すーいませんでしたー
2014 / 08 / 12 ( Tue ) いやホント更新遅れててすいません。バタバタしてますのよ。
こういうときもあるってことで… てわけで(?)拍手御礼入れ替えました。なんか…うん 相変わらずノリが軽いですw 残暑見舞いとかも書きたかったけど多分無理げー |
35.c.
2014 / 08 / 06 ( Wed ) 「エンリオさんと、レイさんが……死んだ、んですか」オウム返しにする自分の声をミスリアはどこか他人事のように聴いていた。「確かですか?」と訊き返すと、ゲズゥは「さあ」と答えた。
「リーデンが人づてに聞いた。確認したければ聖女に会うんだな」 「はい……」 ミスリアは腕の中の枕に視線を落とした。美味しそうなプラム色の布地に金糸の刺繍。丁寧に作り込まれたこの枕はリーデンがどこかで買ったのだろうか。それともイマリナの手作りなのだろうか。見つめても見つめても答えはわからないし、心にのしかかる重石は動かない。 ――別れはいつだって突然訪れる。 あまりよく知らなかった人が自分の与り知らない所で亡くなったと聞けば、特にそう感じる。 最初のショックが引き潮のように薄れた後、ミスリアは二人に最後に会った日を思い出そうとした。強面の女騎士と最後にあった時のことはまだ鮮明に思い出せる。ミスリアが討伐に参加するつもりだと聞いて、彼女はぶっきらぼうに「ありがたい」と言ったのだった。 (守れない約束になってしまったわ。不可抗力だったとはいえ、情けない) しゅんと気持ちが萎れる。 今度は童顔で小柄な男のことを思い浮かべた。いつしか、馬車から降りる際に手を貸してくれたのを覚えている。 彼は最後までよくわからない人だった。親しみやすそうなのに、コートの下に隠されていたたくさんのナイフを見た時は、思わず寒気がしたものである。 関わった時間は短かったけれど、命を懸けた局面に共に立ったのだ。なのに驚くほどミスリアは二人について何も知らなかった。これまでどんな旅をしてきたのか、趣味嗜好、出自や歳でさえも。 もっとたくさん話をすればよかった、なんて後悔しても仕方ない。いつ別れが来るのか知っていて人と接していられた方が楽かもしれないが――現実には、この人はもうすぐ会えなくなるから今の内にもっと時間を共有しろ、などと誰も教えてはくれない。 彼らはどんな最期を迎えたのか、どんな無念を抱いたのか、何を遺したのか。ミスリアは想いを馳せる。そういえば色々と対照的な二人はよくつまらない言い合いをしていたけれど、あれはああ見えて仲が良かったのかな、出会い頭ではどうだったのかな、など。 激しい悲しみは感じない。喪失に、ただ静かに気持ちが沈んだ。 死地に立つ覚悟を決めていた彼らのことだ、訃報そのものに意外性は無かった。 それでも残念だ。二度と会えない事実が、終着点を見ることなく旅が唐突に終わってしまった彼らの一生が。 (聖女レティカは後任の護衛を雇うのかな……ううん、それより大丈夫かしら) 自分はエンリオたちの死を人づてに聞いたからには悼むが、深い関わりを持っていた人間の場合はそれだけでは済まない。ましてやその場に居た人間ともなれば―― 「やっぱり、聖女レティカに会います」 エンリオとレイの生死の真相も気にかかるが、その上で純粋にレティカが心配だった。 彼女とは同じ立場であり、同じ目に遭う可能性は高い。どうしても他人事とは思えない。護衛を――供を、いつ失ってもおかしくないのはミスリアだって同じだ。 (もし私たちも参加していたら……?) 想像することさえ恐ろしかった。ゲズゥは自分が死んでも気にするなと言ったけれど、「わかりました」と割り切れるものではない。 今やリーデンが加わって護衛が二人になった分、ミスリアは三人分の人生を――命運を背負っていることになる。 死ぬのは怖い。死なせるのも怖い。自分の為に誰かが死んで一人取り残されたらと想像すると、怖いなんて単語だけでは表せない心持ちになる。 気が付けば抱きしめていた枕がはち切れそうになっていた。ため息をつくに合わせて、腕の力を抜いた。 ミスリアの発言に対し、正面に立つゲズゥの面貌に微かな不満のような色が浮かんだ。 「起き掛けに歩き回る気か。まだ立ち上がれないだろう」 「そ……そうですね。でも街中では貴方に運んでもらうのは無理がありますし……」 人目のつかない場所だといくらでも担いでくれて構わないのだが、街の中はどうしても目立って不審がられてしまう。背負われても抱えられても然り。 ゲズゥは無言で首をコキコキと鳴らす。 「車椅子」 と言い捨てて、彼は瞬く間に姿を消した。 |
また絵を描いて遊んでました。
2014 / 08 / 02 ( Sat ) |
35.b.
