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21.h.
2013 / 04 / 04 ( Thu )
「……――大体こんな感じで行く。あんま時間取られねーようにさっさと片付けようぜ」
 イトゥ=エンキが再度の説明を終えて、ゲズゥとミスリアはそれぞれ賛同の意を示した。

 二人から少しだけ離れて、ミスリアは仁王立ちに構えた。
 頭上に居るナニカは飛び回るのを止めているが、仕切りなしに木の葉を揺らしている。樹の幹を上下に移動しているのかもしれない。

「では、始めます」
 要領は、普段の聖気の扱いとそう変わらなかった。アミュレットに触れ、聖獣と神々へ通じる力を感じ、それを掌を通して形にしていく。ただ一つ違うのは、そう、その「形」である。

 いつものイメージ――靄のよう膨らませたり、帯を重ねて何かを包んだり――と違って、針の形を作って天へ伸ばす。船にとっての灯台がそうであるように、魔物らの目指すべき目標となる。
 淡い黄金色の光が右手の掌から垂直に伸びた。

 そうして訪れたしじまに、全身が凍りつくようだった。無意識に、ミスリアは数え始める。
 一、二、三、四、…………十秒。二十秒。三十秒。
 静寂が絶えない。額に浮かんだ脂汗が湿気によるものなのか緊張によるものなのか、わからなかった。

 ミスリアは四十秒まで数え、そして――。
 木の葉が擦れ合う音がした直後、視界がゲズゥの背中によって遮られた。彼は前方から飛び掛ってきた影を大剣で真っ二つに切り裂き、紫色の血飛沫を弾けさせた。

 ミスリアは安堵のため息をつきかけて、しかし違和感が胸の中に広がった。

(こんなに小さいはずがない)
 切り裂かれた魔物は人間の子供とそう変わらない大きさだった。遥か頭上を跳んでいた個体はもっと、少なくとも成人男性よりは大きいように見えた。遠くから見てその大きさのモノが、近くで見てもっと小柄になるなんてあり得ない。

 じゃら、と鎖が動く音がした。左の方で、イトゥ=エンキがまた別の小柄なトビトカゲを捕らえていた。彼は鎖を引き――捕らわれたトカゲを、滑空していた別の個体にぶつけて二体とも倒した。

(これで三匹だけど、まだ一番大きいのが現れてないわ)
 倒れたトカゲたちを浄化しつつ、ミスリアは警戒を解かなかった。ゲズゥもイトゥ=エンキも、武器を構えて待っている。

(必ず来る)
 気力が削られるので針の形をした聖気はもう閉じているけれど、浄化に使っている分だけでも十分引き寄せられる。ミスリアは銀色の素粒子に包まれながら、静かに待った。

「右!」
 突如、鋭く叫んだのはイトゥ=エンキだ。
 言われた方向へ頭を巡らせた。

 真っ直ぐに、ミスリアめがけて巨大なトビトカゲが滑空している。間近で見ると、声も出なくなる大きさだ。
 跳んで間に入ったゲズゥが、舌打ちするのが聴こえた。

_______

 不公平、の言葉が浮かんだ。

 牙に四肢の鉤爪に長い尾に、長くて素早い舌。どれをも一斉に繰り出せる奴に比べて、ゲズゥは一度に一つの攻撃しかできない。それは自身がなるべく一つの行動に集中したい性分に起因している訳だが――剣と盾を持ち合わせたり二刀流や複数同時投擲ができる人間になりたいと考えた事は無い――それにしても、面倒臭い。

 特にあの舌は、触れたらまずい。根拠は無いが予感はする。
 横か背後に回ろうにも、タイミングが図りづらい。その間ミスリアを無防備にするのも得策と言えなかった。

 ゲズゥは視界の端で何やら動いているエンの姿を確認し、そちらの動きに期待することに決めた。
 青白く光る化け物との距離は、どんどん縮まっていった。

 開かれた顎の中から、棘に覆われた赤い舌が現れた。
 長い舌が伸びてきたが、ゲズゥはその軌道を見極めて避けた。すかさず剣を払ったが、奴の尾が防御に入り、腹を斬るには至らなかった。代わりに、尾の先端1フィートほどを切り落とした。

 次の反撃のチャンスを狙う為、鉤爪からの攻撃を喰らう覚悟を決めて、ゲズゥは逃げずにその場に踏み止まった。
 が、横から鼠色が入り込み、トビトカゲの肩口に巻きついた。エンの鎖だ。

 ――これは使える。
 次に起きるはずの展開を待って、ゲズゥは剣を構えなおした。腰を落とし、跳ぶ準備をする。

 魔物は怒りと痛みの金切り声を上げた。首を後ろに反らせ、太い喉を晒しながら。
 その隙にゲズゥは跳び上がり、回転の勢いを利用して、剣を振るった。

 トカゲの首が飛んだ。
 濃い緑色の光沢を放つソレは近くの樹にぶつかっては紫色の跡を残し、落ちた。

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23:35:44 | 小説 | コメント(0) | page top↑
21.g.
2013 / 03 / 27 ( Wed )
 唾を飲み込み、腹部に広がる不快感を抑えつけた。
 柔らかい苔の下に感じた硬さを、石か木の根かと当然のように思っていた。まさか、骸骨があろうとは。

「まあ、そういうことだか……」
 返事半ばに、イトゥ=エンキが急に黙り込む。

 ――びゅぅうん。
 風を切る大きな音と共に、物影が彼の面を過ぎったのである。
 数秒後に、何かが樹にぶつかる音がした。

 思わずミスリアは頭上を見回した。音を立てたであろう存在が見当たらない。
 更に数秒の間、誰も微動だにしなかった。
 無意識に堪えていた吐息を放した瞬間、また物影が過ぎり、今度は確信できた。

 巨大な何かが樹と樹の間を跳び伝っている。それも、急いでいるのではなく――
 もう一度、影がゆっくりと上空を通り過ぎた。滑空、しているのだ。原理はムササビの動き方に似ていた。

 状況を思えば魔物であることが最も可能性が高い。その場合、囚われた魂を救ってやりたいけど、自分一人の力で成し遂げられるとは思えない。
 ミスリアは残る二人に視線を移し、彼らの発言を待った。

「トビトカゲ」
 上方を見上げたまま、ゲズゥが一言告げた。
「って、南東の暑いとこに住む、樹から樹へ跳びながら蟻を食べるトカゲのことか? 膜のついた肋骨を広げたり畳んだりできて……でもこーんな大きさだよな」

 イトゥ=エンキは広げた右手を左手で指した。指の長い彼がそうしていると、親指の先から小指まで6~8インチはある。

「ああ。俺が見たことある一番大きいのもせいぜいこんなだった」
 人間の赤ん坊程の長さを、ゲズゥは両手を使って表現した。
 小型爬虫類にしてはそれなりの長さだが、それでも今飛び回っている物影の大きさには遠く及ばない。

「突然変異か、魔物か。生来のトビトカゲなら、雌が卵を産む時以外は樹の上から降りて来ない、ってどっかの本で読んだぜ。命を預けるには些か頼りない情報かな」
 ガサッ、という音と共に、また影が動いた。遥か上空を滑空していて、今のところは降りて来る気配が無い。

「走って逃げてみますか……? 下手すると樹海の中で迷いそうですが」
「背を向けるのは避けたい。でも逆にアレがすぐに降りて来なかったら、オレらはこっから動けないぜ。アレが襲ってくれないと、降下してくれないと、こっちにも反撃のチャンスが無い」

 あんな高さまで行ける飛び道具も無いからな、とイトゥ=エンキは付け加えた。ミスリアは一瞬だけ顔を伏せ、次いである方法に思い至った。

「では、聖気でおびき寄せられないかどうか試してみましょうか」
 ミスリアの提案に、イトゥ=エンキは「なんだそれ」と首を傾げ、ゲズゥが片眉を吊り上げた。
「……二つ、訊く。それが本当に可能なのか。それと、敵が一匹だけで間違いないのか」

