39.e.
2015 / 01 / 27 ( Tue )
「あと一時間もしない内に年が明けます。カイルやリーデンさんが戻ったら、ご馳走にしましょう」
 祝宴の準備に奔走する人たちを手伝うべく、ミスリアは階下を目指した。
 ゲズゥは無言で後ろについてきた。

「くつろいでいてもいいんですよ?」
「手を貸した方が早く食えるなら、貸す」
 よほど食事が待ち遠しいのだと受け取れる返答だ。ミスリアは漏れる笑いを右手の指で抑えた。

「では、行きましょうか」
 尖塔を降りて、教会の人気の多い中心に近付くと、ふいに思い出した。
 そういえばさっき彼は何を言いかけたのだろう。不思議に思うも、結局問い質す機会を逃したまま、その件は意識から忘れられることとなる。

_______

 新たな年に入ってから五日が過ぎた。ルフナマーリの通りはまだまだどんちゃん騒ぎの連日で小道に至るまでに込み入り、徒歩で移動するには結構な時間がかかった。かといってお祭期間中の規定で馬を使うこともできない。

 空は盛大に晴れている。それでいながら陰の中は比べるべくもなく寒い。
 ミスリアは物陰に入り、護衛のゲズゥと友人のカイルサィート・デューセと共に壁を背にして立ち竦んでいた。ちょうど午後のパレードが始まったので、次の移動を始める前に人混みが収まるのを待つことにしたのだ。
 
 トランペットの高らかなメロディが通りかかった。続いて輿の上で身体を捻って踊る異国風の女性たち、歩幅をきっちり揃えて進む打楽器隊、何頭もの白馬に引かれる華やかな馬車。

 元日のパレードでは帝王とその妃が似たような馬車に乗り込んで自ら巡回したらしい。当日来ていたのに「らしい」としか言えないのは、人出が多過ぎて顔が見えるほどには近付けなかったからだ。

「お花どうぞ~!」
 自分と同い年くらいの着飾った少女たちが、造花を無料で配っている。愛らしい仕草で一輪ずつ差し出しては相手に半ば押し付け、そしてくるくると長いスカートをなびかせて去る。
 何度も受け取る内にかなりの量が溜まった。それをカイルが器用に花輪に繋げて、ミスリアの頭にのせる。

「な、なんだか恥ずかしいですね」
 そっと手袋を嵌めた指先で触れてみる。紙素材の割にはしっかりとした造りらしい。少なくとも風に吹き飛ばされたり、ちょっと人にぶつかったくらいで形が崩れたりはしなそうである。

「めでたい感じがして周りの空気に馴染んでると思うよ。よく似合ってる」
「ありがとうございます」
 スカートの裾を広げ、ミスリアは僅かに紅潮した頬を隠すようにして頭を下げた。
 その後もしばらく二人でお喋りを楽しみつつ和んだ。

「それにしても、せっかく来たのに、塔に入れなくて残念だったね」
「はい」
 ミスリアは深く頷いた。
 今日は三人で聖地の一つである東の城壁の塔を訪れたのだが、入り口前で追い払われてしまった。

「仕方ないか。祭日で人の出入りが多くなってるから、気を張ってるんだよ」
 高い塔は都の警備にとって要所の一つだ。どんな危機も遠くから早目に察知すれば、警鐘を鳴らして対処できる。
 この時期に中に入れて欲しいと頼んでも、取り入れてもらえないのは当然だろう。

「警備兵の方々は少なくともあと一、二週間は部外者を入れられないと言っていましたね。参拝者でも聖職者でも」
「二十九の聖地の中では珍しいタイプだね。現代でも聖地以外の機能があるなんて」
「カイルは中に入ったことがありますか?」
 友人を見上げて訊ねてみると、彼は微かな笑みを浮かべた。

「あるよ。実はルフナマーリに最初に着いた時に、行ってみたんだ。僕は君みたいな巡礼をするつもりは今は無いけど、ちょっと確かめたいことがあったから」

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