2014 / 08 / 01 ( Fri ) おそるおそる素足を伸ばした。母指球に伝わった床の冷たさに吃驚して、反射的に足を引いてしまう。 (大丈夫かしら……) 食事を経て幾らか力が入るようになったとはいえ、まだ万全の状態からは遠い。ベッドから起き上がって数分も経たないのに、既に上体を支える背筋に鈍い疲れが出ている。まともに歩けなくなっていても仕方ない。 とりあえず滑り落ちるようにそっと床に両足をついた。ベッドに手をつけたまま、立ち上がる。 意識が無かった間もちゃんと誰かが定期的に裏返してくれたのだろう。リーデンが「微動だにしなかったよ」と形容するほどに寝返りを打たない眠りでも、血行は想像していたよりも良さそうだ。 一歩踏み出せたかと思えば、視界が揺れた。踏み出した方の膝が前触れも無く崩れ――かと思えば視界が暗転した。 鼻腔を満たした革の匂いに噎せかける。両肩を支える手が妙に熱く感じる。 刹那、抱きしめられた感触がフラッシュバックした。 ――ありがとう―― あの時耳元で囁かれた一言が蘇った。 『お前のおかげで、俺は大切なモノを失わずに済んだ』 どうしてかはわからない、体温が急上昇した。 実際にあの出来事が二十日前にあったのだとしても、ミスリアにとっては昨日のような、ついさっきのことのような感覚である。 あれは場の雰囲気に呑まれての行動。特殊な状況下での一度限りのこと。今また行われる可能性は皆無のはず、なのに何故か気持ちは落ち着きを失う。倒れないように支えてくれたのに、お礼を言う余裕も失われていた。 いけない、近過ぎる。離れなければ。直ちに離れなければ、とただ一つの想いが頭を占める。至近距離に立つ青年を突き飛ばし――実際はミスリアの腕力だと少し押しのけたようなものだけれど――反動でベッドにぽすんと腰を落とす。 (嫌だったわけじゃないの) 思い出すと胸の奥に温かい波が生じるような気さえする。しかしダメだ、何がどうダメなのかはわからない、ダメなものはダメだ。そう、心の準備だ。心の準備が足りないのだ。 不審に思われただろうか、今自分はどういう顔をしているのだろうか。ミスリアは茶色の瞳を遠慮がちに上へと彷徨わせた。 常に無表情な男は変わらず無表情なので、気にしたのかどうかは読めない。次第に居たたまれなくなって、適当に喋り出すことにした。 「え、えーと……それにしても、二十日もお待たせしてしまってすみません。退屈でしたでしょう?」 「別に。建物の中で適当に運動してた」 何でも無さそうにゲズゥはサラッと答える。 (独房にずっと幽閉されてた間もこんな風に平然としてたのかな) だとしたら末恐ろしい精神力である。自分なら発狂するに至らなくても、目が溶けるまで泣いたに違いない。看守が去る度に、寂しさと恐怖に震えたり叫んだりしたかもしれない。 想像してみたら、ぶるっと寒気がした。これからもそんな状況は絶対に回避して生きよう。 「リーデンさんはどうしていました?」 気を取り直して訊ねる。 「アレなら、引継ぎだの交渉だのに奔走してた。本気でこれまでの生活を手放すつもりらしい」 「そういえばリーデンさんって何をされてる人なんですか? 商人?」 そう訊くと、ゲズゥは目を細めた。 「忘れた。麻薬や国宝級の宝を売買してたような気はする」 「え……」 麻薬も気になるけれど、国宝なんて凄まじい物をどうやって入手しているのか。色々と方法を想像してみて、結局どうやっても違法なやり方にしか思考が辿り着けなかった。 ここは知らない方が気楽かもしれない、と一人苦笑した。 (あれ? 何かまだ抜けている) ミスリアは笑みを作っていた表情筋をはたと止める。眠っていた二十日の間にまだ何か重要なイベントが控えていたような気がしてならない。 ふと、青銅色の長い髪に白い半透明のヴェールを被った聖女の美しい微笑が脳裏に浮かんだ。 「……そうです! 再討伐の話はどうなりました!?」 どうして今まで忘れていられたのか、不思議である。 「先週辺りに実行された」 その返答を聴いて、ミスリアは落胆と安堵の混じった吐息をついた。たとえ誘いの声がかかっていても、意識不明だったのならどうしようもない。都合が合えば参加するとあの時レイにはそう言ったけれど、怖いものは結局怖いのだ。 そしてミスリアが参加しなかった以上はゲズゥたち兄弟が我関せずの姿勢を貫くのは理解できた。 「それで…………どうなりましたか」 「前回と変わらない結果だったと聞いてる」 瞬きすらない、即答。 残酷な内容を告げる青年の低い声はやはり何の感情も含んでいなかった。ミスリアはベッドシーツを右手でぎゅっと握り締めた。 「で、では聖女レティカに関して何か存じませんか。参加したんですよね」 「聖女は生存した」 その報せにほっとしたのも束の間、別の不安が沸き起こる。不安を紛らわせようと思って、ベッドから枕の一つを取って腕の間に抱き抱えた。 「聖女は、という言い回しに裏があると感じるのは私の考えすぎですか……?」 いつしか喉がカラカラに渇いていた。搾り出した質問は、か細く響く。 「護衛の二人が死んだ」 「……!」 潰さぬ勢いでミスリアは枕を抱きしめた。 |
35.a.
2014 / 07 / 28 ( Mon ) ベッドの中で食事を取るのも、記憶の限りでは初めての経験だった。花瓶に移された花束を横目に眺め、今日は初めての多い日だ、と聖女ミスリア・ノイラートはぽつりと思った。 イマリナが用意してくれた麦と野菜のスープを食べている間も、護衛の青年たちは部屋に残って母語で話し合っていた。何を言っているのかはこちらにはわからないが話題は何となく察しがついた。 湾曲した大剣の手入れをしているゲズゥに、リーデンが革のベストみたいな代物を見せている。 ゲズゥが頷いた後、リーデンがいきなり南の共通語に切り替わった。「僕も防具の類は動きが鈍るから好きじゃないんだけど、こういう革のヤツを中に着てるだけでも違ってくるから。自分のを新調するついでに兄さんの分も買ってくる。あんまり聖女さんの治癒能力に頼らなくて良いようにね」 最後の方はミスリアに笑顔を向けて言った。 「お気遣いありがとうございます。あの……つかぬことをお訊きします、私どのくらい眠っていました?」 ミスリアはベッド脇のゲズゥに答えを求めるような目を向ける。 黒い右目と、白地に金色の斑点が散らばる左目が、静かに視線を返した。一度瞬いてから左右非対称の目がリーデンへと流れた。意図を受け取り、兄の代わりに弟が答える。 「二十日だよ」 「二十日!? 数え間違いではないのですか!」 「ううん、数字に関することで僕に記憶違いはありえない。君は僕を助けた後に倒れて、そのまま二十日の間、微動だにしなかったよ」 「そんな……」 ミスリアは己の四肢に意識を向けた。やけに長い間筋肉を動かしていない気がしていたのが、そういう理由だったとは。 「心配したよー。