15.h.
2012 / 09 / 17 ( Mon )
 ゲズゥは魔物狩りの専門家でなくとも、勝つ為に何が必要かに関しては自分なりの考えを持っていた。
 たとえば慎重さと持久力。得体の知れない化け物相手に、性急に踏み込みすぎるのは危険だから、根気良く長期戦に持ち込まねばならない場合も多い。
 同時に、変化し続ける状況に瞬時に対応する反射神経と判断力も必須である。

 羊女が食事を娘の脳髄から手足の肉の方へと移していたのが視界に入った。全部食べ終われば、おそらくは次の獲物を探すだろう。そうなればゲズゥは二体とも相手にしなければならない。
 驚異的な再生力が羊女にも共通しているとしたら、益々厄介だ。

 見れば、山羊男は思い出したように次から次へと傷を治している。
 奴が一旦思い立ったからには、これからはマメに再生するだろうと仮定しなければならない。不公平なことに生きた人間のゲズゥにそんな再生能力は無い。怪我を負わなくても、長引けば体力の消耗は免れない。

 手数の多さで圧倒すればどうにかなるだろうか、と試しに大剣から短剣へと得物を替えた。魔物の背後に回り、黒い毛に覆われた体を幾度と無く斬り付けた。容易に振り返られない魔物は悲鳴を上げるが、結局傷は数秒で消える。この分では全体を両断したとしてもくっつきそうである。

 ゲズゥは一歩下がった。
 これっぽっちも打開策が浮かばない。
 こうなったらミスリアだけ拾って全速力で逃げるか、と真面目に検討し始めたら、転機は思わぬところから降って沸いた。

「うおおおおお!」
 魔物がゲズゥに向き直ったちょうどその時、死角から集落の人間が一人飛び出てきた。振り下ろされた鎌が、魔物の尻にザックリと突き刺さる。直後、その男は魔物の後ろ足に蹴られて吹き飛んでいたが、そんなことよりも。

 ――なるほど、凶器が体内に突き刺さったままの状態なら再生は遅れるらしい。

 とはいえ、刺すより斬るのが主な攻撃手段であるゲズゥにはあまり意味の無い発見だった。
 素人どもが勢いづいて一斉に山羊男に襲い掛かっている隙に、ゲズゥは羊女の方へ目をやった。もはや赤い髪の毛以外は原型を留めていない娘の、内臓を引きずり出して喰っている。もうあまり猶予は残っていない。

 山羊男の方はあっという間に周囲を一掃していた。三、四本の鍬や鎌が突き刺さっているためか動きが鈍いが、素人どもを爪で裂いたり蹴飛ばすには十分な体力が残っているようだ。引き千切った誰かの腕を、音を立てて骨ごと咀嚼している。
 大剣を構え、ゲズゥは宙を跳んだ。

 空中で一回転して勢いをつけてから、山羊男の胴体と下半身の付け根めがけて剣を振り下ろした。
 すんでのところで魔物は飛び退いた。
 着地をしたゲズゥはまた舌打ちをして――異変に気付き、目を細めた。

 手応えが無かったので空を切ったとばかり思っていた。それなのに、魔物の胴体と下半身の付け根はまるで斬られたかのようにぱっかり開いている。紫黒色の血液は流れておらず、代わりに銀色の素粒子が零れていた。
 胴体の素肌では、人面がざわついている。

 銀色の粒子、といえば。
 思わずゲズゥは剣の先に目をやった。するとそこには付け足されたように金色の光があった。
 どうやっているのかはわからないが、ミスリアが聖気で剣の切っ先を有りのままのそれよりも少し長くしていると察しが付く。

 ――聖気によって浄化された部分ならば、再生できない。
 すぐにピンと来て、ゲズゥは剣を構え直した。
 しかも魔物はうっとりと銀色の光を眺めるだけで、周りへの注意も疎かだ。これならば倒せる。

 念のためにまた魔物の後ろに回り、剣を振り下ろした。
 左右に均等に分かたれた山羊男は、それでもくずおれることは無かったが。くっつきなおすことも無く、切り口からどんどん銀色の素粒子を放っている。そうして質量が見る見るうちに減っていく。
 振り返り、ゲズゥはミスリアの姿を確認した。目をきつく瞑り、左手で首飾りを握っている。

 実質、今最も役に立つのが十四歳の小娘とは皮肉なものだ。やはり聖女であるだけにこういう時は肝が据わるのだろうか、と僅かばかり感心をしていたら――
 横から何かが衝突してきた。

 そのままとんでもない重量によって地面にうつ伏せに押し付けられた。
 ゲズゥは、己の肋骨が折れる音を聴いた。内臓もおそらくいくつか潰れている。激痛に何度か失神しかけるが、何とか意識を保った。

 文字通り、息ができない。口の中で草と土と鉄の味が混じり合う。
 羊の鳴き声に目を開けば、血に塗れた雌羊の頭がすぐ近くにあった。緋色のつぶらな瞳に覗き込まれ、ゲズゥはなんともいえない気分になる。

 というより、臭い。至近距離でのあまりの腐臭に、流石のゲズゥも吐きそうになる。
 羊女の両手の爪に頭を掴まれ、これは今度こそ死ぬだろうなと予感がした。

 唐突に、羊頭が離れた。魔物は怒りに悲鳴を上げている。次いでゲズゥは、重りから解放された。
 的を捉えられなかった矢が地面に舞い落ちるのを見て、何が起きたのか把握した。どうせなら当たっていれば尚良かったが。
 ゲズゥは這って起き上がった。ミスリアが離れた場所から治癒をしてくれているため、痛みがいくらか和らいでいる。

 羊女は次の標的を決められないのか、叫びながらぐるぐると同じ場所を飛び回っている。山羊男よりは頭が悪そうで何よりだ。
 魔物が立ち止まる一瞬を狙い、ゲズゥは跳躍した。

 まるで馬の背に跳び乗るような形で羊女の首に片腕を回し、後ろから絞めた。馬と違って柔らかい羊毛の座り心地が、若干気味悪い。
 ゲズゥの腕を引き剥がそうとして女の黒い爪が食い込む。唇を噛み締め、耐えた。
 羊女はひたすら暴れ回った。振り落とされまいと、ゲズゥは脚に力を込める。こうも動かれては短剣を抜くことが出来ない。

 揺れる視界の中から、黒い巻き毛のガキが弓矢を構えているのがチラッと見えた。
 ひどい顔だが、戦う気がある限りは使えるかもしれない。残る力を振り絞り、ゲズゥは女の首をギリギリと締め上げた。そうして、ガキの次の行動を待つ。

 放たれた矢は二本ほど外れた。
 乗り物酔いのような気持ち悪さが襲ってきているため、ゲズゥはそう長くは待ってやれない。もうダメかと腕の力が抜けかける。

 ドッ、という音と共に横から衝撃があった。
 羊の横腹に該当する部分に、淡い金色に光る矢が刺さっている。

拍手[3回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

16:41:27 | 小説 | コメント(0) | page top↑
<<はははは | ホーム | 15.g.>>
コメント
コメントの投稿













トラックバック
トラックバックURL

前ページ| ホーム |次ページ