25.c.
2013 / 08 / 05 ( Mon )
「あららぁ、気が付いたの、新入りちゃん」
「んん――!」
 人間の言葉を発せない状態にあるミスリアは身をよじり、声の主を探した。

「うん? 幼いのねーえ。顔はまあまあだけど、小さいし、ウペティギ様に気に入られるかもねぇ」
 ひどく訛った共通語だった。
「ええー。困るわよぉ~、やっとアタシを見てくれるようになったのにぃ」
「自惚れてんの? 見てるも何もアンタ顔がそんなケバいから嫌でも目が行くだけデショ」
「あー言ったなー、アンタこそ人のこと言えないわよぅ」

 むせ返るような香水の匂いにミスリアは咳き込んだ。
 再び目を開けると、十代後半か二十代前半くらいの女性が三人、屈みこんでミスリアを頭から爪先まで眺めまわしている。白粉(おしろい)またはパウダーが濃くて、元の顔が美人なのか何とも判断し難い。

(ヴィーナさんを男性を振り回すタイプとするなら、目の前の三人は媚びるタイプかしら)
 そういった違いを解する日が自分に来るとは今まで想像したことが無かったが、これほどあからさまに差を見せつけられてしまえば嫌でも納得する。感心するあまりに置かれた状況への恐怖を数瞬の間忘れていられた。

 派手な色の化粧は無駄に多い装飾品と調和が取れていないし、服と言えば袖が長いくせに肩や背中の露出は高く、布が変な形をなぞったりしてお世辞にもセンスが良いとは言えなかった。なのに扉の両脇を挟む武装した格好の兵士たちは、隙を見ては彼女らの露わになった肌や輝かしい首飾りに強調された胸元にばかり視線を這わせている。

「見張りさぁ~ん、新しい子起きたわよぉ」
 三人の内、一番肉付きの良い茶髪の女性が兵士たちに話しかける。手招きすると同時に、袖のピンク色のフリルがヒラヒラと揺れる。

「縄を解いて身支度させろ」
 兵の一人が歪んだ陰鬱な笑みを口元に張り付かせて言った。
「はぁ~い」
 対する女性たちはゆとりのある表情をしている。

 縄を解かれる間、ミスリアは「身支度」が何を意味するのか考えた。それにこの女性たちは何の為に一所に集められているのだろう。「ウペティギ様」、「気に入られる」は何か重要なキーワードだろうか。

 考えても答えはわからないまま、自由の身になった。見張りの兵士が居るせいで、声に出して女性たちに問い質していいか迷う。
 そこで察したのかどうかはわからないが、縄を解いてくれた黒い巻き毛の女性が顔を近付けてきた。

「いーい? 逃げようとか助けを待とうとか考えてもムダだかんね。絶対ムリ。ウペティギ様に気に入られるように頑張る方が生き延びられるんだからぁ」
 だから諦めなさい、と彼女は強く言った。

(助け、なんて、待ったところで、来るかどうかも……)
 小さく耳鳴りがしたと思ったら、一気に心の中に海が広がった。絶望という名の海に溺れていく手応えを、ミスリアは静かに感じた。

 友人も家族も教団の仲間も旅の途中で出会ったちょっとした知り合いでさえも、何が起きても今は助けてくれたりしない。現実的に考えて、有り得ない。ミスリアがどうしているのか、その消息を積極的に追っていないのだから。たとえ追っていたとしても情報が入るまで最低でも数日の遅れがあり、助けを期待するには心もとない。

 もしこの世で自分をここから連れ出してくれるかもしれない人物が居るとしたら、それはたった一人である。そのたった一人が来てくれるかどうか――自信は無い。

 涙が滲まないように天井をさっと見上げた。
 一瞬だけ――水を汲んでくる、と呟いて振り返ったゲズゥの、あの黒曜石にも似た黒い右目と所々金色に光る左目が記憶に浮かんで――心がざわついた。
 あれが今生の別れになるかもしれない。

「……ご親切に、忠告ありがとうございます」
 努めて笑顔を作り、ミスリアがそう返すと、黒髪の女性は大袈裟に手を広げて驚いた。
「やだあ、シンセツなワケ無いじゃなぁい。アンタなんかに負けない自信があるから言うのよ」
 そうですか、とわざわざ返事をする気力が沸かなかった。

「なあによ、ねえ何でそんなに言葉がキレイなのよ」
 問われてミスリアはただ苦笑した。巧い嘘がつけるはずが無いので、詮索は避けるのが得策である。
「それより、ウペティギ様って誰?」
 話題を変えようとミスリアは明るく訊ねた。発音はどうしようもないけれど、とりあえず丁寧な口調を使うのはやめた。なるべく浮かない方が良い気がするからだ。

(一分一秒でも長く生き延びるしかないわ)
 或いはそうしている間にもっと何か助かる方法が見えてくるかもしれない。

「ここの城主さま。焦らなくても夜宴で会えるわよー。ねね、それよりアンタどの服にする? この赤と銀色のヤツなんてちょうどいいんじゃなぁい?」
 城主、について思考を巡らせたかったのに、ミスリアは黒髪の女性が差し出した衣装を受け取って顎を落とした。

「絶対似合うと思うのよぉ。ね? いいでしょ?」
「ほ、他に何かないの」
 手の中の布をどう広げても、下着姿といい勝負の露出具合がうかがえる。いや、ミスリアの色気に乏しいもっさりとした下着相手ならどう考えてもこの衣装の完全勝利だ。

「他って言ってもねーえ、アンタのサイズじゃあこれとか……あとこれとか?」
 更に差し出された服もどれもあまり多くの生地を使わずに作られていた。
 絶句するほか無かった。つい引きつった笑みを浮かべてしまう。



一応三人の容姿ていうか髪を適当に別々にしましたが、性格は似たり寄ったりで区別する必要はありません。三人目は金髪縦ロールです。ついに出せた、縦ロール!!

拍手[0回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

11:23:56 | 小説 | コメント(0) | page top↑
<<どっこいしょ | ホーム | 25.b.>>
コメント
コメントの投稿













トラックバック
トラックバックURL

前ページ| ホーム |次ページ