前にもこういうことあったって兄さんが言うから大人しく待ち続けたんだけど」 「ご迷惑をおかけしました」 二十日も二人を待たせたのかと思うと申し訳ない気持ちで一杯になる。ミスリアはぺこりと頭を下げた。 それにしても、下手すれば二度と目覚めなかったのかもしれない。胃の底に冷たい石が沈み込んだような感覚を覚えた。 「あははー、違うよ聖女さん。そこは『よく尽くしてくれたな下僕ども』とでも言ってどんと構えてればいいんだよ。ま、そういう控え目な姿勢が可愛いんだよねぇ」 絶世の美青年はさも楽しそうに笑う。 「い、いいえ」 ミスリアは懸命に頭を振った。下僕だなんてとんでもない。どちらかと言えば、誇り高き猛獣たちになんとか認めてもらえている気分だ。 「さてそれじゃ、僕はちょっと行って来るね」 「あ、はい。いってらっしゃい」 リーデンは軽快な足取りで戸まで歩み寄り、流れる動作で戸を開閉した。勿論、戸が閉まったと気付いた時にはもう彼の姿は消えていた。 数分後には入れ替わりにワンピースにエプロンを着けたイマリナが入ってきた。いつも通りに長い髪を三つ編みにまとめている。今日のヘアバンドは薄黄緑色だ。よく考えたらそれはリーデンが着ている衣装と同じ色かもしれない。 イマリナはにこにこ顔で「もういいですか」と唇だけで無音に問いかけた。 「はい、ごちそうさまでした。今日もとても美味しかったです」 と答えると、イマリナは一層嬉しそうにはにかむ。彼女はミスリアの膝の上からトレイや食器を手際よく片付けては去った。 ベッドの上がさっぱりしたので、いざ降りてみようと試みる。 |
(*´Д`)
2014 / 07 / 24 ( Thu ) 旅行の予定を立てるのって面倒で仕方ない時もあれど、楽しくて仕方がない時もありますねぃ。
砂浜……砂丘……! ハァハァ… 妄想が 広がるぜ…… 勿論アルジェリアの砂丘みたいな難易度の高すぎる奴ではないので、観光客が多い分だけ神秘は感じないかもしれませんが、郊外育ちの軟弱者の私には今はこのくらいでいいんですよ。不老不死者になれたら世界中を好きなだけ旅したいなぁ。何一つ恐れることなく。あ、過去作品にそういうのありますねー あれ掘り起こそうかなー まあ、恐怖や限界を感じる人間の儚さにも美学はありますけどね。 バギーやジープを借り出して乗り放題もできるそうですよ。必ず一回はどっかに車輪が引っかかるらしいのがちょっと怖いんですがww それもネタになると考えれば平気ですよねきっと。 あ~~~ 8月が楽しみになってきた! ひゃっほい! |
閑話
2014 / 07 / 21 ( Mon ) ん~。
コーヒーうまし。 どうも、頼まれごとで鍵針編みでちっさい巾着みたいなのを大量生産してる甲です(どうでもいい 鍵針ダコみたいなのができた時には吃驚したぜ…。 昨日超久しぶりに知り合いとフランス語話しました。これからちょくちょく練習しとかないと腐ってくだろうなぁ。 他には昨日ハンバーガー食べて久しぶりにビール(IPAとサイダー)飲んだり、フローズンヨーグルト食べたり。胃が若干根をあげている気がするけど気合で乗り切りましょう! 明日また献血する予定です。2か月過ぎるの はやっ 所詮若さと健康とは利用してこそ意味があるもの。私なんぞで良ければどんどん血を使ってってください。若さの方は結構使い切られてきたし(笑 こんなカンジで大した話題も無いですが、次回更新はもうちょっとお待たせしちゃいますね。つーか滝神遅れてる_OTL 仕事も急に色々任されて あばばば。 では今週も燃えて行きます★ おまけ 07/19/2013 えびの描いた伊藤園に私が模様をつけたやつ |
34 あとがき
2014 / 07 / 17 ( Thu ) |
34.g.
2014 / 07 / 17 ( Thu ) 「ゲズゥ!」
修道女たちを押しのけるようにして駆け寄った。勢い余って、彼のお腹辺りに手を付く。 服に付着した、乾いた血の感触にゾッとした。 「ど……どうなったんですか!? その血は! リーデンさんはご無事ですか!?」 矢継ぎ早に質問をぶつけた。 星明かりにほんのり照らされた顔を探るように見上げる。青年の無表情ぶりからは、吉報か凶報かを読み取ることはできない。 黒と白の瞳のコントラストにミスリアは一瞬目を奪われ、その間に肩に手が触れたことに気が付き―― ――抱き寄せられた。足が地から浮き上がるのを感じる。 血の臭いすら意識しなくなるような、ただならぬ抱擁だ。息が浅くなる。 耳元で低い声が短い一言を呟いた。 驚愕に駆られ、表情を確認せんと反射的に試みるも、頭の後ろも強い力で押さえつけられていてびくともしない。 「お前のおかげで、俺は大切なモノを失わずに済んだ」 続く言葉にハッとなる。 ミスリアは顔を埋(うず)めたまま一度目を見開き、すうっと瞼をゆっくり下ろした。唇の間からため息が漏れる。 (それじゃあ、なんとかなったんだ) 包み込む温もりに、張り詰めていた神経が緩まった。目頭が熱くなる。 「…………よかった」 腕を伸ばして精一杯の力で抱き締め返した。 (よかった……) ゲズゥがこうして帰って来てくれただけでも嬉しいのに、二人とも無事で、本当に良かった。 心地良い安心感に身を委ねたこと数十秒。 極限までに疲弊していた精神が途切れ、ミスリアは深い眠りについた。 _______ ミスリア・ノイラートはなんとなく見覚えのある天井の下で目が覚めた。少し硬めだが温かいベッドの上に視線を走らせつつ、起き上がろうとする。天井のシャンデリアは全ての蝋燭に火が灯っており、部屋がとても明るい。 まるで長い間筋肉を使っていなかったみたいに身体の動きは緩慢だった。 「大丈夫? だるそうだね」 声がした方を向くと、大きな花束を抱えた絶世の美青年がベッドの脇に立っていた。輝かしいサラサラの銀髪、凛々しくも繊細な顔立ち。宝石を思わせる緑色の瞳に、上品そうな生地の民族衣装。寝起きにこんな浮世離れた人物が目に入ったことに、ミスリアはあんぐりとした。 傾国の美青年という言葉が新たに脳裏を過ぎる。 「確かに気怠く感じますけど……あの、この季節に何処でそんなに鮮やかに瑞々しい花束を手に入れたんですか? リーデンさん」 「温室持ってる知り合いからちょっとね」 リーデンはそこでパチッとウィンクしてみせた。花束の香りをそっと嗅いでから、それをミスリアに差し出す。 「可愛らしい命の恩人さんにお見舞いだよ」 「あ、ありがとうございます」 困惑気味に受け取る。恥ずかしい話、異性に花束をもらったことなんて十四年生きてて初めてである。頬が紅潮するのを止められない。 「礼を言うべきは僕の方だよ。君が命を懸けてくれたことはわかっているつもり」リーデンは姿勢を正して腰を折り曲げた。「ありがとう、聖女さん」 「やめて下さい、そんなに改まられても困ります! 頭を上げて下さい」 手をぶんぶんと振って懇願したら、リーデンは笑いながら元の体勢に戻った。 「あはは。あのね、休ませるなら大聖堂の中の方が良いって修道女連中がしつこかったけど、それじゃあ僕らはずっとついてられないからね。