34.c.
2014 / 07 / 08 ( Tue ) 真実を知ったリーデンは体内の血を沸騰させた。当然、それまで以上に特大の癇癪を起こした。 椅子の一つや二つも投げただろう。食器を投げたり、ガラスを割ったりもしたと思う。「どうしてこんなことするの! うそつき!」 怯え蹲る老人たちに詰め寄った場面だ。 偽りの家族ごっこは、もう終わり。気付いた以上、奴らの出す飲食物を二度と口に入れることはなかった。自分が何者であるのかをまた見失うのが怖かったからだ。 「わたしたちの気持ちもわかっておくれよ。お前はあのままじゃあ壊れてしまいそうだったんだ。目を離せば遠くに行っちゃいそうで……」 「それじゃあ僕の気持ちはどうなるの!? にいちゃだって!」 苦しかったはずだ、悲しかったはずだ。 「二人も子供を養うのは無理だったんだ、お兄さんのことは仕方がなかったんだ」 「よく言うよ! 僕一人だって洗脳しなきゃ手に負えないくせに!」 「洗脳なんて言い方をするな。ちょっと物分りがよくなるおまじないだったんだよ」 「はっ、あれがおまじないなもんか! にいちゃだったら、きっとそんなことしない!」 「○○、頼むからわかってくれ――」 「その名で呼ぶな! 僕の名前はリーデンだ! 優しい母さんと、顔は怖いけどめっぽう強い父さんがつけてくれた!」 少年がそう叫んだ刹那、記憶の映像が弾けるように霧散した。 暗闇に取り残された十七歳のリーデンが喉を鳴らして嘲笑う。 「……兄さんならきっと、聞き分けの悪いガキ相手でも変わらず傍にいてくれる、世話を焼いてくれる――か。流石、昔から僕はめんどくさいクソガキだったね」 あの後、泣きながら許しを請う老夫婦に「家族として共に過ごした日々を思い出してくれ」などと願われても、思い出に輝きは残っていなかった。 並んで畑で汗を流したことも、暖炉を囲って絵本を読んだことも、雷の夜に三人で一緒の布団で寝たことも。真実を知ってしまえば、どれも生きた実感を伴わない薄ら寒い記憶となった。そこに「自分」は、リーデン・ユラス・クレインカティは居なかった。 思い返すと吐き気ばかりが込みあがった。 実の母と妹の死に顔を思い浮かべた方が、魂に火がつくような情を感じる。 にゅるり。 ふいに下から青白い手が伸びた。骨格や関節を感じさせない、しなやか過ぎる手だ。 ふくらはぎを撫でられたようなひやっとした感触があった。相変わらず自身の姿は視認できないので触覚のみを頼っている。 青白い手の隣にまた指がにゅっと伸びた。指に続いてもう一本、手が出てきた。次第に闇の底から二体の何かが這い上がる。 「ひどい子だね、お前は……。親不孝だ。親不孝者だい」 「苦しいぞよ。お前の所為だ。お前が親不孝者だった所為だ。育ててやったのに、わたしらをアッサリ殺しおって」 嫌な響きだ。歪んだ顔が発する歪んだ恨み言。 多分怖がるべきだとか憐れむべきなのだろう、とリーデンは冷静になった頭で考えていた。 「そんなの知ったこっちゃないね。勝手に苦しめば?」 が、彼の返答は冷ややかなものだった。今更、こんな夢に怯える可愛さは持ち合わせていない。 たとえ我が手で殺した老人たちのドロドロとした亡霊が蘇ろうと、気にかける筋合いは無い。 『お前はなんて醜い人間だ』 闇の奥から糾弾する声が轟いた。記憶の中の父の厳しい声色に似ている。 「僕が醜いのだとしたら、それは育てた親の醜悪さが反映されたからでしょ」 とっくにリーデンは開き直っていた。あのぬるっとした温かい血の感触に快感を覚えた、その瞬間から。 (あの日、僕は解放された) 鈍器で里親を殴り殺した直後。頭の中に兄の声が響いた。自分たちには遠く離れていても意思を通わせる手段があるのだと、その時に初めて発見できたのだった。 ――リーデン、お前はそれで良かったのか―― 最初はそれが兄の呼びかけと知らずに、適当に返事をしただけだった。 ――いいんだよ。だって、こんなにもスッキリできたんだし。 リーデンは静かに笑いながら二つだった血溜まりが繋がって一つの大きな輪を成す様を見下ろしていた。だがしばらく経つと疑問が大きくなった。 ――あれ? 何この声。アンタ誰? 訊ねても返事は無かった。直感的にリーデンは答えを掴んだ。 ――にいちゃ! そうでしょ!? 会いたいよ! 何処? 何処に行けば会えるの!? ――……教えられない。お前は、此処へ来るな。今からでも遅くない。お前だけは普通に生きて幸せになれ。 ――絶対、嫌。 兄の有無を言わせない口調に対してリーデンも頑固に答えた。どれだけ時間がかかろうとも必ず見つけ出してみせると、彼は心に決めたのだった。 当たり前ですがこれはフィクションです。癇癪ダメ、暴力ダメ、絶対。 年配の方には優しくしましょう_OTL |
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