14.h.
2012 / 07 / 30 ( Mon )
 浮かんだ映像を打ち消すため、ゲズゥは目を開いた。
 ちょうどミスリアが地面に膝をついたところだった。
 
 彼女は手のひらを上にして両手を合わせ、聖人が小瓶から垂らす水を受けた。その水を使って手を洗うようにこすり合わせる。
 そこで歌が終わった。
 
「地上での生を終えた器から、魂が穏やかに旅立ちますよう――」
 聖人が十字に似た銀細工の首飾りを左手で握り、言葉を紡いだ。先ほどのよくわからない言語と違って、これはシャスヴォルの母国語だ。考えうる理由としては、死した対象と縁深い言語を選んだのだろう。
「清めます」
 呼応したのはそっと手を広げたミスリアだ。こちらは南の共通語。
 
「旅立った魂が聖獣に導かれ、天上の神々へ辿り着けますよう――」
「祈ります」
 今度は祈るようにして両手の指を絡め、握り合わせる。
 
「そうして地上に残された器が、生命の輪に循環できますよう――」
「授けます」
 ミスリアは素手で墓石の前の土をどけて小さな窪みを作った。
 いつの間にか首飾りを離していた聖人が身を屈め、手のひらから何か小さな物を滑らせた。ちょうど窪みの中へとそれは落ちた。
 
「どうか、健やかに」
 土を戻し、最後にまた水を少しかけてから、二人が同時にそう言った。立ち上がり、互いに向けて軽く礼をする。
 それからしばしの間があった。
 
「終わりましたよ」
 振り返り、ミスリアがゲズゥに声をかけた。手ぬぐいで土のついた手を拭いている。
「君も、手伝ってくれてありがとう」
 聖人が爽やかに笑う。
 ゲズゥは一度頷き、樹から離れて二人に歩み寄った。
 
「今のは、種か」
「はい。生を終えた肉体が還りやすいように植えるのです。これでこの場からは瘴気が発しにくいようになりました。歌は、死した魂に敬意を表し、天へ昇華するように説得するためのものです」
 神妙な面持ちでミスリアが答えた。
 
「といっても本人の業や穢れが重すぎると、結局は魔物に転じるかもしれないけどね。あくまで可能性を減らす手段であって、絶対ではないよ。でも少なくとも周囲の他の魔物が近寄らなくなる。魔物同士がむやみに絡み合えば最悪、君の故郷のようになりかねないからね」
 聖人は服に付いた土を払いつつ言った。植える種は花や木などと、種類は何でも良いらしい。
 さて、と呟いて聖人は空を見上げた。雲が減り、日の光が漏れている。
 
「随分と時間を取られちゃったね。そろそろ行こうか」
「はい」
 そうして三人は樹に繋いでいた馬の元へ行き、荷物をまとめて再出発した。
 
_______
 
 見知った葉っぱを見かけてカイルサィートは一瞬、立ち止まった。
 三枚ずつ生えている点や、色、蔦の形などでわかる。
 
「そこ触らないようにね」
 前を歩くゲズゥに注意喚起したが、言い終わる前に彼はそれを避けて進んでいた。先に気付いていたのだろう。
「どうしました?」
 馬上からミスリアが訊ねる。
 
「ツタウルシだよ。触れたらかぶれる」
「あ、知ってます。発疹や皮膚炎になるそうですね」
「葉の油が厄介だな。洗っても洗ってもかゆい」
 振り返らずにゲズゥが付け加えた。
 と思ったらいきなり、ゲズゥの姿が消えた。カイルサィートは瞬いて、何が起きたのか考えた。
 
(素早くしゃがんだから消えた風に見えたのかな)
 三人が進む道は既に獣道であり、薮に覆われている。長身の彼でもしゃがんでしまえば姿が隠れる。道の側面にはいつしか岩壁が現れ、視界が狭まっている。
 カイルサィートは歩み寄って、様子を伺った。
 
「何かいた? 蛇?」
「……キノコ」
 ゲズゥが指差した箇所に視線を落とした。
 倒れた樹の幹の影に、確かに茶と白のキノコが群れて生えている。
 
「こいつは生で食っても美味い」
「なるほど、いいね。でもできれば洗えるといいな」
 それが毒キノコであるかは、疑わなかった。カイルサィートの持つ知識の中には無い種だが、ゲズゥの育ちを思えば彼が森の中の食べられる物とそうでない物を見分けられないはずが無い。
 
「さっきの水は」
「聖水は貴重だからダメですよ」
 ミスリアが苦笑した。その返答にゲズゥは肩をすくめた。
 仕方なく布で拭くだけにして、歩きながら食べた。パンなどと合わせると生のキノコに含まれる水分で、パンによって乾いた喉が潤う。
 
 先頭のゲズゥが慣れた手つきで道を作っている。短剣を振るい、必要な分だけ藪を払っている。
 ザシュッ、と言う枝の斬られる音と足音や衣擦れ以外は、静かだった。前後に人の気配はしない。
 
「そういえば、ミョレン国だけど」
 カイルサィートは雑談をしだした。

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