あそこから無理矢理連れ出しちゃったよ……――兄さんが」 リーデンの目線が向かった先を、ミスリアも一緒になって追った。ベッドの隣の床に横になって眠る人物を認めて、ミスリアは本日二度目に愕然とした。 「な、何でそんな所で寝てるんですか!」 「んー、兄さんの身長じゃあソファは窮屈だからでしょ」 「はあ……」 ――寝心地が悪そうなのに。でも傍に居てくれたことには、こっそり喜んでおいた。 「ところで聖女さん。お願いがあるんだけど」 「何でしょうか」 急ににっこりとしたリーデンに気圧されながらも問い返す。 「君に受けた恩があまりに大きすぎて、どうやったら返せるのか自分なりに考えててさ」 「そんな、お構いなく」 「そーゆーワケには行かないでしょ。で、とりあえずはね」 そこで彼の例のとろける笑顔が出て、ミスリアは条件反射でぼーっと見とれた。 「僕も旅について行ってもいい?」 「え?」 突拍子もない質問に瞬きを返した。 「そこの図体のデカい人なら、もう話は付けてあるよ」 「……図体がデカいのはお前もだろう」 もそり、ゲズゥが床から起き上がっている。全くそれらしい気配はしなかったのでミスリアはびくっと震えた。 「おはようございますっ」 「ああ。やっと起きたな」 「?」 一体どれくらい寝てたのかと訊こうか迷っている内に、リーデンが言い返した。 「ちょっと平均より上ってだけで、僕はまだ普通の範囲内だよ。まあそれは置いといて。良いでしょ? 僕が護衛その二でついてきても」 「戦力として申し分ない。しかも飛び道具使いだ」 ゲズゥはどこへともなく視線を彷徨わせて答える。 「情報網とか伝手とかも役に立てると思うよ。例えばさ、クシェイヌ城に行くんだって? 此処からだと水路が一番早いってこと知ってた?」 「いいえ、知りませんでした」 「船の手配ももうしてある。北行きの商船をいくつか押さえてあるから、こっちの支度が整い次第、日時の合う船に乗れるよ」 リーデンは得意げに笑った。その手際の良さに感心せざるを得ない。 「ね、役に立つでしょ? マリちゃんも良ければ連れてくよ」 一度頷き、少し考えを巡らせる為に、ミスリアは口を噤んだ。 (前から人員を増やしたいと思ってたし……ゲズゥとはいつの間にか打ち解けてるみたいだし……) 断る理由があるだろうか、と考え込んでみた。 目の前の彼はまるで憑き物が落ちたようで、以前みたいな狂気を感じさせない。まだ疑問は残るけれど、損よりも得が多そうだとミスリアは判断した。 「貴方の言葉に誠意を感じました。申し出を受けましょう。こちらとしても一緒に来ていただけると助かります。これからよろしくお願いしますね、リーデンさん」 「うん。よろしくね」 初めて出会った時と同じく、リーデンは象牙色の手を差し伸べた。 生温いその手をしっかりと握り、聖女ミスリア・ノイラートは今しがた加わった旅の供に微笑みかけた。 |
34.f.
2014 / 07 / 15 ( Tue ) 「君の泣き顔なんて初めて見るよ」
と朗らかに言ってみると、ゲズゥは顔を逸らした。左頬を伝う水分の跡がはっきり見て取れる。 「お前の泣き顔なら見飽きてるがな」 「一体いつの話してるんだか。まあ、確かに子供の頃は飽きられるぐらいビービー泣いたけど」 肩や手を支える力が緩んだのを良いことに、リーデンは試しに手足を動かしてみた。異常が感じられないので、今度は膝を折り曲げてみた。拳を握ってみた。屋根裏空間の天井は意外に高くて少し頭だけ屈めば立てるので、立ち上がってみた。 本物の奇跡だ。服や髪の汚れは残っているが、身体の状態は万全と言えよう。リーデンは唖然とした。前にもミスリアやレティカにちょっとしたかすり傷などを治してもらったことはある。聖女の力はああいうレベルの物としか思っていなかったから、今回の件が余計に非常識に思えた。死にかけた人間を、遠い場所から救えるなどと。 「なんか屋敷に入る前に戻ったみたい。こんなぶっ飛んだことできるんじゃ、もっと世間に騒がれるんじゃないの」 「おそらく、誰しもできるわけじゃない」 「へえ。後で本人にもっと詳しく聞こうっと」 しゃがんだ体勢から動かない兄が、じっと観察する眼差しで見上げてくる。乾いた血痕が額から膝までにかかっていることにリーデンは遅れて注意した。 (どんだけ返り血浴びてんの、この人) せっかく貸してやったコートも今やボロ雑巾だ。つつけば多分、怪我が出てくるだろう。 そんな姿を見下ろしていると――痛々しいと思いつつも、嬉しい。 「迎えに来てくれてありがとう。心配かけたね」 「……お前が礼を言うのか。気色悪い」 「ひっどーい。つめたーい。さっき取り乱してくれたのは夢だったのかなー?」 「黙れ、クソ弟」 リーデンはブフッと噴き出した。かなり久しぶりにその呼称で呼ばれた気がする。加えて過去に呼ばれた際の侮蔑ではなく、不機嫌しか込められていないのだから、これは笑うしかない。 逆にこっちは機嫌が良い。 「一回しか言わないからよーく聴いてね、クソ兄」鼻で笑って腕を組んだ。そしてまた破顔した。「めんどくさい弟でゴメン。見捨てないでくれてありがとう。なんだかんだでやっぱり、大好きだよ」 それが今の本心だった。 つまらない意地を張っていた。この広い世界で一人でも自分の為に泣いてくれる人が居る、ならば他に何を望むことがあろうか。しかもよく考えたら、一人だけでなく少なくとも後二人は居る。 「平穏な生活は相変わらず目指してあげられないけど、これからのことは、ちゃんと話し合って一緒に決めよう」 我侭も押し付けないよ、と左右非対称の両目を見据えて言い放った。 数秒の間の無反応の後、無表情だった端正な顔が奇妙に歪む。五角形の太陽でも見たような顔である。リーデンはまた噴き出した。 「あははははは! 泣き顔以上に面白いね! 普通に喜んでもいいんだよ」 「…………………………」 呆れて返す言葉も無いようだった。でも、言葉にされなくても伝わる想いがある。言葉にされたからこそ得られる安心もある。 『死ぬな、リーデン』 (わかってるよ。まだまだ、独りにはできないね) ちょうどその時、ずっと下の方が騒がしくなった。 (ああそっか、屋根裏に至るまでに突っ切った敵を、兄さんは殺さなかったんだ) 聖女ミスリアとそういう誓約の一つでも保っているのだと仮定すれば不思議はない。殺さなくても十分に痛手を負わせただろうけれど。 「それじゃあ、適当に残党を蹴散らして戻ろっか。僕らの可愛い聖女さまの元へ」 二度目の油断はありえない。リーデンは不敵に目を光らせた。 次いで兄へと手を差し伸べた。自然とそんな気分だった。僅かな逡巡も無く、ゲズゥはリーデンの手を取ってゆっくりと立ち上がった。 「……そうだな」 それ以上のやり取りは必要なかった。 兄弟は互いの温もりを放し――それぞれ冷たい凶器を手にして、笑みを交わす。 _______ 水晶の祭壇へ捧ぐ祈りは、大分前に儀式が終了していた。