「可能です。数に関しては、そこまではわかりません。でも魔物で間違いないなら、近くに居る全ての個体が引き寄せられるはずです」
 ゲズゥの問いに、ミスリアは順を追って答えた。彼が姿を見せていない敵にまで気を回すのは、山羊と羊の魔物を相手にした時の失敗を思い出しているからだろうか。

(遠くからも来るかもしれないけど……加減すれば、きっと大丈夫)
 ――と、その点だけは言わずにいた。

「やってみようぜ。詳しい説明は省いてくれていい。化け物相手に深く考えるこっちゃねーよな、倒すのが先だ」
 イトゥ=エンキはそう言って荷物を下ろしている。
 その言葉に、ミスリアははっとした。心のどこかで、相手と「対話してみたい」という願望があったのだと知る。

 ミスリアは目を瞑った。割り切れ、と何度も自分に言い聞かせる。対話はできなくても、浄化してあげれば十分のはずだ。対話して死者の事情を知りたいのは、覚えてあげたいと思うのは、ほとんど生きている側の自己満足である。

(それでもそうしてあげることで誰かが救われることだってある、けど)
 結果として三人分の命を危険に晒す選択になりうる。既に一生を終えている他人と、現在傍に居る生きた人間とを、天秤にかけたら――。

 急に手首を掴まれ、ミスリアは飛び上がった。
 ゲズゥが、いつもの無表情でこちらを見下ろしている。

「あれ、嬢ちゃん聞いてなかったんか? じゃーもっかい」
「すみません」
 今度はちゃんと、手筈を説明するイトゥ=エンキの声に耳を傾けた。

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23:21:38 | 小説 | コメント(0) | page top↑
21.f.
2013 / 03 / 26 ( Tue )
「純度の高い水晶に共鳴するよう、何かの秘術がかかっていると聞きました。原理は私にもよくわかりませんけど……」
 秘術とは名の通り、枢機卿以上の人間にのみ伝えられている特種な術だ。何故秘密である必要があるのか、ただの一聖女であるミスリアのあずかり知るところではない。

 樹に歩み寄り、ミスリアはその幹にそっと触れた。聖気に触れて育った樹だからだろうか、周りの木々に比べて育ちが良い。形や大きさが、他のしな垂れた松とは比べ物にならない。心なしか、指先に微かな熱が伝わったような錯覚がした。植物に、体温など無いはずなのに。

「まあ、光を辿っていけばいいワケか。わかりやすくていいな。オレの親も二月(ふたつき)に一度は町に行ってたんだ、きっと案内人も同じようにやってたんだろーな」
「イトゥ=エンキさんのご両親は二月に一度町に行っていたんですか?」
 驚いて、ミスリアは振り返った。それはつまり、幼少の頃に彼はそう遠くない場所に住んでいたことを意味する。

「納品とか作品の売り買いとか、買い出しとか、色々と用事があってな。オレの父親はフリーの製本工で、母親はそこそこ売れてる画家だった」
 ニヤニヤ笑いながら、イトゥ=エンキが答える。

「製本工……ではイトゥ=エンキさんは字の読み書きが?」
「できるぜ。むしろ運動ができなかっただけに、本は結構読んでた」
 その返答に、ミスリアは目を丸くした。

(似合わない……と思ったら、失礼よね)
 ミスリアの知る本が好きな人間の筆頭は、想像力豊かで物語を引用しながら会話する人や、知識をばら撒きながら歩く人だ。
 直刀を振り回したり人を片手で殴り飛ばすような男性が実は隙間時間に活字を目で追っているなど、自分が知らないだけで、よくあることなのだろうか?

「嬢ちゃん、考えが顔に出てるぜー。別に本が好きだったんじゃねーよ? 他にできること無かったから仕方なく読んでたんだ。どっちかっつーと嫌いだ、もうあんまり触りたくもないな」
「なるほど……」
 そういう事情ならば、と納得に頷く。

「イトゥ=エンキさん、何だか前より饒舌になってませんか」
「機嫌いいからな」
 その理由は、聞かずとも察しがついた。彼ににっこりと笑顔を向けられて、こちらもつい微笑みを返す。薄闇の中、イトゥ=エンキの顔の右半分にもあの黒い模様が見えた気がしたけれど、断言はできない。

 水晶を埋め込まれた樹から手を放し、ミスリアは次の樹を探しにかかった。無口無表情のままのゲズゥと、未だ楽しそうなイトゥ=エンキが静かに後ろについてくる。
 苔に覆われた柔らかい地面をそっと踏みしめて進んだ。一歩踏み進むと、くしゃ、っという小さな音が大きく響き渡る。時々、こつん、って音だった。会話を止めたせいか、周囲の静寂さが際立った。

 背筋が冷えるくらいに樹海の中は生き物の気配が希薄だった。松の木からも、生気をあまり感じない。
 次の樹は、30フィート以上も先にあった。
 水晶の埋め込まれた樹を見つける度に、周りの闇が濃くなっていく気がした。時折、眩暈や耳鳴りも感じたけれど、立ち止まっていられない。

(樹海に入ってから何分経ったかしら。確か、一時間程度で抜けられるはず……)
 出口の無い迷路をうろついているかのように、まったく進んでいる気持ちになれない。
 ミスリアはただ黙然と水晶の光を探した。それらのおおよその数は聞いている。しかし、全ての水晶が今も残っているとは限らないし、後戻りしていないという確証が持てない。

 何せ太陽が隠れている為、方角がわからない。方位磁石も、樹海の中では正しく機能しない。

(光を見失ったらどうすればいいの)
 ミスリアは不安を覚える度に振り返り、背後の二人の姿を認めては安心した。
(だめ、私が導かないと)
 これは彼らにはできないことだ。聖気の加護なくして、この中で立ち続けることすらきっと不可能である。それほどまでに樹海には謎の重圧があった。

 己を奮い立たせ、アミュレットを握り締め、ミスリアは奥深くへと樹海を進む。
 が、数分後、立ち止まって空を見上げた。

 この地が引きずる災いはずっとずっと過去の出来事なのだろう。瘴気の濃さという一点ではゲズゥの村よりも薄い。とはいえ、この地の空気も相当に淀んでいる。浄化し切れない程の範囲と、教団が判断したのかもしれない。それとも、何か別の理由が――?
 そんな物思いに眉根を寄せていたら、イトゥ=エンキが耳打ちしてきた。

「……死体捨て場だったんだよ」
「え……」
「この辺り、大昔は埋葬の習慣が無くてな」
 イトゥ=エンキの言葉に、ゲズゥが目を細めるのが見えた。この静寂の中では耳打ちでも聞き取れたらしい。

「苔の下がたまに盛り上がってたのは、そういうことか。足音が違ってたのも」
 ゲズゥが静かに指摘した。
「足音って」
 あの、こつん、という音の正体に気付いて、ミスリアは青ざめた。無意識に口元を押さえる。

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12:06:33 | 小説 | コメント(1) | page top↑
21.e.
2013 / 03 / 22 ( Fri )
 支えを失った次の瞬間、膝が折れ曲がり、体が前に倒れ掛かる。どうにかしようという気力が無いからか、ミスリアは転ぶ心の準備をした。
 ところが、素早く脇下に差し込まれた手によって体が引き上げられ、宙に浮いた。

「ありがとうございます」
 毎度のように助けてくれたゲズゥに礼を言いつつ、ミスリアはまだぶらついている自分の両足に目を留め、状況を客観的に見てみた。

(子供を抱き上げる動作と同じ……何で?)
 彼にとっては癖みたいなものだろうか、それとも。

「小さいお子さんの扱いに慣れていたりしませんか?」
 ミスリアが訊ねるとゲズゥは驚いた顔になり、次には表情を翳らせ、予想外の反応を返した。
 それを、近くでイトゥ=エンキが面白そうに観察している。

「……昔の話だ」
 ゲズゥはそれ以上告げずにミスリアを下ろした。ミスリアは小さく、はい、とだけ答えた。「昔」が彼が故郷に居た頃ぐらい昔の話なら、気分を悪くして当然だ。
 思い出させて、申し訳ないことをした。

