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20.b.
2013 / 01 / 19 ( Sat )
 自分が組み敷いている巨漢がいつ目覚めても問題ないように、ゲズゥはずっと身構えていた。
 だが、砂利に血だまりが広がるだけで、奴はついに起き上がらなかった。

「……にじゅうろく! 勝者決定――」

 その後にエンが何かを言ったとしても、それは誰の耳にも届かなかっただろう。
 闘技場全体が熱気を帯び、ブーイングと歓声が嵐のように降ってきた。どっちの声がより多いのかは、正直わからない。

 ゲズゥはとりあえず馬乗りの姿勢を解いて地面に座した。視線を落とせば、腹からの出血が増えていた。動いたのだから当然だ。シャツの袖を破いて、斧が深く刺さっている患部回りを押さえるように巻いた。
 そこへ、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるエンがやってきた。その顔は一瞬で険しくなった。

「傷、なかなかヤバそうだな。医療に詳しい奴呼んでやろうか? 来客の中にも何人か居るだろうし」
 エンは自分の背後のスタンドの方を親指で指した。
「いや、いい」
 慣れない足取りで手すりを飛び越える小さな人影を目の端で捉え、ゲズゥは頭を振った。「それには及ばない」
「そうか? 何か当てがあるんか」

 そんなようなものだ、とゲズゥは心の中で答えた。人影が何とか無事に着地し、こちらへ向かって走って来るのが見えた。
 ――そうだ、ミスリアの身分が聖女であることをこの男に明かすべきか、まだ隠して置くべきか……。

 ゲズゥは無意識に頭を押さえた。どうにも考えがまとまらない。出血が多すぎたのだ、まるで脳味噌が溶けているみたいな感覚だ。実際に頭を殴られたわけだが、多分、倒れた時にもう一度打っている。

「おい、ホントに大丈夫か?」
「……お前は自分たちの頭領の心配はしないのか」
「別にこんくらいじゃあ死なねーだろ。知ってたか? 頭はもう十年以上負け知らずだったんだよ。お前やっぱスゲーな」
 けろっと答え、また、エンはどうしようもなく嬉しそうな表情に戻りかけている。子供っぽい無邪気な笑顔の裏に、個人的な恨みのようなものが見え隠れした。

「ネックレスか。開始時に身に着けていたものなら何でも武器にしていい、ってルールにぴったりな決着だったな」
 エンは頭を少し傾け、頭領の目に刺さっている小物に視線をやった。十字に似た形の銀細工のペンダントと、それについている細いチェーンを。

 その時、何か返事をしようと口を開いたゲズゥの顔に、温かいものが衝突してきた。次いで視界の右半分が緑色になり、残った視界の中で、エンが目を丸くしたのが見えた。
 何が起きたのかわからずに、呆気に取られた。

「よ、かった……!」
 息も切れ切れに、少女の声と熱い吐息が頭に降りかかった。
 驚きで忘れかけていた痛みが戻ると、ゲズゥは自分がミスリアに抱き着かれたのだと理解した。

「ひっく……死んだ、かと……思っ……」
 加えて、しゃくり上げるような声が聴こえる気がする。
「…………確かに、俺も死んだとは思ったが」
 どこか気の抜けた言葉が、口をついて転げ出た。

 そこでミスリアは手を放し、半歩下がった。ゲズゥは新たな驚きを覚えることになった。
 少女のくしゃくしゃに歪んだ顔に幾筋もの涙の跡があった。多分、鼻水の跡も。
 しかし不思議とそれは醜く感じられず、むしろ美しい――? というより、嬉しい? ような、奇妙な感想が沸いた。

 そういえば以前、攫われた聖人を助けに行った時も、ミスリアは無事に再会できたあの男に泣いて抱き着いていたが、まさかそれが自分にも向けられる日が来るとは思わなかった。
 そうだ、誰かが心配して涙してくれることが、嬉しい。
 何年も前に置き忘れていた感情の欠片を、ふいに取り戻した気がした。

「……助かった。礼を言う」
 この少女には既に幾度となく救われているため、どこか今更な気もしたが、ゲズゥは感謝の言葉を述べた。

 ミスリアは頷いてゲズゥの肩にそっと片手を置いた。温かい、と思った次の瞬間、体中を駆け巡る感覚に気付いた。
 誰にもわからないように聖気を流し込まれている。晴天であるのも好都合で、太陽光に紛れてミスリアの発する金色の光は目立たなかった。
 ついでに、ゲズゥは腹に刺さったままの異物を慎重に抜いた。

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13:06:03 | 小説 | コメント(0) | page top↑
20.a.
2013 / 01 / 15 ( Tue )
 まだ三人だった頃の旅の道中、時たま休憩がてらに、ミスリア・ノイラートは友人であるカイルサィート・デューセの話を聞いた。
 その多くは教団の他の同期の近況など他愛も無い話だったが、聖人・聖女者同士、専門的な会話を交わすこともあった。大抵そんな時はミスリアの護衛であるゲズゥ・スディルはいつも不参加か、席を外している。
 
「――と、このように、教団に教わった聖気の扱い方を応用すればこんな事もできると思う。理論上はね」
 二人はそこら辺に転がっていた丸太に腰掛けている。カイルが白い紙を一枚、ミスリアに手渡した。いつもカイルは紙に図式を書くなどして、こと細かく説明してくれた。
 木々の間から差し込む陽の光が照らす紙には、彼が組み上げた三つの応用方法が描かれていた。
 
「確かにできると思います」
 ミスリアは図式を凝視しながら、心底感心していた。学んだ術を元に新しい力の使い方を生み出すなんて、誰にでもできることではない。
「教団の人間も、これくらい考え付いたことはあるはずだけどね」
「そうなんですか? ではどうして、修行で教えてくれないんでしょうか」
 意外に思って、ミスリアは問い質した。
 
「あまり実用的じゃないからだよ。例えば無機物に聖気を纏わせるには、身体に直接触れている物でなければならないって教えられたでしょ? 理論上は離れた物でも可能だけれど、それを実現できる人間は数少ない」
 カイルが三つ目の応用方法を例に挙げて、即答する。
 
(でもこの前、村の跡地で……)
 以前、魔物に捕らわれたゲズゥを助ける為に、ミスリアは遠くから剣に聖気を纏わせたことがあった。いつもより精神への負担は重く、成功するまでに密かに二、三度はやり直した。でも、確かに実現できた。
 
「君は高い集中力とイメージ力と、生まれ持った素質を兼ね備えてるから、どれも実現できるよ。あまり勧められないけどね。高度な術は反動も大きい……意識を保てなくなるほど憔悴したら、覚めない眠りにつくかもしれない」
 神妙な面持ちでカイルがそう続けたので、ミスリアも頷きを返した。
 
「難しい術は使わずに済むのが一番です。きっと、この応用方法も理論だけに終わります、よね?」
「さあ……。君らの旅はまだこれからだから、どこか思わぬ所で役に立つかもね。余程の事態になればだけど」
 カイルはいつもの爽やかな笑顔で、そう言った。
 
_______
 
 目が覚めた瞬間、全身のあらゆる痛みが洪水のように脳を満たした。
 動かなければならないのに、また意識を手放しそうになる。ゲズゥは反射的に目を瞑った。浸っている場合では無いが、「聖気」の余韻がまだ残っている。
 おかげで、斧を生やしたままの腹はともかく、破裂した内臓がいくらか修復されていた。
 
「にじゅうにー」
 エンの数える声がまだ続いている。敗北が決定するまで、残り四秒。
 
 問題は、半端に起きようとしたら頭領に気付かれることだ。
 今目を開いた一瞬で見た限り、奴の視線はこちらに向いていなかった。一気に起き上がれば、不意打ちできる。
 何か使える武器が手近にあれば、と考えを巡らせる。
 
「にじゅうさーん」
 
 流石に斧を抜くのは気が引けた。乱暴に引き抜けば傷口が開くし、かといって長く放置しても悪化するだろう。
 速やかに勝負を決めて、一刻も早くちゃんとした手当をしなければならない。
 
 ふと、思い出した。
 
 ――もしお邪魔でなければ、これを身に着けて行ってください。
 
 そういえば今朝、ミスリアに渡された物があった。
 闘いの途中で無くなっていなければまだあるはずだ。ゲズゥは首辺りをまさぐった。それは、期待通りにまだ首回りにあった。
 
「にじゅうよんー」
 もう猶予は無い。
 
 目を見開き、飛び上がり、握り締めた拳を振り上げる――と、滑らかな行動の連鎖を紡いだ。
 
 客席を向いていた頭領が気配に気付き、目を丸くして振り向いた。
 その左目に、ゲズゥは拳の中の物を刺した。ずぷ、と濡れた音がした。
 
「ぐああああああああああああ!」
 苦痛に叫ぶ頭領を、ゲズゥは飛び掛った勢いで転倒させ、その上にのしかかった。
 奴の目元から手を放し、両手で頭を挟むと、それを持ち上げては地に叩き付けた。
 
 抵抗がなくなるまで――何度も、何度も、何度も。
 やがて会場が静まり返る。
 
 ひゅう、と誰かが口笛を吹いた。
 顔を上げたら、ポケットに片手を突っ込んだ、物凄く楽しそうな顔のエンがいた。
 そうしてカウントが始まった。
 
 ――今までの人生を顧みても、これほど長く感じた二十六秒は他に無い。

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14:49:44 | 小説 | コメント(0) | page top↑
19.f.
2013 / 01 / 12 ( Sat )
**注意喚起**
 ここから勝負の決着までは流血・暴力描写が次々出ますので、苦手な方はご注意ください。



 ゲズゥは大剣を横薙ぎに振るった。勿論止められたが、急な展開とその勢いに捕らえられて、頭領の斧を持つ手がぶれた。チャンスだ。
 続けざまに、回し蹴りを入れる。奴の横腹の、岩のような腹筋に当たった。
 
