関係を装っていられるのは今の内だけだよ、エランディーク。もしも父上が太子を立てる間も無くご逝去されようものなら……その皺寄せはまずお前に来るのだから」
「なりません。そんな事態には」
 固く否定した。
 アストファンが指摘した通り、諸々あってヌンディーク大公はまだ公式に太子を立てていない。それは周知の事実である。

 頭の奥では警鐘が鳴っていた。周知の事実を、敢えてこの男が口にする理由とは――。
 考え込んだのが隙となった。
 目で捉えるよりも早く。肌がざわついた。

 刹那、甲高い衝突音が響く。
 エランは振り上げられた斬撃を受け流す傍ら、水瓶が地に倒れるのを見た。割れこそしなかったが、苦労して溜めた水が派手に零れていくさまには、腹を立てずにいられない。

「なんてことしてくれるんですか。もったいない!」
「あはは! 一国の公子が、細かいことを気にしすぎじゃないかい」

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03:29:15 | 小説 | コメント(0) | page top↑
五と六の合間 - a.
2017 / 05 / 27 ( Sat )
 無邪気な寝顔を見下ろして、エランディーク・ユオンは口元を綻ばせた。すう、すうとゆっくりと繰り返される呼吸を聞いていると、不思議とこちらも和やかな気分になる。
 意識のある内はあんなに賑やかな彼女も、ひとたび眠ってしまえば大人しいものだ。

(――酒が回ると扱いづらいが)
 寝付かせるまでの騒ぎを思い出し、苦笑いする。
 エランは己の寝床を占領している女性を今一度見下ろした。背中を丸めて横になっているのは心理的な要因があるのか、それとも単に寒いのか。後者であってはいけないと思い、予備の毛布を取りに行く。

 既に彼女にかけておいた羊毛の毛布の上に、もう一枚をそっと重ねる。
 身体にかかる重みが二倍に増えても、セリカは微動だにしない。眠りが深そうだ。それを確認できたゆえか、自らの舌から転がり落ちる言葉を、エランは止めなかった。

「お前は裏表がなくていいな」
 眠り姫からの返事は当然ながら、無い。
(或いは、本人は必要に応じて猫を被っているつもりなのかもしれない)
 しかし取り繕えども、オレンジヘーゼル色の瞳の奥からは一切の企みが窺えなかった。謀とは無縁の無垢な魂からは、生命力ばかりが溢れるように感じられる。

 エランディークは元より、将来の妃に対して高望みをするつもりがなかった。
 どのような外見、どのような人柄の姫が来ても受け入れる覚悟でいた。そうするのが最善だと理解していたからだ。女性の理想像どころか、好みすら定まっていない。よほどの背徳者でもない限りは、どんな相手であっても落胆しない自信がエランにはあったのだ。

 そうして現れたのがこちらの公女。森で見かけた時から、退屈な一生に彩りがもたらされる予感がしていた。
 ――喜んで連れ回される、か……。
 口角が勝手に吊り上がる。見咎める者が居るわけでもないのに、エランは掌で自身の口元を覆った。

 願ってもなかった幸運だ。
 たとえばムゥダ=ヴァハナ出身の女であったなら、辺境の領域への移転を嫌がったことだろう。異国の――それも少々風変わりの――姫を娶るからこその幸運だった。

 加えて好奇心旺盛で、こちらの事情やら持ち物やら、細部まで興味を示してくれる。嫌な感じはしなかった。どれほど質問されても煩わしさは無く、むしろ自分などに興味を持ってもらえることが純粋に嬉しかった――顔の話は別として。
 浮き立つものがある。こんな気分になったのは初めてだ。

「まったく、無防備だな」
 元凶たる彼女といえば「うー」やら「むぬ」やらと呑気な声を漏らして寝返りを打っている。その都度、赤紫色の長い髪が枕の上をさらさらと流れた。先ほど酔った勢いで被り物を自ら脱ぎ捨ててしまったのである。
 
 ――あまり眺めるのも良くない、気がした。
 心動かされるのだ。熱い吐息や、火照った頬もいけない。せめて髪に触れてみたいと思い、何度か手を伸ばして、そして思い留まる。