 それから何度か試して、ミスリアは自分の足で立つ事ができた。
 そして三人は、樹海をどう進もうか話し合った。

「ただ歩き回ってもしょうがないってのはわかってるよな? 嬢ちゃんなら何か抜け道知ってるかなって期待してんだけど」
 イトゥ=エンキにそう言われ、ミスリアは頷いて松の木が入り乱れる樹海の一歩手前まで歩いた。地図に添えられていた記述を思い出しながら、語る。

「かつて大陸の数多の信仰を聖獣信仰に統一した人物、ラニヴィア・ハイス=マギン……彼女は、ヴィールヴ=ハイス教団を興した直後に巡礼の旅に出ました。聖獣の息吹がかかったと伝えられている数々の地を巡り、『聖地』と定めて守り続ける為に。岸壁の上の聖地にも、ラニヴィア様はかつて訪れていたのです」

 ミスリアは肌身離さず身に付けているアミュレットを取り出し、親指と人差し指の間に握った。銀細工のペンダントは今まで服の下で胸元に触れていたため、温かい。

「この樹海は百年前でもいわくつきで、容易に通れなかったそうです。何度挑んでも迷ってしまうため、彼女は道を示す物を残していきました。濃い瘴気の中でも見失わない道しるべを」

 教え通りに、ミスリアは呪文を唱える。
 アミュレットに取り付けられている二つの紫水晶から淡い光が伸び、それはまるで何かを探るように空を彷徨った。

「光を追います」
 三人は樹海の中へ踏み入れた。瞬間、重い空気に撫でられるような感覚があった。まとわりついてくる空気は熱いのに何故か寒気がした。

 更に外が明るかったのに対し、樹海の中は薄暗い。絡まり合った木々が光を遮っているからか、それとも瘴気のせいかは知れない。
 そんな中、弱々しい光を追い続けると、やがて大きな樹の前に立った。

「何だ? 樹の根元が光ってる」
 イトゥ=エンキが指差した。その先に、親指の爪ほどの大きさの光の粒がある。
「ラニヴィア様が埋め込んだ水晶です」
 ミスリアが近付くと、アミュレットも樹の根元の水晶も一層強い輝きを放った。

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23:05:28 | 小説 | コメント(0) | page top↑
21.d.
2013 / 03 / 13 ( Wed )
 聞き間違いだろうな、と考えてミスリアは首を傾げた。
 何せ、山の中で出会った日から今までを顧みても、彼は健康そうだった。足の速さや体力や腕っぷしの強さまで、むしろ並の人間より優れて見えた。

「そこ、クサヘビ」
「おお? ホントだ」
 ゲズゥの短い忠告を受けて、イトゥ=エンキは斜め後ろへ跳んだ。この身のこなしでは、なかなか幼少の頃に病弱だったと想像が付かない。

「嬢ちゃん、その顔は信じてねーな? 医者に何度も診断されたかんな。内臓が弱くてさ、成長期を乗り越えられたら健康な大人になれる可能性は充分あるって言われてたけど、それまでは一人じゃ生活できなかった」
 と、彼は陽気に続ける。

「そんな……」
「でもまぁ、楽しそうに世話してくれる家族がずっと居たし。不幸自慢はココじゃないぜ」
「ふ、不幸自慢?」
 一瞬調子を落としかけたミスリアの声音が、今度は語尾に向けて跳ね上がった。

「そ。そいつに負けないくらい悲惨な人生送ってきたから」
 イトゥ=エンキはわざとらしくウィンクを送った。
 それまで無口無表情を保っていたゲズゥが、応じるように横を振り向いた。二人は、数秒ほど無言で目を合わせる。

「……なるほど。笑い話にして、そうやって乗り越えていくのか、お前は」
 ゲズゥの声には感心に似た響きが混じっていた。
「さー?」
 意味深な笑みを残して、イトゥ=エンキは更に速度を上げて先を走った。 

 ミスリアたちは、それからは言葉を交わさなかった。

_______

(禍々しい……)
 巨大な松の木が乱れ入る光景に呆気に取られていたミスリアは、やがてその感想にたどり着いた。
 流石は曰くつきの樹海と形容されるだけあって、これまで通ってきた森とは何かが本質的に違う。そう思うのは五感で感じ取れる情報を通してではなく、霊的な直感からだ。心なしか寒気もする。

(本来、松ってもっと離れて生えているものじゃなかったかしら)
 目の前の木々は、互いに寄り添い合うように幹が傾いでいる物や、枝同士が絡まっている箇所が多い。

「イトゥ=エンキさん、よくこの中に入ろうと思えましたね……」
 苦笑交じりにそう言った。
「オレもそう思うぜ。山上から見えるけど、ここだけ瘴気に侵されてるみたいに色が濃いんだ。長い間眺めてるとなんか背筋がぞわっとする」
 彼は肩をすくめて見せた。

「……山脈を越えた先の町に、聖地とやらがあると言っていたな。この向こうか」
 ミスリアを下ろしながら、ゲズゥが訊ねた。彼の両目は樹海の先を見通そうとしているかのように細められていた。

「はい、よく覚えていますね。『岩壁の上の教会』の絵画では岩壁と川と教会だけが描かれているのがほとんどで、崖の上には教会しかないようにイメージされる方も多いそうですが、実際はすぐ近くに町があるはずです」

 自分の足で立つのが数日ぶりだからか、ミスリアは足元がふらついた。咄嗟にゲズゥの腕を掴んで支えにし、嫌がられるだろうかとすぐに不安を覚えた。しかしゲズゥを見上げても、彼は見守るだけで手を貸そうとも振りほどこうともしない。

(なら、別にいいのかな)
 少しずつバランス感覚を取り戻してから、ミスリアはゆっくり手を離した。

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22:39:27 | 小説 | コメント(0) | page top↑
21.c.
2013 / 03 / 08 ( Fri )
「その方は、今はどちらに?」
 辺りを見回しても、話題に上った人物の姿がない。
「順調に進んでんならぼちぼち家に着いてんじゃないかな」
 ゲズゥと並んで歩くイトゥ=エンキが口を挟んだ。

「無事にご自宅へ戻れたのでしょうか」
「さあなー。でも嬢ちゃんはできるだけのことしたんだ。後は坊ちゃん自身の問題だろ」
「……はい」
 口で同意はするが、本音では、突き放した言い方だと思った。

(でもこの二人にしてみれば、きっと私の方がおかしいんだ)
 今のミスリアたちには見ず知らずの他人の世話を焼く余裕が無いのも事実だった。あったとしても、ゲズゥもイトゥ=エンキも自発的に人助けをしたがらない。利益に繋がらない限りは、他人が苦しむ場面では傍観に徹するだろう。

 それを勝手に冷たいと感じるのは、傲慢かもしれない。

「私たちが今ここに居るということは、あの後、うまく交渉できたんですね」
「まあな。ヴィーナ姐さんが気まぐれに味方してくれたのも大きいな。でなきゃお前らが揉み消されたかも。あのオヤジは自分の敗北なんざ何とも思っちゃいないが、外部の人間にそれを見られたのが面倒だと思ったんだろ。まあ、それで敗北した相手を消したら大々的に負けを認めてるってことにもなるけど……」

「そう、ですか。ヴィーナさんが」
 ミスリアは何と言えばいいのかわからず、あの妖しく光るサファイア色の双眸を思い出していた。
 それはともかく、揉み消す判断が下されなくて良かった――。

「ところで嬢ちゃん、腕に力入る? この布ほどいてやろうか」
 イトゥ=エンキが顔を寄せて問いかける。次いで温かい手がミスリアの手首に触れた。
「お願いします」
 驚きを隠して、答えた。

「ん」
 彼は頷いてから、手を動かした。濃い紫色の布を弄り、瞬く間に結び目を次々とほどいている。
 待っている間にミスリアはポツリと漏らした。

「イトゥ=エンキさんは、寂しくないのですか」
 ――十五年過ごした場所を離れたのに。

「別に。仲間意識はそれなりにあったけど、最初から部外者のつもりで接してたからなぁ。アイツらだって、オレが居ても居なくても同じだよ」
 と、顔を上げずに彼が言った途端、ゲズゥが怪訝そうな顔になった。
「どうしました?」

