12.e.
2012 / 05 / 05 ( Sat )
 思考が回りきらなくて呆然と門を見上げていた。ゲズゥの姿はもうそこから離れて視野の外に行っている。ただ、戦闘になったことは音だけでも十分に伝わって来る。座り込んでいる場合ではない。
 
「すみません、大丈夫ですか?」
 立ち上がって、ミスリアは下敷きにしてしまった友人に声をかける。
「平気。君軽いしね」
 カイルは何とも無さそうに笑って身を起こし、階上へと顔を向けた。
 
「やり方は乱暴だったけど、助かったよ。僕らは丸腰だし。何気にあの人、強いんだよね」
「それって……」
 険しくなったカイルの視線の先を、ミスリアも意識した。
「行こう」
 
_______
 
 黒い鎧に身を包んだ騎士風の女の攻撃の一つ一つを、ゲズゥは大剣で残らず受け流した。幸いか他には人の気配が無い。
 以前遭遇した時は一方的に刺されて終わったので外見の特徴などまったく印象に残らなかったが、今回は明るい昼間の路地にて相対している。
 女にしてはやや骨格がごつい騎士は身軽な足取りで動き回り、長い金髪をまとめた三つ編みをなびかせている。
 
「くくっ、また会ったな、『天下の大罪人』。あの者らではお前の相手にならなかったか?」
 口元を斜めに吊り上げて女は低く笑った。濁った声だった。
 多分下水道に降りてきた連中のことだろう。ゲズゥは何も答えなかった。
 
 女は突いたり刺したりするのに特化した形の、細長い剣を巧みに操っている。それを薙ぎ払うタイプの大剣で相手にするのは些か効率が悪い。かといってナイフで相手をするのも難しい。
 不意に女が立ち止まった。次にどう出るのか予感がした。
 
 砂利が踏みしめられる音。
 跳んで間合いを詰めてきた女を、ゲズゥは避けることを選んだ。すれ違う瞬間、健康的ともいえる小麦色の顔が近かった。
 一重まぶたで、目じりに向けて細くなるヘーゼル色の瞳には、純粋な快楽が彩られていた。
 
 このような戦いを心から愉しむタイプの連中には今までに何度か会ってきている。今回もこれといった感想を抱かなかった。
 以前、自分がこの女に刺されて倒されたことに対しても、ゲズゥは何の屈辱も逆恨みも感じなかった。過去の敗因は知れている。ならば今の危機を握りつぶすのが最も重要である。戦いながら少しずつ移動し、路地から通りに出た。
 この女は力こそゲズゥに敵わないが、速さは同等かそれ以上である。加えて、騎士らしく動きが洗練されているのが厄介だ。
 
「ちょうど面白くなってきたというのに、邪魔をするなよ?」
 攻撃を続けながら、女は喉を鳴らして笑っている。
「それは貴女が邪魔をせざるをえないような行動を取るから仕方ないでしょう」
 背後から返事を返したのは、地下から上がってきた聖人だった。口調の柔らかさとは裏腹に、普段よりか声音が怒りを帯びている。
 
「あの商社の雇い主は貴女ですね、セェレテ卿」
 質問ではなく断言だった。内容も要点だけの短いものだが、通じた。
「だったらどうした? 貴様らに関係ないだろう。それともラサヴァの町に感情移入でもしたのか、聖人デューセよ」
 女は空いた手のひらを大げさに翻した。言いがかりだ、などととぼける気は無いらしい。
 
「人として非道過ぎる行いです! 関係が無くても見過ごせません」
 聖人の背から、ミスリアが更に非難した。
 しかし人道を説いてもおそらくこの女には無意味だとゲズゥにはわかっていた。こういう輩には心に決まった何かがあって、それの為なら後は総てどうでもいいのである。身に覚えのある話だからこそよく解る。
 
「さすが聖女様は可愛いことを言ってくれる。そうさ、今この場でお前ら三人をまとめて揉み消しても寝覚めが良いぐらいに、私は非道だ」
 女は高笑いをして、指を鳴らす。柱や樽の陰などに隠れていた気配が姿を現した。ゴロツキという形容が最適な連中で、数は十人。聖人に加勢させてもまだ面倒そうな数だった。ミスリアが唾を飲み込むのを聴いた。
 
「私はこの町で遊んでいた。実験、とでも言えばいいのか? うまく行けば成果を殿下へ献上しようと思っている」
 女騎士は剣を構えなおした。殿下とやらが、この女の心に決まった何かなのだろう。
 
 ゲズゥは腰に提げていた短剣を鞘ごと掴んで、背後の聖人へ投げた。何も無いよりはいいだろう。そうして彼もまた剣を構えなおす。体はそのままに、目だけを動かして、状況を細かく把握した。この女を切り伏せた後は、どういう順番でゴロツキとやり合うか検討しなければならない。
 
 まだ誰も動き出さないこの場面で、さてどうしたものかと考えていたら。
 前方から、蹄の音が響いた。
 こげ茶色の巨躯が人を乗せて駆け寄る。
 
 その馬は高く跳躍した。女騎士の頭上をも超えるほどに。
 そうして今にも剣と剣をぶつけ合うはずだったゲズゥと女騎士の間に着地し、文字通り割って入ってきた。馬の長い尾がバサッと音を立てて揺れる。
 
 かろうじて、紺色のマントに包まれているのが男だというのがわかるくらいで、鞍上の人物の顔はここからよく見えない。長い前髪も原因の内である。
 女騎士が素早く跪いた。ということは、これが例の殿下か。ゴロツキらは戸惑いながら、何人かがやはり跪いている。
 
「シューリマ……お前は相変わらず、妙な事ばかりしているそうだな」
 声は普通の青年のものだが、爽やかさや潔さよりも企みを含んでいた。あまり王子らしいとは言い難い。いや、何が王子らしいのかなど基準がゲズゥに解るわけでもない。
「殿下! 私は――」
 頭を深く下げたまま女は何か弁明をしようと口を開き、けれども男が遮った。
 
「その話は後でいい」
 男は馬の向きをこちらへと変えた。馬の熱い吐息を感じる。
「久しいな、ゲズゥ。一、二年ぶりか? お前はあまり変わっていないようだが」
 未だ顔の見えない男の口元が釣り上がった。

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