 飲みすぎてしまったようだ。そう結論付けて、エランは腰を上げた。使い終わった食器やらを回収し、屋内に待機していたタバンヌスを呼ばわる。
 片付けを終えて屋根から屋内へと梯子を下りたところで――セリカの侍女が不安そうな顔で膝をついた。名は、確かバルバティアと言ったか。

「公子さま……あの、発言をお許しくださりませ」
「どうした」
 頷いて、続きを話すように促す。
「姫さまはどうされたのですか……?」
「上でぐっすり寝ている」

「上!? たったおひとりで外に……!? い、些か非常識ではありませんか? ひ、姫さまはやや奔放なお方ですけれど、美しいお心をお持ちの、まごうことなき我が国の宝たる公女のおひとりです。ご当人はまとわりつかれるのが鬱陶しいからと本国から連れてきた護衛を帰してしまいましたけど……どうか、姫さまを大切にしてくださいませ……何卒お願い申し上げます……」
 頭を下げたまま懇願するバルバティアを、エランは不思議な心持ちで見下ろしていた。
 遅れて、己の至らなさに気付く。だが先に侍女が泣きそうな声で更に弁明した。

「すみません! 口が過ぎました! いかようにも罰して」
「いや、気にするな。私こそ自覚が足りなかった。この都に足を踏み入れた瞬間から、セリカラーサ公女の身の安全は我が国が請け負ったのだからな。見張りにタバンヌスを置いていく――あなたも、傍に行ってやるといい」
 萎縮してしまっているバルバティアをなるべく安心させるように、エランは努めて柔らかく言った。

「ありがとうございます!」
 お許しを得た侍女は主の元へと急いで梯子を駆け上がっていく。
 数秒遅れてタバンヌスも梯子に手をかけたが、三段ほど登って、振り返った。
「公子はどうなさるのですか」
「水を汲んでくる」
 空になった水瓶を片手で持ち上げて答えた。

「それならば、己が行きます」
「お前はセリカの身辺警護だ。水を汲むくらい、私が一人でできないとでも?」
「いえ、そんなまさか…………いってらっしゃいませ」
 兄代わりの従者は、怒ったような困ったような渋い表情を浮かべて、ついには折れた。

「ああ」
 エランは素早く踵を返す。廊下を突き当たって、裏口の階段を降り切ってしばらくすれば、井戸に辿り着ける。
 それにしても――と階段を下りながらふと考える。
 護衛にまとわりつかれるのが鬱陶しい彼女と、人の気配に囲まれるのが苦手な自分。

 どこか似ているような気がした。
 これも幸運なのか、と声に出して笑った。

_______

どうもお待たせしました。
開始からずっと主人公視点オンリーで駆け抜けて来ましたが、今回はいわゆる彼SIDEですw

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10:53:37 | 小説 | コメント(0) | page top↑
五 - f.
2017 / 05 / 21 ( Sun )
「ほんと? 楽しみにしてる!」
 頬が緩むのがわかる。遊び相手となることを、彼は承諾してくれた。好きなものを好きなままでいいと、暗に伝えているようだ。
 ああ、と頷いたエランの表情も心なしか柔らかい。

 上機嫌にセリカは膝を下ろして座り直した。言いたいことを言い切って胸の内が軽くなり、後は大人しく答えを待つだけである。いつまでも待っていられそうな気がした。
 とはいえ、待たされた時間は三呼吸ほどだった。微かに甘い息で青年は語り出す。

「男児の宿命は野望大望を抱いてこそ果たされる、とアスト兄上は言った」
「……憶えているわ」
 まさに昨夜の晩餐会でそんな談話をした。宴の席で第二公子は「ディーナジャーヤ帝国に刃を向けて、属国をやめよう」と発言をしたのである。平和な時代に生まれ育ったセリカにしてみれば、肝が冷える思想だった。