「……泣きつかれていた。老若男女に」
「あー、あれはー、ほら。その場の熱みたいなもんだから。一日経てば忘れて、元の生活に戻るだろ」
 尚も顔を上げずにイトゥ=エンキが軽くあしらった。表情が前髪に隠れて見えない。ゲズゥはもう一度顔をしかめたが、何も発言しない。

「よし、取れたぜ。今度は自力で捕まってるんだな」
「ありがとうございます」
 ミスリアは自由になった手首を、そっと撫でおろした。布に縛られていた箇所には薄い痕が残っている。
「さーて、あとちょっとだ。こっから三十分走ればもう樹海に着くぜ」

 イトゥ=エンキが親指で指した方向は、坂だ。ミスリアはついでにゲズゥの背後を見やり、そこにそびえ立つ山々を目にした。どうやら寝ていた間に随分進んでいたらしい。山越えがほとんど終わっている。

「捕まっていろ」
「あ、は――」
 ミスリアが返事を返し切らない内に、ゲズゥはもう走り出していた。首に手を回すのが間に合わなくて、ミスリアは彼の胸筋辺りでシャツを握った。

(凄まじい瞬発力ね)
 荷物などものともしない素早さで「静」の状態から「動」の状態に移ったのである。これから一生鍛えても、ミスリアが同等の身体能力を身に着ける日は来ないように思える。

 一方のイトゥ=エンキもゲズゥの右に並んで走っていた。黒髪を後頭部で束ね、上着を着ずに動きやすいシャツ一枚の姿である。
 ふとこちらの目線に気付いたイトゥ=エンキが、にっこり笑う。
 それをきっかけに、ミスリアは叫んだ。

「イトゥ=エンキさん! 一息ついたら、ご家族の話、聞かせてくださいね!」
 彼はにやりと口の端を吊り上げた。
「いいぜ! 樹海の中に入れたらな!」
「楽しみにしています!」

 坂の下に、根元から折れた大きな樹が横たわっている。先にゲズゥがそれを飛び越え、数秒遅れてイトゥ=エンキが続いた。再び走り出して間も無く、彼が口を開く。

「オレさー、実は子供の頃は家の外に出られないくらい体が弱かったんだ」
 こともなげに告げられた過去の話に、ミスリアは息を呑んだ。

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21.b.
2013 / 03 / 01 ( Fri )
 今しがた交わされた会話の内容も大変気になるが、ミスリアは自分の置かれた状況をまず飲み込もうと努めた。

(木と土の匂いがする。少し空気が湿ってるから、最近、雨が降ったのかしら)
 おそらく屋外、しかも緑の濃い場所にいるはずである。
 他には汗の匂いと頬に触れる熱。髪を撫でる風からは、速く移動していることがうかがえる。

 そして、何かを抱き込むような体制で両の手首が縛りつけられていた。拘束する為の縄ではなく、ただの布だ。きっと、眠っていたミスリアが落ちない為の措置。
 これらの手がかりを合わせると、やはり運ばれているのは間違いないだろう。

 やがて両目の焦点が合って、考えた通りの状況だとわかった。
 視線を感じ、ミスリアは頭を左へ巡らせた。右目は黒、左目は白地に金色の斑点に彩られた、左右非対称の瞳がこちらを見つめ下ろしていた。顔が、息が重なるほどに近い。

「んん? 嬢ちゃん、目が覚めたのか?」
「そう見える」
 低い声と共に吐息が額にかかって、ミスリアは思わず身震いした。

「おー、良かったな。オハヨー」
 リュックを背負ったイトゥ=エンキが飄々と笑った。旅のせいか、髪や服やリュックまで、全体的に汚れて見える。
「……おはようございます」
 どうにも動かしづらい舌を懸命に回し、ミスリアは彼に挨拶を返した。

「気分は」
 立ち止まったゲズゥが無機質に訊いた。心配や労わりを欠いた、事務的な質問だった。ミスリアは気にせず答えた。
「…………体が、とても重いように感じられますが……。あの、私、どれくらい眠っていましたか?」

 涼やかな空気と木々の間から差し込む日差しの角度からして、早朝のようだった。けれども身体の感覚で計れば、もっと長い間動いていない気がする。

「そうだなぁ、えーと」イトゥ=エンキは指を折り曲げつつ数えた。「五日ぐらいだな」
「いっ……!? そんなにですか?」
 こめかみを押さえていたミスリアが跳ねるように顔を上げた。

「おうよ。冷水浴びせたり気付け用の薬草焚いたりさー、色々試したけど全っ然起きなかったぜ。一応、脈と呼吸は普通っぽかったから大丈夫そうだと思って。でもこれ以上起きないんだったらどうしようって話してたんだよな」

「そうだったんですか……」
 生返事をして、ミスリアはゲズゥの鎖骨辺りに頭を休め、物思いに耽った。
 理由ならすぐに思い当たる。

(カイルの言った通り、離れた場所から聖気を送るのは、無茶だったのね)
 理論上は可能で、現実にも実現できた。
 しかしその都度何日も眠り込むのでは、割に合わない。無防備が過ぎるし、周りに迷惑もかかる。

(例えば大技の直後にゲズゥやお頭さんを治していなかったとしても、反動は大きかったはず)
 結局は友人の考え通りに、実用性の低い術なのだろう。
 よほどの状況でなければ使えない。それでも、使えると判明しただけでもある意味では収穫だった。

「……お前が助けた男が、礼を言っていた」
 いつの間にかまた歩き出していたゲズゥがぼそりと呟いたので、ミスリアは彼を見上げた。

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21.a.
2013 / 02 / 20 ( Wed )
 高い崖だった。
 崖下には深くて流れの速い川が沿い、水は不思議と澄んでいた。
 崖上は、まったく人の手が加わっていない伸び放題の草に覆われ――そのどこまでも広がる緑の中に、白い野花が混じっている。

 野原の端に一人の女性が佇んでいた。胸の辺りまでもある長い草に包まれ、安らかに微笑んでいる。
 彼女が野草の上に止まった大きなキリギリスに手を伸ばすと、虫は遠くへ逃げた。
 一瞬残念そうな顔をしてから、女性はくすりと笑った。蜂蜜色の長い髪が風になびいた。それを押さえるように右手を髪に絡める。

「ヨンフェ=ジーディ! いるー?」
 ふいに、誰か別の女性の呼ぶ声がした。
「私はここよ。どうしたの?」
 蜂蜜色の髪の女性は振り返り、返事をした。

(……え?)
 認識が急に広がった。
 その瞬間に――ミスリア・ノイラートは、自分がまるで鳥の体に入っているかのように、大地を見下ろし一人の女性を眺めていた事を知った。

(どうして? これは夢……?)
 だとしても益々鮮明になっていく。野原の香りも、風に草が揺れる音も、二人の話し声も、妙に近く感じられた。

「もう! またここにいた」
 後から来た女性が長い草をかき分けながら、ヨンフェ=ジーディに走り寄る。
「ごめん。だって落ち着くの」
 遠くて顔がよく見えないのに、彼女の空気が憂いを帯びたのが何故かよくわかった。

「……まだ悩んでるの? 一人になりたかったのね」
「うん、でも気にしないで。元より『聖地』はあんまり近づいちゃいけないんだし、そろそろ戻るわ。何か用事あったんでしょ?」
「そう! そうなのよ、司祭さまが呼んでるわ。準備手伝って欲しいって――」

 女性たちの話は尚も続いたが、ミスリアはそれ以上聞かなかった。

(もしかして、私……あの女の人じゃなくてこの場所に同調した……? 聖地だから?)
 もう一度よく周囲を見回そうとしたけれど、視界がぼやけ出して、できなかった。
(でも確かに崖の上だわ。司祭さまって言ったし、もしかすると後ろに教会があるんじゃ――)

