13.e.
2012 / 06 / 26 ( Tue )
――主のために行ったらしい所業だというのに、最終的にそのせいで主に切られた女。
ゲズゥは不敵な笑みを絶えずたたえていた女騎士に思いを馳せた。滑稽である。
といっても、オルトはいわば海か空のような、広いような深いようなとらえ所の無い男だ。かつて一年以上と行動を共にしただけに、ゲズゥは直感でわかっていた。
「どうだろうな」
「何が、ですか?」
力なくミスリアが訊く。
「……あの女に利用価値を見出す限り、オルトは多分そいつを助ける」
「どうやって?」
ある程度抑制しているとはいえ、聖人の目は興味深々だ。
「顔や背格好が似た人間を代わりに処刑すればいい」
「そんな――」
「あの男はそれくらい何とも思わん」
ますます気分が悪そうなミスリアに構わず、ゲズゥはまた歩き出した。
オルトが女騎士に対して見出した利用価値に関して、あの女と刃を交えた時からゲズゥには密かに思うところもあった。しかしそれを理解できない相手に教えても無益だ。 食べ終わった林檎を森の中へと投げ捨てた。
トスッ、と落ちた瞬間の控えめな音がする。その衝撃か音に驚いたらしい小動物が、ガサガサと逃げ回る音が聴こえる。
そういえば聞きそびれたことがあると思い出して、ゲズゥは歩く速さをゆるめて背後の聖人を振り返った。
「うん? どうしたの」
すぐに気付いて、聖人の方が声をかけてきた。馬上のミスリアもこちらに注目している。
「夜の魔物をどうしのぐ気だ」
ゲズゥはミスリアと聖人の二人に問題提起をした。まさか夜通し移動を続けるつもりは無いだろう。しかも小さな村が点在しているとはいえ道から大分外れてしまうため、宿泊先を探すより野宿の方が手間が少ない。
野生の動物は炎などで近寄らせないなどと対策は立てられるものの、魔物除けに効くのは「結界」といった術だけのようだ。それらの類は専門家こそがどうにかすべき問題である。
そうでなければ、交代で寝ずの番をするしかない。
「カイル、考えがあると言っていましたよね」
ミスリアは聖人の方へ視線を向けた。
「そうだね。例の水晶をまだ持ってる?」
「はい、ここに」
ミスリアは懐から何か小さな袋を取り出した。細い指で引き紐を解いている。
「村の封印が解けた時、空から降ってきた石のようなものを覚えていますか? これがあの時の水晶です」
覚えている。空が歪んだかと思えば一点の石に収まった、という不思議現象。あの時は母を見送った直後であっただけに深く気に留めなかった。
こちらからも見えるように、ミスリアが手のひらを差し出す。
水晶といえば面の多い宝石みたいなものを想像した。ところがミスリアの手のひらにのっている青みがかった透明のそれは飾り物の石みたく、滑らかだった。人の手によって磨かれたものに思える。
ゲズゥは今まで生きた年月の間にさまざまな石を見てきた。見た目で似ているのはガラスの小玉辺りだが、この青水晶は何かが根本的に違う。何がとなるとはっきりとわからない。どうにも教団やら聖気がらみとなると曖昧な感想ばかりになってしまう。しかし、近づいて確かめたいほどでもない。
「これを使って簡易式の結界を練るんだけど。聞く?」
理解できるかどうかあやしいが、いつかは生きるために役に立つ知識となるかもしれないという可能性を検討してから、頷いた。
前を向き直り、歩き出す。背後からゆるやかな馬の蹄の音と聖人の声が続く。
「今は込み入った説明は省くよ。即ち水晶とは、とある何かを別の何かに『繋ぐ』のをより簡単にする、媒体なんだ」
聖人は軽い調子でそう始めた。
端から理解の範疇を超えているが、ゲズゥは何も言わないでおいた。道端の倒木を踏んで、ひとり先頭を黙々と進む。
「村の封印の要だったのはこの水晶で、核の魔物が消えれば封印も解けるように二重に術がかかっていたんだね。封印と魔物という二つの不安定な存在を繋ぐのは難しい。でも如何に高等な術でも既に解けた今では、この水晶は空白状態に戻っている」
「術が書き込まれていない空白状態なので、私たちが新たな術に使えるわけです」
「そういうことだね。水晶が無くても術を練ることは可能だけど、それだと成功しにくいからね。それで、封印と結界の原理については別の機会に話せばいいかな」
「大体わかりましたか?」
遠慮がちにミスリアが問う。
「…………」
振り返って、頷いた。わかったといえばわかった。
でもこの話はもういい、とも思う。
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