 皮肉にも考えるのを辞めた途端に閃いたのだ。緩慢なペースに慣れさせて油断を誘う、という方法を。
 存外うまく行った。しかし、おそらくは大したダメージにならないだろう。むしろこっちの脛が痛い。
 ゲズゥは一回転して更に斬りつけた。
 
 首筋を狙ったのだが、頭領は腕を上げて阻んだ。斬られた前腕からぶわっと血飛沫が飛び、おおっ、と観客がどよめく。
 急に奴の顔が近付いてきた。
 飛び退こうとしたが、がっしり肩を掴まれて逃げられない。なんて力だ――
 
 額にとんでもない衝撃があり、反動で後ろへスナップした首が鋭く痛んだ。
 視界が揺らぎ、耳が何かおかしな音を訴えている。思わず立ち止まって頭を抱えたい衝動を抑え、ゲズゥは剣の柄で奴の胸を突いた。呻き声が聴こえたが、これも大したダメージにならなかったはずだ。
 何とか離れねば、そう思って跳んだ瞬間、棒状の物が頭部にぶつかってきた。戦斧の柄だ。
 
 とにかく跳んで後退した。何とか息を整える。
 今までの過程の何処かでやられたのか、生温かいモノが鼻腔から滴っていた。髪もぬるっと湿っている。尋常ならぬ力で殴られたのだから当然だろう。
 拭っている余裕は無い。今にも遠のきそうな意識を奮い立て、ゲズゥはまた攻撃に出た。
 あろうことか、頭領もその時、前に出た。
 
 ――まずい。
 瞬くような焦燥が過ぎった。間合いが外れるからではない。
 奴の手に、短い方の斧が握られていた。いつの間にか長い戦斧を捨てたのだ。確か、こっちは鋭利だ。
 
 ゲズゥは振り上げかけていた腕を引き、ちょうど大剣の鍔(つば)近くの鋸歯(きょし)で、斧を受け流した。じゃりりりり、と嫌な音がした。次の瞬間、剣を振り下ろした。
 頭領が仰け反ったためいくらか勢いはそがれるも、顎に向けて奴の頬の肉がぱかっと開いた。
 大したこと無いように引きつった笑みを浮かべ、頭領は斧を振るった。咄嗟にゲズゥは下がった。
 
 それにしてもこの男は、一体どうすれば怯むのだろうか。
 痛みを意識から切り離す能力に関してはゲズゥも優れているが、目の前の男のそれは異常とすら呼べる。
 既にゲズゥは肩で息をしていた。だが立ち止まっていられない。
 
 反射神経に頼って、次々と繰り出される斧の攻撃をかわし続けた。
 奴が特に大振りした時を見極め、ゲズゥは剣を放して宙を跳んだ。敵の背後に着地すれば狙い打ちされる可能性が高いが、今なら――。
 案の定、巨漢はすぐには体の向きを変えられない。その隙に、ゲズゥは頭領の岩のような肉体を掴んで投げ飛ばした。
 
 抵抗されたのと重量がありすぎたのが原因で、奴はそれほど遠くへ飛ばなかった。三ヤード先でうつ伏せになっている。
 それでも十分、体勢を立て直す時間ができた――と思ったのだが、体に力が入らない。視界が霞んでいる。ゲズゥは膝に手を付いた。
 
 目の焦点が合った僅か数秒の内に彼はそれを見た。うつ伏せていたはずの男が顔を上げ、何か動いているのを。
 見ただけでどうすることもできなかった。
 
 ごっ、みたいな鈍い音と共に腹部に激痛が走った。
 誰かの甲高い悲鳴が耳をついた。
 ますます視界が揺らいだが、何が起きたのかは、見なくてもわかった。
 
 ――あの男、あんな姿勢から投擲したのか。
 こうなっては感嘆するほかない。これほどの人間に出逢うことなど、人生でそうそう無いのではないか。
 
 熱が内に広がるような感覚がして、ああ、これは打ち所が悪い、致命傷だな、と直感的に察知した。
 察知したら、一気に視界が黒く染まった。
 
 黒い海の中を急速に沈んでいるような感覚だった。
 頭上の水面の方からはエンの数える声がするが、みるみる内に遠ざかっていく。試しに泳ごうとしてみたが、そもそも手足を持たない空間なので無意味だった。
 底の方からは……呻き声? 泣き声? のようなものがした。
 
 ゲズゥは海底の方を見やって――四方八方が真っ暗で何も見えないため、そして身体が具現化されていないため、実際に下を向いていたのかは定かではない――相変わらず暗闇しか見えないが、声の正体に気付いた。どうしてそれに気付いたかはこの際どうでもいい、ただ、根拠無く確信が持てた。
 
 海の底に居るのは、自分が今までの人生で害してきた人間達の怨念だ。或いは魂そのもの。
 なんとなく、あの中には生きた人間のものと死んだ人間のものが混同しているのだと思った。
 
 このまま沈み切れば、間違いなく絡め取られる。そうしてきっと、自分は魔物に転じるだろう。
 前にミスリアに聞かされた話が本当ならそうなるわけだが、裏付けなど無くても、何故だかこれも確信できた。
 
 今日までに死にそうな目に遭ったのは数え切れない程にあったが、こんな感覚は初めてだった。
 恐怖は感じないが、処刑される寸前のあの時に比べて、いくらか気になることがあった。例えば、自分の死を悲しんでくれる人間が居るかどうか。
 
 ――アレは、気付きはするだろうが、泣いてはくれないだろう。アズリは……期待しても無駄。エン辺りは悼んでくれるだろうか、それにオルトも。ミスリアは?
 
 ミスリアは――そうだ、あの人の好い娘のことだ、この場でゲズゥが魔物に転じたなら、きっと浄化してくれる。魔物になって味わう苦しみもそれなら長引かずに済む。
 更に運が良ければ、先に亡くなった同胞の元に還れるかもしれない。「神々へと続く道」、だったか? そんなものがあるなら、その真偽を確かめる機会ともいえよう。
 
 母の「長生きしなさい」という言葉を守れないのは残念に思う。従兄との約束とて、結局果たせていない。でももう、実現不能だから諦めるしかない。
 まどろみながら、ゲズゥの意識はどんどん沈んでいく。底から伸びる、恨めしそうな声が大分近くなっている。
 魔物として存在するのはどんな気分だろうか、知能が無くて誰とも通じ合えないというのは――いよいよそんな事を考え始めていた。
 
 刹那、水面の方で何かが光った。
 見間違いかと思って注意したら、今度は力強く、光が海に潜り込んできた。
 
 自分は深く沈んだはずなのに、光は触れられそうなぐらいに、まるで追い付こうとしているように、迫る。
 淡い金色の、温かい帯。母の無償の愛のような、大らかに包み込むような温もりがあった。
 
 ――知っている。
 普通の光などにこんな性質は伴わない。何故、どうやって、どうすれば、と疑問が一斉に沸いたが、捨て置いた。
 
 それ以上考える必要は無かった。
 ゲズゥは光の帯に縋るように、意識を集中させた。

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12:13:50 | 小説 | コメント(0) | page top↑
19.e.
2013 / 01 / 10 ( Thu )
 およそ人間とは思えないスピードで、ゲズゥがあの人に斬りかかっている。
 応酬が速すぎて肉眼で捉えるのがもう無理だった。観衆のほとんどは何が起こっているのかわからないながらもひたすら拳を振り上げて叫んでいる。
 
(そうこなくちゃね)
 今日のヴィーナキラトラは見渡しが良くて高いスタンド席よりも、より緊張感の伝わる最前列の席を選んでいた。
 目下には、腕を組んで戦闘を見守っている、長身の男の背中があった。
 
「ねえ、イトゥ=エンキ」
 ヴィーナは手すりに両肘を乗せ、重ね合わせた手の上に顎を乗せた。客が会場に飛び出さないよう、そして選手が吹き飛ばされても簡単には観客に当たらないように立てられた壁と手すりだ。
 
「何でしょう姐さん」
 彼は振り向かずに返事した。
「アンタは、どっちが勝つと思う?」
「難問ですね」
 
「私には、ゲズゥが慎重になりすぎてるように見えるわ。少なくともさっきまでは」
「あー、だってアイツ鎧とか着けてないし。慎重にもなりますよって。下手したら一撃入喰らっただけで終わりますから」
「それはそうね」
 イトゥ=エンキの言葉で腑に落ちた。昔からゲズゥは、動きが鈍る、という理由で絶対に防具の類を着けたがらなかった。
 
「今は頭の方が押されてます。時々受け切れなくて掠ってるけど、胴体をチェインメイルで覆ってるんでまだ斬られてはいませんね」
 鉄同士がぶつかり合う音が頻繁に聴こえる。イトゥ=エンキにはあの応酬が視認できているということになる。
「やっぱ頭の方が何枚か上手に見えるなー。もうゲズゥは岩と戦ってる気分になってんじゃないかな。オレにはその気持ちがよーくわかるぜ。年季が違うんだよ。そりゃー底力だけなら大差ないだろうけど」
 イトゥ=エンキが独り言のように漏らした。
 
「こういう、戦況を操りにくい一対一の決闘でなければアイツももっと抗えたかなー」
「でもこういう公の場で、公平そうな勝負でなければあの人は条件を呑まなかったわ。アンタの目論見はどっちかといえば成功した方だと思うわよ?」
 ヴィーナがそう指摘すると、イトゥ=エンキは首を少し仰け反らせた。
「そう思います?」
 紫水晶色の瞳がどんな感情を隠しているのか、正直読めない。
 
(食えない男……カマかけても簡単には乗らないのね)
 やがてヴィーナはにっこり笑って話題を変えた。
 
「勝ったらきっとあの人はゲズゥを遠くへ売り飛ばすか、殺すわ。近くに置こうとは思わないはずよ」
「でしょうね」
 再び会場を見つめるイトゥ=エンキは、抑揚のない声で答えた。頑として己の考えをあらわにしない男だ。手強い。
 しばし思案してから、右隣に座る少女に向かって、ヴィーナは問いかけた。
 
