49.i.
2015 / 10 / 30 ( Fri )
「里ぐるみで人間と魔物の『混じり物』の研究を推進していたのではないのだな」
「違います。断じてそのようなことはしておりません。何から何まで、あの子の独断ですわ」
 面に浮かんだ驚きは一瞬で過ぎ去った。すっと目を細めて、ナラッサナは淡々と話す。喋りながらも手を止めない。吹き矢を筒に装填して、構えに入っている。

「そうか。その言葉を信じて加勢するぞ」
 王子もまた、自身のクロスボゥを構えた。
「加勢には感謝しますけれど、あなたは何者なのですか。我々の中に紛れ込んでいましたね。発音からして、南の方(かた)でしょうか」

「私か。私は、お前たちの王との謁見を望む者だ」
「伯母上と……?」
「お前たちの王は近年引き篭もっていて、簡単には交渉ができないからな。文を送れば音沙汰なく、使者は追い払われた。直接出向くしかなかった」

「陛下と交渉ができる立場の者となると――よもや、やんごとなきご身分の方がこのような場に来られたとは言うますまい」
 胡乱げな視線がこちらに向けられてきた。ナラッサナだけでなく近くで話を耳に入れた人間も何人か、疑わしげに見つめてくる。王子はそれが可笑しくなり、声に出して笑ってしまった。

「そんなわけがなかろう。私は通りすがりの暇人だ。北東地方の国際連盟立ち上げに共感しているだけの、な」
「謁見の話は、この局面を無事に切り抜けることができれば検討します。そこから先は何もお約束できませんけれど」
「十分だ」
 やっと当初の目的が果たせそうな予感がして、王子は満足した。

(最終的には都市国が連邦となって統治されればいいと思っているが、その段階に到達できるとすればまだまだ先だ)
 ふと、飛び散る白黒の羽が偶然、頬をかすった。

「つっ」
 羽は焼けるように熱かった。その一瞬で、彼は悟った。
(接近は禁物だな)
 黒く縁取られた美しい翼を広げ、ヘビクイワシは鋭い嘴を開いて威嚇する。

「お前たちが使っているのは何の毒だ」
「全身を痺れさせて動きを奪う即効性のものです。一定量が体内を侵せば瞬きもできなくなるはずなんですが……人間とは勝手が違いますね」
 ナラッサナの傍に居た若い男が答えた。

「もっとくらわせれば効くのではないか?」
「我々もそう考えて、さっきから撃っています。ですが、なにぶん動きが速く、翼が……」
「翼の有利を奪うには、より狭い通路に追い込むのがよかろう。私も手を貸す。急がねば、竜の双子が合流するかもしれん」
 言い終わる前にも王子はクロスボゥから矢を三度放った。狙いは、ヘビクイワシの頭上だ。礫を落として視界を奪い、隙を作った。

「脚の間合いに注意しろ!」
 手持ちの矢を全て使い切りそうな勢いで、天井と頭部を交互に撃ち狙った。力押しで後退させ、追い込むのだ。
「皆の者、彼に続けて撃ちなさい!」
「はいっ!」

「ヘビクイワシと構造が同じなら脚を攻撃しても無駄だ! 胴体か頭を狙え!」
 なんでも、ヘビクイワシの脚は分厚い鱗で覆われているという。おそらくは地上の生物に噛みつかれないように、蛇の毒にやられないように守る為だろう。
 見たところ剣の刃も通りそうにないほど厚い。

「だからと言って、私は噛みつくのを諦めたりしないぞ」
 ついに毒の効き目が出たのか、ジェルーチは後退りながら足をもつれさせた。その隙を見逃すオルトファキテ王子ではない。
 剣を鞘から抜き、投げた。
 それが敵の胸辺りを刺したのと同時に、背後から咆哮が響く。心の蔵を握り潰されるような重苦しい音だ。

(来たか)
 兄弟をやられて怒り狂った竜が、特攻してきた。

_______

 ひどい臭いを嗅いだことはこれまでにもあったが、この閉鎖空間に篭もった悪臭は過去に嗅いだどの臭いとも比べるべくもなくひどい。ゲズゥはたまたま持っていたハンカチで鼻と口を覆った。
 研究所は無人だ。誰も居ないのに、生物の反応――気配、はそこら中にあった。意を決して、たまたま点いていた一本の蝋燭の方へと手探りで歩いた。目標は長方形の台の上にあった。

 蝋燭のすぐ近くには籠が置かれている。籠の中身に、直径十インチ(25.4cm)の丸まった塊が収まっているのが薄っすらと見えた。
 赤ん坊のような声をあげながら、塊の表面がうぞうぞと蠢いた。そのグロテスクさ、言葉では言い表せない。ナニカと、目が合った、気がした。

 いくらゲズゥでも流石に胃が不穏だ。
 彼の与り知るところではないが、この空間にあったのは、まさにオルトファキテ王子の予想に沿った物ばかりであった。

 一刻も早くこの場を去ろう。そう思った時、視界の端をひゅっと何かが横切った。
 気配はもう一度しゅっと音を立てて、遠ざかった。

 ――その方向は!
 嫌な予感がする。ゲズゥは瞬時に動き出した。
 気配を追って、来た道を辿る。そうしている間に自分やオルトが降りるのに使った天然の窓まで来ていた。

 魔物とも人間とも判じがたい醜い存在が、ゲズゥを待ち受けていたかのように窓の真下で鎮座している。次いで、ニタリと笑ったようだった。
 追いつかせる気が無いのは明白だ。怪物は穴だらけの羽をはばたかせて、上昇した。

 裏口まで戻らねば――。
 ゲズゥでは飛んで窓から外に出るのは不可能だ。遠回りになるが、致し方ない。
 一人にするべきではなかった。自分が巣窟の中に入ったところで、研究所の汚泥を見て回っただけで、何も得ていない。勿論それはやってみる以前からわかるものではないが。

 悔やんでも後の祭りである。
 ただ無心に走った。
 出口に近付くにつれて人の気配が増したが、気にせずに走り続けた。
 途中、質量の多い物が頭上を通り過ぎたような風圧をも感じたが、それも気にせずに走った。





さくっとあとがき。

本編外の補足説明となりますが、オルトはもともと妾腹だし王家のことも自分のことも「高貴な人間」とか「特殊な血統」とは思ってません。そもそもそういう初期ステータス的なモノに興味が無いのです。レベルアップ以降が勝負です。でも権力は使える時に使う、みたいな。ナラッサナに否定したのは嘘とか嫌味じゃなくて本気でそう思っていたからです。
もう一つ補足しますと、王子みたいに隙を見て牢に行けばいいのにどうしてそうしないのか。ナラッサナは、心の奥底では女たちが自力で走れないことを知ってるからです。支えたり運んだりでは歩みも遅いし、逃走の段階もジェルーチに妨害されそうなので、先に倒そうと考えたわけですね。
ささ、いよいよ大詰めだよおおおおお
50に乞うご期待!

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