15.f.
2012 / 09 / 11 ( Tue ) **注意**
珍しく注意喚起をします。 今回は今までより突き抜けてグロイ描写がありますので、心してお読みください。 _______ 本来ゲズゥのような接近戦に特化した人間は、魔物狩りに向かない。 魔物と対峙する時の戦法は、まず中距離または遠距離から攻撃を繰り出し、対象を弱らせるか拘束してから、接近して止めを刺すのがセオリーだ。そして常に二人以上のチームを組んで連携するのが理想だ。 (でも魔物が怖くて護衛を頼んだんじゃないから……) そうだったならば普通の魔物狩り師を雇っていた。 個人的な興味も混じっているとはいえ、わざわざゲズゥ・スディルこと「天下の大罪人」を探し出したのには違った理由がある。 これまでの旅で誰もトリスティオと同じ指摘をしなかったのは、きっとミスリアがいずれ供を増やすだろうと想像していたからに違いない。 ミスリアも、せめてあと一人は増やしたいと考えてはいる。 (残念ながら、そんなアテなんて無いけど) 協調性に乏しいゲズゥが誰かと組むのを嫌がったりしないだろうか、とも思う。たとえゲズゥが平気だとしても、どちらかというと相手の方が嫌がるかもしれない。 カイルはああいう温和で立ち入り過ぎない性格だからか、何の衝突もなく三人で旅ができた。果たして他の人間を仲間に迎えてそううまく行くかどうか。 「今までは彼一人だけでも十分でした。けれどもそれも運が味方しただけかもしれませんし、道中にいい人材に出会えたら勧誘しようと私も考えています」 嘘は言っていないけれど、ミスリアにとっては実現性の低い話である。 「そうっすね。飛び道具を扱う魔物狩り師はやっぱり必須でしょう」 その返答に納得したのか、トリスティオは深く頷いた。 「トリスの弓みたいなー?」 ツェレネが首を傾げて無邪気に問う。 「おれの腕じゃまだ旅は無理だって。大体、皆を置いていけるかよ」 「うん、置いてかないでね」 「何だその言い方」 えくぼを浮かべてツェレネが笑うと、トリスティオは頬をかすかに紅潮させた。 ミスリアが手元のハーブティーの甘い香りを嗅ぎながら「仲が良くていいなー」、みたいな感想をぼんやりと思い浮かべていた、その時。 蒸し暑いとも言えるような夜を、不似合いに冷たい微風が吹き抜けた。 その風に乗って、鼻がひん曲がる程の悪臭が届く。 それが何を意味するのかは疑いようも無かった。 テーブルを囲う三人は一斉に立ち上がり、ゲズゥも刀身剥き出しの剣を構えて前へ進み出た。トリスティオがツェレネを自らの背後に押しやった。 虫の声がいつの間にか止んでいて、奇妙な静寂が庭に満ちている。 吐息すら無意識に潜めてしまう。 前方の深い茂みを睨み、ただ待つしか出来ないその数秒が無限に続くように思えた、が。 葉と葉の擦れ合う音がした。 茂みの奥から、緋色の双眸が燃え盛る。 原始的な――捕食者に睨まれた獲物の――恐怖を制御するため、ミスリアは奥歯を噛みしめた。 前方の茂みから巨大な影が飛び出たのとほぼ同時に、トリスティオが弓に矢を番えた。 現れ出た異形のモノの左の眼球を、彼の矢が的確に射抜く。 魔物は、聴くに堪えない絶叫をしつつ仰け反った。 蝋燭の炎に照らされるソレは山羊の頭に人間の男の胴体と続き、そして下半身は山羊の毛並みに覆われた、馬を思わせる体躯をしていた。 両手にはそれぞれ指が三本しかなく、黒い爪が恐ろしく長い。 魔物が体勢を立て直しては地面を蹴るが、右の掌と左肩に次々と矢が刺さる。半人前と自分では言っていても、トリスティオは十分に戦力になった。 痛みに悶える魔物を一刀両断すべく、ゲズゥが迅速に接近している。 彼が残る一歩を踏み込んで大剣を振るうだけで、この緊迫した場面も終わる。 そんな風に後方の三人が安堵した、瞬間。 ゲズゥが踏み留まった。 素早く振り返った彼は大きく目を見開いている。 斬るべき敵を目前にして一体どうしたというのか―― ――ゴキッ。ギィッ。 何かが噛み砕かれる音と、何かが抉じ開けられるような音が背後から連続して響いた。 そのどれもがひどく鈍いものだった。 「え?」 ツェレネの突拍子も無い疑問符に、ミスリアも振り返って、そして。 総ての言葉を失った。 全身から力が抜けて、地面に尻餅をつく。 五感からの情報が巧く噛み合わなくて、場に対する飲み込みもまたちぐはぐになる。 今日までに、人間の頭蓋骨が開かれる図など見たことが無かった。 赤毛の美少女だったはずの彼女は足が地面から浮いていた。 美しい目や口や鼻から溢れ出るナニカ。 彼女の脳天に長い牙を立て、両手の爪でそれを果実にするように開き、中身を啜る羊頭の異形。 それはそれは大きな音を立てて、夢中で啜っている。 ――生きた人間の脳髄を。 理解した途端、胃の中の物が喉を逆流した。 |
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