44.f.
2015 / 06 / 23 ( Tue )
 返事を返すまでに、ミスリアはその発言の重みを噛みしめた。
 枢機卿の位を持つ者は常に六人、教皇猊下直々に選ばれてその任に就いている。内、枠の半数は教団と結び付きの深い家系から選出されている。聖女レティカの大叔父がその例だ。

 残る三枠は家柄を問わずに聖人・聖女上がりの人間で埋められるらしい。なので聖人カイルサィート・デューセにも、今後選ばれる見込みは十分にあった。問題があるとすれば――

 なんとも不確定な話だが、枢機卿以上の人間には一つの噂が密かについて回る。
 彼らは代替わりがひっきりなしで――つまるところ、短命なのである。

 一般的に聖職に携わる人間が長命なのに対し、上層部の人間はほとんどが齢五十まで生きていない。歴史を振り返れば、四十に満ちる前に他界した教皇だって何人も居た。教皇に就任するには最低でも三十五歳以上でなければならないというのに。

 それは事故や事件といった急性な原因が添えられているものではなく、名の知れた病に罹るわけでもない。いつからか身体がどんどん衰弱してしまう類のもので、他には何もわからないのだ。聖気を施すにしろ薬を処方するにしろ、そんな末路を免れる手立ても確認されていない。

 挙句、「出世し過ぎたら早世する」という暗い噂が若輩者の修道士たちの間で囁かれてしまうわけだ。
 ミスリアは友人の将来を案じた。けれど何かを言う前に一度唇を噛んだ。

(彼の決断を信じる)
 伴う危険性を熟慮していようが無視していようが、カイルは考えなしで行動をするような人間ではない。困難だらけでも、短い間しか生きられない未来でも、必ず意味のある時間と成すはずだ。

「貴方がこれからどのような道を歩み、どんな決断をしても、私は変わらずカイルの味方です。私に手伝えることがあったら何でも言って下さい」
 テーブルの上で手を伸ばし、自らのそれを青年の手にのせた。
 すると下の手が翻り、握り合う形となった。包み込むような温かさだ。そこに迷いは感じられなかった。

「ありがとう」
 友人は口角を微かに吊り上げ、項垂れた。
「一体何年かかるかまだイメージできないけど」
「では、それまでに聖獣を蘇らせますね」

「大きく出たね」
 驚いたように瞬く琥珀色の瞳と視線が合った。
「なんてったって今、やる気をいただきましたから!」
 ミスリアは精一杯の力でカイルの手を握り返した。言葉通り、彼の意思の強さには感じ入るものがあったのだ。

 枢機卿に就任すれば相当な発言権を得られる。求める目標に近付く為には、きっと必要なのだろう。
 魔物に怯えずに済む世界――それを実現したいと願う心には、ミスリアも同調している。力になりたい。

「……そうだね。そうしてもらえるとすごく助かる。聖獣の復活を頼んだよ、聖女ミスリア・ノイラート。君なら……君たちなら、必ず果たせる」

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