 他の公子たちにとってもそうだったのだろう。確か第一公子ベネフォーリは「他の者が聞いたら派閥争いの種だ! 軽々しくそんな提案をするな」と注意し、第三公子ウドゥアルは「今から自立するの大変だろー?」と面倒臭そうに聞き流し、第六公子は「後先考えずに喋らないでください」と頭を抱えた。

(そういえばエランの反応はかなり冷ややかだったわ)
 例の作り笑いを浮かべてこう言ったのである。
 ――属国をやめるのは、四国間の協定から抜けるのと同義。アスト兄上は国土を血の海で浸したいのですね。
 ――まさか! 私は血なんて大嫌いだよ。でも、見てみたいと思うだろう? 己が国が大帝国を打ち負かす未来を――
 思い出しただけで、背筋がすうっと冷える。難しい話はわからないが、危険な考え方であるのは間違いない。

「何が宿命だ。公都に居れば公子、所領に帰れば領主……こんな人生でも、たまには心穏やかに過ごせる場所が欲しい。幸いにも、妃となれば堂々と連れ回せる」
 かくして野望の話題が、伴侶の話と繋がった。
(張り合いが無くても重圧はあるのね)
 第五公子であり第三公位継承者という立場に、セリカは同情を覚える。

「あたしは……喜んで連れ回されますよ」
 狭い世界で送る日々に辟易していたセリカには、むしろ移動させられるのは願ったりである。
「そうだろうと思っていたが、お前の口から聞けて安心した」
 セリカは相槌を打ち損ねた。留意すべき点は「心穏やかに過ごす場所」という表現ではないか。柔和な性格をした淑女ならともかく、自分に到底務まるような役割ではないように感じられる。

「つまるところ私は――……甘える相手……が、欲しかった……」
 歯切れの悪い告白の後、青年はまた顔を逸らして唇を噛んでいた。多分照れているのだというその所作を、何度も瞬きながら眺める。
 そこであることに思い至って、セリカは口を挟んだ。

「つかぬことをお訊きしますがエランディーク公子さまは今年でお幾つなのでしょうか」
「……去年の秋に十八になったが」
 訝しむ視線が返る。
「そうでございますか」
「歳がどうかしたか。後その改まった口調はどうした」
 なんでもない、とセリカは頭と両手を振った。

(年下だった)
 わけもなく衝撃を受けた。半年程度なんて大した差ではない、そう自分に言い聞かせる。
 束の間の沈黙を置いて、エランは新たに話し始めた。
「十五歳になった時、成人祝いと称して父上が私の寝間に女を呼びつけた」
「そ、そう」

「それからも宴の度に誰かがそういう者を手配している。断ってもややこしくなるからと、楽しめるだけ楽しんではいたが。名も知らない女ばかりだった」
「…………」
「遍歴はそんなものだ。私は、特別な相手を持ったことは無いし、持とうと考えたことも無い」
「ん?」
 黙って聞いていたセリカは、ふと引っかかるものを感じて首を傾げた。
 青灰色の瞳が靄の向こうからじっと見つめてくる。蝋燭の光がちらちらと映る様子が妖しく、見入った。

「さっきの話だ。国の政略で結婚させられるであろうことは、遥か以前から理解していた。なら、側室も愛妾も必要ない。いずれ与えられる妃の為に取っておきたかった」
 取っておいたのが何なのかまでは名言されなかったが、なんとなく伝わった。

(ああそうか。エランがあたしに構うのは責任感からじゃなくて……誠意、なんだ)
 セリカは微笑混じりに息を吐く。すとん、と腑に落ちるものがあったのだ。
「すごい。誠実なんですね」
「……? どうも」
 疑問符を飛ばすエランに向けて、気が付けば頭を下げていた。絨毯の上で両手を揃え、その上に額をのせる。

「ごめんなさい」
「待て、私は何を謝られている」
 心底わからないと声音が訴えかけてくる。セリカは平伏の体勢を維持した。
「それに比べるとあたしは全然ダメね。どうせ親が決める結婚相手だからって、諦めがあったの。まだ見ぬ伴侶との将来を大事にしたいとか、ちゃんと向き合おうとか、考えてもみなかったわ」
 一拍置いて、締めくくりの口上を述べる。