特別に許可を取って、聖女ミスリア・ノイラートは一人きりで祭壇の前に残っている。跪き、瞑目し、祈る。無心に祈りながらも聖気を展開している。どれくらいの間そうしていたのかは知らないし、知ろうとも思わない。長時間集中し過ぎて頭がクラクラするのも気に留めない。 祈りは修道女の甲高い悲鳴によって中断された。 ミスリアは急いで振り返った。祭壇の間の入り口へと視線を飛ばす。 「この神聖なる場所になんて穢れを! 立ち去りなさい!」 喚き散らす修道女の声が閉まった扉越しにも聴こえる。中庭の方からだろうか。 (穢れ!?) ミスリアの心臓が早鐘を打った。考えるよりも早く、足が動く。蝋燭だけに照らされた祭壇の間は薄暗い。既に夜になっているから天窓からは明かりが入らないのである。祭壇に祀られた巨大な水晶が淡い輝きを放っているけれど、ミスリアはそれには背を向けている。長い白装束の裾にうっかり転んでしまわないよう、スカートを両手で持ち上げて身廊を進んだ。 扉を開け放ち、中庭を見回す。夜空とガゼボの下で、修道女たちが長身の青年を取り囲んでいる。 |
34.e.
2014 / 07 / 14 ( Mon ) 「幻……じゃなくて。ほん、もの……?」
「何の話だ」 そっけない返答。疑う必要は無いと、左眼がドクンと強く鼓動を打った。 ――血の臭い。まさか此処まで来る途中で怪我したんじゃ―― 喉頭を使うよりも呪いの眼の通信機能の方が楽だったので、直接呼びかけた。依然姿が見えないけれど、確かに傍でその存在感を放っている血縁者に。 ――どうでもいい。ほぼ返り血だ。 至近距離からの「返事」は、何やら不思議な感じがした。 ――ほぼって、じゃあ多少は違うんだ……。 ――そんな話よりお前こそしっかりしろ。 大したことないよ、と声に出して笑おうとした途端、胃が急に凝縮した。焼けるように熱い物が喉を逆流する。苦味がひどい。 ゴボッ、と重苦しく濡れた噎せ方をした。液が唇から溢れて顎を伝う。それがそっと拭かれる感触があった。 ――ねえ、兄さん。僕はまだ、其処に居る? ――…………。 沈黙からは気遣われているような、心配されているような雰囲気が滲み出ている。 ――手足とか指とか揃ってる? ――質問の意味がわからんが、四肢は揃ってる。後は……アザが。 その一言から察した。全身の肌が所狭しと醜いアザに覆われていて、それも毒の作用なのだろう。 自分を取り巻いていた光景が幻覚に過ぎなかったのだと発覚して、リーデンは僅かに安堵した。それはほんの束の間の安堵ではあるが。 絶対的な別れの刻が迫っているのに変わりはない。 ――僕は今でも、里親を殺したことを後悔していないし、それが間違っていたとも思わないよ。でも、もしもあの時の僕に二人を赦すだけの器があったのなら……もしかしたら違った結末を迎えられたかもって、思う。 ――結末? くだらない話をするな。結末は今じゃない、もっと先にわかることだ。 ――先なんて無理だよ。だって…… ――無理じゃない。互いの存在が本気で鬱陶しくなって、どっちが先に老衰で逝くのか、遺る財産は誰の手に渡るのかと言い争うのが日常になるまで、ずっと付き合ってもらう。 「あはは、面白い、こと……言う、んだね」 それは彼らとは無縁な未来だった。財産と呼べるほどの何かが貯えられ、老衰による自然死を迎えるなどと。 「死ぬな、リーデン」 無機質が常な声に、一筋の焦燥が差す。 「お前が死んだら、お前だった魔物を捕えて籠に閉じ込めて一生苛めてやる」 横たわるリーデンの肩を支える手に、ぎゅっと力がこもった。温かい滴が落ちて来る気配がする。 「なに……それ。兄さん、すごく、きしょくわるいよ」 表情筋が緩んで笑みになったかもしれない。これまで聞いたことの無い、そして二度と聞く機会の無いであろう、兄の冗談が珍しくて。 (あーあ、どうしよう。今更、怖いなんて。寂しいと思うなんて。人間の感情って本当にめんどくさいなあ) この世に残るたった一つ意味のある存在の腕の中で息を引き取れるんだから、これでいいやって満足できれば良かったものの。 「冗談はこの辺で終わりにして、帰るぞ。ミスリアも、お前の可愛がってる女も待っ――……」 語尾に向けて、言葉が聴き取れなくなっていく。 (あれ? 水の中を伝ってるみたいに、ごぽごぽしてて聴こえないや) それだけでなく、握られている手を握り返したいのに、さっきから全く指が動かない。 残存する自我の中で、「嫌だ」と「ここまでか」という抵抗と諦めの意思がせめぎ合う。肉体からメキメキと引き剥がされるような妙な手応えがある。兄の声がすっかり遠のいたリーデンの耳には、獣の鳴き声が代わりに入り込んでいた。またお前らか、人喰い魚ども。 嫌だ、消えるのは嫌だ。まだやりたいことも話したいこともたくさんあるのに! ――助けて! 誰にも届かない声がさざなみと化して闇の中を広がる。助けて、助けて、助けて、助けて…… すり減らされた魂は震えながら泣いた。 嫌だ。泣き声は弱り、子供がぐずっているような音に変わっている。 いよいよこれで終わりか――? こんなに暗くて怖い場所が最後の思い出に残るなんて耐えられない。そう思っていても、魂が肉体から引き剥がされる―― ふと気が付けば黙り込んでいた。遠くから何かが来ると感じたからだ。透明な霊力と潤いを含んだ音が、遥か闇の向こう側から染み込む。 『お願いです、リーデンさん…………どうかゲズゥを独りにしないで下さい』 すぐ真上で何かがチカチカと光り出す。黄金色の信号だ。灯台の灯りと同じで、意識をそちらに集中させるべきだと、なんとなくわかった。 同調しながら気付かされた。 孤独な最期を恐れていても仕方がない。愛する者を独りにできないという想いの方が、恐怖を塗り替えられるだけの力を持つ。それを優先すればいいだけの話だ。思いやる心は力となる。 送り主の優しさをそのまま表した、この温かく淡い光が導いてくれる。 (諦めなければ、君が奇跡を呼び寄せてくれるんだね……。いいよ、ついて行こう) 光はおもむろに勢いを増して、散々しつこかった暗黒を破っていく。青白い小魚たちが光に触れるごとに銀色の素粒子となって分解される。暗闇はやがて曇ったガラス程度に明るくなり、次には――。 円の形に一箇所ずつ、曇りガラスから曇りが、見えない手によって拭い去られる。 長いこと封じられていた視覚に光が戻って、リーデンはつい目を眇めた。視界が安定した頃にちゃんと目を見開く。銀色のペンダントがすぐ近くにあった。羽の生えた槍にも見えるそれは、ヴィールヴ=ハイス教団と聖獣信仰の象徴だ。黄金色の輝きを未だに纏っている。これが光源だったのか、と静かに納得する。 そして次に目に飛び込んできた映像にリーデンは驚いた。いっそ、これまでの人生で一番驚いたかもしれない。 「なにそれ……もしかして、泣いてるの?」 からかうつもりは無い。無いのだが、あまりにも信じられない状況だからか、思わず明るく笑ってしまったのだった。 |
34.d.