「そういうわけだからちゃんとお別れした? ミスリアちゃん」
 今日のミスリアは薄緑色の単調なワンピースに身を包み、栗色のウェーブがかった髪を下ろしている。化粧も一切していない。この格好に特別に可愛らしいポイントがあるとすれば、肩の袖口の部分にフリルが付いているぐらいだ。
 今朝ヴィーナがどんなにおめかしを勧めても一向に乗ってくれなかったのが、少しつまらない。
 
 ミスリアはこちらを見上げはしたが、何も言わない。むしろ戦闘が開始してから今までにも、彼女は一言も発していない。
 昨夜のような笑顔の仮面を被るのかと思っていたが、その予想は外れた。
 
(きっと、心配で胸が押し潰れそうになっているのね)
 と、勝手にヴィーナは想像している。何せミスリアは、ずっと唇を真一文字に引き結んで真剣な目で観戦していたのだから、そうに違いない。
(かわいいわ)
 茶色の大きな瞳が、ただ無言でじっとこちらを見上げてくるのが段々可笑しくなってきた。
 
「そういう反応ってゲズゥっぽいわね。一緒に居すぎてうつったんじゃない?」
 無言で見つめ返してくる辺りがそっくりである。
「……はい?」
 ようやく桃色の小さな唇が開いたかと思えば、疑問符だった。
 
「なんでもないわ。ねえ、不安でしょう。何もできない自分が悔しい?」
 ふと気が付けば、そんな言葉を囁いていた。
「それ、は…………」
 消え入りそうな声が返ってきた。
 
「私は、受け入れることにしているわ。この世の中には自分にどうにか変えられる状況と、そうでない状況がある。自分が本当に無力な時は、受け入れるのよ。でもそんな状態はいつまでも続かないし、自分に変えられなくても他に変えられる人間が居るかもしれない。見極めればいいの」
 ――己の動くべき時と、取るべき行動を。
 
「……強いんですね。そういう考え方ができるなんて」
 ミスリアは感心したように、少しだけ笑った。
「ありがとう。ミスリアちゃんが何を抱えているのか知らないけど、頑張ってね。私、頑張る女の子は凄く好きなのよ――」
 これは本心からだった。ヴィーナが己の信念を誰かに語るなど滅多に無いことだが、今はそんな気分だった。
 
 ――ギィイイイン!
 一際大きな音が響いて、二人の会話は中断された。視線を前へ戻すと、ちょうど、一合打ち合った直後の二人は距離を離していた。すぐにまた、打ち合いは再開した。
 
 武器がかち合う間隔は次第と長くなり、二人の動きがまた目に見えるスピードに落ちていた。
 ふいに、ゲズゥが剣を逆手に持ち替え――
 
(何か仕掛ける気ね)
 ――再び、目に留まらないスピードで彼は動いた。

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15:13:38 | 小説 | コメント(0) | page top↑
19.d.
2013 / 01 / 09 ( Wed )
 開始の合図が過ぎても数瞬の間、何の動きもなかった。ゲズゥは剣の柄を掴むだけで、自分からは仕掛けなかった。
 頭領の真っ黒の両目を見ればわかる。表面では野獣に見えても、知能を内包した人間だ。
 
「かしらぁああ! 行けー! そんな奴ぶっ潰せー!」
「フルボッコ! フルボッコ!」
「おい若造、おれはお前に賭けてんだよ、一泡吹かせてやれ!」
 観客は思い思いに声援をあげている。その間、ゲズゥは視線を逸らさなかった。
 
 奴は大きな口を広げ、黄ばんだ歯が剥き出しになるほどに笑い――次の瞬間にはこちらに向かって突進していた。エンの言った通り、予想を超えるスピードで。
 対するゲズゥは右から緩やかな弧を描くように走り出した。回り込めれば儲けものだが、そう簡単には行かない。
 巨体を楽々と駆使して頭領は体の向きを調整し、長い戦斧を薙いだ。
 
 ゲズゥは横に跳んでその一撃をかわした。
 今度は正面からの強力な一突き。これを、ゲズゥは剣で横へ払った。
 奴の右脇が空く――。
 
 蹴りを入れようと一瞬脳裏を過ぎったが、それは叶わなかった。頭領は斧を構えたまま素早く両肘を引き、脇をしめたのである。かと思えば足を踏み出し、また斧を横に薙いだ。
 受けずにゲズゥは後退した。あの攻撃を何度も受けていてはこっちの腕がもたない。必要でなければ避けるべきだ。
 誰かの、逃げてばっかりじゃつまんないぞー、みたいな声が聴こえたかもしれないが、どうでもいい。
 
 やはり奴は己の弱点を熟知している。隙を狙って打ち込むことは困難。
 もう一つだけ試したいことがあるので、ゲズゥは攻めに入った。
 こちらの速さにさほど押されずに、頭領は最小限の動きを使って一撃ずつ受け止めた。余裕を持っているからか、無駄が無い。ゆえに速さではゲズゥに多少劣っていても対応し切れている。
 
 ゲズゥは攻撃を止め、一歩引いた。これは誘いだ。
 
「そういえばてめぇ、ヴィーナに手ェ出したらしいじゃねーか」
 笑顔のままだが声色から怒りが滲み出ていた。
 誘われているとわかっているのかいないのか、頭領はこちらが待ち望んだ正面の一突きを再び繰り出した。
 奴の右腕が真っ直ぐ伸び切るより早く、ゲズゥは宙を跳んでいた。
 
 剣を振り上げた。左肩めがけて振り下ろす。
 が、またしてもそれは叶わなかった。上体を捻り、頭領は斧を斜め左上へ振り上げて大剣を打った。その威力に巻き込まれ、ゲズゥも飛ばされる。
 両足で着地はできたものの、勢いが余っている。ゲズゥは剣を地に立てて体勢を保った。ギリリ、と鉄が砂利を掻く音が響く。
 
 誘いを誘いで返された。
 観客が嬉しそうに騒いでいる。
 
「人様の女に、いい度胸だなぁ」
 歓声のためか、この会話はゲズゥにしか聴こえていないらしい。会話と言っても自分は答えないので一方通行ではあるが。
 
 ――誰に聞いた?
 ついでに思考を巡らせてみる。知っているのは当事者のアズリと、偶然居合わせて状況を察したエン。ミスリアはそこまで考えが及ばなかっただろう。後の二人が頭領に話すことは考えにくいので、おそらく、教えたのはアズリ本人。
 昔から、事態をかき乱してややこしくするのが好きな女だった。思い出して、ゲズゥは納得した。
 
 そんなことより。
 この男に隙が全く無いと確認できた以上、早くも次の手を考えねばなるまい。いっそ怒りで我を忘れてくれればいいのに、敵はそんなに容易ではなかった。
 
 ――走り回ったりして持久戦に持ち込み、疲れさせて隙を作る?
 戦闘種族なら普通より持久力はあるだろうけど、こちらの血の濃さが本当に上ならば試す価値のある作戦――とはいえ血筋など、そんな不明瞭なものに頼るのは得策ではない。最悪、自分が疲れるだけだ。
 ――第三者を利用する?
 これも頼れない手段。唯一手を貸してくれそうなエンは、審判として会場の端に陣取っていて動かない。そもそもこうも大勢の目に晒されていては誰の手を借りることも難しい。
 
 ――左目を使うか?
 普段なら絶対に使わない手を思い、すぐに断念した。
 リスクばかり高くて、事態が好転する可能性が低い。
 
 こちらが距離を取り、考えあぐねている間にも頭領は自信満々に近づいてくる。
 考えても答が出ないならば、仕方ない。
 
 すうっ、と静かに息を吐いた。
 ゲズゥは全身の筋肉に意識を集中し、強張らせるのとリラックスさせるのとの中間程度に、緊張感を満たした。大剣の刃が上を向くように両手で構え、踏み込む。
 
 そうして己の直感と闘争本能と反射神経に、総て身を委ねた。

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19.c.
2013 / 01 / 07 ( Mon )
 ふいに温かい柔らかさに包まれた。
 どうやら後ろから抱きつかれたらしい。
 
「じゃあね」
 数秒後には甘い残り香だけを残して、温もりは離れていた。
「ああ」
 これが今生の別れになるかもしれないが、特に悲しいとも寂しいとも思わなかった。
 
 ゲズゥは父親の形見である湾曲した大剣を左脇に抱えなおして歩き出した。革の鞘を部分的に嵌めている。その内に父が使っていたような、全体を覆う鞘を用意した方がいいだろう。
 
 通路を抜けた途端、目を背けた。そうしなければならないほどに外は明るんでいる。予想通りに空は晴れていた。
 円状の観覧席は、人でひしめき合っている。山の上によくもこれだけ大きな建物を建てられたものだ、とも思うが、それよりもこれだけの人が一体どこから現れたのが謎だった。おそらくは山賊団の団員以外の知り合いも数時間の間に呼ばれたのだろう。

 ――どいつもこいつも暇なのか? 
 そう考えかけて、闘技場の中心にこちらに手招きするエンの姿を認めた。
 
「よっ。こっちこっち」
 エンは麻ズボンと白いシャツの上に、上等そうな青みがかった黒のベストを着ていた。飄々と笑いつつ普段より僅かに気が引き締まったような姿勢を見せ、黒髪を頭の後ろでくくっている。腰回りに太い鎖がかかっているのは先刻と同じである。
「揃ったことだし、始めようぜ」
 
 彼がそう言った途端、雄叫びのようなものが闘技場に響き渡った。
 その音の波に打たれた観衆は直ちに静まり返り、至近距離でそれを聴いたゲズゥは無意識に半歩さがった。更に至近距離で聴いたであろうエンは、目を細めるだけで笑みを崩さない。
 エンの背後に仁王立ちで構えていた大男が、閉じた口の端を吊り上げた。
 