「ここに誠心誠意、これまでの非礼を詫びます」
「…………」
 数秒間、うるさく鼓動を打つ心臓の音だけが頭の中で響いた。
 ――なんとか言ってよ。
 そう、心中で念じてみたりもした。やがて静かな笑い声が降ってきた。

「お前の言い分はわかった。それは絨毯に額をこすりつけるほどのことか?」
「ほどのことだと思ったのよ」
 そう言い返せばやはり笑い声がした。
「顔を上げてくれ、セリカ」
 乞われた通りに上体を起こして、驚きの発見をする。

(おや、いい笑顔)
 嫌々口角を上げて作られたものではなく、本気で楽しそうに笑っている。半分しか見れないのが惜しいと思った。
(いつかは素顔見せてくれるかな。いつか、でいいわ)
 二度と無理強いをしたくないのだから。

「著名な哲学者が、赤を真心や情熱の色とたとえていたな。そんなに身に着けていれば大丈夫だ」
「心構えに、色関係ある?」
「どうだろうな。それにしてもお前は私を面白い人間と評したが、私にしてみればお前の方がよほど面白い」
 これにはセリカも笑うしかなかった。

「エランの期待に応えられるかわからないけど、これからはちゃんと歩み寄るわ。差し当たり、遠乗りに連れて行ってくれるのよね」
 そうだ、と彼は首肯した。
「約束よ。絶対だからね」
 ゴブレットを差し向けて、乾杯しようとの意を示す。青年は瞬時に意を汲んで、自らのゴブレットを持ち上げた。

「わかっている。私は果たせない約束は最初からしない」
 ――キン。
 鉄同士が接触し、小気味いい音を響かせる。余韻がまだ耳朶に残る内に、セリカはひと思いに中身を空けた。

 それから先、意識が曖昧となった。くだらないことを口走ったかもしれないし、睡魔に襲われてだらしない姿を晒したかもしれない。何にせよ――
 とても、満たされた気分だった。

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09:28:35 | 小説 | コメント(0) | page top↑
五 - e.
2017 / 05 / 18 ( Thu )
(口説かれているのだとしても……)
 検証の仕方がわからないのが本音である。これまでの人生を振り返ってみても、異性にこんなことを言われたのは初めてだった。
 それもそのはず、公女という身分が壁となっていたのだ。兄弟の友人も、宮殿に仕える使用人も役人も、たまに会話してくれた兵士や護衛ですら、一線を引いて接してきた。

 引き合いに出せるものと言えば、経験ではなく聞いた話か架空の物語。しかしそこからも役に立つ情報は得られない――相手の真意を測る為に欠かせないとされるのは「顔」で、この場合は、赤面をしているのか否かだ。
 残念ながら元々エランは褐色肌で顔色が窺いづらい上、もう日はほとんど暮れてしまっていて暗い。蝋燭の明かりの中では、誰であっても赤みを帯びているように見えよう。

(水蒸気も邪魔ね。払いたいけど、手で煽いだら挙動不審か)
 残された手段は言葉で本意を引き出すくらいである。
 いくら歯に衣着せぬセリカでも直接訊くのはさすがに憚れる。けれども、喋って欲しいと彼は言った。この機会に思い切ってひとつ核心に迫る問答をしてもバチは当たらないのではないか?

「……あのね。だったらあんたに……訊きたいことがあるわ」
 目線を彷徨わせて呟く。
「何だ」
 靄が僅かに薄まった。こちらに首を巡らせた青年は、いかにも答えてくれそうな姿勢を見せている。

 セリカはすぐには言葉を組み立てることができず、膝上に両手を握らせたり、貴金属の腕輪を触ったりした。
 沈黙が重い。
 間を置けば置くほど言い出すのが難しくなりそうだ。意を決し、勢い込んで声量を上げる。