2014 / 07 / 12 ( Sat ) _______
次に目が覚めた際には、全身が喰われかかっていた。 吹き矢の毒で鈍っていた神経が、氷の針を刺し込まれたように刺激される。最早何が現実であるのか全くわからなくなっていた。 「いっ……つ――」 激痛のあまりに声すらまともに出ない。 リーデンは瞑っていた目を何度か瞬いて、腹の上に目をやった。得体の知れない重みによって、全身が呪縛されている。 「おやふこうものぉ」 恨み節を吐くそれは鮫みたいな形をしていた。鮫の背びれは二つに裂け、それぞれに老人の人面が浮かんでいる。片方が老婆で、片方が老爺。 「ずっと一緒だぞい。一緒にいような」 払い落とせるものならそうしたいと、強く思った。だが手に力は入らず、鮫の口周りをぺちっと叩くしかできなかった。 「大人しく喰われろおおおおう」 ――ガツン! リーデンの右手の指が残らず噛み切られる。何が起こったのか理解できずに彼は白く光る手を見つめた。切断面からは血が出ない。代わりに白い瘴気みたいな靄が出た。 「ちょっと、人の指に何しちゃってくれてんの」 「クワレロ!」 開かれた鮫の口の中では、リーデンの指であったモノの破片が歯の間に挟まっている。気分の良い光景とは言い難い。 鮫は、今度は腹に噛み付いてきた。 「あああああああああああああああああ」 猛烈な痛みが弾けた。己をごっそり持っていかれた喪失感も。 「やめ……ろ! なんだ、よ。お前らなんか、死んだ……くせに!」 抵抗する力は無いので、せめて怒鳴り飛ばしてやろうと試みる。 今見える奴らのこの姿が、リーデンの良心の呵責の産物であるはずがない。そんなものは持ち合わせていない。あの日の惨劇を何度夢に見ようとも罪悪感など微塵も感じず、いつも痛快な気分になるだけだ。 ならば、これはもしかしたら本当にあの二人の魂が変じた姿なのかもしれない。そういえば死んだ人が魔物になると誰かが言っていた。 「死んだ? はて、死んだかな。死とはなんぞや」 「死なぬよ。わたしらは永遠の時をかけておまえを可愛がってやるゆえ。愛しているぞ」 「そんな重い愛、いらな、ぐっ!」 激痛、麻痺。激痛、寒冷。 (痛い! 寒い! 何処が痛いとか、じゃない! 何が痛いのか、わからない!) 思考から整合性が抜け落ちる。 (どうしてこんな) 自分は今本当に「起きて」いるのだろうか。これは自分の身体に起きている出来事で間違いないのだろうか。 減っているのは、すり減らされているのは、肉体か――? ひゅー、ひゅー、と満身創痍な呼吸音が繰り返される。いつしか腹部からは膿に似たどろっとした液体が垂れ出ていて、奇怪な鮫がそれを嬉しそうに啜っている。 鮫の下腹から生えた人間の腕が、今度はリーデンの腸をまさぐる。 おぞましい。なのに、そんな感覚すら現実味が薄れていくようである。 「た、すけ…………」 すり減らされていく内に、リーデン・ユラス・クレインカティが何処から何処までに存在しているのか、曖昧になってきていた。この闇も、魔物も、自分の一部なのか。それとも別の存在なのか。 嫌だ。こんな風に取り込まれて、終わるなんて。 「にい、ちゃ……」 兄に助けを求めたのは最後の手段のようなものだった。あの人はいつだって、弟の手助けを求めようとはしなかったから、自分だってやりたくなかったのだ。 返事は来ない。呼びかけが届かないのだろうか。それとも、来たくないのだろうか。 アヘンの煙が蔓延する場所で再会した時の記憶がちらついた。 よからぬ世界に踏み込んでからの弟と初めて対面した兄は、表情こそ変えなかったが、その瞳には冷たい失望が映し出されていた。 リーデンが、もしかしたら選択を間違えたかもしれないと感じたのは、そんな兄と目を合わせたあの瞬間だけである。 「ごめっ……、にいちゃ――」 本当はずっと、謝りたかった。 君の望むようになれなくてごめんなさいと、僕がこうなったのは君の所為じゃないよと、それだけ言ってあげれば兄は楽になれるかもしれないのに。その一言を発することができなかった。 指の残る左手を天に向けて伸ばしたのは、無意識からのことだ。 昔、転んだ時などに、この手を掴んで引っ張り上げてくれる人が居た。無愛想なせいか周りからは不気味がられていても、リーデンはその人を怖いと感じたことは無かった。あの落ち着いた空気の優しさと、握った手の温かさだけ信じていれば良かったのだから。 ――ゴメン。 唇がその言葉を形作った。 そして今度こそ意識が闇に落ちて、二度と醒めないだろうと予感がした―――――― 「リーデン!」 生者の世界から声が響いた。それは淀んだ闇を震えさせて、耳朶に届く。 伸ばしたままの左手が力強い熱によって圧される。生身の肌と肌が擦れ合って、痛いくらいに激しい生命力が伝わる。 そうしてリーデンは、今度こそこれが現実であることを認識した。 |
イラスト+ただの映画の話
2014 / 07 / 10 ( Thu ) 衝動的に描いた姫だっこならぬ姫キャッチ絵。いろいろおかしい しかもフードつけてあげるの忘れてた…。 トワノクオン昨日観賞し終わりました。 素晴らしすぎて今も呼吸困難です。製作して下さった皆様ありがとう。ハァ…ハァ… 初っ端からみんなのお父さん的クオンはもちろんだいすきですよ。神谷さんだし。 話が進むにつれて仙人みたいな雰囲気が崩れて人間っぽさっていうかただの少年だった頃の面影がどんどん濃くなっていったのが良かったです。秘密を知られて「人を殺したの?」と訊かれた時の対応が大人すぎて感動に震えました。これが他の作品や並のヒーローなら「俺に関わるな、俺の手は汚れてるんだ」とかって心閉ざす展開になるのに抱き締めながら「僕一人が背負うべきなのに見せちゃってごめんね」って、うあああああ (*´Д`)結婚して下さい 途中から瞬さんが熱くて熱くて。能力が暑苦しいけど。タカオはこの世界ではレアなテレポーターだったから力を使う度に燃えた。でも回数の制限がなんかw コイツにスタミナがあればもっと楽に話進んだだろうな。 