「楽しみに待っていたぞ、ゲズゥ・スディル」
 がはは、と大笑いしながら頭領は前へ出た。
 改めて見上げると随分と独特な顔立ちだ。大きな鼻と耳と口に、主張の強い眉骨。世間がこういう顔をどう評するかはよくわからないが、肉食獣を連想させる、野性的で強そうな雰囲気を醸し出しているのは確かだった。
 
「そんじゃあルール説明しますよー」
 都合よく訪れた静寂に乗じて、エンが両手を広げて喋り出した。
「時間は無制限、使用可能な武器は開始時に身に付けてたモノのみ。勿論、身に付けているモノなら靴でも服でもアクセサリーでも何でも使ってよし。ここまではいつもと同じな」
 一拍置いて、彼はまた大きく息を吸って話を続けた。段々と口調が砕けてきている。
 
「ただし、勝敗の決まり方。いつもだと敗北の条件は勝者または観衆に任せてるわけで、気絶でも口での『参った』でも相手を殺してもいいけど、今日は事情が絡んでっからオレが審判だ。よって、気絶して二十六秒以内に起き上がらなかった方を負けとする!」

「二十六? どうせなら三十でいいだろ?」
 観覧席の誰かが不思議そうに問う。
「何でそんな半端な数字かってーとオレの歳の数だからだ。そんだけ」
 エンがあっけらかんと返事をすると、会場中に笑いが広がった。
 
「両者から何か質問は?」
「ねぇよ。さっさとやり合わせろ、イトゥ=エンキ」
「無い」
 
 満足そうに顎を引いてから、エンは後ろへ数歩下がった。壁まで下がったところで、左右へそれぞれ人差し指を指した。
 
「先ずは、十ヤード以上離れてもらう」
 ゲズゥは言われた通りにした。頭領もズシズシと砂利を踏みしめながら離れていく。
「さてココに木の実がある。皆おなじみの緑色の酸っぱい奴」
 エンは指の間に、拳よりも小さい緑の球体を持っていた。
「オレがこれを上へ投げる。木の実が地面に落ちたら、開始だ」
 
 わかりやすい合図だ。音が小さいのが難点だが、会場には当然のように静寂が落ちたので問題ない。
 ゲズゥは大剣を包む革の鞘の留め金を外し、鞘のパーツを遠くへ投げた。
 
 どんな武器も身に付くとはよく言ったもので、それは裏を返せば一つの武器を集中的に極めていないとも言う。旅の途中で手に入ったこの大剣は使い慣れただけで極めてなどいない。
 ゲズゥは素手での肉弾戦が最も得意だったが、今日の相手に、素手では分が悪すぎた。
 勝算があるとすれば、あの巨漢から戦斧を離すしかない。

「用意はいいかー」
 エンは肘を曲げた腕を下ろしては上へ上げた。
 鮮やかな緑色の木の実が宙に放たれる。

 ゲズゥは己の敵手へと視線を降り戻した。
 頭領の放つ殺気に当てられないように、心を鎮める。これが森の中で遭遇した野獣なら、選択肢はたった二つ――完全に静止してやり過ごすか、一目散に逃げるか。決して戦おうなどとは考えない。
 しかしここは森の中ではなく、相手も野獣ではなく人間だ。

 ――ボトッ。
 待っていた音が、右横からハッキリと聴こえた。

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23:49:58 | 小説 | コメント(0) | page top↑
19.b.
2013 / 01 / 02 ( Wed )
「それより、頭のコレな」
 エンは手の中の戦斧を指差した。
 何か有力な情報を得られる予感がして、ゲズゥは顔を上げた。紫色の瞳と目が合った。
 
「コレは昔使ってた奴。最近のとはちょっと違うぜ。今は腰に提げてる短い斧と、背負ってる長い斧があって……長い戦斧の方は、どっちかっつーと鈍器に近い。昔は鋭利なのを使ってて短い方は投げる専門だから今もそうだけど。長いのはあんまり斬れない方が相手をもっとよくいたぶれるからってさ」
 そう言ったエンの顔にはハッキリとした嫌悪の感情が浮かんでいた。
 
「だから攻撃喰らったら骨が砕けて、内出血が無ければ、苦しみは長引く。しかも斧の部分は、昔のコレよりずっと重い」
 逆に言えば打ち所が悪ければ間違いなく死に向かうということだ。内出血は厄介すぎる。砕かれた骨が急所に刺さっても厄介。
 
「……頭領の戦闘種族としての特性は、腕力に長けているように見えた」
「そんなんあるのか? まあ力は間違いないけど、頭はああ見えて脚力も人並み以上だぜ。でも大技ん時は右脇ががら空きだ。本人も熟知してる弱点だから簡単には突けないけどな」
 手本のつもりか、エンは戦斧を大きく振った。
 長い間あの頭領を注意深く見ていたからだろう。昨夜数分だけ戦ったゲズゥにもわかるぐらいに、型の再現率が高い。が、再現しているのは型だけで、速度や威力は比べ物にならない。
 
 ――身の丈に合った武器を選べ。誰かを真似ては無意味だ。
 また、懐かしい声がした。
 本来エンがひいきにしている武器が斧ではないから、なんとなしに振るっても頭領に敵わないのは当然だ。
 よく見れば、最初丸腰だと思ったが、実はベルトか装飾品のように巻いている鎖が本来の奴の愛用する武器なのかもしれない。
 
「ちなみにお前の特性は?」
 エンはまた斧を一度大きく振って、起き上がろうとしている魔物を斬った。
「俺の先祖の系統は優れた筋力と、主に瞬発力が特徴だ」
 自分でも驚くほど、躊躇無く答えた。今まで誰と話していても決して舌に乗せなかった情報だ。この男に対して、妙な仲間意識でも芽生えているのだろうか?
 危機感は無かった。ただの勘だが、この男は自称していた通りに信用に値する人間に思えた。
 
「ゼロから全力、静から動に移るのが速いってとこか。加えて、細マッチョ体格にしてはバカ重い剣を振り回せる力……天性の才能ってスゲーな」
「…………」
 否定しなかった。この身体能力が祖先から受け継いだ数少ない重要な財産であるのは確かだ。
 これだけを土台に、強くならなければ生きていけなかった。どうせならもっと別の何かを残してくれれば良かったのに、と考えても仕方が無いことだった。
 
 ゲズゥは今度は自分から質問した。
 
「お前が常に感情を押し殺しているのは、『紋様の一族』のもう一つの特性が原因か」
 紫色の双眸が一瞬、大きく見開かれる。
「それも知ってたのか。その通りだよ。まあその内見せてやるから、楽しみにしとけ」
 淀みない答えが返ってきた。
 
「じきに夜が明ける。行こうぜ」
 エンの提案に、ゲズゥは素直に頷いた。
 これから死闘が待ち受けているというのに、心の内にさざなみ一つ立たなかった。ただ、自分だけでなくミスリアの命までかかっている点だけが気がかりであった。
 
_______
 
「後悔、してない?」
 柔らかい微笑をたたえた絶世の美女が、いきなりわけのわからない質問を投げかけてきた。
 ゲズゥは振り返る姿勢のまま、無言で続きを待った。
 
 ここは闘技場の中心へ続く通路。あと二歩進めば屋外に出る。今まさに夜明けを迎えようとしている外では、鳥たちがしきりに鳴きあっていた。
 アズリは今日は髪を頭の後ろに複雑に結い上げている。泡沫を思わせる淡い色のビーズや羽などが編み込まれ、色合いは首飾りや耳飾と揃えられている。当然、地面に引きずるほど長いガウンを彩る宝石とも合う。
 腹の足しになどなりやしないのに、女はよくも外見にここまで手を込められるものだ。――いや、この女の場合はそれを武器に男に取り入るのだから、ある意味腹の足しになっているとも言えるか。
 
 初めて出会った頃のアズリは今より遥かに化粧っ気がなく、飾らない服装に肩に届かない長さのストレートヘアといった、地味な外見をしていた。それでもその存在感や造形の美しさは、初めて見る者を絶句させるほどだった。
 後に知ったことだが、それは当時の男の好みに合わせていたのだと言う。
 我の強い彼女が性格や生活習慣まで調整することは無くても、なるべく外見を男の好みに合わせるのがポリシーだと言うのだから、今の派手な格好も頭領に合わせているのだろう。
 
「あの時私を望まなければ、アナタがあそこを追い出されることも無かったわ」
 ようやくアズリが話を続けた。組んだ両腕の中で、輝かしい腕輪が幾つも重ねらた細い手首の内側を見つめている。そこに施された青い花の刺青は、かつて共に属していた集団の象徴だ。
「さあな」
 ゲズゥはそう答えた直後に、ある日を回想した。
 
 ――アナタとは一緒に行けないの。悪く思わないでね。
 ――結局こうなるのか。
 ――わかっていたことでしょう? アナタの為にこのポジションを捨てることはできないわ。まぁ、殺されなかっただけよかったじゃない? 寛大な処置を有難く思って、一人で頑張って生きることね――
 
 無邪気な、まったく悪びれない笑顔。
 自分が何かくだらない衝動に憑かれていたに過ぎないと、真に発覚したのはその時かもしれなかった。しかしもともと他人に執着しない性格ゆえに、醒めた後はあっさり忘れるのも簡単だった。
 
 現在のアズリが口元に手を当てて、困った顔で首を傾げた。滅多に見ない表情だ。
 
「私は楽しかったからいいけれど。せっかく仲間に迎えた十五歳の少年を独り苛酷な世に戻したの、これでも後悔したのよ?」
 と、口では言っているが、本心がどうか知れない。ゲズゥはこの際相手にしないことに決めた。
「気にするな。見ての通り、生き延びている」
 振り返っていた肩を戻して一歩前へ踏み出した。

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10:33:11 | 小説 | コメント(0) | page top↑
19.a.
2012 / 12 / 31 ( Mon )
 両の手のひらの上に乗った重みを確かめるように、棒状のそれを僅かに上へ投げては受け止めた。見た目以上に、ずっしりと重い。握り締め直し、構えた。
 木製の柄の先に斧を取り付けただけの簡素な戦斧だ。柄の部分は長いが、己の全身の身長にはまるで及ばない。とりあえずは軽く、何度か振り回してみた。普段あまり使わない筋肉が軋みを上げる。
 
