12.h.
2012 / 05 / 18 ( Fri )
 もしかしたら姿かたちが似ているだけの別人だったりするのだろうかと懸念しながら、ミスリアはその人を見た。
 黒装束に身を包んだ中肉中背の男性は頭髪が少なく、耳周りにだけプラチナブロンド色の髪が生えている。雲の影に隠れて顔ははっきり見えない。
 
 さく、さく、と砂利と靴裏が接触する音を聴きつつ、顔がよく見えるまでの距離に男性が近づくのを待った。
 
「おや、皆様おそろいで。騒ぎがすると、角の店の住人が仰っていたので来てみれば……」
 にっこり笑う様も、琥珀色の瞳も、髪と同じ色の整えられた顎鬚も、知っている通りの神父アーヴォス・デューセと相違ない。けれど何か、妙なものを感じた。それが何なのかわかろうとして、ミスリアはつい見入った。
 
(作り笑い……?)
 笑顔の内の、細められた目。いつもの優しげな目元が、ほんの僅かに引きつっている。
 木の上から二人の会話を盗み聞いたあの時から今までに、抑えていたいくつかの疑問が沸き起こった。カイルの、神父アーヴォスに対する言動も思い出す。そう、最初に忌み地に出向いた日にも、欲望の話をした。
 
「叔父上、これは貴方からしてどんな状況に見えますか?」
 カイルが苦々しい表情を浮かべている。
「さて……」
 王子殿下とセェレテ卿を認めて、神父アーヴォスはまず敬礼をした。
 
「オルトファキテ王子殿下、王都からいらしたのですか? ご足労ありがとう存じます」
「ああ、気にするな」
 にやにやと笑いながら王子殿下が軽く礼を返す。すっかり面白いものを観察する目になっている。
 
「それでこれは、どういう状況なんだい?」
 神父はカイルの問いに問いで返した。やはり作り笑いを顔に浮かべて。
「そうですね……」
 カイルはまず目を閉じた。数拍過ぎてから開き、周りを見渡した。その目線を追うように、ミスリアも場に集まっている全員を見渡した。中でもルセナンが一番驚いた顔をしていると気付く。
 
「そこにいるシューリマ・セェレテ卿の悪事の一端に言及していたところです。その件で彼女には共犯者がいたという話になりまして、ちょうど叔父上が現れました」
「だから私が問題の共犯者であると?」
「タイミングよく現れたからといって事件に結びつけるのは安易過ぎますよ。流石にそんなことはしませんって」
 白々しい笑い声で、カイルが答えた。彼のこんな声を聴くのは初めてかもしれない。
 
「ふむ、そもそも何の悪事かな?」
「ラサヴァの疫病騒ぎが仕組まれていたという、信じがたい話です」
「それは確かに信じがたいね」
 本気でそう思っているのか疑いたくなるような、わざとらしい言い方だった。
「…………できれば僕は逆であって欲しかった」
 カイルは深いため息をついた。
 
(いつの間に、何の話になったの?)
 例によってカイルは話題転換が急すぎる。ミスリアだけでなくルセナンも、ついていけていないような顔をしている。セェレテ卿は警戒心むき出しの表情を、王子殿下はにやついた顔を保ったままで、ゲズゥに関しては確認するまでもなく無表情である。
 
「セェレテ卿にそそのかされて道を外しただけならまだ良かった。でも、元は叔父上が提案したのですね。僕を殴りつけて拷問などにかけた彼らが洩らしていましたよ。これが事件に結びつける理由の一つです」
「拷問? 話が見えないな」
「疫病騒ぎの首謀者が叔父上だったと言っているんですよ」
「形ある証拠が存在しないならただの言いがかりだね」
 神父アーヴォスの笑顔は崩れない。
 
「某商社が雇われていた金額も聞きましたので、それを上回る額を出せば買収できるかもしれませんけどね。供述を書かせるなどして」
 一方でカイルの纏う空気が、普段の彼の秋風のように涼しく爽やかなものからは想像もつかないほど、冷ややかになっている。
 ミスリアは両手をそっと握り合わせて、見守るしかできなかった。介入したいとは微塵も思わない。
 
