64.d.
2016 / 11 / 17 ( Thu )
 フォルトへ・ブリュガンドは無心に敵影を倒していた。近付く輩はとりあえず倒そう、という単純明快な心構えで三日月刀を振るっている。
 現在地は魔物信仰集団の砦から二マイル以内、聖女ミスリア・ノイラートが発った方向の延長線上にある。天候が落ち着いてからまだ半日と経っていない。

(十二分ってとこですかね)
 言い付けられた作業があらかた片付くと、フォルトへは防寒着にかかった雪を雑に払った。経過時間を数えるのは、戦闘訓練を受けた当時からの習慣だ。
(八人倒して、その内苦戦したのは二人)
 まだ自分一人でどうにかなる程度の負担である。日が傾けば連中はきっと魔物を引き連れて出てくるだろう、と考えると憂慮は深まる。

「先輩、どこですか~」
 ぼやけた視界の中、上司を軽く呼んでみる。ここだ、と背後から応答があった。声のした方へ行ってみると、ユシュハ・ダーシェンは腕を組んで立っていた。
 隣に並んでから両目を眇める。彼女の視線の先には、銀髪の青年と紅褐色の髪の女性が居るらしかった。しばらくして女性の方が立ち去った。

「随分と長いこと話し込んでいたな」
 女性の足音が遠ざかった後に、ユシュハがぶっきらぼうに指摘する。声は聴こえなかったのに、そんなに長い間話していたのかとフォルトへは首を傾げた。そうか、二人はきっと手話で会話していたのだ、としばらくして思い当たった。
「一週間経っても僕が戻って来なかったら手首切って此処で死ぬって脅されたよ」
 銀髪の青年の透き通った声が、物騒な内容を明るく語った。

「過激な女だな。それで何と答えた」
「そんな真似は許さないー、って。彼女は……イマリナは、命ごと僕の所有物だ。主の居ない所で勝手に死ぬことは絶対に許さない。ギリギリまで生きて、餓えて凍え死にそうになっても生きて、待っててくれって伝えたよ。いずれ僕が生きて帰っても、魔物として戻ってきても、ちゃんと迎えるようにって」
 ひゅう、と思わずフォルトへは口笛を吹いた。彼らの親密さが、羨ましいと薄っすら思う。

「情熱的ですね~」
 自分の感想は、上司に一蹴される。
「いや、滅茶苦茶だな。貴様の人格は破綻している。やはり罪人と浅からぬ縁があるだけに、か」
「やっだなぁ。早とちりはいけないよ、お姉さん。僕の人格形成に兄さんが関係している事実は否めないけど、こうなったのは、あの人の責任じゃないよ」

「ふん。血の縁は、否定できない。私の父もかつて罪を犯し、家族を壊した」
 彼女が背負う過去を、フォルトへは断片的に聞き知っていた。
(滅多に口に出さない話なのに、珍しい)
 もしやこの青年に同情にも似た感情を抱いているのかと、驚いてしまう。

「罪人は、死んでも罪人だって言いたいの?」
「人は簡単に変われない」
「……――簡単じゃ、ないよ」
 青年は静かに笑った。

「別に僕や兄さんを信用しなくてもいい。でも僕らを拾い上げてくれた聖女さんの生き様だけは、否定しないように」
「勿論です」
 また失言を吐きそうな上司に替わり、フォルトへが答えた。
「聖女ミスリアの妨げが少しでも減るように、自分らはここで追っ手を止めます。少なくとも、大烏が頂点さまの返事を持って戻ってくるまでは倒れませんよ~」

「うん、一応ありがとうと言っておくよ。聖女さん側としては、命投げ出してでも頑張って欲しいけど、君らも仕事だからってよくやるねぇ」
 肩を軽く叩かれる。次いで青年は踵を返した。
「言われなくても、連中の追跡は此処で押し留める。聖女の安全を確保するのが、我々の役目であるからな」
 返事は聴こえなかった。ぼやけた視界の中で、銀髪の青年の輪郭が手を振ったかもしれない。
 さて、これからが長丁場だ。立っている間に冷えてしまった身体の柔軟性を取り戻すため、また筋肉を温め直すため、フォルトへは腕を絡めて頭上や背後に伸ばした。足腰にも血が行き届くように、しゃがんでは立ち上がる、を繰り返す。

「先輩~、ひとつお願いがあります」
 雪が踏まれる音がすっかり聴こえなくなった頃。しゃがんだままの体勢で、フォルトへはぽつりと切り出した。
「何だ改まって」
「最後まで生き延びられたら、ご褒美ください」
「褒美?」
「えっとですねぇ、『ちゅー』してくださいー」
 しばしの間があった。
 流石に唐突だったか、とほんのり後悔して、ユシュハの方を見上げる。ここからだと顔が遠くて表情が見えない。

「不可解だな。私からの接吻なぞに褒美の価値は無いだろう」
 無機質な返事を聞いて、危うく転倒しそうになった。
「ありますありますー。いいじゃないですか、一回くらい」
「くだらん」
「えー」
 あからさまにがっかりした声を出した。いくら好意を飛ばしても跳ね返ってくるのが常だが、死地を前にしても、相変わらず冷たい。

「褒美の約束なぞしなくとも、死なせはしない。私はお前をこんなところで死なせるつもりで勧誘したのではないからな。くだらん」
「わ~、先輩ってば超男前!? 惚れ直しますねぇ」
「ふざけるのもそこまでだ。来るぞ」
 彼女の愛用の凶器、双頭のモーニングスターが、じゃらりと重い音を立てる。

「は~い」
 フォルトへも自身の刀を抜きつつ、上機嫌で上司の気配を追った。
 ――そうだ、ユシュハ・ダーシェンと一緒ならば、何も怖いことはない。自分は何も考えずに済む。手先の作業に集中していれば、それでいいのである。

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いつもお読みくださってありがとうございます。最近の展開でそわそわするせいなのか、これまでにないくらいにブログのPVもユニークアクセスも多いですw 大丈夫です、私もそわそわしてますw 更新をもって、お礼とさせてください。

あと残り1シーンで64は終わりです。来週末からちょっと長めの旅行に出ます。その前に65を投稿し始めるのかまとまるまでとっておくかは未定です。すみませぬ。

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