5. b.
2026 / 01 / 29 ( Thu )
「すごい溜めるんだね」
 重くてシェリーでは持ち上げられないので、察したリクターが適当に衣類の山を崩して軽減してから籠を廊下に運び出してくれた。
「一人暮らしなんて二週間に一度洗濯機まわせば十分」
「……臭ったりしない?」

「まあそれなりには。カビ生えなきゃなんでもいいだろ、最終的に洗いさえすれば」
 男は悪びれずに答える。シェリーは苦笑して、壁の棚から洗剤を取った。
 確かに、シミでも残らない限りはなんでもいいのかもしれない。市販の洗剤は強力で、大抵の汚れは数日後でも洗い落とせる。部屋の隅が多少の悪臭を放っていても、生活に支障はない。
「そっか、細かいことを気にしすぎないのは、肩の力を抜いて生きるための知恵なんだ」

「勝手に良い話風にまとめてるけど、面倒臭がってるだけだからな」
「わかってるよ。でも、私もたまには見習うことにする」
 ドサドサと洗濯機の中に落とされる衣服を眺めながら、シェリーは微笑んだ。手を伸ばして、洗濯物の一枚一枚の間に良い感じの隙間ができるように調整する。こんな些細な日常の作業に癒やされるのもおかしな話だ。

 洗剤を入れて、サイクル設定をいじって、後はスタートボタンに人差し指を伸ばして――
 ――カシャ。
 横から小気味の良い音がしたのと同時に眩い光があった。
 驚いた拍子にボタンを押す。古い洗濯機はたちまち、けたたましい音を立てた。

「と、撮ったの、今。え、なんでこのタイミングで」
 インスタントカメラのレンズに向かって問い詰める形となってしまった。目線の高さにあったのがそれだったからだ。持ち主の返答を追うように、手から腕へ、腕から肩へ、そしてその先へとシェリーは視線をなぞらせた。

「いい被写体がいたから」
「被写体の許可なしに撮らないで」
「以後、気を付ける」
 アレクス・リクターはそう言って少年のように笑ったので、シェリーはそれ以上怒ることはできなかった。

 むず痒い。
 言葉にならない気持ちを誤魔化すようにして、顔を逸らした。
「ともかく。写真コレクション、ちゃんと見たいな」
「あー、後でな。買い出し優先」
「ん。もちろん支度するよ。でも後で見せてね、約束だからね」

「わーかったって」
 今度こそコーヒーを淹れに、リクターが台所に向かっていった。すぐに背を向けられたので、どんな顔をしていたかはわからない。





 いつもながら、角切り肉は値が張る。
 かたまりで買って自分で切った方が安上がりだ。
 どうせ時間はあるのだから、手間をかけてしまえばいい。

(鶏がらスープの素もあった方がいいよね)
 たまねぎ、トマト、ニンジンが欲しい。合わせる炭水化物は米でも麦でもいいし、オルゾもいいかもしれない。買い物かごにどんどん食材が並んでいく。
 スーパーは平日の朝に関わらず人が多かった。皆、おそらく同じ考えなのだ。
 腕にかかっていた重みが、ふいに消えた。

「重いだろ」
 これくらい持てるよ、と返そうとして、シェリーはやめた。男の手にあったガラス瓶が目に入ったからだ。白ワインが好きだと先日言ってしまったから、わざわざ探してきてくれたのだろうか。
「リースリング? 牛肉に合うのって赤ワインじゃなかったっけ」

「なに、そういうのこだわる方」
「……変かな」
 思わず俯いた。
 こだわっているのではない、受け売りだ。食事と酒の相性に詳しかったのは母だった。そんなことを思い出しては寂しくなり、都度落ち込む。

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