14.g.
2012 / 07 / 22 ( Sun )
 言っている意味が通じなかったのか、ミスリアはきょとんとしていた。次に小首をかしげ、次第に複雑そうな表情になった。
 
「聖獣を……手に入れる……? って、どういう風にして手に入れるんですか?」
 腕を組み、ああでもないこうでもないと唸った。イメージできないらしい。
「さぁ。制圧するか、捕まえるか、滅ぼすか何かじゃないか」
 とりあえず思いつくままに言ってみた。オルトの考えることなど、昔からわかるようでわからないものだと諦めている。
 
 大きな樹脂の欠片で土を掘る手を止めて、今度は聖人が眉をしかめた。
 
「途方も無い話だね。聖獣の居場所すら知らないだろうに」
 そう言って袖を捲り上げて、聖人は作業を再開した。
 死体を埋める為の穴を掘る作業だ。ゲズゥも樹脂の欠片を用いて、土をどけた。あと程なくして大の男が入るような穴になる。
 
「誰も知らないのか」
「それは少し違うよ。教団が管理してきた重要機密として、知識は断片という形で広く存在している」
 聖人の言い方に、謎かけか、とゲズゥは呆れた。
 
「知っている人がたくさん居るのに本当は誰も知らない、という状態です。情報を繋ぎ合わせないと、北の一体どこに聖獣の安眠地があるのか割り出せないようにしているのですよ」
 少し離れた位置に立つミスリアが補足した。
「でしたら私たち聖人聖女さえも最終目的地を知らないのではないかって話になりますけど、進むべき道ならあります。それに偽の情報の中から真実を探し出す方法も」
 
 ミスリアは落ち着いた声でそう言って、遠い何処かを見上げた。実際の曇り空の中にある何かを見つめてはいないのだろう。
 聖獣に到達するまでの道のりが、既に途方も無いのだということはなんとなくわかった。
 それなのにそんな道に人生を捧げる人間が目の前に居る。付き合おうとしている自分もやはり、おかしいのかも知れない。
 
 穴を掘り終わり、ゲズゥは聖人と協力してその中へと元兵隊長の死体を放り込んだ。聖人の表情は硬く、人がやりたくない作業をあくまで仕事だと割り切ってこなす時の、真剣な顔だった。傍らに立つミスリアはまだ気分が悪そうだが、それでも目を逸らさない。
 放り込んでから土をかけ直す作業は、ゲズゥが一人で引き受けた。本音では埋葬してやりたいとは特に思わないが、あの二人が魔物が発生しないようにちゃんと弔いたいと提案したのである。
 
 それに対して、ゲズゥはどういう弔いの儀式なのか見てみたいと興味本位に考えた。
 柳の樹の下に埋葬するだけが故郷の村の風習であり、その後の人生でもゲズゥはあまり複雑な葬式に立ち会ったことは無かった。ましてや、聖職者の関わった葬儀など。
 
 聖人がどこからか石を持ってきた。人間の頭ほどの大きさのそれを墓石代わりに置く。
 ミスリアは懐から取り出した小瓶を、聖人に渡した。受け取った聖人は地面に片足立ちになり、小瓶の蓋を回して開けた。
 
 透明な水が一滴零れる。
 それは不自然なほどゆっくりと垂れ、瓶を離れて落下し、そして石に当たって弾けた。
 いつの間にか、折り重なる声が耳を打っていた。
 
 二人が何かを唱えている。正確には歌っている? それもまったく同じ歌という訳ではなく、合唱になるようにそれぞれ音を分担している、ように聴こえる。音楽に通じていないゲズゥにはそういう認識になる。
 近くの樹に背中を預け、心地良い音に目を閉じた。
 
『――多分、俺はそういう目的の為に、生きていない』
 
 つい先ほど自分が口にした言葉を頭の中で反芻する。
 どうしてそのように答えたのかは自分でもはっきりとわかっていない。ただ、あの女やオルトについて行っても、きっと変われないと思った。
 
 おそらく、一生に一度だけ与えられた機会。
 処刑されるはずだった自分と同じ生き方では、誰も守れやしないのだ。
 
 ゲズゥは自嘲気味に笑った。
 ――アレはとうの昔に庇護を必要としなくなったというのに、未だに守ってやりたいと思うなど馬鹿げている。
 
 あまりに綺麗な顔が嫌味ったらしく微笑むさまが脳裏に浮かんで、ゲズゥはイライラするようなモヤモヤするような、なんとも言えない心持になった。

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