 ――武器とは――
 過去に受け取った言葉が頭の中に浮かんだ。勿論一句漏らさずに聞き取ったものではなく、記憶に残った解釈ではあるが。
 ――使いこなせなければ、かえって害になり得る。先ずは慣れろ。体の延長、果ては体の一部のように認識するんだ。
 微かな懐かしさがこみ上げる。あの男から学んだことは多い。
 
「へぇ、様になってるじゃん」
 現実に、掠れているとも言えるような声がした途端、ゲズゥ・スディルは戦斧を振り回す手を休めた。奴はまたしても余程警戒していなければ気付けないほど、巧みに気配を消していた。
「まさかソレ使う気か? 頭に対抗して」
「……原理を確かめている」
 
「あー、そっちか。真面目っつーか勤勉でカッコいいな。どんな武器も身に付くのって才能だぜ。戦闘種族だからか?」
 声の主――ボサボサの黒髪に左頬の複雑な模様が印象的な男が、口元に薄い笑みを乗せて拍手した。布を巻かれた大きな板のような荷物を背負っている。
 ゲズゥは男から顔を背け、戦斧へと注意を戻した。
 
 夜明け前の山上は、薄明るくて少し肌寒い。
 本来なら山賊の朝は遅いのだろう――他に誰かが起きている気配は無い。
 この食堂スペースから見える空は灰色だったが、これから晴れそうな気がする。決闘を行う闘技場に天井は無いのだから都合がいい。
 
「これ、返すぜ」
 模様の男は背の大荷物を降ろした。見渡す限りの山々に現れた幾つかの影を見据えている。
 ゲズゥも風に乗った嫌な臭いと、聴き慣れた鳥の鳴き声に混じった不自然な鳴き声にすぐに気付いたが、対応に急がなかった。
 
「どうせ陽に当たれば霧散すんだから、わざわざ構ってやんなくてもいいかな」
 のんびりとした提言があった。
「準備運動代わり」
 男から大荷物を受け取ったゲズゥは、逆に戦斧を渡した。見たところ、模様の男は丸腰だ。男は戦斧を受け取ると、思案するようにその柄をトントンと肩に当てた。
 
「やっぱ真面目だな。じゃーオレも付き合うとするか」
 二人はそれぞれの武器を構えた。ゲズゥは模様の男と自然に背中を合わせた。
 見渡す限りの山と空に、冗談みたいな外観の化け物が複数邪魔をしている。豚と蛇と魚をごちゃ混ぜにして羽根を生やしたようなものだ。
 
 先に、模様の男が動いた。素手で戦っていた時よりもややスピードの劣る動きで、襲い来る魔物を払う。
 ゲズゥも一拍後に続いた。布を巻かれたままで大剣を振るうも、それ自体は大した妨げにならなかった。ほとんどが単独に真っ直ぐ向かってくるだけの雑魚に過ぎない。ゲズゥはあくまで準備運動と称すにふさわしい軽やかな動きで、呼吸に合わせて剣を薙ぎ払った。
 そうして数分としない内に、二人で敵を残らず討ち取った。軽く走った時と同じように息が上がり、全身の筋肉に心地よく血が巡る。
 
「模様の男」
 霧散するまでに再生しないように蠢く化け物を一匹踏みつけながら、背後に呼びかけた。すると目の端に奴が大袈裟に肩を落としたのが映った。
「その呼び方はねーよ。イトゥ=エンキが覚えにくいってんなら、特別にエンって呼んでもいいぜ」
 呆れた声が返ってきた。
 
 少しの間考えてから、ならばとゲズゥは再び口火を切った。
 
「エン――」
「やだよ」
「…………」
「引き受けらんねーな。悪いがオレは自分のことで精一杯なんだ、岸壁の教会まで一緒に行けてもそっから先は嬢ちゃんの面倒は見れねーよ。あの子を守るのはお前の役目だろ」
 
 まだ何一つ言っていないのに、模様の男――エンは、こちらの考えを総て見通していた。
 しかし岸壁の教会とやらまで辿り着けさえすれば、後は教会の援助でミスリアは旅を続けられるはずだ、とふと思った。
 
「守るのが役目、か」
「ん? 違ったんか?」
「――――いや」
 違わない、とまでは言わなかった。
 
 確かにミスリアには母の魂を解放してもらった恩があるが、それ以外に自分があの少女の盾になろうとする根底には自己の願いがあるのではないか、と最近疑問に思う。
 故郷もアレも満足に守れなかった自分が、運良く得た第二の人生で誰かを守ろうとしているなど滑稽だ。
 ゲズゥはそれ以上は何も言い出さずに剣の布を解き始めた。奴も言及しない。

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22:08:34 | 小説 | コメント(0) | page top↑
18.j.
2012 / 12 / 19 ( Wed )
 イトゥ=エンキはゲズゥの方に視線を投げた。
 彼は既に壁から離れ、振り上げられた凶器の延長線上を外れている。

「折れた」
 ゲズゥは、イトゥ=エンキに向けて心なしか申し訳無さそうに呟いた。折れた直刀を見せるようにして差し出している。
「あー、気にすんな。別に値打ちもんじゃねーし。お前のでっかい剣は保管スペースに置きっぱなしだからな、そいつで我慢させてこっちこそ悪いな」
「……いや。助かった」
 彼は軽く目礼を返した。

(あら、素直)
 どうやら直刀はイトゥ=エンキが貸したらしい。
 ――どういう思惑があって? 
 他の皆も同じ疑問を抱いているだろう。あの人といえば、嫌そうに顔を歪めている。

「ちっ」
 興をそがれたのか、あの人は力を抜いた。それに応じてイトゥ=エンキが鎖を緩め、戦斧は下ろされた。
 これまで傍観を決め込んでいたヴィーナは立ち上がり、騒ぎの中心へ歩を進めた。まずはあの人の腕にそっと触れて笑いかけ、彼の表情が和らいだ後、ヴィーナは残る二人の方を向いた。

「あなた達いつの間に仲良くなったの?」
「仲良くはなってませんて。すれ違いざまに渡しただけですよ」
 食えない笑顔で、イトゥ=エンキが否定した。
「それより、提案があります」

「おう、儂もおめぇが何考えてんのか聞きてぇなぁ」
 あの人のやんわりとした威嚇にも、イトゥ=エンキはまったく動じなかった。
「はい。ただの試合じゃあつまらないから、条件付けませんか? もしソイツが頭に勝てば、二人を無傷で送り出すってことで。聞けば、西へ進みたいんだそうです。ついでにそこの坊(ボン)の命もオマケにつけるってどうですか」
 彼は床に転がる貴族の五男坊を指差した。元はといえばゲズゥはその男を助けようとしていたはずである。

「いいんじゃない、賭けるモノがあった方が断然面白いわ」
 ヴィーナはすかさず賛成した。
 戦闘種族同士が本格的に決着をつけるというのなら、それだけで退屈しないだろう。ただ、ゲズゥは淡々とした性格のまま、戦闘に於いてもどんなに劣勢になっても一貫して冷静である。ヴィーナとしては彼がもっと必死になっている姿も見てみたい。

「ほう、では負けたら三人とも人生をわしに預けるってことでいいんだなぁ?」
「ん。そこんとこどうよ? ミスリア嬢ちゃん」
 イトゥ=エンキの一声で、全員の注目が後方の小さな女の子に集まった。ヴィーナが着せた衣装のままだ。何度見てもよく似合っていて可愛い。

 急に話を振られたミスリアは三度、瞬いた。まるで三人分の命を背負う覚悟を、一人ずつ決めたように。
 彼女はゲズゥを一瞥し、そして茶色の眼差しをあの人に注いだ。

(断れる訳が無いわよね、他に取引に使える材料が乏しいから)
 彼女にとっては苦渋の選択かもしれないが、選択肢が一つしかないのだから、どうしようもない。可哀相だと思うよりもプレッシャーに潰れて泣き出す様を見てみたい気もするが、そうはならなかった。
 巨漢を見上げたまま、少女のピンク色の唇が花びらのように静かに開いた。

「条件を受けましょう。約束します。お互い決して破りませんよう、この場に居る皆様と、イトゥ=エンキさん、貴方が証人です」
「任せろ」
 左頬に鮮やかな紋様を持つ男がニヤリと笑った。

「決まりだ。明日、夜が明けたら開始だ」
 あの人もいつの間にか楽しそうにしている。観衆も大盛り上がりだ。ヴィーナとて自然に顔が綻んだが――ゲズゥだけが顔をしかめたのが、視界の端に映った。

_______

 冷たく湿った部屋の中でそこだけが暖かそうに見えたのは、あの淡い金色の光の所為に違いない。少女の小さな背中を眺めつつそんなことを思った。
 ゲズゥはミスリアと背中合わせに床に腰を下ろした。宴は再開され、そのため今は此処には誰も居ない。

「きゃ! あ、ゲズゥですか……」
 一度吃驚して震え上がったのが背中越しに伝わる。
 ミスリアは先刻拷問を受けていた男を自分の手で介抱していた。水と少量の食べ物を与えたらすぐに眠ったので、今のうちにバレない程度に聖気を当てているらしい。
「……すみません。貴方ばかり、危険な目に」
 展開されていた聖気が消えたのと同時に、ぽつりと謝罪の言葉が響いた。

「どうせ、成り行きに任せようものなら不定期に拘留されただろう。むしろ願っても無い話だ」
 ゲズゥは肩から振り返った。
 何を思うわけでもなく、少女の柔らかい栗色の髪を一房、指ですくった。――暖かい。するりと、ぬくもりが指の間から逃げる。
 驚きに彩られたミスリアの瞳が見上げてきた。

「――万が一俺が死んだら、模様の男と結託して逃げろ」
 言うかどうか迷っていた言葉を、やはり言うことにした。
 負けたら終わりなのだから自分は負けはしないだろう、と思う。しかし、それはありのままの現実を無視した精神論でしかない。

