12.f.
2012 / 05 / 06 ( Sun )
王族の知人など居ただろうか。
名を馴れ馴れしく呼ばれたからには記憶を探ってみた。顔は見えないしそもそも他人の顔など覚えられないゲズゥなので声を頼りに思い出そうと試みる。
一分ぐらい頑張っても思い当たらない。その間、場は静まり返っていた。
「お知り合いですか……?」
ミスリアが遠慮がちに訊ねる。
「…………」
知ってる知らないと言い切るにも、思い出せないのである。
「この私を見忘れたとは薄情な男だ」
男は馬から飛び降りた。わざとらしい優雅さは無く、極めて自然な、流れるような動作だった。どこかで見覚えた気はする。
「お前に馬術を教えてやったと言うのに」
若干芝居がかった口調で、男は残念そうに嘆いた。
そのひとことで、何かが脳裏で閃いた。
「…………オルト……?」
が、やはり他人の名前を覚えるのは苦手ゆえ、自信に欠ける。
「いかにも。私がオルトファキテ・キューナ・サスティワ、ミョレン王国第三王位継承者だ」
思い当たった人物で正解だったようだ。男は黒に近い濃い茶色の前髪を片手でかき上げて微笑した。
顔の造りだけだとおそらく世間一般の目からは美丈夫と呼ぶには一歩及ばない。だが褐色肌の第三王子を包む空気の凄みが、見下したような藍色の双眸が、他者の注目を惹いてやまないだろう。だからこそ顔を隠すのかもしれない。
「お前、ミョレンの王子だったのか」
ゲズゥはほんの僅かに驚いていた。昔は知らずに接していたのだから。
「だったのさ」
「なるほど」
ふーん、とこの上なく興味無さそうにゲズゥは相槌を打った。衝撃も感心も無い。一方で多少の警戒が生まれたが、それを相手に気取られたくない。
ゲズゥの知るオルトという人物は、常に己の力で築き上げたものだけで勝負に出られるような男だった。たとえば生まれ持った財を徒(いたずら)に貪るような無能な王族とは違う。ならばオルトの性質に王族という強力な背景を加えたら?
「かつて私はお前に裏切られて大敗し、結果として居場所を失った。お前にしてみれば最初から味方でいたつもりは毛頭無かったのだろうがな。そんな敗者など、記憶には残らないか?」
馬にもたれかかり、何気ない調子で過去を語るオルトの様子は懐かしむようで、いっそ楽しそうである。
「そんなことしたの?」
聖人の爽やかな声が、好奇心に似た何かを帯びている。
「知らん」
無機質に、ゲズゥは答えた。
実際はよく覚えている。今、その話に移ってもこじれそうなだけだと判断してのことだ。
変わっていないならば――オルトは許していると見せかけて、何食わぬ顔で闇討ちをしかけて来る男だ。
そんな考えを見透かしたように一層深い笑みを浮かべ、次いでオルトは足元で跪いている女に声をかけた。
「シューリマ。そいつらを下がらせろ」
「はっ、ただいま」
素直に主の命令に従い、女騎士はまだ何の動きも見せていないゴロツキの連中を潔く引かせた。
ゲズゥは背後のミスリアと聖人を一瞥し、とりあえずは乱闘にならずに済んでよかったと思った。二人は歩み寄り、ゲズゥと並んで立った。
「それにしてもどうしてこのタイミングでこんな所に第三王子様が?」
お互いにしか聴こえない音量で、ミスリアが疑問を口にした。ゲズゥとオルトの関係に関する疑問は保留らしい。
「オレが呼んだのさ」
建物の柱の傍から体格のいい男が姿を現した。殺気が無かったので放置していた気配だ。
「ルセさん!」
嬉しそうにミスリアが呼びかける。
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