終 - e.
2017 / 11 / 30 ( Thu )
ここまで来ていまさら回れ右したい人がいるかは謎ですがw 
それなりにいちゃつきます。苦手な方はご注意ください。



「任せなさい」
 嫌なことがある分だけ、優しくしてあげよう。半年ばかり年下の夫を見下ろして、そう決意する。
 当人は気持ちよさそうに目を閉じている。
(幸せそうな顔しちゃって、もう)
 ――満たされる。
 この感覚は何だろうとセリカは不思議に思った。胸が膨らんだようだ。誰かが嬉しそうにしているのを、こうも感化されて喜んだのは初めてだ。

「なら私は、お前に何をしてやればいい」
「え。元気にしてくれれば、十分だけど」
「それ以外で頼む。もっと欲を出せ」
「だってねえ……遊び相手になって、はもう言ったし、構って、も言ったわよ。対等に接してくださいとか? あ」
 エランはぐりっと首を巡らせてこちらを見上げた。変な感じがした。できればあまり動かないでほしい。
 窮屈だったのかなと思って、手を放す。

「笛、また聞かせてほしいな」
「わかった。約束する。今は取り込んでいて無理だが」
 むくりと彼は上体を起こした。
 別に今じゃなくても、と言いかけたところでふいに唇を塞がれた。

(この男! 取り込んでるって、そういう意味)
 脳内で悪態をつけたのはそこまでだ。瞼を下ろすと気分が良かった。たとえるなら、まろやかなぬるま湯に浸かっている風だ。
 もっとこうしていたい。ところが、ほどなくして温もりが口元から離れた。名残惜しそうに目で追うと、今度は頬に、耳に、首筋に、肩に、胸元に、口付けが落とされる。

「……や」
 触れられた箇所が火照る。何かにしがみついていたかった。エランの左上腕を掴むと、ただでさえ緩かったローブがずれて、肩が露になる。色素の濃い点があった。
 セリカは謎の衝動に駆られて、はむっと唇を付けた。ぱくついて、世にいう甘噛みに転じる。なんとも満足のいく歯ごたえであった。
 青灰色の瞳が自身の肩口に向かった。エランは特に何も言わないし、止めない。

「あんたこんなとこにほくろあったんだね」
 気が済んだら、放してやった。
「お前は顔に小さいのが結構あるな」
「鼻の横とか頬骨の周りにいくつかね。みっともないから白粉で隠してなさいってお母さんは言うんだけど」
「そうか? 味があって、私は好きだな」
 好きと言われるとそわそわする。セリカは目線を逸らして自身の髪をひと房、指に巻いた。

「ありがと。隠すと言えばこの髪、この国では一生隠して過ごすのかぁ。自慢の赤なのにな」
 エランは答える代わりに髪に顔を近付けた。ジャリ、と微かな音がする。
「こら。食べ物じゃないわよ。そりゃああんたは、さくらんぼみたいな色だって最初に言ったけど」
「……独り占めできるから、私はこれでいい」
 見上げる瞳は湿っぽく煌く。客観的にではなく主観的に見て、色っぽい。奥深くまで揺さぶられるような錯覚がした。

「そ、そう言われると、うわあ。ドキドキする。独り占めかあ」
「事実だろう」
「何よ、勝ち誇ってんじゃないわ。あんたがあたしを独り占めできるんなら、あたしだってエランを独り占めするんだからね」
 言ってから、張り合うところだっただろうかと首を傾げる。恥ずかしいことを口走っている自覚はあったが、もう言ってしまったものは仕方がない。
 それに――楽しそうに口角を吊り上げる彼を見てしまっては、前言を撤回する気になれないのであった。

「そうか。そういうことなら、もっとナカヨクしませんか」
「うん、する。……してください」
 でもどうすればいいかわからないんですけど、とセリカが囁く。
 彼は面食らったように一拍を置いた。

「力を抜いて、好きにしてればいい」
 ――適当すぎる。
 むくれようとして、ふと手の中の布に注目する。視線を落として、青年の、結び目がほどけかかっている帯を目に入れた。
 するりと手を下へ滑らせる。

「じゃあこれ、脱がせますね」
 問いながらも手は帯を解いていた。
「お願いします」
 答え、エランは距離を縮める。
 次なる接吻はより熱く、激しく、そして深かった。息をつく暇がない。つかせたくも、ない。

 お互いの柔らかい部分が交われば交わるほど、脳が蕩けるようだ。
 痛苦も、快楽も、困惑も、幸福も。共に過ごす全てが特別な渦を成して――夜は更けていった。

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