 しかしそこで思考が途切れ、夢も解けた。

_______

「ふーん、片手抱きにしたか。てか、お前左利きだったっけ?」
「逆だ。荷物は左に集中的に持って、利き手は空けておきたい」
「確かに利き手の方が何かあった時に咄嗟に使いやすいな」

 二人の男性の会話が聴こえる。多分、イトゥ=エンキとゲズゥだ。
 ミスリアの両目はまだ形を映さず、下手な絵画みたいに色がたくさん混ざり合って見える。

「ところでさー。お前、天下の大罪人とか言われてっけど。実際会ってみて――ああ、噂が一人歩きした奴の典型かなって思った」
「ある程度は、その通りだろうな」
「オレとしては一番気になるのは、どうやって二回も脱獄したんだってトコだけど」

 ミスリアは二人の会話にただ耳を傾けた。身体が異様にだるくて動けない。
 何だか揺れている感覚がする、まるで、誰かに運ばれているような。

「お前を捕まえたのってあの国際的な対犯罪組織だろ? 凶悪犯罪者の為だけに、鋼でできた鉄格子の牢獄を開発したって聞いたぜ。お前もそういうの入ったんだろ」
「機を見て看守から鍵を奪った。左目を使って」
「呪いの眼って、使えるモンだったんか」

「滅多に使わん」
「ちょっと羨ましいぜ、オレの紋様にも何か力があったらなー、ってたまに思う。どうやって使うんだ? 何で滅多に使わないんだ?」
「……そこまで説明する気は無い」
「ふむ。まあいっか」

 声でしか判断できないけれど、二人はいつの間にか随分打ち解けているようだった。

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23:25:35 | 小説 | コメント(0) | page top↑
20.i.
2013 / 02 / 17 ( Sun )
「冗談だって。あんま大声出すなよ。魔物や猛獣が寄ってくるぜー」
 けらけら笑いつつエンが鎖を引いた。
「魔物はいいけど、野獣には出遭いたくないなー」

「どうしてです?」
 再び地に足を付けてから、五男坊が訊ねた。
 その問いに、わかってないなー、と頭を振りながらも、エンは詳しく答えた。

「動物は侵入者を襲う時とそうしない時を判断するから、駆け引きが重要になってくる。仲間や子供が隠れてるとまた色々面倒だし。魔物はどんな時も必ず襲ってくるから対応は『倒す』の一択で、楽だ」

「はあ……楽なんですか……」
 五男坊は力なく答えた。
 そうだぜー、と静かに笑いながらエンは斜面が切れ落ちる直前まで踏み出た。ポケットに片手を突っ込み、遥か下へ視線を注いだ。

「どうする? オレの記憶してる高さのままだったら、簡単に降りれるもんじゃないぜ。荷物もあるからなー、特にお前」
 エンがゲズゥの背中をチラチラ見ながら言った。

 旅に必要な物を入れたリュックしか持っていない二人と違って、ゲズゥは荷物が多かった。
 剣帯を調整し、大剣が水平になるよう左肩から提げ、右肩には必需品の入ったバッグをかけ、その上でミスリアを背負っている。それぞれ単体ではさほどの重さが無いが、こうやって合わさるとそれなりに足が遅くなる。しかもこの状態で山肌を降りるには、バランスが危うい。

「一直線に進む必要があるのか」
「や、ちょっと北西に回ればもっと斜面が緩やかなとこもあるはずだ。坊ちゃんの家に帰るにしてもそっちのが近いしな」
「送って下さるんですか?」
 明るい声で五男坊が訊く。

「まさか。あと半日もすれば道が分かれるぜ。残りの道のりは自分で行け、少なくとも山賊団はもうお前には手を出さねーだろ」
 そう答えながらもエンはもう踵を返していた。五男坊が慌ててついていく。

「……はい……。助けて下さってありがとうございました。本当にどう御恩をお返しすればいいものか……」
「オレ何もしてないぜ。お前が本当に礼を言うべきはミスリア嬢ちゃんだし」
「わかってます。でも聖女様は、まだ眠ってます。代わりに伝えて下さいませんか」

「いーけど。せめてゲズゥには言ってやれよ。オレの方が話しやすいからって逃げんなよー」
 子供を優しく叱る時の親を思わせる口調で、エンがたしなめた。
「すみません……」申し訳なさそうに答え、五男坊はゲズゥを振り返り、闇の中でもはっきりと怯えた目を向けてきた。「彼が鬼のように強いあの頭領を負かしたって聞いて……ちょっと苦手で……」

「最初あんなに縋ってたじゃねーか。ほら、拷問されてた夜さー」
「うぅ、その時のことは忘れてください!」 
 五男坊は立ち止まり、ゲズゥを向き直った。一拍置いて、ありがとうございました、と腰を折り曲げて頭を下げた。育ちの良さが垣間見える、丁寧な礼だった。

「伝えておく」
 ミスリアに、という意味合いを込めて、ゲズゥは言った。
 顔を上げた五男坊の目には未だに怯えがちらついていたが、それでも笑んでいた。

「ところで、坊ちゃんは帰ったらどうする気だ?」
 やり取りを見守っていたエンが訊き――途端に、五男坊を取り巻く空気が凍り付いた。
「討伐隊を引き連れようなんて考えてるんならやめとけ。無駄な人死にが出るだけだ。家宝を隠すとか移動させるのも、恨み買いそうだからやめときな」
 五男坊は図星をつかれたのか、黙り込んだ。

「だからそんなことより、酷い目に遭わされたっていうアンタのお姉さんを支えてやれ。ま、余計な世話かな、これは」
「余計なお世話ですよ。助けて頂いて感謝していますが、貴方があの山賊団の一員だった事実は残っています」
 怒気をはらんだ声色で吐き捨て、五男坊はさっさと先を歩いた。

 取り残されたエンが、困ったように頬をかいた。

「痛いとこつくなぁ」
「……あの男には、想像が付かない」
 ふとゲズゥが呟いた。

「んー? 生き方を選べない人間が居るってこと? ま、貴族だって、あんまり選べる余地が無いだろうけど。そういうのとは、違うよな」
 語尾に向けて、声音が暗くなった。
「ああ。後戻りができないのとは、違う」

「どう後悔したって、選んだ道の結果も、他の道を選ぶ勇気が無かった過去は消えない。後になって、向き合うのも受け入れるのも難しいんだよ」
 エンは深くため息をついた。
「ヨン姉の消息がわかったとしても、わからなかったとしても、それからオレはどうすればいいんだろーな」

「……その時になってから考えても遅くないはずだ」
 そう答えながら、ゲズゥは歩き出した。
「だな」
 相槌を打って、エンも歩き出した。

 しばらくして二人は小走りになり、足の長さもあってか、貴族の五男坊にすぐに追いつけた。
 三人は月の無い夜を慎重に進んだ。
 遠くから、獣の鳴き声が響く。

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02:50:45 | 小説 | コメント(0) | page top↑
20.h.
2013 / 02 / 09 ( Sat )
 部屋中の視線がアズリの太腿に吸い付いた。蝋燭立てのすぐ隣であるだけに、その白さは一層際立っていた。
 彼女の笑顔は、勝ち誇っているようにも見えた。
 
「まあ、いいじゃないの。ひな鳥が巣立つのを見送る親鳥の要領で、送り出せば?」
「ヴィーナ。口を出すんじゃねぇ」
 強気な口調の頭領の方へ、アズリは身を乗り出した。

「見苦しいわよ」
 軽蔑の込められた目だった。
「なっ……」
「刺された目を治してもらったでしょ。約束守れないオトコはカッコ悪いわ」

 何があっても怯まなそうな大男が、自分より一回りも二回りも小さい女に、冷たい目を向けられただけで萎縮している。

 エンが頭領に出した条件は――自分の望みを一つ叶えてくれるなら、負傷した目を治すように聖女に掛け合ってやる、だった。
 他の日であれば頭領はそんなものを笑い飛ばしたかもしれない。隻眼になったところで生活はできる。だが、あの時ばかりは事態が切迫していた。
 奴は条件を呑んだ。少なくとも、そのように振る舞った――。