「そんな悲しいこと言わないでください」
「悲しいも何も、現実に有り得る。対策は必要だ」
 ミスリアが俯いた。
 物分りがいいのだから、こちらの意図は充分に伝わり、何が正しいのかもわかるのだろう。

「貴方が死んで、私だけ生き残るのは、ダメです」
「…………」
 わかったとしても、受け入れないらしい。それはミスリアが後を追って無駄死にしたいという意味ではないだろうが、真っ先にその考えにたどり着いた。
「そんな命の懸け方は……ダメです」
 ミスリアの声は震えていた。

「せめて私も戦えたなら、良かったんですけど……」
「詮無いことを言うな。役割分担と思えばいい」
 ミスリアは、そもそも用心棒のような役割をあてがう為にゲズゥを探り出したはずだ。
「……はい。ですから何としても一緒に、生き延びます。お願い、します」

 ゲズゥは前を向き直った。心のどこかで、この反応を予想していたのかもしれない。それに対して、はっきり何とは言い切れないようなもやもやとした感情が沸き起こる。

「ひとつだけ訊きたい。お前は例えば他の誰とも知れない人間が処刑されるとしても、止めたのか? 自分にとっての利用価値など抜きにして」
「それは――偶然、見ず知らずの人間が処刑される場面に通りかかる場合……ですか?」
「ああ」
「……そんな状況にならないとわかりませんが、何もせずに見過ごしたりは……しないと思います」

 澄んだ声が、静かに告げた。
 即ち、何も見返りを求めていなかったとしても、ミスリアは無償の慈悲で助けてくれたかもしれない、と。そう思うと何故か嫌な気はしない。

「お前みたいな人間がもっと多く居たら、或いは……」
「?」

 ――或いは、生き苦しくない世界であったかもしれない。
 喉まで出掛かっていた言葉を飲み込み、ゲズゥは立ち上がった。

「もう寝る」
 話を打ち切り、踵を返した。
「……はい。お休みなさい」
 ミスリアは、別れを仄めかす言葉を口にしなかった。

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19:16:22 | 小説 | コメント(0) | page top↑
18.i.
2012 / 12 / 12 ( Wed )
 防ぐ為の道具も武器も持っていなかったはずなのに? そう思った次の瞬間、ゲズゥが地面に垂直に構えた直刀が目に入った。
 巧く防げたのは良いけれど、あまりもの衝撃で両腕が痺れたのだろう。彼は次に降りかかってきた一撃を満足に受け切れず、たたらを踏んだ。
 
 既にあの人は新たに攻めに入っていた。
 槍のように長い戦斧が力強く振り回される。
 二人が打ち合う度に金属がぶつかり合う音が大きく響いた。
 
 ゲズゥは振り下ろされる斧の攻撃を避けたり受け止めたりが精一杯といったところの、防戦一方を強いられている。しかも一撃一撃の重みを受け止めた直後は、次に体勢を立て直すまでのラグがある。段々と余裕が無くなって行ってるのは見ていてわかる。
 
(スピードはゲズゥの方が上なんだから、流れさえ掴めればひっくり返せるかもしれないでしょうに。最初の腕の痺れで遅れを取ったわね)
 それでも彼は脂汗一つ浮かべていないのだから、大した精神力である。負ければ自分の死に繋がる状況で。
 一方、ミスリアといえば笑みを崩していない。こちらも存外、肝が据わっているのかもしれない。
 
 ふいにあの人の顔が険しく歪んだ。斧の長い柄を握る大きな両手が小刻みに震えている。
 
「戦闘種族かあっ!」
 突拍子も無い怒号に、観衆は何が起きたのかわからずに静まり返っている。
 「戦闘種族」の性質を知らなければ、何を訴えているのか思い当たらないだろう。たまたまヴィーナは、前に聞いたことがあった。
 
 あの人曰く、戦闘種族の血を受け継ぐ人間は、互いに共鳴する。といってもそれは目に見える現象ではなく、単に組み合えば、お互いがお互いに対し「もしかしてコイツも?」ってピンと来る程度のものらしい。
 
「儂の一番嫌いな人種だ!」
 余興の邪魔をされた時と比べ物にならないほど怒り狂っている。鬼気迫るとはまさにこのこと。
 更に激しい攻防が続いた。
 
「生まれ付き人より頑丈で優れて――」
 ――ギィン!
 ゲズゥの手に持つ直刀が、半分になった。
 
「……お前も戦闘種族だろう」
 静かに、ゲズゥが指摘した。その声は微かに息が上がっている。
「そうだ。だが薄い。より濃い血筋の奴らにゃあどう足掻いたってかなわねぇ」
「…………」
「てめぇが濃い目なのはやり合ってりゃすぐわかんだよ!」
 斧がまた振り下ろされる。
 
 ヴィーナはそのやり取りをのんびり静観しつつ、考えを巡らせていた。
 ゲズゥが戦闘種族だったのは知らなかった。が、そうだと言われても驚けないような、並外れた身体能力の持ち主ではある。
 
 驚く点は、戦闘種族がまだ居ること、それ自体だ。歴史の流れと共に数が減り、しかも同胞同士で群がって生活しないため、血は薄れる一方であるはずだ。知名度はイトゥ=エンキの「紋様の一族」よりも更に低い。
 
(まあ、重要なのはそこじゃなくて、あの人……)
 彼は時折、戦闘種族に対するわだかまりを吐き出していた。その根底にあるのは劣等感だ。それに打ち勝とうとして長年弛まぬ努力を積み重ねてきたのを、一年前知り合ったばかりのヴィーナでもよく知っていた。本人は隠しているつもりで、頭のゆるい団員の多くは気付いていないが。
 
(ほんと、男ってかわいいわ)
 弛まぬ努力と生まれ持った素質が合わさって、今の彼が出来上がった訳だ。
 はっきり言って、いかにゲズゥが「天下の大罪人」でも戦闘種族でも、たったの十九歳では到底敵わない。体格だけじゃなくて武器や技の練度の問題である。あの人の前では青二才でしかない。
 
 とはいえ、ゲズゥも鍛錬バカだから、そこら辺の青二才よりはできる。
 もう少し育っていれば、ヴィーナも彼に本気で興味を示したかもしれない――。
 その時、斧を避け続けていたゲズゥがついに追い詰められた。背中が壁に当たったのである。
 
 ――終わったわね。
 そう思ったが、鎖が振り上げられた戦斧の柄に巻きついた。今まさに斧を振り下ろさんとしていたあの人を背後から制した男は、飄々と笑った。
 
「ちょっと待ちませんかー、頭」
 拷問の対象や他の人間を巧く避難させ、自分が介入する隙を伺っていた彼。
「おめぇは引っ込んでろ。イトゥ=エンキ」
 
「んー」
 曖昧に唸るだけでイトゥ=エンキは鎖を握ったまま、応じない。
 力で振り払うことは簡単だろうけど、あの人はそれをしない。我が子のように可愛がってきた男を万が一にも傷付けられないのである。本人もまたそれをわかっていて、無茶ができるのだろう。

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22:27:14 | 小説 | コメント(0) | page top↑
18.h.
2012 / 12 / 10 ( Mon )
 最後に会った四年前と比べてゲズゥ・スディルが強くなっているのは想像が付く。そして近い未来にあの人と衝突するのも目に見えている。
 くすりと笑いが漏れた。何事かと隣の巨漢がこちらを見遣るも、ヴィーナはただ微笑んで誤魔化した。

(細マッチョと正統派マッチョの対決、ね。見ものだわ)
 ヴィーナにこれといった筋肉愛好の趣向は無いが、男は強いに越したことは無い。権力者に寄り添うことが、彼女の何よりの楽しみだった。
 雄というのは競い合っていないと落ち着かない生き物。ならば雌は、頂点に立つ者を選ぶことに意義がある――。

(さて、あの子は何をするつもりなのかしら?)
 わくわくと心が躍る。ヴィーナは赤ワインを飲み干した。
 もう一人、揺れ動く人影を目の端に捉えた。ゲズゥほどではないにしろ背が高くて程よい筋肉体質。山賊団の中で実力も器も並み以上でありながら、なるべく目立ちたがらない稀有な男。

(イトゥ=エンキ……あの人と何かただならぬ因縁がありそうだけど、上手に隠しているものね)
 親子のような関係だと他の団員は言っていたが、果たしてそんな単純な話で済むのか、ヴィーナは密かに疑問を抱き続けている。
(きっともっと泥臭くて血生臭いんでしょう)
 ここで彼が何をするつもりなのか、それもまた興味深い。

 その時、鞭を持つ手がまたもや振り上げられた。それに釣られて観衆が歓声を上げる。
 ヒュン、と空が切られる音。
 しかしそれに続いたのは鞭が人の肌を打つ小気味いい音ではなく、何かを弾き飛ばしたような、奇妙な音だった。時を同じくして、拷問を受ける男の前に誰かが立ち塞がっている。

 弾かれたのはおそらくゲズゥが手にしていた煙管。
 的を外して空振った鞭が力なく垂れている。それを持っている男は頭が弱いのだろう、状況が飲み込めていなくて口を開けて呆けている。
 虚ろな目の貴族の五男坊は、数瞬遅れて事態を飲み込めた。何もかもに諦めていたように項垂れていただけの彼が、身をよじり出した。両手両足を縛られているのでミミズが這うようだ。

「た、すけてくださ、い」
「……何だ! 邪魔すんな!」
 我に返り激昂する執行役の男を、ゲズゥは無言で蹴倒した。

「たすけ、たすけてくれるんですか」
 被害者はこの上なく見苦しくゲズゥの膝裏に頬を擦り付けて縋り付いている。ワインが不味くなりそうな気がして、ヴィーナはグラスを置いた。
「…………」
 答えないことが、彼の答え。

 早速面白くなってきた。ヴィーナは長い髪を首の後ろに払い、周りの反応を待った。
 こんな大勢の見てる前で大胆に「余興」に邪魔立てするからにはあの人も黙っちゃいないだろう。