第一章では戦闘要員が二人しかいなくて、瞬やユーマ君という貴重な戦力が加わった時の謎の感動。特にユーマ君は健気で、脇に抱えられながらも戦ってて(笑)、私の眠れるショタ魂がよびさまされました。欲しい、この子欲しい。お持ち帰りしたい。 アクションの激しい映画なのに驚く程味方戦力が少なかった。だからこそクオンと瞬の派手な立ち回りに ぐああああああ ってなるんだけど。瞬の死に方は予想が付きました。皆の未来の為に道を開いた感じが良かった(でもユーマ君にやらせた方が効率よかったんじゃ…)。でもやっぱめっちゃ悲しかったです_OTL ひづるやテイと穏やかに暮らして欲しかった…。熱すぎるんだよ全く。よもや早死にする熱さ。 気になるところは、1000年の間にクオンはどう時間を過ごしていたのかw 現代になる前は潜伏してひっそりと暮らしてたのかしら… そういえば食事してるシーン無かったような。不死身=カロリー不要? うーむ。 とにかく思うところが多すぎてどうすればいいのだよって感じ。もうしばらくはサウンドトラック流しながらこの映画のこと思い出しそうです。 素晴らしい映画をありがとうありがとう日本ありがとうアニメ文化ありがとう |
34.c.
2014 / 07 / 08 ( Tue ) 真実を知ったリーデンは体内の血を沸騰させた。当然、それまで以上に特大の癇癪を起こした。 椅子の一つや二つも投げただろう。食器を投げたり、ガラスを割ったりもしたと思う。「どうしてこんなことするの! うそつき!」 怯え蹲る老人たちに詰め寄った場面だ。 偽りの家族ごっこは、もう終わり。気付いた以上、奴らの出す飲食物を二度と口に入れることはなかった。自分が何者であるのかをまた見失うのが怖かったからだ。 「わたしたちの気持ちもわかっておくれよ。お前はあのままじゃあ壊れてしまいそうだったんだ。目を離せば遠くに行っちゃいそうで……」 「それじゃあ僕の気持ちはどうなるの!? にいちゃだって!」 苦しかったはずだ、悲しかったはずだ。 「二人も子供を養うのは無理だったんだ、お兄さんのことは仕方がなかったんだ」 「よく言うよ! 僕一人だって洗脳しなきゃ手に負えないくせに!」 「洗脳なんて言い方をするな。ちょっと物分りがよくなるおまじないだったんだよ」 「はっ、あれがおまじないなもんか! にいちゃだったら、きっとそんなことしない!」 「○○、頼むからわかってくれ――」 「その名で呼ぶな! 僕の名前はリーデンだ! 優しい母さんと、顔は怖いけどめっぽう強い父さんがつけてくれた!」 少年がそう叫んだ刹那、記憶の映像が弾けるように霧散した。 暗闇に取り残された十七歳のリーデンが喉を鳴らして嘲笑う。 「……兄さんならきっと、聞き分けの悪いガキ相手でも変わらず傍にいてくれる、世話を焼いてくれる――か。流石、昔から僕はめんどくさいクソガキだったね」 あの後、泣きながら許しを請う老夫婦に「家族として共に過ごした日々を思い出してくれ」などと願われても、思い出に輝きは残っていなかった。 並んで畑で汗を流したことも、暖炉を囲って絵本を読んだことも、雷の夜に三人で一緒の布団で寝たことも。真実を知ってしまえば、どれも生きた実感を伴わない薄ら寒い記憶となった。そこに「自分」は、リーデン・ユラス・クレインカティは居なかった。 思い返すと吐き気ばかりが込みあがった。 実の母と妹の死に顔を思い浮かべた方が、魂に火がつくような情を感じる。 にゅるり。 ふいに下から青白い手が伸びた。骨格や関節を感じさせない、しなやか過ぎる手だ。 ふくらはぎを撫でられたようなひやっとした感触があった。相変わらず自身の姿は視認できないので触覚のみを頼っている。 青白い手の隣にまた指がにゅっと伸びた。指に続いてもう一本、手が出てきた。次第に闇の底から二体の何かが這い上がる。 「ひどい子だね、お前は……。親不孝だ。親不孝者だい」 「苦しいぞよ。お前の所為だ。お前が親不孝者だった所為だ。育ててやったのに、わたしらをアッサリ殺しおって」 嫌な響きだ。歪んだ顔が発する歪んだ恨み言。 多分怖がるべきだとか憐れむべきなのだろう、とリーデンは冷静になった頭で考えていた。 「そんなの知ったこっちゃないね。勝手に苦しめば?」 が、彼の返答は冷ややかなものだった。今更、こんな夢に怯える可愛さは持ち合わせていない。 たとえ我が手で殺した老人たちのドロドロとした亡霊が蘇ろうと、気にかける筋合いは無い。 『お前はなんて醜い人間だ』 闇の奥から糾弾する声が轟いた。記憶の中の父の厳しい声色に似ている。 「僕が醜いのだとしたら、それは育てた親の醜悪さが反映されたからでしょ」 とっくにリーデンは開き直っていた。あのぬるっとした温かい血の感触に快感を覚えた、その瞬間から。 (あの日、僕は解放された) 鈍器で里親を殴り殺した直後。頭の中に兄の声が響いた。自分たちには遠く離れていても意思を通わせる手段があるのだと、その時に初めて発見できたのだった。 ――リーデン、お前はそれで良かったのか―― 最初はそれが兄の呼びかけと知らずに、適当に返事をしただけだった。 ――いいんだよ。だって、こんなにもスッキリできたんだし。 リーデンは静かに笑いながら二つだった血溜まりが繋がって一つの大きな輪を成す様を見下ろしていた。だがしばらく経つと疑問が大きくなった。 ――あれ? 何この声。アンタ誰? 訊ねても返事は無かった。直感的にリーデンは答えを掴んだ。 ――にいちゃ! そうでしょ!? 会いたいよ! 何処? 何処に行けば会えるの!? ――……教えられない。お前は、此処へ来るな。今からでも遅くない。お前だけは普通に生きて幸せになれ。 ――絶対、嫌。 兄の有無を言わせない口調に対してリーデンも頑固に答えた。どれだけ時間がかかろうとも必ず見つけ出してみせると、彼は心に決めたのだった。 当たり前ですがこれはフィクションです。癇癪ダメ、暴力ダメ、絶対。 年配の方には優しくしましょう_OTL |
34.b.