「こ、この際だからはっきり教えて。エランは結婚相手に、何を求めてるの」
 青灰色の瞳を真っ直ぐに見つめて訊ねた。
 不意を突いたらしい。あれほど穏やかに続いていた呼吸が突如として乱れ、青年は二、三度咳き込んだ。散った水蒸気からタバコの甘ったるくて濃密な香りが漂う。他人の吐いた息をそっくりそのまま自分の中に取り込んでいるみたいで、セリカは落ち着かない心持ちになる。

「……――いきなりそれを訊かれると答えづらい」
 その声がどこか恨めしそうに聴こえたのは、気のせいだろうか。それとも噎せて息苦しいだけなのか。
「そうかしら」
「ならお前はどうなんだ」
 矛先を向けられて、セリカは怯んだ。

「う、わ……わかったわよ。じゃああたしから話す……から」
 今更ながら、なんて話を切り出してしまったんだと後悔した。相手に求める分だけ、己も本心を明かすのが道理である。
(ええと、何を求めているか、ね。あたしは婚約者にどうして欲しいんだっけ)
 言葉を探る。恥ずかしさに眩暈がする――酒が回ってきたからかもしれないが。やっぱりこの話は無かったことにしようかと、一瞬迷って、思い直す。

 ――取り消せない。だって自分は、知りたいのだから。
 そして多分、知って欲しくもあるのだろう。

「あたしは、ね。リューキネ公女が愛妾って名乗った時……まあ仕方ないと思ったわ」
 視界の端でエランが眉を吊り上げたのが目に入った。構わずに話し続ける。
「親が決めた婚姻だもの、不都合ばかりだろうなって最初から予想してたのよ。だから婚約者に、他に腕に抱きたい相手がいても……夫婦間に愛が育めなくても、義務を最低限果たせればそれでいいかなって」

 ここまで言って、空しさを覚える。
 セリカは膝を抱えて丸まった。宵闇を見上げて小さくため息を吐く。

「ほら、あたしってこんなだから、女社会にほとんど溶け込めないでいるわ。だからせめて結婚する男とはわかり合ってみたかった。恋愛じゃなくても良好な関係を――つまりあたしが欲しかったのは…………遊び相手? って言い方は、なんか変ね。えっと……相手をしてくれる人。姫らしさがどうとか言わずに、一緒に色んなことに付き合ってくれないかなって、ちょっと期待してた」

 愛情や友情が無くてもいい。足並みが揃わなくてもいい。時々構ってくれれば、それで充分だ。

「対等な関係じゃなくても我慢するから、女友達が付き合ってくれない遊びに――」
「何故、過去形で語る」
「え」
 反射的に視線を右横へ向けた。すぐ近くでエランは呆れたような顔をしていた。

「まるで望みを捨てたみたいに話すんだな。それくらいなら叶えてやれるが」
「え?」
 この独白は、笑い飛ばされるか流されるものかと思っていた。真剣に取り合ってもらえるものとは思わなかったので、セリカは間の抜けた返事しかできなかった。

「武術の稽古がしたくても、私は止めない。共に弓を引くのは無理だが……そうだ、遠乗りにでも行くか」
「ええ、遠乗り!? いいの!」
 食いつかずにはいられない提案である。思わず身を乗り出した。が、すぐに鼻先の近さに仰天して後退る。
 エランは苦笑して話を続けた。

「ルシャンフは限りない空と、雄大な大草原の地だ。馬を走らせると爽快だぞ。お前の知らない『自由』を見せてやろうか」
 挑戦的とも取れる笑み。
 対するセリカは、子供みたいに心が躍るのを自覚した。それはきっと双眸に、声や表情に、滲み出ていることだろう。

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11:42:57 | 小説 | コメント(0) | page top↑
五 - d.
2017 / 05 / 15 ( Mon )
「元から、突然体調が崩れることがあった。今回が特に危険かはわからない」
 無感動に彼は語る。「常時この城に専属医が居るように、聖人聖女もひとり雇いたかったようだが……彼らはそういう依頼を受けないらしい」

「そうでしょうね」
 聖人または聖女とは――このアルシュント大陸の中北部に拠点を置く唯一にして最大の宗教機関、ヴィールヴ=ハイス教団が育て上げている特殊な聖職者の称号だ。傷や病を不思議な力で治せる貴重な人材であり、いくつか他にも重要な役割がある。セリカも一度や二度は会ったことがある。

