14.b.
2012 / 07 / 03 ( Tue )
一人で追ってきて、一人であとをつけてきたというのなら、凄まじい執念である。
それもそのはず。ゲズゥこそがこの人の、偉大なる将軍だった父親の、仇だと言う。
国境で交わされた会話を思い出してミスリアは吐き気を催した。それを押さえ込むため、口元に手の甲を当てた。
――大丈夫? との、カイルの気遣わしげな目配せに何とか頷く。
「貴様が父上を惨殺してからというもの、我が一家は没落の一途を辿り続けた。公開処刑が決まり、貴様さえ死ねばようやく立て直せると思った――だが貴様は生き延びた。しかも、無事に国外に逃れたという! あれから我が一家がどれほど笑いモノにされてきたのか、わかるまい! 聖女、貴様とて同罪だ!」
元兵隊長は、瞬間的に矛先をミスリアに変えた。長い槍の刃が煌いたのは、恐怖でそう見えたからなのか実際に光を反射していたからなのか、わからない。彼の一突きが届くような距離にいなくとも、ミスリアは体が強張った。
「役職を辞してまで国境を越えたのはひとえに復讐を果たすためだ。今日は逃がさぬ。貴様ら全員の屍を踏み躙るまで、私は止まらない!」
鬼気迫る様子で元兵隊長は叫ぶ。
「言い訳をするなら今のうちだ。したところで、もっと無残に殺してやるとも」
元兵隊長は今度は大きく体を揺らしながら笑った。
もはや彼には常識が残っていないのだろう。「天下の大罪人」はともかくして、聖人や聖女にまで死の脅迫をしていいものではない。
ゲズゥは、つまらなそうにため息をついた。そして元兵隊長の方には目もくれずに、何故かこちらを伺っている。
一度瞬くと、ゲズゥは復讐を唱える男と再び正対した。
「何を言い訳しろと。アレを殺したのは元は従兄との約束がきっかけで、いわば村の仇討ちであっても、結局は俺が自分自身の憎しみに基づいてやったことだ」
そう話すゲズゥが、いつもの無機質な話し方と違ってひどく面倒臭そうなのが印象に残る。
従兄との約束とはどういうことだろう。村の仇討ちだったならば、かの将軍は村を崩壊させた実行犯の一人であったと?
疑問を抱きながらも、ミスリアはゲズゥとのとある会話を思い出していた。
『俺は生きるために必要なら他者を喰らう。生存本能に倣って』
『――今までが全部そうだったとは言わない』
村の仇討ちのため。
それは即ち復讐心と憎しみに駆られて、生きたままの将軍を苦しませて殺したと。親類縁者の復讐のためといってもそれは非道な行いであり、果てしなく間違っている。
(でもそれが人間っぽく思えるのは、どうしてかしら)
何を根拠にそう思うのか自分でもよくわからなくて、ミスリアは首を傾げた。
生き物の命を奪うという行為は、何よりの至悪であるはずなのに。拷問にかけるなど、もってのほかだ。
「黙れ! 下種が――」
元兵隊長は顔を紅潮させて、益々激昂した。
「お前が俺に復讐するのはお前の勝手だ。そこで返り討ちにするのは俺の勝手だ。そうなっても恨むなよ」
あくまでゲズゥは冷静に告げる。
彼は手首を巡らせ弧を描き、剣先を鞍上の男へ向けた。
「……ミスリア、お前は殺すなと言うのだろう」
体の向きを変えずに、ゲズゥは静かに問いかけた。
「はい。お願いします」
ミスリアはできるだけ毅然として答えた。傍らのカイルを瞥見すると、彼は励ますようにただ微笑んだ。
「わかった」
短い返事の後、ゲズゥが地面を蹴る。傍観しているこちらの目では追えないほどに速い。
見事な瞬発力をもってして、彼は相手の背後に回った。樹の幹を足場にしている。
元兵隊長が慌てて槍を回転させるが、ゲズゥは姿勢を低くして槍頭をかわした。次いで飛び出し、大剣の柄で馬の後ろ足を殴った。
白馬が嘶き、咄嗟に逃げ出す。乗り手が振り落とされるのを狙って、ゲズゥが剣を薙いだ。
元兵隊長は槍の柄(え)部分で刃を受け流した。地面に槍を突き立て、それを支えにして後退した。その内に体勢を立て直している。
すぐ後の攻防で彼は勢いを付け、僅かにゲズゥを押している。しきりに何かを叫んだり、吼えたりしながら。
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