「奪って生きるのは正しいことよ。でも、嫌われたくない相手から奪っても、自分が悲しいだけだわ。親子というキレイな思い出のまま、終わりたくないの?」
「おめぇが気にかけてんのは部外者の方だろぉ。何でそこまで肩を持つ?」
 苛立った質問に対して、アズリは笑みを返した。

「アナタがイトゥ=エンキを傍に置きたいように、私だってあの子たちが可愛いのよ。アイの形が違うだけ」
「愛、だと――」
「欲張らないで。十五年も居て、しかも反抗期も無かったんでしょう? 充分だわ。それ以上望んでどうするの。子供ってのは、追い詰めたら逆上するものだから。自由にさせるべきよ」
 あのゆっくりとした話し方で、アズリは威圧的な言葉を浴びせる。
「そりゃあまあ……おめぇの言うコトもわかるが……」

「姐さん、子供産んだことあるんですか」
 耐えかねたように、苦笑交じりにエンが口を挟んだ。
「どっちだと思う?」
 ふふ、とアズリは笑う。

 いつの間にか、話の流れをアズリが掴んでいた。

「一番可愛いのは自分だけど、お気に入りの玩具にだって、たまには手を貸すわ。ましてや昔なじみだもの、そのよしみで助けてあげたいの」
 アズリはゲズゥに向けてウィンクした。次いで、滑り込むように頭領の膝の上に乗った。
 ねぇ、と甘い声で囁く。

「――……しょーがねぇなあ」
 頭領は、呆れと疲れの混じった深いため息をついた。
 その答えを聞いたエンが破顔した。全身の肌に、黒い模様が浮かび広がっている。

_______

 眼前に何か障害が待ち受けているような予感がして、立ち止まった。
 踏みしめている草の感触が、サンダルの裏から伝わる。
 ゲズゥは足元を注視した。灯火の無い夜の闇では、ほとんど何も見えない。その上、今夜は新月らしい。星明かりもあまり頼りにできない夜だ。

「どした? 敵か?」
 すぐ後ろから追いついてきたエンが、小声で問うた。
「気配は無い。ただの勘だ」

 しばらく目を凝らしてみたら、数歩先の闇が濃さを増しているように見えてきた。

「ちょっと待て」
 エンは今まで通ってきた道を思い返すように、額に指先を当てて唸った。周囲の正確な地図が頭の中に記録されているらしい。
「そうか、此処は――」

「何を立ち止まってるんですか?」
 若い男の声がしたと思ったら、その男がゲズゥの横を通り過ぎた。
「あ、こら、貴族の坊ちゃん。だからそっちは」
「ぎゃあっ」

 エンの制止の声もむなしく、どこぞの貴族の五男坊とやらは、身体を宙に浮かせた。
 じゃらっ、と音がした。奴の腰にエンが鎖を巻き付けて、転落を防いだのである。

「斜面が急に切れ落ちるから気を付けろ、って言おうとしたんだ」
「すみません……ご迷惑おかけします」
「なあ、お前けっこー重いのな。オレ非力なんで、引き上げんの無理かも」
「そ、そんなあ!」
 掠れた声での、悲痛な叫びだった。

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12:23:44 | 小説 | コメント(0) | page top↑
20.g.
2013 / 02 / 07 ( Thu )
「まだ儂を疑ってんのか、おめぇは」
 短く剃られた髪に分厚い掌をこすっている。動作に苛立ちがにじみ出ている。
「白々しい。十五年、否定も肯定もしなかったくせに」
 そう答え、エンの顔から表情が消え去った。

 二人はまるで周りに誰もいないかのように話し込んでいる。実際はアズリやゲズゥたち以外にも四人居た。全員、テーブルを囲って座る気になれないのか、壁を背にして立っている。
 頭領の後ろに控える体格の良い二人はものものしい雰囲気を漂わせ、一方でエンの後ろの二人はハラハラしながら視線をさまよわせている。

「確信を得るに十分な材料が無くたって、アンタを憎むには足りた」
「儂はおめぇを引き取って育てた。後ろめたいモンがあったらやらねぇだろ? わざわざそんなコト」

 ゲズゥはあることを連想した。
 世の中には、子持ちと知らずに雌狼を退治し、後に罪滅ぼしのつもりでその子供を育てる物好きな人間も居るらしい。この巨漢がそんな人種とは思えなかった。

「後ろめたさを感じるような人だったん? つっても、育ててくれたのは一応感謝してるぜ。おかげで、この歳まで生きられた。でもそれと家族を奪われた恨みは別モンだ」
 その時ゲズゥは、エンの言葉に妙な引っ掛かりを感じた。
 確かに険しい世の中を子供が一人で生き抜くのは困難だが――ゲズゥの実経験が十分に証明している――それだけで、「この歳まで生きられた」と表現しないような気がする。

 しかしそんなことよりも、エンが頭領を家族の仇と認識していることが明らかになった。
 涼しい顔のアズリ以外の人間が、新事実に驚愕している。

「お頭が、アニキの家族を奪ったって、どういうことだ……!? 殺したってコトなんか?」
「知らねぇよ! オレだって初耳だっつーの! アニキのことは、ガキの頃に拾ったとしか……」
 エンの後ろの二人が小声とは言えない音量でひそひそ話をした。
 頭領の後ろの二人は微動だにしないが、平静を装うのが巧いだけで、以前から知っていたとは限らない。

「誰を恨んだとしても死人は返らないぞ」
 外野の動揺を全く気に留めない様子で、頭領が冷ややかに断言した。
「わーってるよ。だからオレもアンタを殺そうなんて考えちゃいない。ま、ちっさい頃は何度か寝首かこうとして返り討ちにされたけどな」
 言い方は軽いが、紫色の瞳には憎悪が浮かんでいた。

「そうだったなぁ、懐かしい」
「ぜーんぶ、無駄なあがきだったな。どっちみち、オレは頭を殺して……山賊団を、こんな大勢の人間の人生をめちゃくちゃにする度胸も無いんだ」
 これでも仲間だし、と背後の二人に向けて呟く。二人の男は嬉しそうに頷いた。

「ほう」
「だから、出てくだけにしとく。オレにつけてる監視を外せ。そんで二度と関わるな」
「……何で、今になって出てく。ソイツらの為か?」
 頭領が大きくため息をついて、目配せでゲズゥを指した。

「きっかけを待ってた」
 エンは頭領の視線から顔を逸らした。
「もう何を言ったって無駄だし、取引は取引だ。オレは山脈を出てくぜ、ゲズゥとミスリア嬢ちゃんと一緒に。どうしてもダメだってんなら……」
「ダメだってんなら、何だぁ?」
 頭領は白の混じった薄茶色の髭を撫でた。

 ただでさえ涼しい部屋の気温が、更に下がったような感覚があった。テーブルを挟む両者が睨み合いになり、会議室が不穏な空気に包まれた。

 ――関与したくない、けれどもエンを見捨てるのは得策ではない。事態がこじれたらこっちを解放する約束も白紙に戻されかねない。
 ゲズゥはミスリアを抱える手に僅かに力を込めながら、考えた。
 そもそもこの頭領がエンに執着する理由が不明瞭だ。いや、理由があると仮定するのが間違いかもしれない。

 数分かけてもこれといった案が浮かばなかった。ゲズゥは試しにアズリの方を一瞥した。
 すると期待通り、空気が凍りかけている部屋で、彼女だけが動いた。

「血気盛んだわねぇ」
 トン、とアズリは石のテーブルの上に腰をかけた。次いで足を組むと、衣が翻り、白い太腿が現れた。
 あれだけ裾が長いというのにどうやって脚を見せたのか、器用な座り方だ。

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13:54:11 | 小説 | コメント(0) | page top↑
20.f.
2013 / 02 / 06 ( Wed )
 ぽたっ、とどこかで水滴が天井の鍾乳石から滴っては、地面で弾けた。
 アズリの形のいい鼻が頬をかすめた。

