10.c.
2012 / 03 / 12 ( Mon )
「……別に、お前がそこまで気にかける必要は無い」
すぐにゲズゥは話を切り替えたので、真相を聞きだせなかった。少なくとも他に生き残りがいたとしても、行動を共にしていないのは明らかだ。
ゲズゥは壁から離れ、物置部屋へ入っていった。ミスリアもなんとなく部屋の入り口までついて行った。
狭い部屋にて彼は昨晩手にした巨大な剣を、包帯みたいなもので黙々と巻き始める。刀身はいつの間にか綺麗に磨かれ、研がれている。
見る者を圧倒する剣だった。大き過ぎて、持ち歩くだけでも一苦労しそうである。何せ、長い柄部分を除いても、刃はミスリアの身長とそう変わらない長さだ。
ゲズゥは物置のどこから掘り出したのか、肩に斜めにかけて背負うタイプの革製の鞘を調整している。剣の横長い鍔(つば)の真下にはめて、引っ掛けるようにして支える形だ。普通にまっすぐ伸びた大剣だったならばいざ知らず、曲がった剣なので一思いに抜くことができない。
「特注で鞘を作ってもらった方が良さそうですね」
といっても一体どういう鞘なら収められるのか、イメージできない。
昔はあった、と呟きながら、ゲズゥは袖の長いシャツの上にベストを羽織った。剣ごと鞘を背にかけて、立ち上がる。あまりの重量に肩に食い込むかと思えば、ベストを隔てているので案外大丈夫そうだ。
「……支度しろ。行くぞ」
彼は無表情にミスリアを見下ろした。
「は、はい」
わずかばかりゲズゥの独特な双眸に見とれたが、ミスリアは我に返って、言葉の意味を理解した。
身を翻すと、背後から声が聴こえた。
「柳の下に剣を埋めたのは、魔物の仕業だ」
半ば独り言のようにゲズゥは断言した。
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ひたすら慟哭していた娘が、俄かに静まった。
ぎゅるん、と魔物は首だけを後ろへ回転させ、目を見開いて辺りを凝視する。それは実際の人間の肉体構造だと不可能な動きであり、不気味だった。もっとも、全身から青白い光を立ち上らせている時点で既に人間とは異質な存在である。
柳の樹を中心に半径100ヤード(91.4m)以上は草しかない野原で、身を隠す術が無い。すぐに見つかった。
こっちが音を立てたわけではないから、臭いに気付いたのだろう。
ゲズゥは剣を鞘から取り出し、包帯を素早く解いた。下がっていろ、と言ったら、聖女はそっと袖を離して従った。
魔物が険しい顔で叫んだ。大気を震わせ、耳を劈(つんざ)くような怒声だった。白い髪を逆立たせ、手の爪を地面に立てる。
何が起こるのかまったくわからなくて、ゲズゥはとりあえず両手で剣を構えた。
数秒後に、振動が足を伝わった。
褪せた野原から次々と何か別の植物が芽吹いて湧き上がっている。瞬く間にそれは蕾をつけ、明るい黄色の花を咲かせた。一本一本が、人間の子供ぐらいの大きさだ。野原は花の黄色に満ちた。
「薔薇!?」
聖女が驚きの声を上げたのと同時に、ゲズゥの目の前の薔薇の花が頭を垂らし、ぱかりと横に裂けた。裂け目から見事な牙が見える。
顎(あぎと)を持った花など、まず魍魎の類とみて間違いないだろう。ただ、いつもの魔物の腐臭ではなく薔薇の香りが漂うことに多少の違和感を覚える。
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