「ほ、う。いい度胸だ」
 案の定だ。巨体が、怒気を漂わせながら仁王立ちになる。
「客だからって付け上がるのは許せねぇな。てめぇらの命なんざ儂の手のひらの上だ」
 磨かれた戦斧がギラリと光った。

「だが一応理由は聞いてやろう」
「……が、そう望んだから」
 問われて彼は淡々と答えた。主語が抜けていてもこの場合は関係なかった。

(その感情に形など無くても、特別なのは確かなのね)
 右手に頬杖付いて、ヴィーナは離れた位置に居るはずの少女の姿を探した。怯えて隠れているのかと思ったが、その予想は外れていた。

 派手なひらひらドレスに身を纏ったまま、彼女は真っ直ぐ姿勢を正して、笑っていた。優しく、優雅に、余裕を含んだ笑みが、実に興味を惹くものであった。
 他にも振り返っては驚き、唖然とする人間が多く居る。

(聖女様はただの役職名だけではないということね)
 つまりはカリスマ性のようなものを発揮できるのかもしれない。
 現に、他の団員はまだ彼女の正体に気付いていないだけに当惑気味だ。魅了されていると言ってもいい。

「ほほう、従順でカワイイな」
 ゲズゥはそれに対して声に出して何も言わなかったが、彼を知るヴィーナにはその心の声が聴こえた気がした。
 ――そう見えるなら、そうなんだろう。

 ゲズゥ・スディルにとって他人の評価など何の意味も持たない物。他人の顔色を窺いながら生きるのが愚かだと思っているから――。

 斧が回転しながら宙を舞った。
 中距離からの投擲だとゲズゥなら避けるのは容易い。ただし人の密集しているこの広場では、彼が避ければ他の人に当たるのは必然だ。

(どうするかしら)

 長い一瞬が過ぎ去った。
 そして彼が素早く動いたかと思えば、次いで大きな衝撃音が響いた。

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19:52:00 | 小説 | コメント(0) | page top↑
18.g.
2012 / 12 / 08 ( Sat )
 相槌を打たずにミスリアが俯いた。長くなりつつある栗色の前髪が目元を隠したため、その表情は窺えない。
 ゲズゥは身体の向きをゆっくりと変えた。数ヤード離れた場所に模様の男が立っている。

 ポケットに片手を突っ込み、誰とも絡まずに一人で「余興」を見つめるその横顔には、笑みの欠片も無かった。
 今の様子然り、ミスリアへの接し方然り、模様の男が仲間の価値観を共有していないのは明らかだ。それ故に、山賊団の中で浮いているように見える。
 おそらくこの男は根はまともな感性の持ち主なんだろう。少なくとも、自分よりマシなのは間違いない。

「……です……」
 ミスリアが何かを呟いたのが聴こえた。ゲズゥは動かずに、耳だけ澄ました。
「いやです」
 二度目ははっきりと聴こえた。

「何が」
「また誰かが目の前で死ぬのは嫌です。見殺しになんて出来ません」
「だからって邪魔する気か」
 呆れて、ゲズゥはミスリアをまじまじと見た。これだけの人間を敵に回すなど面倒以外の何物でもないというのに、それを示唆しているように聴こえる。

「私は自分が総ての人間を総ての苦しみから救ってあげられると思うほど、夢見がちじゃありません。これでも現実を見ています」
 顔を上げた少女の両目は確かに正気の光を保っている。
「なら、大人しくしていろ」
 煙を吐いてからゲズゥはそう言った。

「でも、目の前で苦しんでいる人を放っておけないのとは別問題です!」
「具体的にどうするつもりだ」
 と、訊ねたら、ミスリアはそこで押し黙った。
 自分に出来ることを真剣に考え連ねる為の沈黙だろう。

 長い目で見るなら、世の中の美しいモノも醜いモノも経験し正面から直視してこそ人は成長するのではないか、と思うことがある。ゆえにこの場に干渉する気も失せる。
 だが、目の前でまた人が惨たらしく死ねば、今此処で少女の心が折れる可能性は高い。
 そうなってはまずい、気がする。

 願おうと願うまいとこの少女は自分の今後の運命に深く関わっている。先に進めなくなったら、その時自分はどうなる?
 数分ほど思案してから、ゲズゥは心を決めた。

「わかった」
「はい?」
「あの男を助ける。それでいいんだろう」

 茶色の瞳に困惑が浮かんだ。耳を疑っているのだろう。
 しかし冗談ではないと理解すると、ミスリアは瞠目した。やがて、頷いた。

「ありがとうございます」
 いつに無く力強い目線が返ってきて、何故だか今度はこっちが困惑しかける。

 相変わらずよく礼を言う女だ、と思いながら、ゲズゥは動き出した。

_______

 くつろぎながらも周囲に抜かりなく注意を払っていたヴィーナは、長身の青年の動きにすぐに気が付いた。
 彼は普段呆けていて何を考えているのかわからないくせに、一旦思い立てば間髪入れずに行動に移す節がある。
 思慮深いとは思うけれど、度々直感に忠実に動くのだから、やっぱり浅慮とも取れる。

(存在感だけなら「静」に近いのに、行動力があって、立ち止まらない。フシギな子……見ていて飽きが来ないわ)
 ヴィーナはワイングラスをくるくる回して、赤い液体の放つ香りを楽しんだ。

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21:37:13 | 小説 | コメント(0) | page top↑
18.f.
2012 / 12 / 05 ( Wed )
 血と吐瀉物(としゃぶつ)にまみれた膝立ちの男が、項垂れながら呻いていた。元は丁寧に仕立てられたのであろう衣服が無様に汚れて破けている。
 一番近くに立つ人影が腕を振り上げて下ろすと、男は鞭打たれる痛みに悲鳴を上げた。
 それに応じて男を取り巻く観衆が嘲笑う。

 ――これは拷問ではなく見世物だ。
 壁に背中を預け、ゲズゥは天井に向けて煙管の煙を吐いた。つまらない。
 一通り宴が進んだ後に頭領は「余興」と称して最近拉致してきた若い男を広場の中心に引っ張り出したのである。どこぞの貴族の五男坊らしく、身なりはそのまま育ちの良さを反映して小奇麗だった。それも最初のうちだけだったが。

 水責めにかけられ、鞭に打たれ、爪を剥がされて。男はそれでも思い通りの情報を吐いていない。
 だが山賊団の方に焦りはまったく無い。家への責任感と自覚が比較的薄い五男が折れるのは時間の問題であり、しかも、既に次女から引き出すべき情報を残らず搾り取っているらしい。これは言わば答え合わせだ。幾つかの別荘を含んだ広大な敷地を、効率良く襲う為の準備。

 ちょっと強姦しかけたら家宝の在り処を全部教えてくれたそうよ、とアズリは微笑んで話していた。それはゲズゥにとっては何も感じない話だが、隣で聞いていたミスリアの表情が揺れたのは知っている。
 今もドレスを縁取るフリルを握り締めて茶色の瞳に涙を溜めている。

 どうして当事者でも何でもないミスリアが苦しがるのか、ゲズゥには考えが及ばない。
 例えば、自分に置き換えて感情移入をしているとか?
 ならばと思ってゲズゥも拷問されている男の立場に自分を置き換えてみた。

 特に何も感じない。
 そもそも以前似たような目に遭わされたことは何度かあった。肉体というのは器用なもので、「死にたいくらい痛かった」という認識が脳に残っているだけで、身体は明確な感覚をもう忘れている。脳が嫌な思い出を消去するのと同じくらい、生き続ける為には必要な処置かもしれない。

 きっとこの少女は、目の前で苦しんでいる男の痛みとリアルタイムに同調しているのではないか。そう仮定してみたら納得できそうだった。
 相手が誰であっても、心を拡張して取り込むのが何故か、それだけは謎である。

「な、んで……こんな酷い真似を……」
 澄んだ声が漏らした疑問は、すぐ隣に立つゲズゥにしか聴こえなかった。独り言かと思ったが、その声には回答を求める痛切な響きがあった。
「奴らにしてみればただの娯楽だ」
 なので、身も蓋も無い事実を答えた。

「理解できません」
 涙が白い頬を伝った。
「そうだろうな」
 ゲズゥはまた煙を吐いた。

 生きる上で、奪う・奪われるの関係性は当たり前のように在る。いくらミスリアでもそれはわかっているだろう。
 その上で、彼女にはまだ見えていない、業の深さ。

 ――必要な時に必要なだけ奪って生きるのと、組織立って略奪を生業としているのとでは違う。
 酒と快楽に溺れ、声を上げて笑っている観衆が抱える歪みを見れば明らかである。朝から晩まで健気に働く心を持たずに、他者から奪って楽をしようとしている。奴らはそれを当然と思い、他者を積極的に蹴落として嘲笑っている。

 ゲズゥは顔をしかめた。
 果たして他者を喰らうことに「何も感じない」自分と、「快楽を感じる」奴らに、如何ほどの差があるだろうか。
 いや、自分は割り切っているだけで何かを感じてはいるのか?