「旅の道中、何を見て、聞いて、体験したのかしら? 誰かの生き方に感化でもされた?」
 右耳のすぐ近くに放たれたその一言をきっかけに、今までに関わった面々が脳を流れ過ぎた。

 迷いながらも何か目に見えないモノに立ち向かおうとする小さな聖女。目的を達成する為に、進むべき道を模索し続ける聖人。夢を抱いて命尽きた赤毛の少女と、その遺志を汲もうとする、魔物狩り師を志す少年。高みを目指して飽くことなく進むオルトや、奴に心酔して付き従う元・女騎士。或いは、己の目指す場所を見失って迷走した司祭でさえ、ゲズゥに影響を与えたというのだろうか。

「心当たりがあるのね」
 ゲズゥは無言で瞬いた。アズリの指の背が、頬を撫でる。

 ――わからない。
 誰も彼もが理解しがたく、自分とは異質な世界に生きているのだと割り切っていた。
 割り切っていた、が。他人の在り様を眺めつつ「何故?」と疑問に思う頻度は、近頃上がっているように思えた。ことミスリアに関しては特にそうだ。

「波紋が広がってるわ」
 主語が省かれたので、どういう意味か想像した。――「風無き日の水面が如く揺らぎを知らなかった心に、波紋が広がってる」――?
 サファイア色の双眸に慈しみの色が過ぎったように見えたが、次の瞬間には消えていた。

「それがアナタの今後の人生をもっと豊かにするのか、それとも辛くするだけなのか、私にはそこまで予想がつかないけれど、ね。好きなだけもがけばいいわ」
 しゃらん、と腰回りのアクセサリーを鳴らしてアズリが身を翻した。
 すっかりゲズゥへの興味が失せたかのように、すたすたと歩き去ってゆく。十ヤード先で止まり、こちらに手招きしてきた。呼ばれるがままに、ミスリアを両手に抱えたまま、ゲズゥは歩み寄った。

「そろそろお邪魔するわよ」
 布で仕切られた入口に向けて、アズリが声をかける。
「おう、ヴィーナか。入っていいぞ」
 あの頭領の野太い声が、カーテンの向こうから響いた。

 優雅な仕草でカーテンをどけて、アズリは部屋に入った。ゲズゥが一歩遅れて続いた。
 会議室の役割を担う部屋なのだろう。長方形に削られた、大きな石造りのテーブルが空間をほとんど占めている。
 テーブルの中心に高価そうな蝋燭立てが置いてあった。樹木みたいに大元から枝分かれした形で、十本もの蝋燭が使われている。

 長方形テーブルの両端に――頭領は胡坐をかき、エンは片膝を立てて、それぞれ座している。
 どちらも微妙な笑顔を面(おもて)に張り付けていた。エンは先程の状態が納まったのか、模様が左頬だけになっている。

 闘技場で勃発した乱闘が収まってからも諸々の後始末があったらしいが、ゲズゥ自身は傷の手当や着替えを済ませて、遅い朝食を摂っていた。
 山賊団の問題に関与する気は毛頭なかった。誰かが絡んできても、丸きり無視してやった。
 そうしてミスリアの様子を見つつ通路の隅に座り込んでいた時に、アズリの取り巻きに呼ばれたのである。あの二人の「取引」の結末を見に来い、と。

「気は変わらないのか。イトゥ=エンキ」
 何か落ち込むことがあるのか、頭領の声音は重苦しかった。
「無理。今更だと思うかもしんねーけど、オレはココにいられないんだよ。理由は、知ってんだろ」
 これまで頭領には丁寧な口調を使っていたエンが今は砕けた言葉で、答える。

 どうやらエンの離脱が会話の論点らしい。

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16:08:31 | 小説 | コメント(0) | page top↑
20.e.
2013 / 02 / 04 ( Mon )
 腕の中の少女を見下ろした。一見眠っているようで、実際は力尽きてぐったりとしている。
 ゲズゥは左手を肩、右手を彼女の膝裏に回してそれぞれ支えていた。ミスリアの栗色の髪が幾筋か顔にかかっていて、口元を覆い隠している。

 頭領との交渉が落ち着いた直後に、ミスリアは倒れた。
 おそらくは聖気を使ったことに関係ありそうだが、あの決闘から数時間経っても、一向に意識が戻る兆しはない。
 果たしてこれが深刻な問題に展開するかどうか、気がかりである。

 ふいに顎をつままれた。

「どこ見てるの。目の前にこんなイイ女が居るのに、無視するなんてひどいわ」
 ずいと顔を近付けたアズリが、すぼめた唇で文句を垂らした。日頃の冗談よりも真実味のある言葉に、ゲズゥは違和感を覚えた。
 熱い吐息から香る、甘酸っぱさに混じった独特な匂い。それを嗅いだ途端、察した。底なしに酒に強いアズリが酔いを表す程、グラスの中身は濃い酒といえよう。

 アズリの右手がゲズゥの頬にそっと触れた。
 柔らかい指の温かさが、背に触れている硬い壁の冷たさと対照的だ。

「アナタは初めて会った時から、不思議で、面白い子だったわ。一緒に生きることは無いでしょうけど、それでも一時でも私たちの道が交差して、楽しかった」
 うっとりと、懐かしむ目だった。これも、真実味を帯びた物言いに思える。

 ゲズゥは特に返す言葉を持っていなかった。あの思い出はあまり楽しいと形容できるものではなかったし、もう一度戻って選び直せと言われたら、今度は関り合いにならない方を選ぶかもしれない。どちらでも大して変わらない気もする。
 そしてこの絶世の美女が自分をどう思っていたか、前々から感じ取っていた。

「……私は自分の生き方が気に入ってるわ。変えるつもりは無いし、その必要も無いと思ってる」
 そう言ってアズリの美貌が更に接近してきた。

 背後が壁なので後退ることはできない。左右にアズリの取り巻きが佇立してるので横へ逃れることもできない。ミスリアを抱きかかえたまま飛び上がるのも楽にできない。
 が、次に起きることを逃れたり拒まなかったりした一番の理由は、意識のどこかでそれを求めていたからだろうか。

 首を屈めて瞼を下ろした。

 押し寄せてくる、女の微香。
 頬を撫でる手よりも柔らかい感触が、唇をかすめた。次いで湿った舌が上唇をなぞってきた。応じて舌を絡め取ると、酸味がした。少し遅れて甘い後味が口の中に残る。

 四年前――つまらない世界を漂って生きていただけの自分に、アズリの存在はやけに鮮明に焼き付いたのだった。
 ――この女も、漂って生きているから?
 自分と違って、やたらと楽しそうにではあるが。

 熱情に憑かれていなかった時はこの包み込まれるような心地良さを求め、強く惹かれた。
 総て錯覚だったと後になって理解したが、甘美な錯覚であると、今でも認めざるをえない。

 こうしている間もアズリの取り巻きは何一つ干渉して来なかった。しばらく、無心に唇を重ねた。
 ようやく少し隙間を開けると、まだ大分顔を近付けたまま、アズリはくすりと笑った。

「昔からアナタはどこか空虚な印象があった。その場その場で生きていた感じかしら。生に執着があったとしても、生きる上での選択肢に対しては、無かったのでしょう」
 的を射た指摘だ。

「効率がよければ、どんな生き方でもいいと思っている節があった。でも再会したアナタは少し違う。雰囲気そのものは変わらないけれど、潜在的な場所で、執着が芽生えた。それか、長く諦めていた何かにまた手を伸ばそうとしているのかしら」

 笑顔で囁いたアズリを、ゲズゥは片眉を吊り上げて見つめ返す。
 よく人を観察している女だ、と思った。
 ゲズゥ自身ですらほんやりとしか認識できなかった感情を、次々と言い当てている。

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16:06:19 | 小説 | コメント(0) | page top↑
20.d.
2013 / 01 / 31 ( Thu )
 恐怖の類を感じないゲズゥでも思わず静止してしまうような、悪意の溢れる凄艶な笑みだった。
 反射的に警戒してしまうが、悪意が向けられている相手が自分ではないと熟知しているので、すぐに解いた。

