49.h.
2015 / 10 / 29 ( Thu )
 聞く耳を持った、という意思表示は、足を止めるだけで表した。そうして女の次の言葉を待つ。

「…………牢に入ってるのは、身ごもったからだ。妊娠が進めば進むほど、みんな正気を失って暴れ出すからさ、拘束しなきゃなんないんだ」
「ほう」
「だけど、あたいは狂ったりしない! 人としての意識を保ったまま産んでみせる! だからこっから出て、ヤンに――」
「奴に泣き付いて、私の首を撥ねさせるか?」
 少しだけ振り返って、問いかけた。

「ち、違う。別にそんなことしない。アイツだって、誰彼構わず殺そうとしないよ。邪魔するやつと、嫌いなやつだけ。むしろ味方になるってんなら……」
「邪魔、か」
 王子は鉄格子の前まで戻ってしゃがみ込み、女と目線を合わせた。
「言え。奴は何の為にこんな『研究』をしている?」
 女は視線を彷徨わせる。ここに至っても時間を浪費するだけか、と王子は腰を浮かせかけた。慌てた女は葛藤に表情を歪ませたまま、伸びすぎた前髪をわしゃわしゃと撫ぜた。

「……それは、王さまが、迷ってるからだよ。平和主義の保守派のナラッサナさまに付き合ってられないって、ヤンはそれで、変革を望んで……もっと力を付けようって……」
「要領を得ないな。国王は何を迷っている」
 その問いを口にした途端、オルトファキテ王子は自ら答えがわかった気がした。それでも女の返答を待つ。

「よくわかんないけど、都市国家の連盟がどうとかって。連盟なんてタテマエだ、カルロンギィはまた他の国の下に敷かれちゃっていいのかって、ヤンは怒ったんだ」
「連盟……くくくっ、そうか。そうだったか」
 掌で覆い隠そうにも、笑い声が漏れた。

 かつて本当の「解放主」によって滅ぼされた国があった――そこに長年虐げられていたカルロンギィの民は一部、最近の都市国家の動きに怯えたというのか。連盟に加入したらそれが平和や発展ではなく、暗黒の未来に繋がると思ったのか。抗うには、現在のカルロンギィでは歯が立たない、そう主張したのがヤン・ナヴィ――。

(持続性の無い、一度に燃え尽きるのが前提の策も味がある)
 着想は悪くない。複数の国を敵に回して生き残るには、飛び抜けたナニカが必要となろう。が、やはり浅慮である。自国民を犠牲にして作り上げる戦力など、いずれ狩り尽くして終わりだ。
「なんだよ、キモチ悪い笑い方しやがって」
 女は気後れしたように言った。

「今の情報の礼に、逃がしも殺しもしない。ついでに、巻き込んだ詫びだ、脚に傷を付けられたことは大目に見てやろう」
 王子はサッと立ち上がった。鼻と口を覆う布を整え、フードを被りなおす。もうこの女との会話は終わりだ。
「巻き込んだって何だ? あんた、ずっと偉そうだな。こんだけ話したんだ、いいかげん出してくれよ!」
 ――ガン! と、女は鉄格子に肩からぶつかった。伸ばされた手が、王子のマントの裾をかする。

「まあ落ち着け。何もせずとも、お前たちを救いたがる物好きが現れる。今はそこに居た方が安全だ。それとも怪獣のとばっちりを受けたいのか」
 彼はジェルーチの居るはずの方向を指差した。その先に視線をやった女が、ぐっと唾を呑み込むのが聴こえる。

 混じり物の少年はとうに変貌を遂げ、成人男性の身長を二回り超えた大きな鳥の姿となっていた。
 ヘビクイワシと呼ばれる足の長い鳥が大陸に存在する。名の通り、蛇を狩って食すことで知られている肉食獣だ。

 さてその姿を模した化け物はどんな物かと言うと、翼の飛行能力や強力な蹴りを繰り出す長い脚は、同じと言っていいようだ。そして全身から熱気を発し、周囲の人間を乱雑に蹴散らしている様は、獰猛そのものだった。
 王子はヤン・ナラッサナの居場所をめざとく見つけて駆け寄った。巨大な鳥と必死に交戦している群れの一番後ろで、毒の吹き矢を用意している。

「カルロンギィ国王の姪、ヤン・ナラッサナに問う」
 そのように切り出した王子は、他の連中と同じ砂色のマントとフード、そして顔の下半分を覆う布を身に着けている。ナラッサナは、緋色の双眸に驚きを走らせた。

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