49.e.
2015 / 10 / 26 ( Mon )
『……』
 奴は応えなかった。立ち昇る湯気の汚臭に鼻をしかめながら、リーデンは次いで言った。
「じゃあもう一つ。君は、ヤン・ナラッサナが嫌い?」
『当然』
「!」

 地面が揺れた。本能的に跳ぶべきだと、リーデンは判断する。足元に視線を落とした。
 ――地中に触手を這わせた――!?
 空に浮いたまま混乱している内に、右脇下に衝撃が走った。

(しまった、下に気を取られ過ぎた!)
 百足の足や顎が肋骨を抉る。背中にも硬い感触がぶつかり、肺が圧迫された。
 瞬きの間に、グロテスクな顔が眼前に迫った。

(近い近い近い近い)
 様々な要因によって嘔吐したくなるも、壁に押しやられている所為で身動きが取れない。臓腑(ぞうふ)の中身を空にしたくてもできなかった。
 咳き込むことすら苦難だった。

「ちょっと、ひどいなぁ……親の顔を……拝んで、みたいね……」
 精一杯力を振り絞って、毒を吐く。

『あの布を剥がしてやれば、見れるだろう。表情の仮面は、剥がせないがな。ナラッサナはあの手この手を尽くしたが、おれを変えることはできなかった。子が何に心を奪われるかなど、所詮は親には制御できんものよ』

 ――ああそうか、親子。
 この素行、一体ナラッサナはどういう躾をしたのか。やんちゃにもほどがある。歳を逆算して、ナヴィは少なくとも三十は行ってそうなのに。

『おれはおれのやり方で、国王に取り入るつもりだ。邪魔は、させない』
 その一言に込められていた感情を、リーデンは肌で感じ取った。
 嫉妬、対抗心、矜持。

 腐ってもヤン・ナヴィもカルロンギィ王家の血縁者なのだ。親への反抗心の奥には、もしかしたら愛国の心も潜んでいるのかもしれない。母権制社会に対して正当な革命を起こそうとしているとか、なんとか。

(まあ、それがわかったところで僕にとってはどうでもいいんだけど)
 ここからどうやって巻き返すか。リーデンは両目を細めて、四肢の中でまだ動かせる部分を探った。

_______

 そのヤン・ナラッサナが混じり物の少年と邂逅する瞬間を、オルトファキテ王子は人知れず眺めていた。
 ナラッサナは、すぐに少年の素性に気付いた。

「イェルバ・ジェルーチ! ナヴィに付いたのですね」
 彼女は驚きを押し殺して声を低くする。
「おうよ、面白そーだったからな! ヤンのおばさん、ひっさしぶりー。今からでもオイラたちの仲間になる?」
 シビアな雰囲気のナラッサナに相反して、イェルバ・ジェルーチの応答は馬鹿みたいに明るかった。

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