「……そう。アナタたちの関係が一言で言い表せないのは、よくわかったわ」
 アズリが僅かに肩を引くのを、ゲズゥは見逃さなかった。アズリでさえ反応する程ならば、ミスリアの方はどうだろうか。ゲズゥは少しだけ首を傾け、ミスリアの表情を窺い――眉をひそめた。

 彼女はどこか焦点の合わなそうな目で、襲い掛かろうとする連中の方をぼんやり見つめている。ついさっきまで普通に怯えや不安などの感情を表していたのに、今は心ここに非ず、といった風だ。
 様子がおかしい――。
 ゲズゥが呼びかけようか迷っている内に、エンが呟いた。

「さて、と。どうやって起こすかな。おねだりしたいことは、無くもないんだな」
 頭領の傍にしゃがんで、頬を叩いたりしている。
「でもお前、容赦なくやったからなー。簡単には起きないかもなー」
 エンがちらりと、こちらに視線を送った。それを機に、ゲズゥは口火を切った。

「方法ならある」
 そう言って、ゲズゥは肩に触れたままの小さい手を握った。反応が無いので、次いで名を呼んだ。
「ミスリア」
 呼んでからも数秒ほど反応が無かったが、やがて少女は振り返った。

「……はい?」
 茶色の瞳が揺れた。
 ゲズゥは目配せで、頭領を起こすように促した。察しの良いミスリアのことだ、これまでの会話を耳に入れていたならば、それだけで意図を読み取れるはずだ。

 反応速度が普段より遅いのが気になるが、ミスリアが頷いたので、握った手を放してやった。

「イトゥ=エンキさん、私は『聖女』です。その方を、気付かせることはできると思います」
「嬢ちゃんが聖女だって? あー……道理で……。ちょっと待ってくれ」
 エンは首をやや後ろへ傾け、思考を巡らせるためか、目を閉じた。

 小麦色の肌に、アザみたいに色素の濃い箇所が、薄っすら浮かび上がっている。それらの形状は、いつも露わになっている左頬の模様に酷似していた。

「じゃあ、頼むぜ」
 しばらくしてからエンは目を開け、体を傾けてミスリアに細かい指示を耳打ちした。わかりました、とミスリアが返事をし、頭領の真上に手をかざした。
 外傷が治る様子が無い。あくまで、意識を取り戻させる程度の治癒を施しているのだろう。

「おはようございます、頭。じゃなくて……オヤジ、かな」
 頭領の目が開いたのと同時に、エンがその腹に片足を乗せた。折り曲げられた自らの膝の上に肘を乗せ、微笑んでいる。

「取引しようぜ」
 いつの間にかエンの皮膚が所狭しと黒い模様に覆われていた。
 感情の起伏に合わせて全身にも模様が浮かび上がるのは、紋様の一族のもう一つの特性だ。

 それは美しいのか恐ろしいのか、多分どちらでもあってどちらとも言えない、姿であった。

_______

 頭領が起きた後の怒涛の展開を、ゲズゥはあまり覚えていない。
 奴が起き上がり、雄叫びを上げ、それで時間が止まったかのように会場が静まった所まではちゃんと注意していた。
 直後、先に硬直が解けた連中はそれでも諦めずに頭領を攻撃しようとしたが、あまりに一方的に襲撃者どもがやられるもので、観察する気も失せたのだった。

「アンタも飲む?」
 ふわりと、女の声と、甘酸っぱい香りがした。ゲズゥは洞窟の天井に向けていた視線を、下へ落とした。壁の炎だけが明かりなので少し目を凝らす必要があった。

 アズリがグラスを差し出している。香りの発生源はグラスの中のクリーム色の液体らしい。確か、特種な樹液を発酵させて作った酒だ。
 グラスの細い足に巻き付いた白い指が、闇の中では妙に艶めかしく見えた。

「まあ、でも、両手が塞がっているものね」
 ゲズゥが答えないからか、アズリはひとりでに納得して手を引いた。唇にグラスを引き寄せ、微笑んでいる。

 手が塞がっているというのは、先刻気を失ったミスリアを抱えていることを指しているのだろう。

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05:08:24 | 小説 | コメント(0) | page top↑
20.c.
2013 / 01 / 26 ( Sat )
 エンが訝しげに腕を組み、しかし黙して一連の展開を見守っている。
 ゲズゥはゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる女を見上げた。

「ねえ、私も絶対、死んだと思ったんだけど。どんな手を使ったのよ?」
 顔は笑いの形になっているが、アズリはじっとりと絡みつく、追求する目をしていた。サファイア色の瞳がミスリアに移った時、少女は僅かにひるんだ。
「気にするな」
 それはアズリに言っているように聴こえて、その実、ミスリアに向けた言葉だった。

 彼女はおそらく聖気を使ったことを気にしているのだろうが、それはゲズゥにとっては些事だった。
 これは公平性を重んじる純粋な闘技ではなかったし、誰がどの賭けで大損害していようが、こちらの知ったことではない。無事に生き残って山脈を抜けることが第一の目的で、それに至るまでの過程はどうでもよかった。

 その時、言い合いながら会場に降りてきていた数人の人間が、しびれを切らしたようにこちらに向けて走り出していた。ミスリアが不安そうにそれを見つめている。
 アズリは唐突にエンの方へ向き直った。困ったわね、と呟いて頬に片手を添えた。

「この事態を招いたのは、アナタでしょ? どうする気」
 どんな時も、アズリは急がずに話す。
「この事態ですか」
 対するエンは曖昧に笑った。「さあ、どうしましょうね」

 客席の至るところで乱闘が勃発していた。そのほとんどは賭け事で揉めているのだろう。
 だがこちらに走ってくる人間の目は、もっとぎらぎらと欲や謀に光っていた。
 奴らの目的はおそらく――この隙を利用し、敗して倒れた山賊団頭領の首を持ち帰ることだ。

「私たちの取引相手たちをはじめとした外部の人間に文を飛ばして呼び寄せたのは、イトゥ=エンキ、アナタね。こうやって、かき乱す為……あわよくば、ユリャンに巣くうこの山賊団を壊滅させるか、どこかに乗っ取られるか、したいの? それとも、この人を追い込んで、何かをおねだりするのかしら」
 この人、と発音した時にだけ、地面に仰向けに横たわる巨漢に視線を落とした。アズリは悪戯っぽく笑って、指で髪を梳いた。

 ――なるほど、あんなに客が多い理由はそれだったのか。
 ゲズゥは心の内で納得した。

「気付いていたなら止めれば良かったでしょうに」
 エンが肩をすくめた。
「そうね。正直言うとゲズゥが勝つとは思わなかったから……」

 前触れなく、矢が飛んできた。
 元々何(または誰)が狙いだったのか定かではないが、軌道を辿り切れば矢はアズリの太腿当たりに止まるはずだ。ミスリアが小さく息を呑むのが聴こえた。

「姐さん!」
 横から誰かが飛んできて、円形の盾を振りかざした。矢は軌道を逸れ、地面に刺さる。その勢いで砂利が飛ぶ。
「あら、ありがとう」
「いえ。アニキも危ないっす、ココはおれらが!」
 わらわらと現れた団員が、襲撃者の前に立ちはだかる。

「おー、悪いな」
 エンが片手をポケットに突っこんだまま、軽やかな足取りで下がった。
「貴女が挙げた理由も全部あながち外れちゃいませんが、本当はもう一つあります」
「ふぅん? 何かしら」

 こともなげにエンとアズリの会話が再開した。
 エンが言うもう一つの理由に心当たりは無いが、この事態がゲズゥらに取って都合の良い結果を導くであろうと、何故か予感していた。が、動機を占める大部分は個人的な感情や理由だろうと、それもなんとなく察しがついていた。
 
「こんなカンジで、頭が居ないと絶対収拾つかないような状況を作ってさ。オレは、チャンスに乗じてうっかり自分が頭を殺しちまわないように、わざとこの事態を招いたのかもしれない」
 そう言って、「紋様の一族」の生き残りの男は、鮮やかに笑った。

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