12.j.
2012 / 05 / 29 ( Tue )
 何度か顔を合わせた程度で、もともとそんなに仲は良くなかった。だから名指しで呼び寄せられた時、目には見えない別の意図があるのではないかと真っ先に疑ってしまった。
 敢えて応じることを選んだ。理由は単純である。家族だから、何かしら手助けになれるならと思ったからだ。
 
 四人座れる大きさの四角いテーブルにて、カイルサィートは叔父と向き合い、テーブルの上で両手を組んで様子を伺っている。料理屋の店内は外からの日差しで明るく、それゆえに大分暖かい。
 
「失礼します~。せっかくなんで、藻入りスープでもどうぞ。健康にいいですよ」
 人の良い笑顔を満面に広げて、髪を結い上げた女性が間に入った。丸い盆から底の浅いボウルを下ろしている。
 キュウリをはじめとする調和の取れた香りを発するそれを見下ろす。クリーム色の液体に所々鮮やかな緑が混じっているものだ。
 
「暑いだろうと思って冷やしたスープ持ってきましたよ。昼時だし、食事もされます?」
 同じようにボウルを下ろして、役人ルセナンの妻たる彼女は隣のテーブルに座すミスリアとゲズゥの方に、声をかけている。
 チラリとこちらに問いかけるミスリアの目に、カイルサィートは頷きを返した。
 
「ではお願いします」
 ミスリアが笑顔で受け答えた。注文の内容を細かく話し合ってから、女性が厨房の方に戻った。
 
 ミスリアの向かいに座るゲズゥがすかさずスープに手をつけた。食器などを使わず、ボウルごと空いた片手で持ち上げて啜っている。一方でミスリアは、木製スプーンを駆使して少しずつ口に運んでいる。どちらかというと乳状に近そうなスープだ。
 二人を横目に眺めてカイルサィートは束の間、和んだ。
 
「……少し、僕の話をしましょうか」
 視線を前へ戻し、自分のスープにも手を出してから、そう切り出した。
「――うん?」
 拘束されたままの叔父の前に、ボウルは置かれていなかった。多くを語られなくとも、ルセナンの妻は状況を大方把握したようだ。
 
「聞いてくださるだけで結構ですよ」
「ではそうしようか」
 叔父の揺るがぬ笑顔に、落ち着き払った態度に、カイルサィートはもの悲しくなった。しかしそんな気持ちは顔には出さず、淡々と語り出す。
 
「どうして他の誰かではなく、僕に声をかけたのか、ずっと考えていました」
 定期的に連絡を取っていた訳でもなかったし、こと「忌み地」の浄化に関してカイルサィートは実践経験が少なかった。ミョレン国との縁も浅く、わからないことだらけの人選であった。
 
「本当は、止めて欲しかったのでしょう?」
「何を?」
「……今更ごまかしても、仕方がないと思いますよ」
 叔父ののんびりとした口調に、カイルサィートはため息をついた。
 
 はじめは何も裏が無いことを願いながら、叔父の手伝いをしていた。教会の業務や運営に手を貸し、ラサヴァの町人や他の近隣の村の民を支えた。時には魔物の討伐隊にも加わった。元はあまり親しくなかった叔父の園芸をも手伝ううちに、打ち解けられた。
 それがいつから、歯車が狂いだしたのだろうか。或いは最初からかみ合っていなかったのかも知れない。
 
 何故、いつ、気付けたのかというと、今となってはよくわからない。叔父の頻繁な外出を変に思った頃から? 教会の参拝者との接し方に違和感を覚えたから? 討伐に向かった日にのみ決まって魔物が異常に多く現れるようになってから?
 きっかけはきっと小さな何かだった。気付いた後は、ひたすら執拗に事実を追い求めた。
 
「追い詰められなければ認めないだろうと、本当はどうしてこんなことをしたのか話しはしないだろうと、思いました」
 人の心の澱(おり)は幾重にも巧みに隠されているものだ。浮上させるためにはそれなりの準備がいる。
 
 当面の問題は、相手が追い詰められたと感じるか否かにある。カイルサィートにとっては、この場合は動機を知ることが一番大事だからだ。
 
 今のところまだ叔父の作り笑いに変化は表れない。隣のテーブルの二人はというと、さりげなくこちらの会話に意識を向けている。
 カイルサィートはそこでスープを一口すくって味わった。ヨーグルトをベースにしたさっぱりとした味わいが更なる食欲をそそる。
 
「美味しいです。僕は叔父上の作る鶏がらスープも好きでしたけど」
「もう私よりも君の方が美味しく作れるんじゃないかな」
「かもしれませんね」
 スプーンを置いて、カイルサィートはそっと笑った。思い返せば家事は二人で手分けしたけど、お互いに教え合うことも多かった。もう、その日々も終わったのだと思うと寂しい。
 
「あなたが……」
 一呼吸挟んで、目を合わせた。自分と同じ色の琥珀色の瞳からは、感情が読み取れない。
「……僕を選んだ理由は、父上と関係がありますね」
 そこで初めて、叔父が瞬いた。曇ったように読み取れなかった瞳に異変が表れる。
 
「父は兄弟仲が良いと言っていましたけれど、双方ともに共通した感情でないことは、子供心ながらに知っていましたよ」
「……カイル、君は昔から聡明で鋭い子だったね」
「ありがとうございます」
 叔父の琥珀色の瞳もいつしか物悲しさをたたえていた。

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