39.a.
2015 / 01 / 02 ( Fri ) 光の竜が大地を下っている。それは急がぬ速さで、暗闇を泳ぐように進む。 風の弱い夜だった。竜は数多くの光の集大成であり、さながら歴史書に載っている、夜襲を仕掛ける大軍のようでもある。だがかつての兵士たちが持っていたであろう松明の激しさに対し、目下の行進は蝋燭の火によって形成されており、心もとない揺らめきのみを放っていた。今だけは他の、都内の本来点いているはずのあらゆる照明という照明が消されている。 これはディーナジャーヤ帝国の慣習に従い、毎年最後の夜に執り行われる行事。一年の間に命の灯火を失った人間を弔う儀式だった。 蝋燭の数は、死んだ人間の数を正確に表してはいない。亡くなった知人が居れば誰しも蝋燭を手に取れるからだ――例えば亡くなった一人の人間に十人の友人や親類が居たとすれば、少なくとも死した人数の十倍の歩行者が参加することになる。 『……死は本当はとても身近なのに、どうして生きてると忘れるんだろうね』 ミスリア・ノイラートはかつて友人が口走った言葉を思い出していた。その彼、カイルサィート・デューセ本人はおそらく今、大通りを突き進む光の竜の尾辺りに参列している。 行進はやがて広場に着き、列を崩して輪を形作った。 「綺麗ですね」 なんとなく呟くと、目の前にじわっと白い円が浮かび上がった。温かい吐息がガラスを曇らせたのだ。自分がいつの間にか二インチと無い距離まで窓ガラスに接近していたことを知って、ミスリアはカーテンを握る右手から力を抜いた。 この教会の尖塔の窓からは帝都がよく見渡せる。どうしてこんな場所を選んだのかというと――眺めが格別に良いしちょうど教会の人が出回って無人になるから絶好の機会だよ、とカイルサィートが勧めたからだ。 (寒い中人混みに揉まれるよりはずっといいし、上から見下ろす方が綺麗。ありがとうカイル) そう思いながらミスリアは斜め後ろに退いた。 背後に立つ青年にも外が見えるようにしたくて動いたのだけれども、改めて考えれば彼はミスリアなどよりもずっと目線が高い。わざわざ退いてあげなくても十分に見えていたのかもしれない。 「死者への執着を引きずるのは非生産的だ。こうやって大々的に弔って、未練を昇華させるのか」 青年、ゲズゥ・スディルは窓に一歩近付き、低く響く声でそう言った。 「……はい」 彼がそういう風に言えるようになったのは良い傾向だろう。 (十二年前に亡くなった従兄さんとの恐ろしい約束を手放して、前向きに生き始めてる証……だといいな) 広場の中では蝋燭の火が再び動き出していた。聖歌隊に導かれ、輪はもう一度変形していく。 聖歌が静かな夜を神秘的な音色に染める中、光はミスリアにとって馴染み深い形になった。 全体を見通せば十字のようでもあり、しかしよく見ると横棒の形が棒ではなく短い渦を巻いているとわかる。ミスリアやカイルが属するアルシュント大陸唯一無二の宗教集団、ヴィールヴ=ハイス教団と聖獣信仰を表す象徴である。 象徴が完成し、聖歌も数分後には終わった。 直後に五分ほどの黙祷の時間が設けられる。ミスリアは両手を祈るように結び合わせ、瞑目した。 ふと、先程話した際のカイルの言葉を思い返した。 ――この儀式は一部の人間しか気付けない、ある「食い違い」を含んでいる―― 悲しげに笑って、彼はそう言ったのだった。 |
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