「なぁ、神父さんの反応。甥っ子にひどい容疑をかけられてんのに、ショックを受けるより罪を否定することを優先してる。全然うろたえてないのも変だ。やっぱり事実か」
 ミスリアとゲズゥにのみ聴こえるように、ルセナンが小声で指摘した。
「だろうな。買収より、とっ捕まえて吐かせる方が効率が良さそうだがな。沈黙を守る義理など奴らに無いだろう」
「それは、そうでしょうけど……」
 ゲズゥの提案に、ミスリアは渋々賛同した。
 
「別に僕は、町民のために貴方のしたことを明るみに出そうとか、然るべき罰を受けて欲しいと思っているわけではありませんよ。それは役人方の仕事で」――カイルはちらっとルセナンの方を見やり――「僕はそこまで正義感が強いわけではないんです」
「人は、表面しか見ないものだ。糾弾しても、民は神父の方を選ぶかもしれんな。ものの本質を見つめる人間など稀」
 ふいに口を出したのは、王子殿下だった。
 
「では町民には真実をまったく伝えなくてもいいと?」
 ルセナンが王子殿下に訊ねた。
「神父は異動になったとでも言って、連れ去ればいい。行為自体が間違っていようと、もしも真実が明るみに出ることなく済むなら、人々の心の中に残るのは英雄の思い出だけだ。たとえそいつらの英雄が遠いどこかで牢に入っていようとな」
 
「一理ありますね」
 カイルがそう言うので、ミスリアも考えてみた。確かに、余計な混乱を予防するのは統率者として正しい判断に思える。

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コメント
--はじめまして。--

甲姫さま、初めまして。
斜芭萌葱(はすばもえぎ)と申します。
リンクを辿ってこちらのサイトにお邪魔したのですが、こちらの小説を読みはじめてすぐに夢中になってしまいました!

初登場では凛とした聖女に見えたミスリアさんも、実は「普通の女の子」のように怖がったり笑ったりするということにきゅんとしてみたり、それでもやっぱり凛とした聖女の姿をしていたり、ととても魅力的です。
でもそれ以上にゲズゥさんが素敵でした! 大罪人という加害者の側面と、迫害という被害者の側面を持つゲズゥさんが持っている、陰のようなものに惹かれます。呪いの眼の真実も気になります。。
セェレテ卿や神父の悪事がどう決着していくのか、物語の今後が楽しみです!

最後になりましたが、私のサイトからリンクを張らせていただきました。
お手すきのときにでもご確認を頂ければ幸いです。
それでは、長文失礼しました。これからも応援しています!!
by: 斜芭萌葱 * 2012/05/19 21:17 * URL [ 編集] | page top↑
--ようこそ!--

斜芭萌葱さま、初めまして(・∀・)

すぐに夢中になっただなんて、書いた者として幸せすぎます!
しかもよく読んでいらっしゃいますね……有難うございます。

ミスリアは確かに、怖がりで普通の少女なのを頑張って強く見せている感じの子ですね。今後も成長していって欲しいです。

ゲズゥに魅力を感じてくださいますか! おっしゃるとおり彼は常に加害者と被害者の両方であって、それらがせめぎ合うプレッシャーに今後も付き合って生きます。何気に書いてて一番難しいキャラで(苦笑)、頑張りがいもあります。呪いの眼は……いずれ明かされます……


期待されても応えられる自信ないんですが! 物語はまだまだこれからってところですね♪


リンク確認しました☆
光栄です――こちらからもリンクを貼らせていただきますね。報告は淡色綺譚の掲示板にします。斜芭さまの小説も暇を見つけて読んでみます!

では最後に応援有難うございます!! またいつでも遊びにいらしてくださいね!
by: 甲姫 * 2012/05/21 10:19 * [ 編集] | page top↑
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