 天性の素質と厳しい訓練の両方が欠かせないため、その数は極端に少ない。「人類の宝」とも称される彼らは、その特殊能力を大陸の民になるべく平等に――時には最もそれを必要としている地域に――もたらす為に常に旅をしているらしい。為政者だからと優先的に治すことは、教団の道徳観にそぐわないのだろう。

(怪我と比べて病気への効力はムラがあるのよね、確か)
 であれば、どのみち常駐の者がいたからと言って助かるとも限らない。
 難儀ね――とセリカは小さく感想を漏らした。隣の公子は何も反応しない。
(病だけじゃなくて人間関係も難儀みたい)
 正面を向き直り、果実酒を更に喉に流し込む。初めはまろやかに感じていた喉越しも、量を経る内に次第に辛いような気がしてきた。

 空の色合いが翳ってきて魅惑的だなあ、などとぼんやり思い始めた頃。ふいに空気が動き、蝋燭の炎が揺らめいた。
 エランが立ち上がって寝床の脇を漁りに行ったのである。しばらくして、見覚えの無い道具を持って戻ってきた。

 奇妙な形の器だった。黄銅でできた管のようだが、最下部と最上部は幅広くて丸い。最下部の丸みからは細長い管が枝分かれて突き出ている。
 天辺の蓋をパカッと開けて、エランがこちらを一瞥する。

「吸ってもいいか」
「構わないわ。ていうか喫煙具だったのね、それ」
 ゼテミアン公国で見てきた煙管の類とは大分違う――彼がその器具を準備する手順を、興味深く眺めた。
「ここではガリヤーンと呼ぶ。濡れたタバコを用いた吸い方だ。まあ、人が集まれば大抵誰かが引っ張り出してくる」
 各部位は取り外し可能らしい。最下部に水を入れ、上の方にはぬちゃっとした、おそらくタバコである塊を詰めている。

「昨夜は見なかったけど」
「女子供の比率が高かったからだろう。そういう場では、あまり褒められたものじゃない」
「どうして?」
「知らん。かつて誰かが言い始めたからそうなったんじゃないか」
「伝統って時々いい加減よね……」

「吸ってみたいのか」
「ううん、興味ないわ」
 エランが一個の石炭に火を点けた。トングで挟んでガリヤーンの最上部にのせ、蓋をする。それから数秒ほどして、枝分かれしている方の管に口を付ける。

「あんたは好きなの?」
 長い息を吸って、吐いて、やがて青年は答えた。
「それなりには」
「ふうん」
 喫煙している時の音や臭いに不快感は無く、ただなんとなくエランは今くつろいでいるのだという印象を受けるだけだった。片膝を立てて空を仰いでいる姿勢からも、気が緩んでいるのがわかる。

 先ほどまでにこの屋根上を満たしていた緊張感はいずこへと消えていた。セリカも幾分くつろげた気分になっている。酒の効果もあって、ふわふわとした温かさが手足を駆け巡っていた。
 目を細めて夜の風を頬に感じる。被り物をしていなければもっと気持ちよかったのかな、でも寒かったかも、と緩やかに思考を巡らせ――

「何か喋ってくれ」
 その一言は、ともすればせっかくのくつろぎ空間を台無しにしかねなかった。無意識に口を尖らせる。
「無理して会話を続けなくてもいいでしょ。静かに座ってるだけの時間も、あたしは嫌じゃないわ。気になるならこの前みたいに笛を……って、吸ってるんだからダメか」
「私も別に、静寂が嫌ということはない」

「じゃあ何が」
「静寂は好きだが、お前の声も話も結構好きだから、もっと話してくれないだろうかと思って」
 遮ってまで被せられた言葉は、意外なものだった。
 もやぁっと水蒸気が辺りに広がる。セリカは靄を見つめたまま絶句した。

(公子サマ、それはどういうアレですか。口説いてるんですか)
 相手の表情が見えないので、ひたすらに悶々と考える。

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