34.b.
2014 / 07 / 07 ( Mon )
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 また、目が覚めた。
 さっきの出来事が夢であったのか、直後に落ちた状態の方が夢なのか、曖昧だ。周囲は再び一点の明かりも含まない闇と化していた。
 静謐な闇の中から水たまりも魚たちの姿も無くなっていることに、安堵した。

「なんか村が燃えた時みたい。夢現の間を行き来するダンスにはもう飽き飽きしてるのになぁ」
 煩わしげにリーデンは呟く。手足が容易に動かないのは先刻と変わらない。

 ちかちかと遠い先の一点が光り出した。しばらく目を凝らしていると、そのうち老婆の姿が浮かび上がった。その隣に夫らしき老爺が並ぶ。二人は薪となる枝を集めて終えて帰路についているらしい。
 どちらもかつてはよく見知っていた背中だ。

 これが夢なのだろう、とリーデンは結論付けた。あの老夫婦はとうの昔に死に絶えているからだ。自分がこの手で屠ったはず。

「うそつきどもめ」
 低い声で毒を吐いた。彼らの残滓を眺めていると嫌悪感しか生まれなかった。
 大人は己の都合の為に他者をいくらでも踏みにじるのだと、最初に教えてくれたのが奴らだ。

「どうしたんだい、○○」
 老婆は己と手を繋ぐ幼児に問いかけた。子供の頃のリーデンの姿だ。いつの間にか老夫婦の間に現れていた。
 問いかけられた幼児はわんわんと泣き出す。

「おやおや○○、男の子がそう簡単に泣くもんじゃないよ」
 老夫婦はリーデンに別の名を付けて呼んでいた。それまでの自分を、生活を思い出させない為にそうしたらしい。現在のリーデンは嫌悪感のあまりに、その名が何であったのか記憶から綺麗さっぱりと削除している。

「このお茶を飲みなさい。気分が落ち着いて、きっと元気が出るよ」
 幼少の頃のリーデンは素直にそれを喉に流し込んでいたが、そうしていつも出されていたお茶に含まれていた薬草に気付くまでに何年も要した――。

 映像が切り替わる。
 いくらか成長した銀髪の少年が目をこすりながら「怖い夢を見たの。愛想のない、髪と目の黒い男の子が居たよ」と訴える場面だ。里親たちは「大丈夫だよ。怖い夢なんてこのお茶を飲んで忘れなさい」と答える。

 映像が切り替わる。
 更に成長した銀髪の少年は里親に「どうして僕の左目は白いの」と問いかける場面だ。老夫婦は「それは小さい頃の病気の後遺症だよ」と答え、やはり彼に茶を勧める。

 また映像が切り替わる。
 前触れなく、少年は癇癪を起こしていた。訳もわからずに怒りが全身を駆け巡り、寂しさに震えていた。泣き喚き、自室をひっくり返す勢いで物を投げては壊している。きっかけが何だったかはもう思い出せない。
 里親は宥める。

「かあさんたちを困らせないでおくれ。いつもの愛らしくて聞き分けの良いお前に戻っておくれ。さあ、このお茶を飲めば落ち着くよ」
 リーデンは勧められた茶ごと、老婆を突き飛ばした。

「要らない! そんなものいらないよ、ババア!」
「なぜだい、お前の一番好きなお茶だよ。ずっと三人で暮らしてきたのに、かあさんにひどいことを言わないでおくれ」
 老爺が妻を助け起こしながら悲しそうに言う。「ずっと三人で暮らしてきたのに」という言葉に折れて、結局は茶を飲んだのだった。

 しかしそれから更に時が経つと、例の茶の効き目が弱っていたのだろう。摂取する量を増やされながらもリーデンは時折狂ったように癇癪を起こした。その根源にあったのは老夫婦への怒りと、傍に居ない「誰か」への懐かしさと寂しさ。

 それもふとある時に思い出すことになる。
 突如、左眼が「映した」のだ。遠い土地、見知らぬ風景、自分の五感を通して感じたのではない、別の誰かを襲った衝撃。

 それまでは視界や感覚の共有が起きないよう慎重に「遮断」していたであろう兄の身に、災いが降りかかったようだった。気絶するほど強く殴られた、あちらにしてみればそんな程度の体験だったろうけれど、リーデンの抑圧されていた自我を揺さぶるには十分だった。

 己が何者であったのか。自分が失ったものが何であったのか、思い出した。一族を終わらせた悲劇と、たった一人一緒に生き延びてくれた兄のことも。

 そして知った。
 里親に何をされていたのか――怪しいと気付きさえすれば後は茶の成分を調べるだけ、そう難しい問題ではなかった。

 遠い昔、家から兄が追い出されたと知った日に、リーデンはひどく取り乱していた。何度も里親を責めた。兄を追いかけたい、捜しに行きたい、と何度も家を飛び出した。そんなリーデンに手を焼いた老夫婦は、とある薬草に手を出したのだった。

 それは忘却草(アムネジア)と呼ばれる代物で、一時的に人間の記憶を混乱させる効果がある毒だった。
 彼らは混乱した状態のリーデンにさまざまな嘘を刷り込むことで、まるで本当の息子なのだと記憶を書き換え、洗脳した。

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