 突き詰めれば、どうでもいいことだった。
 滅びた一族に代わって生き延び、従兄との約束を果たす。そればかりを想ってどんな生き地獄でも這い続けた。そしてアレが何処かで元気にしていれば、それだけで充分だった。
 ――充分だった、はずだ。

「あの人は、どうなるんですか」
 ミスリアが小さく問うた。
「……最終的には殺されるだろうな」
 答え合わせが済めばそこまでだ。帰して泳がせる必要も無ければ、身代金を要求するまでの人物でも無い。

 ならば後に不安要素にならないように消しておくべきである。

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22:35:15 | 小説 | コメント(0) | page top↑
18.e.
2012 / 12 / 01 ( Sat )
「真ん中の二人がこっちに手振ってるぜ。呼んでるっぽいな、行けば?」
「い、いえ、遠慮します。私は輪の外側でいいです」
 激しく被りを振った。ただでさえ人の多さに酔ってしまいそうなのに、中心になんて行ける訳が無い。社交性を特徴としないゲズゥもまた、同じ気持ちであると信じている。

 その時、中年ぐらいの女性がイトゥ=エンキの肩を叩いた。
 女性は身をかがめた彼に何かを伝えた。

「わり、ちょっと外すわ。すぐ戻ると思うけど」
 話を聞いていた時の彼の表情の変化を見るに、それほど深刻な話でもないようだった。
「どうぞお気になさらず。案内ありがとうございました」
「おー、後でまた話そうぜ」

 イトゥ=エンキは中年女性について行ってその場を去った。
 ミスリアはふとゲズゥを振り返ってみた。彼は通常通りに何の感情も表していない。
 黒曜石を思わせる色の右目がじっとこちらを見下ろした。

「あの親父」
 前触れなくゲズゥが呟いた。すぐに視線を別の方へ投げかけた。
 彼の目線の先を追うと、そこは輪の中心だった。となると頭領の話をしているのだろう。

「もしかしたら、――――かもしれないな」
「え? 何ですか?」
 肝心な言葉だけが騒音に掻き消されて聴き取れなかった。繰り返すように頼んでも、ゲズゥはあさっての方向を見ていて答えない。
 何て言ったんだろう、と考えを巡らせていたら、誰かにいきなり横からガッシリと肩を抱かれた。ここでのこういう展開にはもう慣れたけど、身体は勝手に吃驚して震えた。

「お嬢ちゃん! しけたツラしてないで飲め! 飲んで食え!」
 銅製のゴブレットが視界に飛び込んできた。静かに考え事を続けられる環境でないのは明らかだった。
「お気持ちは有難いのですが、私はお酒は飲めません」
 などと断りの言葉を色々並べてみたものの、まったく聞き入れてもらえない。

「ほらほら」
「ですから、私はお酒は……」
「はい飲んだ!」
 唇に強引にゴブレットを押し付けられた。こうなっては仕方ない。解放されたいが為に、ミスリアは琥珀色の液体に口をつけた。この状況なら教団の規制に背いてもやむなしである。

 立ち上る強烈な臭いに頑張って耐えながら、少量の酒を喉に流し込む。
 そしてすぐに噎せ返った。

(うっ、な、何これ! 不味い!)
 というより喉がヒリヒリする。儀式や祭日の際の濃度の薄いワインしか飲んだことが無かったから、こんな衝撃に対して心の準備はしていなかった。

「あーあ。そんな飲み方じゃあダメだ。なあ?」
 男は傍に居る仲間たちに話を振った。すると男たちは一斉に手拍子を叩き出した。
「一気飲みしかないぜ! 一気!」

 誰かがそう叫ぶと、皆が一斉に「イッキ! イッキ!」と何かの呪文のように唱え始めた。

(無理! 誰が何と言おうと無理なものは無理っ)
 しかし包囲されていては成す術も無い。涙目になりながら、ミスリアは手が滑った振りをしてゴブレットを落とそうか、と思案した。

 救いの手は唐突に伸びてきた。
 見覚えのある手がミスリアの右手からサッとゴブレットを奪い取った。呆然と視線を巡らせれば、既にゲズゥが酒を飲み干した後だった。
 周りは豪快な飲みっぷりに歓声を上げる。

 当のゲズゥは総てどうでもよさそうに、銅製のゴブレットを壁に投げつけた。大きな音の後、すぐに歓声が止んだ。広場中の注目が長身の青年に集まる。
 その間、輪の中心の二人は面白そうに眺めるだけで関与しない。

「不味い酒より、飯」
 短く言い捨てた後にゲズゥはミスリアの腕を掴んでその場を離れた。
 酔っ払いたちはもう飽きたのか、追ってこない。広場の喧騒が元に戻るのに数秒とかからなかった。
 ミスリアは前を歩く青年の背中を見上げて口を開いた。

「あ、ありがとうございました」
 あそこから救い出してくれたことに関してのお礼を言った。ゲズゥは歩を緩めないので、聴こえたのかどうかは定かではない。
 食べ物が並べられているテーブルの前でようやく彼は足を止めた。

(ご飯を食べたいというのは本気だったのね)
 かくいうミスリアも空腹だったと、今更ながらに思い出した。
 ボウルを取ろうと手を伸ばす。

「…………お前、よくわかっていないだろう。模様の男の話し方だと伝わりにくかっただろうがな」
 ミスリアは頭上からかかってきた声の方を向いた。
「わかっていないって、何をです?」
 空虚な両目に見つめられて、ドキッとしながらも訊き返した。 

「業の深さ」
 低い声が、ずしりと重く言い放った。

「今にわかる」
 ゲズゥが何を指して言っているのか皆目見当が付かなくて、ミスリアはただ彼を見上げて瞬いた。


**この場面で登場しているお酒はCognacみたいなものと想像してください。
ただし質が悪いので不味い(・∀・)

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18:37:59 | 小説 | コメント(0) | page top↑
18.d.
2012 / 11 / 29 ( Thu )

(十五年…………あ、もしかして)
 思い出した。昼食時の会話でイトゥ=エンキが口にしたのだ。誰かの手がかりを、十五年経った今でも探し続けていると。
 偶然の一致とも考えにくいし、何かしら関係があるのだろう。

 けれどもミスリアが彼に協力するとまだ約束していない現時点では、これ以上訊くのは憚れる。そのことには触れないで置いた。

「昔から存在感のあるお方だったんですね」
「生まれ育ちがココだからか? 頭の祖父ちゃんの代から続いてんじゃねーかな、山賊団」
「そうなんですか……」

「まだもうちょっと歩くし、ざっと教えたろーか、ココの歴史」
「お願いします」
 イトゥ=エンキの笑顔の問いかけにミスリアが頷いたので、彼はユリャン山脈に巣くう山賊団の、成り立ちから現在までの軌跡を話してくれた。

 元々は居場所を失くした戦争難民が遥か西から流れ着いたのが始まりだったらしい。
 大陸の南西海岸の四カ国は太古の時代から戦が絶えない。それゆえに近隣諸国がよく戦争難民を受け入れていたが、統治者の代替わりに伴う治世の改革によって、彼らが居場所を失うのは容易かった。

 結果、一部の難民が更に東へと逃れた。徒歩での厳しい行路の途中で命を落とした者も多かったが、それでも一握りがユリャン山脈に辿り着いた。
 人々は始めこそは狩猟や採集で生活したが、既に秋も冬に差し掛かった頃だったため、なかなか彼らの飢えは満たされない。
 そんな時に、山越えをする一行を見つけた一人の男が略奪を企てた。

 頭角を現したその男が難民たちのリーダー格に立ち、後の山賊団の初代頭領となった。
 男はずる賢い上に学習能力が高く、すぐに皆を誘って略奪を習慣化した。しかしユリャン山脈は幾つかの国を隔てる天然の国境。金目の物を抱えた商人や旅行者がそういつも通るわけでもない。
 やがて彼らは定期的に山を降りて人里を襲うようになり、暮らしはどんどん豊かになって行った。里から女も攫ったりしたという。

 しかも、初代頭領は獲物たちから奪い尽くしても自分たちがいずれまた飢えるであろうことにいち早く気付いた。それを防ぐ為――凶作に遭った集落は立ち直るまで放って置く、同じ村を襲う周期を定める、旅行者を待ち伏せる場所を頻繁に変える、などと略奪にルールを付けた。
 初代の娘であった二代目は人身売買に手を広げた。その息子である三代目こと現頭領曰く「表社会から奪い、裏社会から搾り取る」為の手法を定めた。

 先ず今までのやり方に加え、彼は麓の集落や村を無視して「大富豪を集中的に狙う」ことを始めた。それには下調べや遠出をする必要が生じるが、その分得る物も大きく、巧くやれば同じ標的から何度も短い間隔で奪い取れる。
 次に人身売買や闇市などで縁のあった買い手と組んで、闘技場を建てた。まだ軌道に乗り切れていないが、賭け事や奴隷戦士の売買など、これから発展しうる商売である。

 ユリャン山脈に近付く輩が激減してからはこうして手を広げて繁栄を続けているらしい。

「……ってのが今の状況。こんなモンかな」
 話がひと段落付いた頃、三人は明るい広場に出ていた。自然にあった洞窟を円く掘って広げたような形である。
 周りはもう騒ぎ始めていて、自分たちの声なんて簡単に掻き消される。人々の輪の中心には勿論、話題に上った頭領が座している。その隣にヴィーナが堂々と寄り添う。

 イトゥ=エンキの話の内容に嫌悪感と恐怖を感じるのと同時に、ミスリアは奇妙な感覚を覚えていた。
 ある種の感心、だろうか。絶望の淵に立たされた人々がここまで来るのにどれほど苦労したか――やっていることが徹底した悪なのに、なんと見事な手腕だろう。
 ミスリアは傍らのイトゥ=エンキに聴こえるように大声で言った。

「よくここまで規模を広げることが出来ましたね。討伐には遭われなかったんですか?」
「たまーにどこぞの国から討伐隊が来るけど。どこも大軍出すほど余裕ないし、地の利とか色々条件が悪いだろ? ぶっちゃけた話、大した痛手も無く追い払ってるぜ」
 彼も大声で応えた。

「あの、こんなにペラペラと自分たちの話を私に喋っていいんですか?」
「んー。別にどうでもいいけど」
 無気力な返答に、ミスリアは疑問を抱いた。

(私に話しても無害って意味なら何で、「別にいい」や「構わない」って言い回しは使わずに「どうでもいい」と言ったのかしら。彼自身は山賊団に対して執着が無いということ?)
 考えてみれば、彼はずっと他人事のように淡々と語っていた。そして頭領に初めて会った十五年前というのはどう見ても年齢よりも少ない年数だ。イトゥ=エンキは少なくとも、此処の山賊団の生まれではないことになる。

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17:03:31 | 小説 | コメント(0) | page top↑
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