25.b.
2013 / 08 / 03 ( Sat ) 男の話によると、城の位置はディーナジャーヤ帝国の属国の一つである、ゼテミアン公国内にあるという。そう遠くない距離だが、問題は現在地と目的地の間に国境があることだ。 元々ゼテミアンの領土を通ってクシェイヌ城へ向かうつもりだった。ただし、ミスリアと一緒であることを前提としていた。身分証明書の類はミスリアが持っていたし、そもそも証明書など持たなくても聖女の力を少し見せ付けてやれば、大抵の国はあっさり受け入れるらしい。ところがゲズゥ個人はどの国の戸籍も持たない、元指名手配犯だ。運が良ければ追い払われるだけに留まり、悪ければ捕縛される。 ふと疑問が浮かび上がり、また質問を吐いた。 「連れ去った目的は何だ?」 「……」 男はガチガチ歯を鳴らしながらも答えない。その両目は挑戦的に睨み返してくる。 いちいち非協力的な態度に若干イラつき、ゲズゥは男の腹を思いっきり蹴った。言葉にならない呻き声が返る。 「目的」 声を低くして催促した。 「そっ……んなの決まってるでしょう!? ウペティギ様は、女が好きなんですよ! 若ければ若いほど良いっ。私らはだから、手当り次第に、連れ帰って、愛玩奴隷に……」 その返答にゲズゥは僅かばかり安堵した。ミスリアが聖女だとわかっていてさらったのではないのか。こんな単純な理由なら、身代金の要求に応じるなり複雑な交渉をする必要は無い。 同時に、別の焦燥も沸き起こる。愛玩奴隷は主の興味や寵愛を浴びている間は安全でも、飽きられた後が危険だ。捨てられた玩具は社会に返されるのか、どこかに維持されるのか、それともあっさり殺されるのか。 この際ゲズゥが案じてやれるのはせいぜいミスリアの生死だけで、助け出すまでの間に経験するかもしれない諸々の辱めや絶望に関してまでは気を配れない。気にしたところでどうしてやることもできないわけだが。 とにかく次の取るべき行動について思索した。 密入国――それは大陸中の他の国境ならいざ知らず、大国ディーナジャーヤの属国ともなると、容易には果たせない。警備体制は万全だと考えて然るべきである。 いかに足が速くて戦闘に長けていても、単独では使える方法に限りがある。ゲズゥは姿が見えなくなる術など持たない。変装しようにも体型が目立って難しいし、荷物に隠れようにもそんなに都合良く荷台を引く人間は現れない。 しかし全く方法が無いわけではない。かつてオルトと二人だけで似たような状況を打破したことがあった。あの時はオルトの立案で闇に、もとい混乱に乗じて警戒網を突き破ったのだ。 このやり方で行くなら下調べや準備が必要となる。 まだ他に必要な情報があっただろうかと男を見下ろすと、奴はひとりでに喋り出した。 「はっ、たとえ城に辿り着けても無駄ですよ。罠にかかって無残に殺されますから」 「……罠?」 「ゼテミアンの鉄に貫かれて苦しめ! ウペティギ様に歯向かう奴なんて皆死ねばいい! あははははははは」 笑い声が耳障りになり、ゲズゥは手早く男を殴って気絶させた。 ――それにしても無差別な人攫いを平然とやってのける貴族が野放しにされているとなると、国の政治体制や公平さなどにも期待できないだろう――。 ゲズゥは襲撃者どもを一人ずつ確実に気絶させてから、奴らの衣類からベルトの類を引き抜いて三人とも樹に縛り付けた。それから自分の持ち物を確かめ、更にミスリアの居た辺りまで戻って、落ちている荷物が無いか念入りに探した。 一分経っても何もみつからず、立ち上がってその場を去ろうとしたその時。苔に覆われた石の傍で何かが光ったのを目の端で捉え、近付いてしゃがみ込んだ。 手を伸ばして草をかき分けると、そこに落ちていたのはミスリアがいつも大事そうに持っていた銀細工のペンダントだった。 _______ 近頃頻繁に見るクシェイヌ城の夢から覚めた。 まどろむ間も無くミスリア・ノイラートはすぐに違和感を覚えた。そこは、随分と明るい場所だった。 部屋に三十人以上の若い女性が押し込められているように見える。大体の女性は沈んだ表情或いは無表情だったが、大きな化粧台と鏡の前では何人かの女性が黄色い声を出してはしゃいでいる。女性たちのほとんどは華やかな衣装や露出度の高い衣装などと、明らかに着飾っている風である。 (ううん、それより……動けない!? どうして?) ミスリアは可能な限り全身を注視したが、両手両足を後ろに縛らているようでうまく動けなかった。猿ぐつわも噛まされ、見たところ部屋の隅に転ばされている感じだ。全身がどことなく鈍く痛む。打撲でもしたのだろうか。 首を捻って壁を向くと、隅の最も暗い場所に互いに寄り添い合うように膝を抱える少女が二人居た。ミスリアと同い年か更に年下のようだ。痛々しいぐらいに怯えた目をしている。 (ここはどこ? 一体、何が起こったというの――) もう一度自分の身体に視線を走らせた。服が所々千切れている。それにほとんど下着姿である。 (うそ! あの時!?) 羞恥心が体中を駆け巡ったのとほぼ同時に、ミスリアは自分が着替えている最中に襲われたことを思い出した。 |
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