5. a.
2026 / 01 / 28 ( Wed )

 他人のベッドで寝起きするなんて絶対に落ち着かないはずだったのに、思いのほか安眠できた。シェリーに自覚はなくても、身体はより良い寝床を求めていたようだ。
 ただひとつ気がかりなことがあって、四角い天井を見上げながらモヤモヤと考え事をした。

 ――タクシーに一緒に乗っていたあの女性は――
 誰なのか聞けずじまいだ。リクターに『泊めて』と何事もなさそうにねだっていたし、『前は泊めてくれた』とも言った。少なくとも、最初の日にあんなに逡巡して泊めてとお願いした自分よりかは親しそうな間柄である。

(ぞんざいに扱ってたのも親しさの表れだったら……)
 思い詰めすぎて泣き出しそうで、情けない。どうしてこんなに気になるんだろう。彼がどこで誰と何をしていようが、口出しできる間柄ではないのに。
 上体を起こし、気を紛らせようと、ベッドの上に散らばる衣服を眺めた。脱ぎ捨てられた服、そこから連想して色々なことが脳裏を駆け走った。

 木製の扉がコンコンと叩かれる音で、ハッとした。
 顔を上げると、入口に寄りかかった長身の男が目に入った。黒いタートルネックのセーターを着て、髪も普段通りに首の後ろで結んでいる。
 そういえばシェリーはなんとなく扉を閉めずに寝たのだった。

「おはよう。自分の部屋なのにノックしたの?」
「自分の部屋でも他人が使ってたらそりゃノックするわ」
 ごもっともな話である。どうしたの、と訊く。
「コーヒー淹れるとこ。飲むか」
「うん、お願い」

「わかった。……って、なんだよ」
 じっと見つめてしまったらしい。男は眉を吊り上げて問うた。
「そのセーター、いいね。かっこいい」
 素直にそう感じた。一昨日も確か似たようなものを着ていた。背の高い人の着るニットは様になるものだと、しみじみ思った。

「ああ、似たようなのが色違いであと五枚はある。おまえも着るか」
 言いつつ男は部屋に入って、クローゼットを開けている。
「え」
 そういう意味で『いいね』と言ったわけではないのだが、思えば着る物が減ってきているので、有難い申し出かもしれない。
 暗い赤紫色のセーターを手渡された。伸縮するタイプの編み模様で、案外サイズが違うのもどうにかなりそうだ。

「男の人もこういう色を身に着けるんだね」
 感心しながら受け取り、ベッドから下りる。足の裏に触れるカーペットの感触は、少し冷たい。パジャマが厚めの生地で助かった。
「別にオレの好みじゃねえよ。マルチパック買ったら入ってただけ」
 ――色違いで何枚も持っているわけだ。
「マルチパックお得だもんね……ちなみに好みの色は?」

「あんま考えたことねえな。緑か黒?」
 なるほど、それっぽい。
「あのね。そろそろ洗濯しても、いいかな」
「廊下のトイレの横のスペースに洗濯機と乾燥機があるだろ。遠慮すんな」
「ありがとう」部屋の隅にある洗濯籠に視線を投げた。積み上がった服が籠の外に溢れている。「あなたも洗濯しなきゃならないなら、ついでに……まぜても、いいかな……」

「オレはそんな神経質に見えるか」
「見えない、けど」
「おう。おまえの方こそ気にならないなら、まとめて突っ込んどけば。むしろ助かる」
「わかった」
 気にならないわけがなかった。男女の下着を一緒くたにして洗濯をした経験は、父がまだ家に居た頃の遠い記憶の彼方だ。折り畳むのは更にハードルが高い。
 けれど世話になっている身でこの程度のことに足踏みしていては、かっこ悪い気がした。

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