13.f.
2012 / 06 / 28 ( Thu )
 時折弾ける焚き火を見張っていた。
 傍らでは、毛布に包まった少女が安らかな寝息を立てている。
 
(年頃の女の子に、道端での野宿はできればあんまりさせたくないな……)
 眠るミスリアになんとなく微笑みかけてから、カイルサィートは正面にいる長身の青年を見上げた。
 
 程よい大きさの石をどこから見つけ出したのか、ゲズゥはその上に座って瞑目している。腕を組み、右足を曲げて踵を左の膝にのせた姿勢だ。瞑想しているのか寝ているのかは知れない。
 どちらでも構わない。言いたいことを一方的に言いたいだけなので、カイルサィートは口を開いた。ミスリアを起こしてしまわないよう、小声を用いる。
 
「ゲズゥ・スディル、或いは『天下の大罪人』。ミスリアは君が『語られているほど凶悪じゃない』と見ているみたいだけど、僕は少し違う解釈をしている。君は背徳に、何も感じないんだ。祖国にすら見捨てられ、何もかもを奪われた境遇――結果として君が人間として何か欠如しているのかもしれないという話を聞いたけど、実際に会ってみてあながち外れていないと思う」
 
 カイルサィートは目を閉じた。自分の言葉の重さは十分に理解している。いっそ、一方的に言い捨てるだけで終わってもいい。
 逆上されて殺されるなら、せめてミスリアが逃げ切れるまでの時間は稼ぐ。
 
「別に君の生き方が間違っているとか、そういうことが言いたいんじゃない」
 彼の生き方自体を全て理解できているなんて思わない。まだまだ気になる点は多いし、誰も他の誰かを全て理解できやしない。そんなものは驕りだ。それでも、他人を理解しようと努力をし続けるべきである。
 
 ふと視線を感じた。
 目を開けると、色の合わない両目が炎越しにカイルサィートの姿を写していた。といっても黒い右目はともかく、白地に金色の斑点と縦に細長い瞳孔の左目では、写っているものがはっきりとは見えない。
 
 その双眸は威圧的でありながら静かだった。背筋が凍り、微動だにしてはいけないと本能が訴える。
 本能とは裏腹に、不思議と頭では恐れることは無いとわかっていた。出会ってからの時間を思い返せば、簡単に納得できる。彼はむやみに暴力を振るわない。
 
「……ほら、ミスリアって道端の虫の死骸にでも心を痛めるから……危ういと思ったんだ。君が傍にいて、いつかはそういう意味で傷付くんじゃないかと思って」
「遅い」
 低い声が短く答えた。返事をくれるとは思わなかったので少しだけ驚く。
 
「うん。確か、ミスリアが対話していた最中の魔物を君が豪快に斬ったらしいね? まぁ、相手が生きた人間じゃなかっただけ幸いかな。でも、何だろうね、要するに」
 カイルサィートは自分の言いたいことをまとめようと、一息ついた。
 
「僕はミスリアを信じているし彼女の選択を応援するけど、やっぱり君の方からも少しでも気を遣って欲しい。ということを、頼んだところで聞いてもらえなくても、せめて記憶のどこかに留め置いてくれると助かる」
 言い終わると、軽く頭を下げた。
 しばらくして頭を上げると、ゲズゥは訝しげな顔をしていた。
 
(何か皮肉を吐きそうな雰囲気だな)
 確かにゲズゥは口を開けている。が、彼が何か言う前に森の方から物音がした。
 刹那、ゲズゥの顔から表情が消え去った。
 
 残るのは敵を探す獣の瞳だ。
 カイルサィートも、己の吐息を静めた。

 最初の音がしてから、二人は動かずにただ待ち続けた。
 どれほどの間、そうしていたのかはわからない。
 はっきりとした音はもうしなかった。草がふみしめられるような、微かな音なら聴いたかもしれない。
 
 やがて、ゲズゥが興味をなくしたように目を伏せ、剣の柄を握っていた右手を開いた。
 
「通り過ぎたな」
「……そう」
 張り詰めていた息を吐き出した。どの道、結界があるのでどんな敵だったとしても簡単に入り込んだりできなかったろうが、だからといって無視できない。
「狐か何かかな。それとも魔物?」
 一定のリズムで寝息を立てているミスリアを眺めながら、呟いた。
 
「人間」
「え? よくわかったね」
 彼には音の大きさや間隔か何かで判断できたのだろうか。カイルサィートに聴こえなかったような音か、空気の揺れか、はたまた臭いのひとつでも感じ取った可能性もある。
 
「ただの勘だ」
 返ってきた答えはあっさりとしていた。ただの勘でいいのか。
 夜盗やら賊の類を懸念して、カイルサィートは眉をしかめた。何かしら対策を立てるべきかもしれない、と相談を持ちかけようと思った途端。
 
 ゲズゥが道端に生える樹を登り始めたのである。
 考えうる理由としては――見晴らしがいいので危険要素をいち早く発見できそうだからか、それとも単に寝るつもりなのではないかと思う。
 
「三時間したら起こせ。交代する」
 頭上から降ってくる声。見張りの話だ。どうやら登った理由は後者の方が当てはまるらしい。眠気に抗う方法なら多く持ち合わせているので、こちらとしては断る理由は無い。
「わかった。お休み」
 樹の上に向かって答えた。

 不審な気配を、ゲズゥ・スディルが気にしないと決めたのならこちらとて過剰に気にしても仕方ない。
 カイルサィートは日記帳と羽ペンを荷物の中から取り出した。

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