2014 / 07 / 07 ( Mon ) _______
また、目が覚めた。 さっきの出来事が夢であったのか、直後に落ちた状態の方が夢なのか、曖昧だ。周囲は再び一点の明かりも含まない闇と化していた。 静謐な闇の中から水たまりも魚たちの姿も無くなっていることに、安堵した。 「なんか村が燃えた時みたい。夢現の間を行き来するダンスにはもう飽き飽きしてるのになぁ」 煩わしげにリーデンは呟く。手足が容易に動かないのは先刻と変わらない。 ちかちかと遠い先の一点が光り出した。しばらく目を凝らしていると、そのうち老婆の姿が浮かび上がった。その隣に夫らしき老爺が並ぶ。二人は薪となる枝を集めて終えて帰路についているらしい。 どちらもかつてはよく見知っていた背中だ。 これが夢なのだろう、とリーデンは結論付けた。あの老夫婦はとうの昔に死に絶えているからだ。自分がこの手で屠ったはず。 「うそつきどもめ」 低い声で毒を吐いた。彼らの残滓を眺めていると嫌悪感しか生まれなかった。 大人は己の都合の為に他者をいくらでも踏みにじるのだと、最初に教えてくれたのが奴らだ。 「どうしたんだい、○○」 老婆は己と手を繋ぐ幼児に問いかけた。子供の頃のリーデンの姿だ。いつの間にか老夫婦の間に現れていた。 問いかけられた幼児はわんわんと泣き出す。 「おやおや○○、男の子がそう簡単に泣くもんじゃないよ」 老夫婦はリーデンに別の名を付けて呼んでいた。それまでの自分を、生活を思い出させない為にそうしたらしい。現在のリーデンは嫌悪感のあまりに、その名が何であったのか記憶から綺麗さっぱりと削除している。 「このお茶を飲みなさい。気分が落ち着いて、きっと元気が出るよ」 幼少の頃のリーデンは素直にそれを喉に流し込んでいたが、そうしていつも出されていたお茶に含まれていた薬草に気付くまでに何年も要した――。 映像が切り替わる。 いくらか成長した銀髪の少年が目をこすりながら「怖い夢を見たの。愛想のない、髪と目の黒い男の子が居たよ」と訴える場面だ。里親たちは「大丈夫だよ。怖い夢なんてこのお茶を飲んで忘れなさい」と答える。 映像が切り替わる。 更に成長した銀髪の少年は里親に「どうして僕の左目は白いの」と問いかける場面だ。老夫婦は「それは小さい頃の病気の後遺症だよ」と答え、やはり彼に茶を勧める。 また映像が切り替わる。 前触れなく、少年は癇癪を起こしていた。訳もわからずに怒りが全身を駆け巡り、寂しさに震えていた。泣き喚き、自室をひっくり返す勢いで物を投げては壊している。きっかけが何だったかはもう思い出せない。 里親は宥める。 「かあさんたちを困らせないでおくれ。いつもの愛らしくて聞き分けの良いお前に戻っておくれ。さあ、このお茶を飲めば落ち着くよ」 リーデンは勧められた茶ごと、老婆を突き飛ばした。 「要らない! そんなものいらないよ、ババア!」 「なぜだい、お前の一番好きなお茶だよ。ずっと三人で暮らしてきたのに、かあさんにひどいことを言わないでおくれ」 老爺が妻を助け起こしながら悲しそうに言う。「ずっと三人で暮らしてきたのに」という言葉に折れて、結局は茶を飲んだのだった。 しかしそれから更に時が経つと、例の茶の効き目が弱っていたのだろう。摂取する量を増やされながらもリーデンは時折狂ったように癇癪を起こした。その根源にあったのは老夫婦への怒りと、傍に居ない「誰か」への懐かしさと寂しさ。 それもふとある時に思い出すことになる。 突如、左眼が「映した」のだ。遠い土地、見知らぬ風景、自分の五感を通して感じたのではない、別の誰かを襲った衝撃。 それまでは視界や感覚の共有が起きないよう慎重に「遮断」していたであろう兄の身に、災いが降りかかったようだった。気絶するほど強く殴られた、あちらにしてみればそんな程度の体験だったろうけれど、リーデンの抑圧されていた自我を揺さぶるには十分だった。 己が何者であったのか。自分が失ったものが何であったのか、思い出した。一族を終わらせた悲劇と、たった一人一緒に生き延びてくれた兄のことも。 そして知った。 里親に何をされていたのか――怪しいと気付きさえすれば後は茶の成分を調べるだけ、そう難しい問題ではなかった。 遠い昔、家から兄が追い出されたと知った日に、リーデンはひどく取り乱していた。何度も里親を責めた。兄を追いかけたい、捜しに行きたい、と何度も家を飛び出した。そんなリーデンに手を焼いた老夫婦は、とある薬草に手を出したのだった。 それは忘却草(アムネジア)と呼ばれる代物で、一時的に人間の記憶を混乱させる効果がある毒だった。 彼らは混乱した状態のリーデンにさまざまな嘘を刷り込むことで、まるで本当の息子なのだと記憶を書き換え、洗脳した。 |