14.i.
2012 / 08 / 03 ( Fri )
 二人がすぐに振り返る。大雑把な切り出し方なのに随分と食いつきが良いようだ。
 軽く咳払いをした。
 
「亡き先王は戦で散った兄の王位を継いだ人でね。ゆえに短い間だったけど、ミョレンの歴史を顧みれば珍しく賢君だったと思う。聞いた話だとね」
「そうだったんですか」
「そんな国王が病床についた時、腹心である宰相を呼び寄せたんだ。次の王になる人間は、有能な彼に見極めて欲しいと」
 
「それが例の『条件』に繋がると?」
 ミスリアはポニーテールから逃げた髪の一房を耳にかけ直し、訊いた。ラサヴァで、カイルサィートが王子殿下に言った言葉を覚えているのだろう。
 
「そうだね。王冠は宰相が隠し、彼だけが在り処を知っている。そして彼は継承者候補たちに王の遺言を伝えた――『国民に最も支持される人間が王冠を戴く』と」
 カイルサィートは話を続けながらも周囲への注意を緩めなかった。もとより肌の露出が少ないため枝などに引っ掛けられて怪我をする心配は無いが、それでも蜘蛛の巣や大きな虫、そして蛇などを避けたい。
 
「果たして宰相が王の真実を語っているのか、これが彼自身の謀(はかりごと)なのかは僕にはわからないけど。宰相殿には親類縁者が一人も居ないし、本人は国以外の何事にも無関心。彼を強請ったり尋問にかけたりして王冠の在り処を聞き出すことは不可能に近いらしい」
 しかも王冠を託されたからには自分自身が王になりたい、とは決して考えないような誠実な人物だと聞く。
 
「では条件に従うしかないのですね。国民の支持と言っても解釈は多々ありそうです」
「だから手持ちの領地や利益を増やそうとする者もいれば、慈善事業に励む者もいるのかな。シューリマ・セェレテは、オルトファキテ王子の名の下で偽の活躍を積もうと狙ってたんじゃないかな。王子はそういうのをいらなかったみたいだけど」
 
 自国よりも聖獣が欲しいと言った第三王子を思って、カイルサィートは数秒ほど立ち止まった。
 ミョレン国内のイザコザだけならこちらにとっては関係無いのひとことで済ませられるが、聖獣が絡むとなるとそうは行かない。しかし途方も無さ過ぎて警戒する必要があるのか怪しい。教団に報告しても信じてくれない気さえする。
 
 思考を巡らせても答えが出ない問題はひとまず忘れて、カイルサィートは自分が聞いた他の噂を話すことにした。止めていた足を動かす。
 
「現在のミョレン王国で王位継承権を有しているのは、先王の兄弟姉妹が何人か、あとは先王の直系の子が四人。その四人の中で唯一、オルトファキテ王子だけは母親が平民以下の身分で、詳しい経緯は知らないけど、どうやら母親は王子を産んだ一週間後に自害したらしい」
 ミスリアがはっと息を呑む。大分先を歩くゲズゥが、まるで話に興味を持ったように振り返っている。
 
「……とまぁ、王子ははじめから王位継承権を持っていなかったってね。ところが彼は成人してからの数年間、消息を絶った。死んだんじゃないかって噂が出回るほど長い間が過ぎるといきなり城に戻って王と謁見し、その直後に王は第三王子にも継承権を与えると言って譲らなかったそうだよ」
「どうして王様はそんなことを言ったんでしょう。王子殿下の才気を知って考えを改めた……とか?」
 
「その読みはいい線行ってると思うよ」
 勿論、実際の正解は知らない。
 カイルサィートは無言で藪を払う長身の青年の、後ろ頭をじっと見つめた。
 
(おそらく、彼らが出会ったのは王子が城から失踪していた数年の間)
 王子のそれまでの人格とそれからの人格に如何ほどの差異があるのか、知ってみたいような知りたくないような、微妙な意欲が沸く。
 少なくともその数年がどんなだったか、訊ねてみればゲズゥ・スディルは答えるだろうか。
 
(またの機会があれば訊くかな)
 たとえその機会がいつ訪れるのか、想像がつかなくても。
 そろそろ時間切れである。
 
 岩壁に挟まれてた道が、視界が、急に開けた。
 前方では少々の平野の先に、濃い緑色に覆われた低い山が連なる。山々の麓には畑と民家が並んでいる。
 ミスリアが情景に感嘆の声を上げた。
 
「何だか大陸のこの辺りは地形がめまぐるしく変わりますね。綺麗です」
「南西へ行くとただの平地の方が珍しいね」
 カイルサィートは右隣に目配せした。
 数歩先で道がちょうど別れている。民家に近づきすぎない距離から、平地を進められる。
 
「僕はここから北へ行くよ」
 笑ってそう伝えたら、ミスリアが落胆に表情を曇らせた。鞍上からおもむろに降りて、彼女はカイルサィートの正面に立った。
「ちょっと残念です。できればもっと一緒に旅をしたかった……」
 
「それは僕も最初はそう提案したかったけどね」
「と言いますと?」
 小柄な少女が首を傾げた。ウェーブのかかった栗色の髪が風になびく。
「考えが変わったと言うのかな。僕は聖獣を蘇らせる旅には出ないよ」

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