14.j.
2012 / 08 / 03 ( Fri )
 カイルサィートは、言葉の一つ一つに決心をこめた。
 そう、ミスリアと再会した当初は一緒に旅に出ようと提案するつもりだった。自分の方の護衛は道中雇うなりして、共に聖地を巡礼したかった。かつての同期生であり友人である人間と一緒なら心強いし、よりスムーズに旅が出来ることは想像に難くない。
 
 ミスリアは口を不自然に開いたと思えば、数秒後に気付いて閉じた。説明を求めるべきか決めかねているのか、唇を揺らしている。
 
「色々と思うところがあってね。前からだけど、叔父上の教会に来てからもっと」
 訊かれる前に、カイルサィートは自分から説明し始めた。
「聖獣を蘇らせることの重要性は理解している。ただ僕の目指す目標は、それだけではきっと手に入らない」
 忌み地やラサヴァの町での騒ぎと、叔父の成れの果てを思い返す。そして教団関係の人間以外ほとんど誰も知らないという、魔物が発生する原理。
 
 ――本当に、このままでいいのか?
 
「カイルの目標って確か……『魔物に怯えずにすむ世界』でしたよね?」
「よく覚えてるね」
 自然と顔がほころんだ。目標を語り合った日々が大昔のように感じる。
 
「その思うところが何なのかまでは、話してくれないんですよね」
「今はまだ閃きに過ぎないから……時が来たら話すかな。ごめん、約束は出来ない」
 カイルサィートは苦笑いした。
 そもそも今の教皇猊下の指揮下で、教団が聖獣を蘇らせることを最優先しているというのに、この決断は褒められるものではない。
 
「わかりました。ではここでお別れ、ですね」
 俯いたミスリアの様子がいつになく暗い。
「こらこら、そんな顔しないの」
 つい子供をあやすような声色になって、少女の肩を叩いた。
 
 ミスリアは間髪居れずに抱きついて来た。
 まるで今生の別れを惜しむような抱擁に、驚かざるを得まい。行き場の無い両手をさまよわせる。
 やがてカイルサィートはため息混じりに微笑んで、小さな体を抱きしめ返した。
 
「生きていればまた会えるよ」
 優しく告げた。こっちだって感極まらないように必死だ。
「違う」
 それまで馬の手綱を手に持ち、傍観していただけのゲズゥが発話した。無表情に、一言だけ。言わんとしている事は多分伝わった。
 
「訂正するよ。お互いに生きていて、再会したいという心意気と手段・縁・機会があれば、必ずまた会えるよ」
「…………はい」
 くぐもった声は、泣いていない。
 
「旅、頑張ってね。教団を通して手紙を出せば通じるはずだから、たまには書いてみる」
「はい」
 ようやっと離れたミスリアは瞑目している。次に茶色の目が開いた時は、笑っていた。
「私もできれば手紙を書きます。今まで、有難うございます。カイルの進む道がどうであっても私は貴方の味方です」
 
「ありがとう。僕も同じ気持ちだよ」
 そこでカイルは、ミスリアの向こうに立つ黒髪の青年に声をかけた。
「ゲズゥ、君もありがとう。ミスリアをよろしく頼むよ」
 名で呼ぶ約束をしていないので不思議な感じがしたが、気にせず続けた。
 
「君には再会したいという心意気が無いだろうから、これが最後になるかもしれないよ。最後くらい、名前を覚えて欲しいな。できれば呼んでくれても」
 他にも言いたいことはたくさんあるが、口から出ていたのはそんな言葉だった。
「断る」
 素っ気無い返事。ミスリアが目を丸くした。
 カイルサィートはどうしてか、怒りよりも笑いがこみ上げる。
 
「あはは! そういう率直な物言い、結構好きだよ」
「俺はお前は苦手だ」
 やはり無表情にゲズゥが言い切った。
「え。どうして?」
「話し方が知った人間を彷彿とさせる」
「それって僕自身に非が無いんじゃない。その人とはどういう関係?」
「……」
 
 表情に変化は表れなかったが、ゲズゥはそっぽを向いた。どうやら答えたくない質問らしい。
 追究はせずに、カイルサィートは荷物をまとめることに移った。ミスリアには馬を使うよう強く勧められ、やんわり抵抗したものの最終的には折れた。
 馬に飛び乗って、彼はついさっきまで旅の連れであった二人を見下ろし、微笑みかける。
 
「それじゃあ行くけど、二人とも元気で。無茶しないでね」
「はい。カイルこそ!」
 ミスリアは大きく手を振った。彼女の背後に立つゲズゥは腕を組んでいる。
 最後にもう一度笑って、頷いた。
 
 ヤァ! と馬に声をかけて向きを変える。
 前方の青く茂る平原と、美味しそうな綿雲の点在する空を見据えた。遠くから鷹の鳴き声が響き、呼応したかのように暖かい風が吹く。
 聖人カイルサィート・デューセは己の次なる行く先に向かって迷わず駆り出した。

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