12.c.
2012 / 04 / 27 ( Fri )
「よかった――」
 ミスリアの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。安堵のあまりにか顔をくしゃくしゃに歪め、次いで抱きついてきた。
 
 カイルサィートは己に覆い被さる温もりにどうしてか驚いていた。そういえば抱き締められるというのはこういうものだったな、と再発見した気分だ。軽く抱き合うことは普段から挨拶代わりによくやっているが、抱き締められる圧力とは比べ物にならない。
 素直に心地良い。
 
「心配、かけたね」
 なんとか囁いた。当然、抱き締め返してやりたいところである。しかし両手が椅子の後ろにて縛られているので不可能だ。
 
 身体の治療に専念するあまりにその辺りに気を配る余裕が残らなかったのだろう。ミスリアらしい。
 彼女の後ろに突っ立っているゲズゥが、拘束を解いたらどうた、みたいなことを指摘したそうに目を動かした――ように見えた。といっても目を動かしただけでは背を向けている本人に伝わらない。
 ゲズゥは口を開きかけて、急に目を見開いた。カイルサィートにもすぐにその原因がわかった。
 
 物音がしたのである。複数の、靴の音と話し声と、衣擦れともいえるような音などが近づきつつある。
 ミスリアも音のする方を振り返った。
 
「こんな場所に来る人といえば、清掃員や整備員でなければ、まともな人間……なわけないですよね?」
 震える声でミスリアは呟いた。
「まともでなければただの物好きだ、気にするな。三十秒もあれば終わる」
 ゲズゥはそう言って、燭台をミスリアの足元近くに置き、来た道を逆戻りし始めた。
 
「終わる……?」
 ミスリアは尚も不安そうな顔をしている。
 それでもずっと、聖気は発動されたままだ。おかげで痛みもだるさも大分楽になってきている。
 何度か深呼吸を繰り返してから、カイルサィートは幾分か回復した喉から発話した。
 
「味方でないのは間違いないし、彼に任せればいいよ。狭いから大剣は使えないだろうけど」
「あ、はい、カイルがそう言うなら」
 でも殺しちゃだめですよ! の言葉だけ、ミスリアはゲズゥの背中へ投げかけた。
 
「それで、具合はどうですか?」
 ぱっと明るい笑顔になって、ミスリアが訊ねた。
「随分よくなったよ、ありがとう。もういいんじゃない? 聖気を閉じて」
 同じくらいに明るい笑顔を浮かべて、カイルサィートは応じた。力とは常に温存するものである故、閉じた方がいいと進言した。
 
 意図を汲み取り、ミスリアは忽ち言われた通りにした。
 金色の淡い光がフッと消える瞬間、ミスリアの細く白い左の前腕に包帯が巻かれているという、不自然なものを目で捉えた。
 
「腕、怪我してるの?」
「これですか」
 どういうわけかミスリアが一瞬ぴくりと怯んだ風に見えた。たとえるなら、悪いことをして隠していたのを、親に見つかって問い詰められる寸前の子供を彷彿とさせる。
 
「……えーと、魔物に噛まれ、ました……」
 歯切れの悪い返事を返しながら、視線をさ迷わせている。彼女が嘘をつけない性分であることは重々承知しているから、ありのままの意味で受け取った。魔物にやられたのは事実だろう。
「ああ、もしかして『忌み地』に行ったのかな」
 
「すみません! 浄化はできたんですが……その、勝手な真似をして……神父様やカイルのお仕事でしたのに独断で……」
 俯き、消え入るように言う少女に、カイルサィートはなるべく優しく声をかけた。
 
「謝らないで。浄化できたならそれに越したことは無いから。訊いて欲しくないなら別に訊かないよ?」
 危険の方へと突っ走った点は確かに叱るべきかもしれないが、自分にできなかったことを成し遂げたのだから、むしろ賞賛に値する結果だ。元よりミスリアは、カイルサィートよりも遥かに優れた実力を有している。
 
「縄ほどいてくれたら、治してあげる」
「このくらい平気です! 後でお願いしますね」
 そう言ってミスリアは椅子の後ろに回り込んだ。

 奥の闇の方から、叫び声が上がる。
 
(ドンパチが始まったか……さて、ゲズゥ・スディルは素手でもメチャクチャに強いんだろうなぁ)

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