39.c.
2015 / 01 / 17 ( Sat )
 そう言われてしまっては言葉に詰まる。他の誰でなくても、彼には知る権利があるのだから。
 真っ直ぐな視線の重圧に耐えきれなくなり、ミスリアは床へと見つめる先を移した。

「聖女となって失踪したんだろう」
「はい。けれど…………教団に問い合わせても、自分なりに調べてみても、結局それ以上のことはわかりませんでした」
「ならお前は、どっちだと思う」

 急に声が近付いた。視界の中に動きがあった。何が起きたのかと気になって床から目を離すと、すぐ近くに青年の整った顔があった。目線を合わせる為にか、床に片膝をついている。この人を見下ろすのは、非常に珍しい体験だった。

 何故だか胸の内がざわついた。

「根拠は全く無いのですが、私は……」
 諦めにも似た心持ちで語り始めた。目を伏せると、睫毛に潤いが付いた。
「お姉さまはきっと亡くなったのだろうと、そう感じています」
 ミスリアは一息に言い切った。が、そのまま黙り込むこともできずに早口に続けた。

「変、ですよね。貴方とリーデンさんみたいな特殊な繋がりがあるわけでもないのに、なんとなくそう……感じたんです。その程度の気持ちで生存を諦めるのは愚かかもしれませんけど」
「いや」
 ゲズゥの言葉は心なしか柔らかかった。驚き、再び目を合わせた。

「消息の知れない親族がきっと生きていると根拠もなく言い張る輩は、存在しない希望に縋りついているだけだ。だが逆は違う。しかも兄弟姉妹は親子よりも近い血縁じゃないのか」
「確かに、私もそう聞いています」

「なら、お前の姉は死んだと考えて間違いない。妹のお前がそう感じたからな」
 見つめ返す眼差しには濁りが無い。気休めのような易い慰めではなく本心からそう言っているのだと思うと、涙が勝手に流れ落ちた。こんな後ろ暗い仮説を長い間心に秘めていたことを、許されたような気がした。

 ――両親に話した時さえもくだらないと一蹴されたのに……。
 彼らこそが根拠の無い希望に縋っているのだろう。
 今なら、話せる。決意が固まり、ミスリアは息を吸い込んでは吐いた。

「本当に人類や世界の未来を想っていたのは、お姉さまの方です。私はあの人の夢を毎夜のように聞かされる内に、あたかも自分の夢でもあるように感化され――あの願いの眩さに触れて、同じ未来を追いたいとさえ思いました。元々私はお姉さまを取り巻く全てに憧れていました。今になって思えば、私自身、聖女になれて良かったと思ったことがあるのかは……わかりません」

 別れた最後の日を除けば、姉はいつも誇らしげだった。当時は島でたった一人、初めて聖職者の道に進んだ彼女は誰もに祝福された。

(私の場合は事情が違った……)
 口を挟まず、ただ意外そうにゲズゥは眉を動かした。
 一度蓋を開けてしまえば段々と気持ちが楽になっていった。想いが次々形になって舌を滑ってゆく。

「それでも、慰問や魔物の浄化に明け暮れるだけでも十分に意義のある生き方だと思います。もしもお姉さまが志半ばに消えたのでなければ、私は今頃はひっそりと故郷や周辺地域に仕えるだけの日々を送っていたかもしれません」

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