5. c.
2026 / 01 / 31 ( Sat )
「両方買って、白は別の日に飲めば解決だな」
 リクターが酒売り場にとんぼ返りした。
 ――また彼は、未来の話をする。
 嬉しさと苦しさに眩暈がした。再び繋がれたこの縁は、本当に続いていいものなのか。期待しても、いいのだろうか。また別々の生活に戻る時が来ても、消えない何かが残るのだと――。

「そんでおまえは何をつくる気なんだ」
 ワイン瓶を増やして戻ってきた男が、買い物籠の中のチャックローストを指さした。
「トマトビーフシチューだよ。牛肉三ポンド買ったら半分は後日、ビーフストロガノフにしてもいいかも。牛肉、好きだよね?」
 根拠は安直、ビーフジャーキーをかじっていたからである。

「肉も魚もピザも麺類も、作ってくれんなら何でも食う」
「それは作り甲斐ありそう」
 楽しくなってきた。こころなしか軽い足取りで、レジに向かっていく。
 買い物袋は全部で三つになったので、シェリーが一袋、リクターが二袋持つ運びとなった。

 スーパーマーケットを出ると、ここ数日に比べて、気温が妙に高く感じられた。これは天候が崩れる前にたまに見られる現象で、よほどの吹雪が来ることを予感させる。曇天が不穏な空気を漂わせている。
 袋が手のひらに食い込んで痛くないのかとか重くないのかと横の男に質問すると、平気、と応答があった。

「考えが及ばなかったな。車出せばよかった」
「アレクス、車持ってるの」
「一応。大体の用事は徒歩かバスでどうにかなるけど、仕事で使うから」
 面白味のないボロい中古車だと彼は言い張った。
「そうなんだ」

「おまえは持ってねえの」
「免許はあるんだけどね。場所の良いアパートだから、仕事もプライベートも困らない。車が要る時はレンタカー、それかカーシェアサービス使ってる」
 シェリーが住む区域はこの町よりも都市部な、首都の中心にある。建物が密集していて駐車スペースが限られているので、個人や家庭で車を所持・維持する方が大変なまである。

「ふうん。そりゃ車で来てたら最初の晩にどこ停めていいか訊いてきたはずだよな」
 ひとりでに納得したように、男はボソリと呟いた。
 それから数分歩くと、アパレルショップの前で、ふいにシェリーは足を止めた。店頭のマネキンが目に入ったのである。暗い赤紫色のブラウスが、今着ている借り物のセーターを思い出させたからだ。

 生前、母は大人っぽくて派手(彼女曰く『セクシー』)な服を着させてくれなかった。大学生の時に自腹で買ったジーンズはかろうじて許してくれたが、総じて「清楚」と評される衣服しか、シェリーは持っていない。
 母がどう思うのか気にする必要はもうないのだ。
 大胆なネックラインのシャツもミニスカートもビキニも、本当は興味ある。このマネキンのスカートも、花柄のプリントがとても綺麗だ。

「あー……見てくれば」
 リクターは、黒い手袋をはめた手を差し出してきた。手持ちのビニール袋を渡せとの合図だ。
「え、食材をこのままにできないよ。特に生肉」
「数分程度で腐りゃしねえって、真冬に。ほらよこせ」
「わ、私、今服を買うつもりじゃ」

「買わなくても、見るくらいはいいんじゃねえの。通販するにしても今後どういうのが欲しいか、イメージしやすくなる」
 そう言われては、シェリーは断れなくなった。
 遠慮がちにショップの冷たいドアハンドルを引いて、一人で中に入る。ちりりんと可愛い鈴の音がした。恰幅の良い女性店長が明るく迎え入れてくれる。

「いらっしゃい、今日はどんなものをお探しで?」
「あ、いえ。少し見て回りたいだけで、これといって目的の物は無いです」
「そうですか、構いませんよ! あちらの壁際の商品は全種二割引きで――」
 店長の話を聞き流しながら、シェリーは軽く店内を見て回った。素敵な服は多々あれど、なんだか気恥ずかしくなって、どれも手に取れなかった。試着するのも手間だ。

 アクセサリーの棚に目を引かれ、腕輪を買うことにした。
 会計を済ませ、あの男はどうしているだろうかと姿を求めて、ガラス窓の外を見やる。

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